月光下の微笑6
もともと鈴音は周囲に溶け込もうとしない少女で、いつも一人でいたし、めったに喋りもしなかった。
たまに喋ったかと思うと、その声は無機質で、感情というものがまるで感じられなかった。
だからこそ、よけいにおかしな噂話の餌食になりやすいのだろうが……。
魔女などと陰口をたたかれて、いい気はしないだろうと、昌輝は鈴音の心情を思いやる。
「それにさ、あいつ───」
「もういいよ。俺、そういう話好きじゃないんだ」
慎一の話を遮り、昌輝は言った。
「……ああ、そうだったな。お前も中学のとき、噂で嫌な思いしたんだもんな。わるい」
「いいよ、べつに」と答え、昌輝は手にしたままだったパンを口に入れた。
口の中が渇いて、パンがうまく喉を通らなかった。
昌輝が中学生のときは、まだ両親も日本にいて、一緒に暮らしていた。
あれは運動会のときだったろうか。両親が学校に来ることがあった際、誰かが言った。
「昌輝くん、お父さんとお母さんに似てないね」と。
最初にそう言った子に、さして悪意はなかっただろう。
けれど、他者の痛みに鈍感な子供は、残酷なまでにたやすく人を傷つける。
いつしか、昌輝は「もらわれっ子」と陰で囁かれるようになっていた。「女みたいな顔してるから、本当の親に捨てられたんじゃないの」とも。
鈴音ほど寡黙とは言わないまでも、昌輝もおとなしいほうだったので、根も葉もない噂は堂々と昌輝の前でぶつけられることもあった。
昌輝が卑屈にならずに済んだのは、いつもそばにいた雪人が、噂を鼻で笑っていたからだ。
「暇なガキどもの言うことなんざ、放っておけ」と。
昌輝は無意識のうちに怪我をした右腕に手をやっていた。
傷は、ふしぎなほど痛まなくなっていた。
新しい皮膚も再生されはじめていたが、まだ包帯はしている。それを隠すために、昌輝は最初に考えたとおり、薄手の上着を羽織って登校していた。
友人たちには「おまえが雪人の真似しても、モテやしないぞ」とからかわれたくらいで、それ以上突っ込んで追及されることはなかった。
藤井雪人という存在は常にいろんな意味で自分を守ってくれると、改めて思いながら、昌輝は空席のままの鈴音の席を見やった。
なぜか胸の奥がざわついた。
もしかしたら彼女はもう……。
考えるだけでぞっとした。
教室の中はいつもどおり平穏な雰囲気で、相変わらず退屈そうな顔をした生徒たちが呑気に机をならべているのに、その陰でたった独り、少女が消えていっているかもしれないと思うと、ここにいる全員が冷酷な人間に見えて怖かった。
焼けつくような不安をもてあまし、昌輝は救いを求めるように窓の外に視線を移した。
空は、気味が悪くなるほど青かった。