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朝4

「魔族が人間を相手にするなんて、そんなの、本気で思ってるんですか」


「本気で思ってるけど?」


「騙されてるんじゃないですか? それとも、それがあなたの契約の代償ですか?」


「代償ねぇ」


 桜子は笑顔を崩さないまま、頬杖をついた。


「私は雪人と何も契約なんてしてないわ。ほんと、単純に好きで付き合ってるだけよ」


「それ、騙されてると思いますけど。桜子さん美人だから、彼がふざけて声をかけただけじゃ……」


「あはは。ありがと! でも、残念! 逆なのよ。あいつが私を引っかけたんじゃなくて、私があいつを引っかけたのよ。というか、怒りに任せてそのへんにいたヤツに絡んだってほうが正しいけどね。しかもそれが、人間の雪人じゃなくて魔族の雪人のほうでね。だから、騙すも何もないのよ。あのときのあいつの嫌そうな顔ったらなかったわ」


 あははは! と、豪快に笑う桜子。

 またしても、鈴音は耳を疑った。

 魔族に絡んだとは何ごとだろう。そんな馬鹿なことが有り得るのだろうか。

 たとえ魔族だと知らなくても、彼らは人を恐怖に駆り立てるようなオーラを身にまとっている。そう。無意識のうちに〈殺される〉という言葉が脳裏に浮かぶような、首筋に鋭利な刃物を押し当てられたような、そんな感覚を人間はおぼえるはずなのだ。


 さきほどの昌輝とのやりとりを見ていても感じたが、この桜子という女性は、見かけとちがってかなり豪胆な人なのかもしれない。

 鈴音は淹れてもらった紅茶を飲みながら、上目遣いでちらちらと桜子をうかがった。


「それより、あなたのほうこそ、シエルと契約を交わしたらしいじゃないの」


 急に笑いをおさめ、真剣な表情になった桜子を見て、鈴音は思わず姿勢をただした。


「ひとつ、私から忠告しておいてあげる。知ってるかどうか知らないけど、彼らは契約を何より重んじるわ。そして、嘘や裏切りを何より嫌う。まして、あなたが契約した相手は魔族の頂点に立つシエルよ。彼は間違いなくあなたの望みを叶えるだろうけど……。でもね、彼ら魔族は私たち人間とは感覚が違うってことを肝に銘じておくべきよ。人間の甘い感覚でいたら、痛い目を見るわよ」


 こくりと、思わず鈴音の喉が鳴った。

 たしかにそれは、あのときシエル自身も言っていた。

 後悔するかもしれないぞ、と。


「でもまあ、まーくんは、人間の感覚で信頼しても大丈夫よ。少なくとも、本人は人間のつもりで生活してるからね」


「あの……。もしかして菅原くんは、シエルのときの記憶、ないんですか?」


 さきほど目が覚めて、目の前に彼がいたときのショックといったら……、おそらく昌輝が受けたそれとたいして変わらなかったろう。ただ、鈴音は昌輝ほど感情がストレートに面に出ないだけだ。


 闇の住人が、ミギリである自分にすら何の気配も悟らせずにずっと近くにいたなんて、考えたらぞっとした。

 それも、昌輝一人ではない。雪人という少年までが魔族だという。

 気づかなかったのは己の未熟さゆえか、それとも彼らの力がそれだけ優れているのか。

 いずれにせよ、彼らは今この瞬間にも人間の世界に紛れ込み、平然と暮らしているのだ。

 そのことに、鈴音は寒気をおぼえずにはいられなかった。


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