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ep.1 前編

「――誰に助けられたか分からねェのよ」


 めんどくさい友人である真瀬(ませ)の声音が、いつもの能天気な声と打って変わって調子悪そうに低くかすれている。

 睨むような吊り眉三白眼。視線の圧力がいつもより若干弱い。

 汗をかいた黒髪が鬱陶しそうにぬれていた。


 昨日、オニヤンマとミイデラゴミムシとゴマダラカミキリを探すのだと言い、今日、虫取り網片手に高校の裏手の林に向かい、現在、顔色悪く保健室のベッドにぶったおれている。

 なにをどう贔屓目に見積もっても変人な友人が、まためんどくさいことを言い出して――

 とにかく俺は溜息をついた。




 真夏の炎天下。

 天気予報によれば気温が35度を超え、陽炎がゆれて蜃気楼でも見えそうなアスファルト。その上を自転車こいで乗り越えて、ようやく学校の昇降口の前にたどり着いてみれば、校舎の外に泥酔したタップダンサーみたいな足取りの真瀬がいた。


 幻覚か白昼夢かと思ったが、現実らしい。

 ――どんなタイミングだ。


 とりあえず、普段から倒れそうなほどに痩せぎすの体を有無を言わせずひっつかんで肩に担ぐ。誰が呼んだか通称「お米様だっこ」で、冷房のきいている保健室へと運び、ベッドへ叩きこんだ。

 プロレスのフィニッシャーを喰らわした気分である。

 で、開口一番出たのが「昆虫採集に向かう途中で意識がトんで、誰に助けられたか分からない」で――


陣場(じんば)クン、ナンか飲み物持ってきてくれ」


 二言目に出てきたセリフはこれだ。

 こいつの厚かましさは、ぶれない。

 ぶれろよ。


 なにか文句でも言おうとしたが――呆れて、暑くて、気力が出ない。

 どうも俺は人を担ぐより、口を動かすほうが気楽らしい。

 我ながら、社会性がない。


「――ほれ」


 背負っていた鞄からスポーツドリンクを真瀬に差し出すと、のろのろと仰向けの体を起こし、なんの遠慮もなく受け取り、ごきゅりごきゅりと喉を鳴らして飲みだした。


「あァァァ…冷えてんねェ」


 そうとう喉が乾いていたのか、うまそうに飲む。

 まずそうに飲んでいたら、顎先をナックル・アローで打ち抜いていたかもしれない。


 ――ふと、制服にぐっしょりと染み込んだ自分の汗が保健室の空調で一気に冷えていくのに気づいた。冷たい。

 この暑さの中、これからこいつの話を聞いて余計なことに関わるのが、ひどく面倒な気が胸に湧く。

 そもそも何故、関わってしまったのか。

 あとで、俺もなんか飲むとして、そろそろ保健室を出――


「ほんで、話を戻すんだがよ」

「待て。戻すな」

「まったく覚えてねェのよ。徹夜でアガサ・クリスティーとジョン・ディクスン・カーと横溝正史の文庫本を二冊ずつ読んでたら昼前になってて、うっかり朝飯喰いそびれて、そのまま昆虫さがしに学校に向かう途中、この学校の上り坂あたりで目の前が暗くなって、気づいたら保健室のベッドの上。不思議だねエ」


 俺の声は聞こえていないらしい。

 確か真瀬の家は、徒歩で20分以上はかかる。この気温で徹夜で飯も食わず帽子もかぶらず、そこに立てかけてある虫取り網片手に歩いてきたわけだ。

 貧血だか熱射病だかわからんが、倒れるのに、一切まったくなんの不思議もない。


 バカか。


「養護教諭の篠崎(しのざき)センセにいきさつ聞いたら、センセが運動部の様子を確認すんのに、11時頃に不在の札下げて保健室を空にしていたところ、11時30分頃に戻ってみれば、オレがベッドに寝かされてて、机の上にはオレが倒れていた状況と状態を書いたメモが置いてあったんだと」


 日曜日でも養護教諭が出勤していたのは真瀬にとっては運がよかったんだろう。

 部活に来ている生徒もいるからだろうが、篠崎先生にとっては仕事とはいえ、いい迷惑だろう。


 ――しまった。捕まった。逃げそびれた。


「診断の結果、救急車を呼ぶほどじゃなかったんで、水分補給してそのまま寝かされてたわけだが、篠崎センセもオレの自宅に連絡とるために職員室に行ったり、部活の様子見に外に出たりするワケよ。なら、寝てるワケにはいかねェだろ」

「いや、寝てろよ」


 ベッドの横の机を見てみれば、おそらく真瀬が飲んで、すでに空になった経口補水液のペットボトルが立っている。


「ヤだね。その犯人――じゃなくて恩人が、名前も名乗らず消えちまったんだぞ、大急ぎで探さなきゃならん。幸い今日はオレの家には誰もいないんで自宅に電話をかけても出ない。携帯も仕事中は出ない。確認には時間がかかる。抜け出す時間は稼げた」


 ふらふらの体で、なにをトチ狂ったことを言ってやがるのか。

 なんで一度保健室に運ばれて、一時間のうちにもう一回運ばれているんだよ。

 頭おかしいなとは前から何度も常々思ってたが、ここまでいかれてるとは甘く見ていた。

思わず頭を抱える。

 ――帰る機会を完全に逃した。


「寝てろ、そのまま、すぐに」

「ノン、ムリ、拒否、断る」


 否定だけは、はっきり対応しやがる。


「なんでだ」

「人の善意(・・)ッてのは、その9割は見つけて掲げてご丁寧に解説してやらなきゃ誰も気づかないもんだからよ。逆に悪意なんてもんはweb、新聞、本に写真。いくらでも転がってるってのに、善行は、ない。ほとんどない。だからオレがやる。見せびらかして記録してやる」


 いつもの高校生らしからぬ口調で舌の滑りが加速してきた。変な抑揚(イントネーション)に、芝居のような言い回し。激しく面倒くさいことに随分と真瀬の調子が普段どおりにもどってきている。


「俺には、お前の言ってることが、ちぃともわからん」

「オレの恩人の要素を挙げれば、学校関係者にはほぼ間違いない。そうじゃなきゃ、わざわざ保健室は使わない。人が倒れていたなら、その場で携帯を使って救急車を呼んでる。オレが倒れたのが11時前後。今は――」


 俺の話をまったく届かない。日本語が理解できていない可能性もある。

 いつものことか――

 ベッドの横で立って話していたが、しかたなしに諦めて脇にあった椅子に腰かけた。

 真瀬は自分の腕時計に目を落とす。


「12時14分。もともと学校に用事がある人間なら今ここにいてもおかしかない」

「探すにしても、結構いるぞ人」


 部活に来ている生徒に先生。数えれば50人以上いるんじゃないのか。


「…なんか食うもんねェかな」


 いきなり話題をかえるんじゃない。


「おお、あるじゃねえの」

「勝手に人の鞄を開けるな」


 何の確認もなく鞄の中の塩あめと一口サイズチョコレートをぽりぽりと喰い始める。

 あめを噛むな。あめとチョコを一緒に食うな。


「そう言や、陣場クンはなんで学校にきてんの?」

「なにがそう言えばだ。――美化委員で、花壇に水やりにきたんだよ」

「真面目だねぇ。見た目はボウズ頭の目つきの悪い案山子みたいな癖に。…いや、案山子だから花壇を守ってるのか、そうなのか?」

「案山子が立ってるのは畑か田んぼだ」

「もしかして美化委員は女のコにもてるのか!?」

「もてる訳ないだろ」


 そもそも面倒だから、できるだけ関わりたくない。


「自転車で1時間かけて来てんだろ。もてないのに。終わったらまっすぐ帰んの?」

「このくそ暑い中、寄り道なんかしてられん」


 金もろくにないのに。


「ホントに花壇に水をやるタメだけに?」

「そうだよ」

「それで、恩人の候補者なわけだが」


 だから、話題をいきなり変えるな。


「少なくとも身長174cm体重56kgのオレを咄嗟に坂の途中から保健室まで運べる人物。一人で運んだなら体格は悪くない。複数ならわからんけど。あと部活かなにかに登校したにしちゃ時間が遅すぎる。なら、聞くのは今日やっている部活を確認して、遅れてきた部員か、学校の外へ出た生徒か顧問がいるか聞きゃあいい」


 ひとりごとか演説のように口から分析らしきものを出している。こうなると長そうだ。


「で、しぼりこんだわけよ、3人まで」


 仕事が早すぎる。

 30分かそこらで調べやがったのか、こいつ。


「候補1、サッカー部の北原 修司。一年生(どうきゅうせい)。身長はオレと同じくらい。細身だが筋力は十分ありそうだったな。オレが意識を失ったのと同時間帯に部の飲み物の買い出しに出てる。買い出しなんて二人以上でいきそうなもんだが、今回は一人だけ。本人がやる気の塊みたいな性格なのと、周りが面倒くさがったせいだろう。5分のところにコンビニがあるが安さを優先したかな、飲み物を買ったのは近場のスーパー。自転車で約15分。500mlの飲み物2箱を買っている。本人に会って確認したが誰も見ていないと証言している」


 保健室の窓から外を見る。サッカーグラウンドは見えるが、どいつが北浦かわからない。


「候補2、図書委員の新井 徹。二年生。オレが意識を失った時間帯に登校している。身長は170cmないくらいだろう。体重は目算で65kg。背筋がぴんとのびてて育ちがよろしいんだろね。候補1の北原クンの汗まみれの学校指定ジャージと違って、制服をまあキレイにシワもなく着こなしてたよ。休日で、シャツの襟がパリっと糊をきかせて立っているのは並じゃないね。登校した理由は図書室当番できたそうな。図書委員には午前午後で3時間ずつ当番があるから、12時開始の午後番のために早目に登校したらしい。登校方法はバス通学。ちなみに、バスを降りたあと学校の坂下あたりで飲み物のダンボールを荷台に積んだ自転車に抜かされたそうな。北原クンの目撃者でもあるわけだね。モチロンそれ以外なにも見てないし、倒れていた人なんていないと言ってる」


 こいつのこったから誘導尋問のひとつやふたつかましている気がする。


 新井については、服がキレイなことしか分からん。

 しかし、服ね。年に1回くらい制服をクリーニングに出すくらいしか手入れなんぞしてないな。


「候補3、篠崎 葉子養護教諭。本人も証言してたが、部活動の参加者からもオレの倒れた時間帯に各部活を見回りしていたとの証言あり。なぜだか分からんが嘘をついているとすれば、見回り中にオレを見つけて保健室に運んだわけだな。身長162~3cm、体重は60kgはないか。オレを運べないことはないだろうが、ちと難しいか。ただ、まあ、嘘をつく動機にしても、メモ書きを実際に残したことにしても、前の二人にワをかけて不自然だな」


 まあ、篠崎先生は救護が仕事な訳だから、隠す意味がないな。


「そこまで調べて、保健室に捕まって今に至るワケだが――少なくとも一人嘘をついてるヤツは見つかった」

「へえ」

「誰だと思うよ、陣場くん」


 こちらを見てにやける真瀬。試すような、からかうような、そんな顔と声。


「知らん」


 高校生らしからぬ大げさな言い回し。芝居じみた体全体を使ったしぐさ。だめだ。完全に復調したらしい。

 もう、帰ってもいいだろう。


※嘘つきが誰かと、どんな嘘かを探してみてください。純粋な推理ものではありません。気楽に考えてください。

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