月光下の微笑5
次の月曜日、深田鈴音は学校に来ていなかった。
その次の日も、彼女の席は空席のままだった。けれど、そこにあるべきものが欠如していることへの違和感は、誰ひとり微塵たりとも感じてはいなかった。昌輝ひとりを除いて。
「なぁ、深田さんどうしたのかな」
昌輝はクラスでいちばん仲の良い慎一に、話のついでといった感じで、何気なく話を振ってみた。
「深田? ああ……、あいつ休みなんだ?」
いま初めて気づいたとでもいうように、慎一がいちばん後ろの廊下側の席を見やる。
昼休みのこの時間には、必ず一人で昼食をとっているはずの少女の姿は、そこになかった。机の横には、鞄もかけられていない。
「風邪でもひいたんじゃねぇの?」
パックジュースのストローをくわえたまま、気のない様子で慎一がこたえる。
「深田がどうかしたのか?」
「ん、いや……ちょっとな。訊きたいことがあったから」
「深田に? おまえ、あいつと何か接点あったっけ?」
「べつにないけどさ、」
言いかけて口ごもる。
本人ではない人間に言うようなことではないだろう。自殺しようとしていたことなんて。
いや、そもそも本当に自殺しようとしていたのかどうかも分からないのだ。やはり迂闊に口にするべきではないと、昌輝は思った。
「先週も休んでたから、どうかしたのかなって思っただけだよ」
「ふぅん? ってかさ、おまえ知ってるか? 深田がじつは魔女らしいって噂」
昌輝は口にもっていきかけていたデニッシュパンを持つ手を止めた。きょとんとした顔で向かいに座る慎一を見る。
「なんだそれ? いまどき魔女? 小学生じゃあるまいし……。なに言ってんだよ」
「と、思うだろ。それがさ、こないだ矢野のやつが見ちゃったらしいんだよ」
「なにを」
矢野というのは、昌輝のクラスメイトだ。クラス女子の中心的存在で、快活でしょっちゅう明るい笑い声を響かせている子だった。
「こないだ、体育の時間に使ったバレーボールを倉庫に片付けに行ったとき、矢野が誤ってハードルを倒しちまって、それが深田にあたったんだと。しかも運悪く破損してるやつで、おまけに深田のやつは屈んでたらしくて、腕がざっくり切れちまったらしい。……うーん、これくらい?」
と、慎一は親指と人差し指で五センチほどの隙間をつくってみせる。
「矢野が焦って保健室に連れて行こうとしたら、深田のやつはいつもの無表情のまま、ひとこと『いい』って言っただけで、怪我に動じてもいなけりゃ、痛そうなそぶりすら見せなかったらしい。だけど、けっこう血が出てたらしくてさ、なんとか保健室に連れて行こうとしたけど、『ほっといて』って言って、怪我したとこ押さえながら倉庫を出て行ったんだとよ」
「……それじゃ、たんに深田さんが痛みにも動じない気丈な女の子って話じゃないか」
顔をしかめる昌輝に、慎一はかけているノンフレームの眼鏡を中指で押し上げた。
「問題はこのあとさ。怪我が気になってた矢野は、更衣室で着替えるとき、こっそり深田の腕を見てたらしい。そしたら、絶対に切れてたはずの腕に、傷も何もなかったんだと」
「そんなの、ただの見間違いじゃないか? 右腕と左腕を間違えたとか」
だんだんバカらしくなってきて、昌輝は頬杖をついた。けれど、慎一はまじめな表情を崩さない。
「いや、矢野が更衣室で見たのは両腕らしいぜ。だから、間違いない。そのあと、そのまま深田は早退してるんだ。で、次の日には、腕に包帯してきてたらしい。だけど、相変わらず痛そうなそぶりもないし、怪我してるからじゃなくて、怪我が無くなってることを包帯で隠してるみたいだったって、矢野が言ってた」
「それで、深田さんが魔女だってか?」
まったくもって嘘くさいことこの上ないと、昌輝は溜息をついた。
もしかしたら、こういう噂が彼女を追い詰めているのかもしれないと思った。