ミギリ6
ちらりと床の上でうずくまったままの少女を見やったシエルは忌々しげに舌打ちした。
「まったく、そんなところで水分を失っていたら意味なかろうが。人間というのは、つくづく無駄なことが好きなのだな」
シエルは腕を組み、冷めた瞳で少女を見下ろす。
……と、ふいに少女が驚いたように顔をあげた。
手でぺたぺたと、自分の頬をなぞっている。
「あ、……れ? わたし……」
頬を撫で、髪を撫で、床をながめる。
頭から水をかけられたはずなのに、濡れているのは涙が流れている頬だけで、髪も床も濡れていなかった。
少女の疑問を察し、答えを与えたのはキルクだった。
「水は全部おまえの中だよ。どうせ口からじゃ飲まないんだろ。うちの優しい王サマに感謝しな」
シエルはふんと鼻を鳴らした。
「さあ、さっさと俺の質問に答えないか。おまえはなぜそんなに死にたがる?」
うつむき、言葉を発しようとしない少女の目の前にかがみ、シエルは彼女の細い手首をつかんだ。
「実際に死んだりはしないが、死ぬ一歩手前の苦痛を与える方法など、いくらでもあるのだぞ。試してみたいか?」
言っている間にも、鈴音の手首から先の血の気がなくなり、白くなっていく。
「あんまり意地張らないほうがいいぞー。シエルは女とか子供とか関係なしに、マジでやるからな。さっさと答えたほうが賢いと思うけど」
頭のうしろで手を組みながら、のんびりとした調子でキルクが言う。
その間も鈴音の手首はシエルにつかまれたままで、ミシッと、手首の内側でいやな音がした。
悲鳴を聞いても、シエルは眉ひとつ動かさない。手の力をゆるめることもなかった。
「ほらほら、骨が粉々に砕かれちゃうよ。早く喋っちゃいな」
口もとに笑みを浮かべながら言うキルクもまた、いくら人間くさい言動をしていたところで、その本性は魔族。
なにも知らぬ者がその笑みを目にしたならば、頬を赤らめ、つられて微笑み返したことだろう。それくらい魅惑的な笑みだった。
けれど、鈴音にはまさに悪魔の浮かべる笑みにしか見えなかった。
鈴音は一瞬くちびるを噛んでから口を開いた。
「……わたし、死ねないのよ」
シエルがおもむろに鈴音から手を離す。
鈴音の手はすでに色を失い、手首も力を失って、不自然にだらりとしていた。
骨が完全に折れたのだろう。
「何度も死のうとして、失敗したの」
「それはおまえに本気で死ぬ気がなかっただけのことだろうが」
「ちがうわよっ」
キルクの言葉に、鈴音は怒鳴りかえした。
自分の手のひらを見つめながら、鈴音は続けた。
「私は本気だった! だけど……、どうしてもうまくいかなかった。脈を切っても、胸を刺しても、屋上から飛び下りても、死ねなかったのよ。これ見てよ」
鈴音の手は震えていた。それは怒りのためだったろうか。あるいは恐怖のためだったろうか。
シエルに骨を砕かれ、先程までだらりと力なく垂れていたはずの手首には、もはやシエルの指の痕すらなく、手首はおろか、五指すべてが鈴音の意思どおりに動いていた。