ep.1 後編
いつの間にか真瀬がベットから立ち上がっている。
「そう言わずに付き合えよォ、陣場クン」
警戒心を抱く間もなく、がっちりと肩を組まれていた。
いやな予感と悪寒と怖気がからみつく。
「候補2の新井クンの服はきれいすぎる。この暑さで人を担ぎ上げて保健室に運んで、服があんなキレイなままのわけがない。候補3の篠崎センセだとしたら生徒を助けて隠す必要なんかまったくない。重大なミスでもしたなら別だろぅけどよ、まったくなんの問題もない処置と対応だったと思うよ。だから、動機がどうしても説明がつかない。一番怪しかったのは候補1の北原クンだけれどもが、飲み物を買って帰ってきたときに新井クンに目撃されていて、そのときに自転車から降りて、オレを担いで保健室に行って、どこかに置いた自転車まで、また戻ってくるのに新井クンに気付かれないってことはあり得ないと思うワケよ。なら買い出しに出かけるときならどうだろう。あいかわらず秘密にした理由は分からないが、まあ篠崎センセよりは有り得る。けれど、それ以上に怪しい相手が、やってきてくれたワケよ」
――ちっ。
どうやら――
「陣場クン、オマエさんだろ。オレを保健室に運んだのは」
捕まえられたらしい。
「証明は完全じゃあないが、嘘をついたのは間違いないよな」
真瀬は俺の鞄から取り出したペットボトルと、あめとチョコの包み紙に視線を向ける。
「この灼熱地獄みたいな暑さの中、自転車で60分かかる距離の家から鞄の中にずっと入れてある飲み物が冷えてるワケはないし、アメやチョコが溶けていないワケもない」
しれっとした顔して、いろいろ見てやがる。
「オレを保健室に置いて、コンビニで買ってきたんだろ。あそこなら5分だ。それに美化委員で花の水やりに来たにしては時間が遅すぎる。こんな時間に水をやったら根がゆだる。見た目と違って真面目な陣場クンが、それに気づかないのは、ありえない」
どんな見た目だよ。――ああ、案山子か。
「理由は不明だが陣場くんは11時前後に学校にきた。ほかの恩人候補者3人とも倒れているオレも陣場クンも見てないとなると随分とタイミングが良かったんだろうな。タイイムラインで見れば、11時10分くらいに篠崎センセのいない保健室にオレを運んで、そのまま篠崎センセを待っていたが戻ってこない。メモを残して校舎内を篠崎センセを探して見つからず、それでオレを心配してくれたんでしょうかね、飲み物と塩分、チョコレートは理由はわからんが手っ取り早くカロリーでもとらせてくれようとしたのか買いに出た。ろくに金も持ってないくせに」
所持金500円だよ。文句ぬかすな。
「証拠がねぇだろ」
「ない。証拠はないが、そうでもなきゃ、嘘なんてつかない」
大体あっているが、違う部分もある。
――どうして俺は、こいつを心配なんぞして学校で待ってなんかいたんだろうか。
昨日真瀬から聞いた虫捕り計画があまりにもアレすぎて、朝一の美化委員の水やりついでに学校で、そのまま待っていた。
そうしたら、来るのは遅いわ、心配が図に当たるわ、保健室に担ぎ込まなきゃならんわ、先生はいないわ、見つからないわ、差し入れで散財するわ、面倒くさい会話に巻き込まれるわ。
ろくなことがありゃしない。
しかも、よく見ればまだ顔色の悪いバカヤロウがバカなことのためにバカなまねをしている。
「さあ、白状しろ。なんで、オレを助けたのをだまってたんだ」
恥ずかしいからにきまってんだろが!
言えるか、こんなこと。ストーカーみたいなまねして、それを善いことだから、見せびらかして記録するだと。
させるわけねえだろ。御免こうむる。
「真瀬」
「おう」
至近距離に顔がある。
「寝てろ」
「おう?」
組まれた肩。腕をひっつかんでベッドの上に背中を下にするように投げた。
「おおう」
ボスンと音を立てて、目論見どおり再度ベッドに叩き込んだ。
「さッすが柔道部。お見事ォ」
「白帯だよ」
昇級試験を受ける金がない。
「起きたら、話を聞くから寝ろ」
「仕方ないな――」
ものの数秒で、あっけなく寝息をたて始めた。さっきまでの追求が嘘のようだ。
すると、保健室の戸の開く音がした。
「あれ、真瀬さんのお友達?」
40歳前後の髪を後ろで留めている細面の女性が入ってくる。さっきまで駆けずり回って探した篠崎先生だ。
「――そうです」
頭の中で15回は否定したくなったが、事実なのでなんとか飲み込んだ。
「ひょっとして、真瀬さんを保健室に運んでくれたのもあなた?」
「そうです」
「よかった。彼女、すごく気にしてたから」
にっこり笑う。――すごく落ち着く。真瀬とは大違いだ。
「真瀬さんは、寝ちゃってるのね。ちょっと御免ね」
非接触の体温計で熱を測ったり、手を額にあててみたり、様態を観察したりしている。
「ちょっと細すぎるわよね」
篠崎先生が真瀬を見ながらいう。全面的に同意する。
「えぇと」
「――陣場壮平です」
名乗ると、真瀬について聞きたいことがあったらしく、先生は隣に座った。
「教室では彼女なじんでる?」
「馴染んでないです」
「えぇ…」
嘘を言ってもしょうがない。
真瀬レオンティーヌ。フランス国籍を持つハーフだかクォーターだかスリークォーター。
「新学期早々、自己紹介で趣味を聞かれて異様に細身の彫りの深い顔した帰国子女が流ちょうな日本語で横溝正史の『獄門島』と、バリバリのフランス語でモーリス・ルブランの『水晶の栓』の良さを寸劇を交えながら上演されたら馴染めると思いますか」
「んー、その作品自体を読んだことはないけど無理かなぁ」
おそらく、友達はほぼいない。
「彼女、すこしイントネーションも違うし、日本語の話し方も変わっているみたいだし、そういうのもあるかなあ」
普通、日本語を教えるときは敬語のです・ます調を教えるものなんだけどねぇ。と話す篠崎先生。
「そうなんですか?」
「日本語って、敬語の使い分けが難しいから最初から敬語調の話し方を教えるらしいのよ」
「へえ」
ちなみに真瀬はインターネットのアニメで日本語を覚えたらしい。それが出来るなら、かなり頭がいい筈なのだが、何故こいつはこんななのか。
「友達少ないのね。だからかな、ほんとうに助けてくれた人に感謝してたのよ」
そうか。そうなのか。
――本当に、どうしたものか。
「陣場くんは、これからどうするの?」
俺も友達は少ない。なにしろ不愛想な案山子だ。
面倒くさいが――
「――起きるまで待ってます」
まあ、友達なのだ。
一旦完結。謎を思いついたら再開します。