表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/119

月光下の微笑7


   ▲  ▲  ▲


 金と銀を混ぜ合わせたかのような美しい満月が、深い藍の空にまどろんでいた。

 完全な闇とはいえない闇のなかで、彼は狙いを定めていた。

 そのしずかな榛色はしばみいろの瞳に映っているのは、人通りの少ない道を足早に歩く若い女性だった。


 ふいに、夏にそぐわない冷たい風が吹き抜けていく。小さな悲鳴という色を添えて。


 顔をあげた彼の双眸そうぼうは、見る者を金縛りにしてしまうほど冷ややかな光を湛えていた。

 闇でこそ際立つ、異形いぎょうの美しき姿。

 闇の支配者に相応しい闇色の髪。獲物を睨む瞳は、月光のかげんによっては黄金にも見える榛色。

 まさに冴え冴えとした美貌と呼ぶに相応しい彼の足もとで、文字通り灰となって崩れ落ちた女性の身が風に攫われてゆく。


 そのときだった。

 ひらりと、彼の目の前を銀青色の蝶がよぎった。

 彼はその蝶に誘われるようにして、ゆっくりと後ろを振り返る。


 背中にかかるほどの黒髪を夜風になびかせ、少女がこちらに歩いてくるのが見えた。

 銀青色の蝶を視界の隅でとらえたまま、彼は少女のほうに向きなおる。

 少女は微笑んだ。


「やっと見つけた」


 少女は今にも泣きだしそうな表情で、穏やかに、うれしそうに微笑んで彼を見ていた。夜目の利く彼にはそれがはっきりとわかった。


「ずいぶん探したわ」


 視界の隅でとらえていた銀青色の蝶がすっと動き、少女のほうに吸い寄せられていく。

 そして、蝶はゆっくりと伸ばされた少女の手の中へと吸い込まれ、消えた。


「驚かないのね」


 彼は答えなかった。


「早く私を殺したら?」


 彼は動かない。


「私が怖いの?」


 そのとき、はじめて彼の表情が動いた。口もとを引き上げ、冷たく笑う。


「おもしろいことを言うな。なぜおまえのような小娘を、この俺が怖がらねばならない? たとえおまえがミギリであろうと、俺には何の関係もない」


 ──ミギリ。

 魔族を殺す血をもつ一族の人間。

 銀青色の蝶は、ミギリの証。


 だが、彼にとって、そんなものは脅威でもなんでもなかった。いくら魔族を殺す力を持っているとは言っても、所詮は人間。魔族の王たる彼のまえでは、児戯に等しい。


「おまえこそ、そんなに死にたいか」


 少女は微笑みを崩さなかった。


「……ええ。早く殺して」


 いとも穏やかに言う。

 これには、さすがに彼も眉根をよせた。


「なんだと?」


「早く殺してよ」


 そう言って、少女は微笑んだまま目を閉じた。彼はすぐには動けなかった。


「どうしたの? 怖気づいた? 私なんか怖くないんでしょう?」


 明らかな挑発だった。

 けれど、何かがおかしい。

 ミギリは、その血を誇りにしている。

 魔族を殺せるという己を、誇りにしている一族だ。

 それゆえ、挑発する意味で魔族に向かって「殺してみろ」と言うことはあっても、「殺してくれ」などと言ったりはしないことを、ミギリの天敵たる彼は理解していた。

 それに、彼女からはほんの少しの殺気も感じられない。まるで、ほんとうに殺されたがっているように見えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ