取引き2
「シエルを助けたのではないと言うなら、おまえはなにゆえ私の邪魔をした」
シドの長い銀髪は、松明の炎の色を映して金赤色に染まっていた。それを美しい色だと、マーヤは思った。
「貴女は、あの女の魂をお持ちでしょう。それを渡していただきたい」
「受けとって何とする?」
あの女の魂とは、メルクリーズの魂のことだろう。
だが、なぜこの男がメルクリーズの魂などを欲するのか、マーヤには理解できなかった。
シエルは、メルクリーズを誰の目にも触れないような場所に住まわせており、ごく限られた者にしか会わせなかった。
メルクリーズが他者に会うのを嫌ったせいもあるが、シエル自身にもメルクリーズの存在を隠すだけの理由があったからだ。
シエルがメルクリーズをこの城に連れて来ることなどは到底考えられず、城から出ることのないシドが、メルクリーズと面識があったとは思えない。
シドは冷ややかな笑みを浮かべた。
「あの女の魂をどうするかなど、決まっておりましょう。この手で引き裂き、どのような転生もできぬように、永劫の死を与えてやるのです。あの女はそれだけの罪を犯したのですから」
「……なるほどな。考えてみれば当然のこと。たしかにおまえが許せるはずなかろうな」
マーヤにとって大切なのは兄だけだったので、他のことには興味がなく、どうでもよかった。もちろんメルクリーズにも興味はなかった。ただ愚かな女と思っただけだ。
だが、メルクリーズはふつうの感覚をもつ魔族であれば、誰もが殺意をおぼえるようなことをした。
ましてやシエルの配下であれば、彼女の存在はけっして容認できるものではなかったはず。
だからこそ、彼女はシエルの配下たちに殺されたのだ。
けれど、メルクリーズ殺害に加担した者たちは、後からシエルに一人残らず殺されたと聞く。
マーヤは偶然ながら、メルクリーズを襲った者たちを目撃していたが、その中にシドは間違いなくいなかった。
「おまえ、なぜメルクリーズの魂がバラバラになっていることを知っている?」
ふと引っ掛かりをおぼえ、マーヤは目を細めた。
メルクリーズ殺害に加担した者たちをシエルが皆殺しにしたというなら、魂がバラバラになっていることを知っている者もいないはず。
マーヤは、たまたま物陰からメルクリーズの最期を目撃していただけなので、誰もマーヤがそこにいることを知らず、他者の記憶を探るシエルの追跡網にも引っ掛からなかった。それゆえに、魂のことを知っている生存者となり得たのだ。
しかし、シドは……?
マーヤの疑問を察したのか、シドは可笑しそうにくちびるを引き上げた。
「私はこの城から出ずとも、外の世界に干渉できるのですよ。あなたを捕らえたようにね」
つまり、何らかの形で、この男もあの一件に関わっていたということか。
マーヤは肩にかかる髪を片手で払った。
「まあいい。いずれにせよ、私にはどうでもいいことだからな。だが、おまえにメルクリーズの魂を渡して、私に何の得がある? 私はこの何百年もの間、あの女の魂を、シエルの目の前で打ち砕ける日がくるのを楽しみにしてきたのだ。あいつが私から兄さまを奪ったのと同じようにな」
「貴女も変わったお方だ。黒の種として生まれたなら、むしろ喜ぶべきことなのではございませんか? ふつうは幼きころに、どちらかが片割れを殺すもの。貴女は己の手を汚さずにリーンどのの力を手に入れたのですよ。何がそんなに不満なのですか?」
「黙れ!」
鋭い声に、広間の松明の炎がいっせいに揺らいだ。いくつかの炎が消え、広間がいくぶん闇の色を濃くする。
マーヤの瞳には明らかな殺気が浮かんでいた。




