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月光下の微笑1

 見渡すかぎり、アスファルトの上には陽炎が揺らめいていた。

 まだ七月に入ったばかりだというのに、凶器ともいえる昼間の炎天の名残は、夕方になっても一向に消える気配がない。


 学校からの帰り道、昌輝まさきはひとりぼんやりと日陰を探しながら歩いていた。

 アスファルトから上がる熱気が、じりじりと道行く者の肌を焼いていく。


 息苦しいほどの暑さで今にもへたり込みそうになっている昌輝を嘲笑うように、あと数歩のところで、目の前の信号が黄色に変わる。

 信号待ちの車はなかったが、強引に走って渡る気になど、なるはずがなかった。ほんのわずかな涼を求めるように、昌輝は電信柱の影に己の身を重ねて立ち止まる。


(もう少し風でもあればいいのに。ほんっと、夏なんてモンはなくなっちま………え?)


 ぬるい風が、ふいに昌輝の頬を撫でた。

 すぐそばをすり抜けていく少女の長い髪が、昌輝の目を奪う。


 信号がすでに赤へと色を変えているのが目に入らないのか、少女は平然と道路に足を踏み出していく。


 学生服を販売している店でディスプレイされていそうなほど模範的に着こなされている制服。その白いブラウスにモスグリーンのスカートは、昌輝の通う高校のものだった。

 そして少女自身にも、昌輝は見覚えがあった。


 遠くから迫ってくるクラクションの音が、鋭く鳴り響く。

 少女が立ち止まる。

 けれどそこは、道路の真ん中。

 昌輝の目がおおきく見開かれる。


「深田さんっ!」


 無意識にクラスメイトの名を叫ぶ。

 少女は恐怖に足がすくみでもしたのか、その場を動かない。いや、ゆっくりと、たしかめるように車が迫る右方向に向き直った。

 その横顔に浮かんでいる表情を目にする前に、昌輝は走りだしていた。


 もしもこのとき、一瞬でも少女の表情が目に入っていたなら、昌輝は動けなくなっていただろう。

 その光景を、生涯忘れることはなかったろう。

 少女は真っ直ぐに顔を上げ、うすく笑っていたのだから。


「深田さんっっ!!」


 心臓が凍りつくような甲高い急ブレーキの音が空気を切り裂く。

 昌輝は右肩から右腕にかけて燃えるような鋭い熱をおぼえた。

 その熱が痛みだと認識したときには、昌輝は無様に地面に転がっていた。


「た、たすかった……?」


 昌輝の声はなさけないほど震えていた。

 腕はズキズキと疼いたが、なんとか動く。腕の他には、とくに大きな痛みを訴えている部位はない。

 安堵の息をこぼしたのも束の間。ハッと、昌輝はあわてて上体を起こし、自分が力いっぱい突き飛ばした少女のほうを見やる。


「深田さん! 大丈夫!?」


 足が震えて立てず、昌輝は少女に這い寄る。

 少女は昌輝に背を向けるかたちで、ぺたんと地面に座り込んでいた。


「ふかださん? 怪我はない?」


 少女からの返事はなかった。


「きき、きみたちっ、大丈夫か!?」


 車を降り、血相を変えて駆け寄ってきた運転手は、四十代半ばと思われる男性だった。


「え、……えぇ、なんとか。すみません、こちらの不注意で」


「それより怪我はっ!? 救急車!?」


 動揺のあまりに息でもしにくいのか、運転手はしきりにネクタイの結び目を引っ張っていた。

 どう考えても悪いのは昌輝たちのほうなのに、怒鳴りつけるどころか、真っ先に膝をついてこちらの状態を気にかけてくれる男性に、昌輝は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「えっと、とりあえず俺は大丈夫です。彼女のほうは……、ねえ、深田さん、怪我とか──」


「ないわ」


 昌輝の言葉をさえぎるように、少女が唐突に口を開いた。


「怪我なんて、してない。かすり傷ひとつ、してないわ……!」


「深田さん?」


 撥ねつけるような鈴音の強い口調に、昌輝は目をしばたたく。


「……何なの、あなた。余計なことしないでよっ!」


 そんな言葉を投げつけ、鈴音はいつの間にかできていた人だかりを押しのけて走り去っていった。まさにあっという間のことだった。

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