十一話
「え?」
幸せな空間へと私は一体いつ移動したのだろうか。
ふわふわもこもこに私は今包まれている。
気持ちがいい。
これはもしかして夢だったのだろうかなんてことを考えるけれど、顔をあげれば赤い竜が目の前にはおり、見上げると、以前もふもふさせてくれた、あのもふもふ竜が私のことを手の中に抱き込んでいた。
どういうことなのだろうかと思っていると、赤い竜のゲリル様が笑い声をもらした。
「花嫁様。これでわかったでしょう?」
一体何がわかったというのであろうか。
もふもふで幸せ以外の何も私には今分からない。説明するならばちゃんとしてほしいと思ってしまう。
私の小首を傾げる姿に、ゲリルはイラついたように言った。
「まだ分からないのですか? そのふざけた姿の竜がユインなのですよ! はははっ! 竜なのに真面な鱗を持たず、そのような異形の姿!」
魔物もそんな偏見を言う人がいるのだなぁなんて思っていると、ユイン様の手がわずかに強張ったのを感じた。
え?
もしかしてユイン様が不安に思っているの?
私は慌てて言った。
「ふわふわもこもこがなんで異形なのです? 可愛いじゃないですか。貴方、自分が鱗だからってユイン様のふわふわの毛皮がうらやましいのね!」
私がそう叫ぶと、辺りが一瞬静まり返った。
そしてそれから、こちらを伺っていた街の人達が次々に吹き出した。
「っぶっ。花嫁様強いな」
「ふふふ! 時期国王陛下を可愛いとか、そんなこと思っているの花嫁様くらいだよな」
「ははは! ゲリル殿との最後の死闘を見届けていた我々からしたら可愛いなんてとても言えないが、ははは! 花嫁様は肝が据わっているなぁ~」
騒ぎが起こり、町中で突然竜が二頭睨み合っているというのに、街の人々は至って冷静であり、私はそちらの方が肝が据わっていると思った。
こうしたところもお国柄なのであろうか。
ゲリル様はぶるぶると震えると、ユイン様に向かって巨大な口を開けて襲い掛かって来た。
しかしユイン様は空へと飛びあがると、そんなゲリル様の頭を地面へと押さえつけ、一瞬で黙らせた。
メリーという女性はその様子に大きくため息をつくと、人間の姿に戻り目を回しているゲリルを抱きかかえて言った。
「はぁ。もう。しょうがないですねぇ。ではユイン様。また会いましょう」
そう言ってメリーは投げキッスをユイン様に向かってすると、その場から消えてしまった。
私は思わず先ほどメリーから飛ばされたであろう投げキッスを叩き落とすように手を振り下ろした。
「っぶ。レリア。ふふ。何をしているんだ」
人の姿へと戻ったユイン様はくくくと喉の奥で笑い声を立て、私のことをぎゅっと抱きしめた。
「怖い思いをさせてすまない。だがそなたにはいつも驚かされるばかりだ」
「そう、ですか?」
「あぁ。少し待っていてくれ。騎士達に指示を出すから、それからまた街を散策しよう」
私はその言葉に、先ほどのようなことがあったのにまだ街散策を続けるのかと、驚いてしまう。
街も通常へとすぐに戻り、ゲリルが現れたことなどまったく気にしていない様子である。
「すごいですね」
思わずそう呟くと、ユイン様は笑った。
「我々は寿命が長い分、様々なことを経験してきているし、元々気性が荒いから争いごとも日常茶飯事だからな」
その言葉になるほどと思いながらも、ユイン様とのお出かけが続行されることを内心嬉しく思うのであった。
ただ、メリーという女性のことについては聞けなかった。
聞くのが怖いと思った。
だから私は、ユイン様が自分から話をしてくれるのを待つことにした。
けれど、その後近くのカフェにてユイン様がおずおずと心配そうに話し始めたことは、メリーのことではなく、自分の竜の姿のことであった。
「その……あの日であった竜は俺だと話さずにいてすまなかった」
しゅんと項垂れた様子でそういうものだから、私としては全く怒っていないのになと慌てた。
「いえ。驚きはしましたけれど、あの最高のもふもふ様がユイン様であったこと、私としては嬉しい限りです」
「嬉しい?」
首をかしげるユイン様に、私は思わず自分の長年の夢を語った。
「私幼い頃から、もふもふした生き物が大好きでして、ずっと撫でたいとかもふもふに埋もれたいと思っていましたの。ですから、ユイン様がもふもふ様でいらっしゃるなら、最高です。これから毎日もふもふさせていただけるでしょうか?」
そう告げると、ユイン様は顔を真っ赤に染め上げた。
それから、静かに告げた。
「実は……その、そなたの言うもふもふする行為というのは、その……我々ガルーシア国では……きゅ、求愛の行為なのだ」
「へ?」
「だ、だから……俺だけならばいいが……他の者には、もふもふ、しないでくれ」
顔を真っ赤にしながらユイン様にそう言われ、私は自分もその熱が移るのを感じた。
顔が熱い。
もふもふ行為にそのような意味があるなんて思ってもみなかった私は、小さく頷いた。
ユイン様はそれから、少し小さな声で言った。
「俺ならば、毎日もふもふしても、かまわないから」
その言葉に、私は思わず瞳を輝かせた。
「本当ですか⁉」
「あぁ」
求愛行為というのは少し恥ずかしいけれど、もふもふは最高である。
それを毎日させていただけるという許可がおりて、私は嬉しさのあまり飛び上がりそうになった。
これまでの長年の夢が、まさか、毎日叶うなんて、幸せすぎる。
「ありがとうございます! 私、とても嬉しいです!」
「……俺にもさせてもらえるか?」
「へ?」
少し言いずらそうに、ちらりとユイン様は私を見る。
「え?」
私には残念ながらもふもふさせてあげられるような毛がない。
「……あの、どこかに毛皮売ってたりしますか?」
思わずそれを着こんだらどうかと考えてそう口にすると、ユイン様は顔をひきつらせた。
「恐ろしいことを言うな」
「たしかに。いえ、ですが、私にはユイン様のように素敵なもふもふがないので」
しゅんとしてそう言うと、ユイン様はくすくすと笑った。
「頭を撫でさせてくれたら嬉しい」
へにゃっとした可愛らしい笑みを浮かべるユイン様に、私は心臓を射抜かれる。
顔が良い。
胸がきゅんきゅんするとはこういうことを言うのであろう。