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殺意の行方10

「……なるほどな。そういうことか」


 シエルは目を伏せ、可笑しそうにくちびるを歪めた。


「初夏の頃だったか……、たしかに男のミギリを殺した覚えはある。それがお前の兄かどうかは知らんがな。だが、おまえの中にマーヤがいることを考えれば、あれがお前の兄だったんだろう」


「どういうこと?」


「俺は以前、マーヤの兄を殺したからな。マーヤの妄執が同じことを繰り返させるのだろうよ。さしずめ、俺へのあてつけといったところだろうが、くだらんな」


「なによ……、それ」


 怒りのあまり、鈴音の声が低くなる。


「兄さんの命を奪っておいて、くだらないって、なによ」


 敵意をあらわに睨みつける鈴音をものともせず、シエルは氷のような冷たい目をしていた。それは怒りに燃える鈴音を、逆に圧倒するほどだった。


「おまえ、俺を誰だと思っている。誰の何であろうと、そんなものは関係ない。忘れたか。ミギリは裏切りの一族だ。そんな一族のやつらをどうするかは、俺の裁量ひとつだ」


 鈴音は目の前が真っ黒に染め抜かれたような錯覚をおぼえた。

 心臓が喉もとにあるようだった。

 鼓動が速すぎて、息の仕方を忘れるほど、体じゅうを激しい憎悪が支配していく。


「俺が憎いか? 殺したければ、構わんぞ。殺しに来い。おまえに勝ち目はないがな」


 カッと、鈴音は目を見開いた。

 見る間に、鈴音の口もとに凄惨な笑みが広がっていく。


「──それはどうだろうな。やってみなければ分からないのではないか? 兄さまを殺したおまえなど、この私が消し去ってやるわ」


 嘲笑うようなその口調は、明らかに鈴音のものではなかった。

 ふんと、シエル鼻を鳴らした。


「自分から肉体を明け渡したか。愚かな娘よ」


「愚か、だと? 賢明な判断だと思うがな」


 憎い男とふたたび向き合えた歓喜に、マーヤは笑みを深くする。

 この瞬間をどれほど待ち望んだことだろう。

 この傲慢な男を傷つけ、苦しめ、命を奪うまでは、死んでも死にきれない。

 憎悪に我を忘れた鈴音は、今は完全にマーヤに同調し、マーヤの意識の中に溶けていた。

 マーヤが長い時間をかけ、そうなるように仕向けてきたのだ。

 鈴音が慕う兄という存在すら、マーヤの思惑で生まれたもの。それをシエルに殺させたのも、すべてマーヤのシナリオどおりだった。

 鈴音の感情が己のものと同調しやすいように。

 そしていま、そのすべての思惑が実を結び、ふたたび肉体をもってこの世に舞い戻ったのだ。


「おまえ相手に鈴音では勝ち目がなかろうが、私なら勝機はある。おまえこそ忘れたのか? 私がおまえの後継者として数えられていたことを」


「それがどうした。死に損ないの分際で笑わせるな」


 久方ぶりに肌で感じる闇の王の存在に、マーヤは目を細めた。

 最後に見たときとなんら変わらない堂々とした美しい姿。サテンが耳をかすめていくかのような心地よさを残す声。魔族の王と呼ばれ、君臨するに相応しい圧倒的な力と傲岸さを持った青年。

 だが、以前とは決定的に違うものがあった。


「ふん。笑わせるのはおまえのほうだ。私が気づかないとでも思うてか。おまえ、以前に比べて力が半分ほどしかないではないか? うん? 残りの力はどうした? 哀れな姫君にでもくれてやったか?」


 シエルの目つきがこれまでにないほど鋭くなった。


「……貴様、なにを知っている」


「なにも? ただ、愚かな娘がそれに相応しい最期を遂げたことを知っているだけのこと。その身を、王に忠実な者たちにバラバラに引き裂かれて果てたとな。それくらい、魔界の者なら誰でも知っていよう? 心地よい断末魔の叫びは、皆が知っているわけではなかろうがな。ふふ」


 あの瞬間を思い出すだけで、マーヤは愉快になれた。目の前の男が立ち会いたかったであろう場面に、この自分がいたという優越感は、何ものにも代えがたかった。


「貴様、あの場にいたのか」


「さあ、どうだろうな。ふふ。どうした? いつもの余裕がなくなっているのではないか?」


 マーヤは笑みを浮かべたまま顎を上げた。

 どんな些細な表情の変化も見逃すまいと、まっすぐに憎い男を見据える。


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