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ミギリ4



   ▲  ▲  ▲



『今まで私を騙していたなんて! あなたみたいな人間は一族の恥よ!』


 蔑むような目をして、冷たい言葉を投げつけてくるのは母親だった。

 自分がいったい何をしたというのだろう。

 鈴音はうつむいたままくちびるを噛んだ。


『あなたは生まれてくるべきじゃなかったんだわ。恭矢ひとりだったら、ミギリとしてもっときちんと育ったでしょうに』


 あからさまな存在否定。

 自分はそんなに悪いことをしたのだろうかと、鈴音は胸の内で答えの返ってくるはずもない問いを繰り返す。

 兄を慕うことが、そんなにも恥だというのか。恋愛感情などではない。ただの家族愛だ。

 それでも、兄を喪って悲しむことが、それほど恥だというのか。


『恭矢も恭矢だわ。もっとも警戒すべきなのが家族だと教えられていたでしょうに。とんだ恥さらしだわ』


 鈴音は耳を塞ぎたかった。

 息子を喪って悲しむどころか、貶めるような言葉を平然と吐き捨てる母親のほうが、よほど人間として恥ずべきことではないのか。

 ――けれど、ミギリの一族としては、母親のその態度も当然のものとして受け止められる。

 それはミギリが魔族を殺す一族であることと関係していた。


 魔族は冷酷で残虐な性質を有している場合が多い。そのため、ミギリが心許した相手がいれば、その相手から殺していくのだ。

 そこで動揺したり、戦意喪失したりすることがないよう、ミギリは最初から誰にも情をかけず、結果として感情そのものを手放すように育てられる。


 恭矢と鈴音は双子の兄妹だったが、恭矢は父親に、鈴音は母親に引き取られてバラバラに育てられた。

 鈴音は父親の顔も知らない。

 そうやって子供をバラバラにして育てたのも、ミギリとしての両親の方針だったのだろう。

 鈴音は自分が双子であることなど知らされていなかったが、恭矢のほうは妹がいることを知っていたようで、鈴音に気づくなり嬉しそうに笑ったのを、鈴音は今でも鮮明に憶えていた。

 ふたりがお互いの存在に気づいたきっかけはミギリの血が生み出す蝶だった。ミギリの蝶は人によってそれぞれ少しずつ違うはずなのに、恭矢と鈴音の蝶はそっくりだったのだ。


 そうして、ふたりを引き合わせたのも蝶なら、終わりを知らせたのも蝶だった。

 鈴音と恭矢は親に隠れてこっそり何度も会っていたが、いつものように会う約束をしていたあの日、恭矢は待ち合わせ場所に来なかった。

 代わりに現れたのは、恭矢の血から生みだされた蝶。

 そして、その蝶は鈴音の手のひらの上で、力尽きたようにぱちんと弾けて消えた。


【……フフ。さあ、はようね】


 まるで蝶が消えたのが合図ででもあったかのように、聞きおぼえのない女の声が鈴音の脳裏に響いた。


【さあ、私がすべて消し去ってくれようぞ。おまえが憎む何もかもを。ゆえに、はようその身体を私に渡せ】


 クスクスと笑い声を響かせながら、女の不吉な声が鈴音の頭の中でこだまする。


『兄さん……、兄さん助けて!』


 兄だけが彼女にとって唯一の救い手。

 だから、呼びつづける。まるで呪文のように。


『兄さん、兄さん、兄さん――――』


 いくら手を伸ばして呼びつづけても、兄はけっしてこの手を取ってはくれないというのに。わかっているというのに。


『兄さん、兄さん、兄さん――――』


『スズネ』


 忘れるはずのない優しい声がどこからともなく落ちてきた。


『……兄さん?』


 どこから聞こえてくるのだろう。視線を巡らせても、そこには誰もいなかった。それどころか、まわりには何もない。すべてがぼやけていて、天も地もなかった。

 これは夢なのかと、鈴音は頭の片隅で冷静に考える。


『鈴音、そんな顔をしてぼくを呼ばないで』


 それは間違いなく恭矢の声だった。

 感情を失わせるよう教育した母親の意志に反し、鈴音に感情というものを繋ぎとめさせた兄の優しい声。


『もうぼくのことは忘れるんだ。さもないと、あの女に付け入る隙を与えてしまう。鈴音が殺されてしまう』


 あちこちに視線をさまよわせながら、鈴音は姿の見えない兄に向かって叫ぶ。


『兄さんどこにいるの? あの女って誰なの? 私が殺されるってなに!?』


『約束するんだ。もう二度とぼくのことは呼ばないと。鈴音が生き残るにはそれしかない。いいね』


 まるで録音されていた声が再生されているだけであったかのように、一方的に話すと、そのまま声はだんだんと遠ざかっていく。


『復讐なんて愚かなことは考えるな。ただおまえが生き残ればいい』


『そんなの無理よ! 兄さんがいないなら、私に生きる意味なんてないのに!』


 鈴音は思わず手を伸ばした。

 兄の名を呼ぼうとするが、まるで魔法でもかけられたかのように、兄の名だけが声にならなかった。


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