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同居人5


   ▲  ▲  ▲


 あたりはすっかり日が暮れてしまっていた。

 小さなマンションのエントランスには誰もおらず、全身を包み込むようなひやりとした空気に、桜子は目を細めた。

 電球からのオレンジ色の灯りが頼りなく落ちているだけの仄暗いなか、カツンカツンとヒールとタイルがぶつかる音が天井高くにまで響く。

 誰もいないエントランスを抜け、エレベーターに乗り込んだ桜子は、思わず深く息をついた。

 それは昌輝の家にいるときからずっと我慢していたものだったため、桜子は息を吐いた状態のまま、疲れたようにしばらく床を見つめていた。


 桜子の脳裏を占めるのは、兄が死んでしまったこの世界に自分の幸せはないと言った鈴音の言葉と表情だった。

 それは桜子にとって、まさに予想外の言葉だった。


 もしかしたら自分は余計なことをしてしまったかもしれないという思いが、時間が経つにつれて桜子のなかで大きく膨れ上がってきていた。

 けれど、あのときあの場で、やっぱりこの話はなかったことにしようとは言いだせなかったのだ。仕方がないと、桜子はまた息をつく。


 チンと音がして、扉が開いてからようやく頬にかかる長い髪を耳にかけ、桜子は顔を上げた。

 ダークブルーの玄関ドアは、蛍光灯の光を映して、一部が目に痛いほど白く輝いていた。


「ただいまぁ」


 家には雪人がいるはずだったが、返ってくる声はなかった。


「雪人? いないの?」


 まったく物音がしないのを不審に思い、リビングを覗いてみたが、そこには誰もいなかった。

 雪人の部屋も覗いてみたが、そこにも同居人の姿は見当たらなかった。


「どこかに出掛けたのかしら」


 彼が気まぐれに出掛けることはよくあることだったので、桜子はそれ以上気にしなかった。とにかくすこし休もうと、自分の部屋に向かう。

 そうして、何の警戒心もなく部屋のドアを開けた桜子は、思わず悲鳴を上げた。


「ゆ、雪人! あなた、そんなところで何してるのよ!?」


 てっきり出掛けたとばかり思っていた同居人は、桜子のベッドに腰かけてうつむいていた。


「……雪人、もしかして、朝からずっとそこにいるの?」


 朝、桜子が出かけるときも、彼は今と同じ場所に腰かけていたことを思い出す。

 それに、なんだか様子がおかしい。

 彼は今、人間の少年の姿ではなく、魔族としての本来の姿をとっている。

 たしかに魔族の姿のときは、ふだんから少なからず威圧感がある。だが、今のこの緊迫した空気は何なのだろう。

 ──殺気。そんな言葉がぴったりと当てはまるような鋭い空気。


「ゆきと? どうしたの?」


 よく見れば、彼の両手はかたく握りこまれており、小刻みに震えている。彼の視線は、そんな自分のこぶしに注がれていた。

 桜子はゆっくりとくちびるを舐めた。

 彼は、桜子がむやみに本名で呼ぶのを嫌う。だが、今は本名で呼びかけなければ気づいてもらえない気がした。


「……キルク?」


 ハッと、キルクが顔を上げる。


「なんだ、桜か」


「なんだじゃないわよ。雪人、そんなとこで何してるのよ? 具合でも悪いの?」


「ああ、最悪だよ」


 冗談で言ったつもりが、あっさり肯定されて桜子は驚いた。

 雪人は体調を崩しているので学校を休むと昌輝に説明したのは桜子だが、体調が悪いなどと、キルクは冗談で言っているのだと思っていたのだ。


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