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【短編】大勇者タケヒロ物語

作者: 雷電鉄

 ある夜、 僕――栗村竹広(くりむらたけひろ)(高三)――がいつものように受験勉強を終えて深夜に眠ったら、 いつの間にか体が見たこともないような平原の上に立っていた。

 受験のストレスで見る悪夢にしては脈絡が無さすぎる。 それに、 夢というにはリアルすぎる。 僕の足には、 確かに地面を踏みしめている感覚があった。

 もう一つ気になるのは、 この光景にどこか既視感を覚えることだった。

 改めて周りを見渡してみる。 足下の草むらからは、 見たことのない生き物が顔を出していて、 遠くの方にはゆっくりと馬車が走るのが見えた。

 間違いない。 これは、 異世界転移というやつだ。


 おっと、 どうか「よくある話だな」などと思わないでほしい。

 僕は、 さっきから感じていた既視感の正体にもう気づいている。


 ここが、 幼いころの僕の思い描いていた世界だったからだ。

 子供の頃、 僕は画用紙に自分で考えた異世界を描き、 その中で自分を勇者にして空想の魔物と戦わせて遊んでいた。 ここは、 その世界にそっくりなのだ。 アニメやラノベの異世界ものでも、 こういう設定は珍しいんじゃないか?

 とりあえず、 このままここに居てもラチが開かない。 僕は、 人が集まっているであろう場所を目指すことにした。

 そうして歩き出すと、 想像通りに城が見えてきた。

 当然といえば当然かもしれない。 何しろ、 僕が作った世界なのだから。


 城下町では、 人々が賑やかに歩き回っていた。

 この世界にいると、 妙に気分が安らぐ。 無理もないだろう。 ここにいれば勉強からも人間関係のしがらみからも解放されるのだから。


 やがて、 僕は城の前まで来た。 門番の兵士は、 僕の顔を見るなりすぐに王の間へと案内した。

 王の間に上がると、 部屋の中心部にある玉座に王冠を被った王が腰かけていた。 その姿は現実の人間のものとなっているとはいえ、 その出で立ちは子供の頃描いていたそのままだ。

 王は、 重々しく口を開くと案の定こう言った。


「お待ちしておりました。 <勇者>タケヒロ様。 我々は、 あなた様に是非頼みたい事があり、 この世界に現れる日をお待ちしていたのです」


 この世界に来たばかりでいきなりそんな事を言われても引き受けようがない。


「僕が勇者なのは分かりましたけど、 一体何をやってほしいんですか」

「はい。 我々は見ての通り、 ここで平和に暮らしておりましたが、 最近とてつもなく恐ろしい存在が現れて、 この世界を端から少しずつ消していっているのです。 我々は、 その存在を<魔王>と呼んでいます」


 魔王だって? 僕はそんな物描いた覚えはない。


「魔王に消された場所は、 山も大地も人さえも跡形もなくなってしまうのです……。 困り果てていたところ、 唯一この世界を救える勇者様が現れるというお告げがあり、 こうしてお待ちしていたというわけです。 どうかこの世界に留まり、 魔王を倒してここを救っては下されないでしょうか」


 王様は深々と頭を下げて懇願した(しぐさが日本的なのは、 きっとここを作った僕が日本人だからだろう)。

 急にこんな事を言われて不安もないわけじゃないけど、 このままこの世界に居られるのなら悪くない。 それに、 僕の作った世界を荒らし回る魔王を許せない気持ちもある。


「分かりました。 それほどの力が僕にあるのかは分かりませんが、 僕にしか出来ないと言うのなら引き受けましょう」


 こうして、 この世界に来たばかりの僕は魔王討伐の旅に出ることになったのだった。


 王の部屋を出ると、 お約束通りに街で仲間を探すように言われた。

 改めて見ると、 この世界の人たちは本当に楽しそうだ。

 一体、 魔王はどんな奴で、 どんな理由があってこの世界を滅ぼそうとしているのだろう。 こんな理想郷のような世界を……

 まだ幼くて、 無邪気に遊び回っていた頃の自分の姿が、 この世界の人たちには投影されているのだろう。

 無事に魔王を倒して、 ずっとここで過ごせたらどれだけいいだろうか。

 そう、 あの頃は毎日が楽しかった。 いったい、僕はいつから勉強や人間関係に追われるようになってしまったのだろう。中学か、いやもっと前、小学生の頃からか……


 そうだ、 あれは小学校に上がる時のことだった。 お祝いに親からゲーム機を買ってもらった僕は、 もうこんな幼稚臭い遊びは卒業だと思って画用紙の中の街や魔物を消してしまって、 ゴミ箱に捨ててしまったんだ。

 ……ハハハ。 何だ、 この世界に居続けたいと言いながら、 結局この世界を消したのは僕だったんだな。


 ……いや待て。 ()()()()()()だって……? もしかして、 魔王の正体というのは……。

 確かに、 そう考えると昔描いた絵に魔王がいなかったのも、 世界を救えるのは僕だけだと言われてたのにも納得が行く。 魔王の正体が僕なら、 そりゃ止められるのは自分しかいないだろう。


 とりあえず、 城に戻ってこの事を報告しないと……

 だが、 どうやって元の世界の僕に干渉したらいいのか分からない。 この世界に留まるという選択をしたのは僕自身なのだ。

 こうしている間にも、 遠くに見える山々が消されている。

 あ……そうか、 勇者も消してたんだからもしかして僕自身m



(完)




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