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第1話 ミルフィーユ【mille-feuille】

「婚約を、破棄したい」


 皇太子殿下にそんな風に頭を下げられて、誰が否と唱えられるでしょうか。

 



 知っていましたよ。

 私と婚約しているはずの皇太子殿下が、田舎の貧乏貴族のご令嬢と懇意にしていることぐらい。

 知っていて、それでもどうすることもしなかった、これは罰でしょうか。


 公爵令嬢で、宰相の娘で、皇太子の婚約者。世間では、勝ち組と呼ぶのだそうです。

 そんな私を蹴落としたい者達など、社交界には掃いて捨てるほど溢れています。


 私を嫌う方、または情報通、はたまた私のお友達。

 呼び方は様々なそういった方たちが、抑えきれていない愉悦を滲ませ親切顔で教えてくれるのです。

「皇太子殿下がどうした」「皇太子殿下がああした」「皇太子殿下がそうした」

 私の知らない皇太子殿下のあんなことやそんなことまで。


 でもまさか、婚約破棄に至るほど本気でその娘さんに入れ揚げているとは思っていませんでした。

 いいえ、入れ揚げているのは、別によかったんです。

 ただ、親同士が決めたとはいえ、殿下、貴方には私という婚約者がいたんです。

 親同士、皇帝陛下と、宰相閣下です。この意味が分かりますか?

 (まつりごと)って言うんですよ、婚約(これ)


 まあ、致し方ないのかもしれませんね。 

 いつだって皇太子殿下は私に優しく微笑んで見せてくれたけど、ただそれだけだったもの。

 あの娘さんに語り掛ける時の様な、そんな顔、私には見せた事ありませんでしたしね。

 いくら鈍い私でも理解できてしまうくらい。

 義務を伴わないそんな顔、私は向けられていないもの。


 殿下を独り占めしたい、なんて可愛らしいご令嬢におねだりされたのでしょうか。

 どんなに美しくとも、無表情な冷たい女より、くるくる表情を変える陽だまりの様なお嬢さんの方が好かったのでしょうね。とても、残念です。


 ただ、ただね。


 貴族社会って、厳しいんですよ。

 ヒエラルキーなんて、皇族の方にはあまり関係ないのでしょうか。

 ヒエラルキーのトップに君臨していた者が、ある日突然転がり落ちたら、どうなると思います?


 もうこれ、事実上の追放って言うんですよ。


 あんなに届いていたお茶会や夜会などの招待状がぱったり途絶えました。

 誰かにお手紙を書いても、私だけ陸の孤島に押し込められたかのように、お返事が届かなくなりました。

 社交界から、完全に爪弾きにされました。


 情報収集にコネクションづくり。今までの努力の全てが、泡沫の夢のように消えてなくなりました。


 そして、宰相である父も、私を見限ったようです。

 たくさんいる娘たちの中で、皇太子殿下に見初められたという、ただそれだけが私の存在価値を高めていたのですから、仕方ないのは分かっています。


 皇太子殿下、貴方の心変わりのせいです。

 または、殿下を繋ぎ留めておくことができなかった、私の至らなさのせい。


 でもそれ、隠しておけませんでしたか?

 皇族ですもの、別に妾の一人や二人、何なら十人二十人、百人居たって私は構わなかったのに。

 愛の無い結婚でも良かったのに。別に本命が居ても、お飾りの皇妃でも、私は少しも構わなかったのに。


 お情けで、一回だけ。初夜さえあれば。多分きっと。ええ、その一回に全集中して、どうやってでも必ずきっと、孕んでみせましたとも。

 そして殿下の子さえ産めれば、それでよかったんです。

 亡きお母さまの望みを叶えられれば、それだけで。

 あとは、どうしてくれても構わなかったのに。


 確かに、私情はありました。

 それでも、私は(まつりごと)をするために、婚約者をしていたんですよ。


 もう一回言いますけど、(まつりごと)って言うんですよ、婚約(これ)





 っていう、諸々が一気に脳内をよぎりました。


 ですが、婚約破棄(これ)はもう、皇帝陛下も許可し、宰相閣下(おとうさま)も認めたこと。

 ついでに、私を社交界から締め出す程度には、世間に知れ渡っている周知の事実。

 根回しは十分に済んでいる、決定事項。

 まあ、そのぐらい出来ていないと張り合いもありませんけど。負け惜しみじゃありませんよ。


 とにかくこれは、最後に皇太子殿下が憂いなく先へ進むための、形ばかりの儀式。


 だから私の返答は、既に定められているのです。


「承知いたしました」


「すまない」


「いえ、私の方こそ至らぬばかりで殿下のお心に沿うことが出来ず、申し訳ございませんでした」


 これは、わりと本音です。

 だから、そんな顔は止めてください。傷つくべきは私の方です。

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