ミギリ2
「な……っ。ミ、ミギリだぁ!? おまえ、なんでそんなのを平然と持ち帰ってきてるんだよ!」
キルクが大声を出しても、少女は目を覚ます様子がなかった。
「わざわざ八つ裂きにするために拾ってきたのか? 趣味わるいな、おい」
「おまえに言われたくはないな。それに、そんなつもりで拾ったのではない」
「どうだかねぇ」と、つぶやきながら、キルクは眠りつづける少女の前にかがみこんで、じっとその顔を眺めた。
「うー、なんか……思わず手が出そうになっちまう」
「殺すなよ」
「わかってるよ」
はあ……と、大げさにキルクはため息をついた。
ミギリは見つけ次第殺すというのがすっかり習慣として身についているため、キルクの反応は、彼の自制心の強さを示すものといえた。
魔族にとってミギリを殺すことは、人間が自分の腕にとまった蚊を殺すのと同じように、考えるより先に手が動くという、ほとんど無意識ともいえる行動なのだから。
「ってか、こいつなんで寝てんの? シエルなんかした?」
「何もしていない。ここへ戻る途中に勝手に失神しただけだ」
「それはまた、ずいぶんと軟弱なやつなんだな。……ん、ありゃ……?」
「どうした」
キルクは改めて少女の顔を覗きこんだ。
「あ、いや。こいつ、昌輝のクラスメイトとかいうヤツじゃねぇの? 見たことあるぞ。えーと、なんていったかな、名前……」
────昌輝。
それはシエルのもう一つの名だった。けれど、シエルはまるで他人事のように興味を示さなかった。
「どうでもいいさ。俺の知ったことではない」
「いいや。俺にはどうでもよくないね。こいつ、昌輝に傷をつけやがった。ただの人間と思って放置してたけど、ミギリとあっちゃあな。黙っていられないね」
ギラリと、キルクの瞳が鋭く光る。
「ああ、そうだ。深田鈴音。そんな名前だったな。ミギリの分際で、俺の大事な王さまに怪我させたなんて上等じゃないか。……なあ、シエル? 殺さなければいいんだよな?」
「ほどほどにしておけよ」
艶やかな黒髪をかき上げながら、シエルはそっけなく答える。
萌黄色の瞳に酷薄な光をたたえたまま、キルクは鈴音の襟首をつかみ上げた。
「さて、どうしてくれようか。死なない程度に苦しめる方法……どんなのがいいかな」
ミギリの血は、魔族にとって死を招くもの。へたに血を流させるわけにはいかない。
「なんにせよ、とりあえず起きてもらわないと価値ないよなぁ」
そう言って、キルクは鈴音の顔を自分の目線まで持ち上げる。弓なりにのけ反った鈴音は、息苦しさもあってか、わずかに身じろいだ。
キルクは鈴音の襟首をつかんだまま、反対の手で額を覆うようにして両のこめかみを押さえた。ミシリと頭蓋骨が軋む音がした。
とたんに、鋭い悲鳴が空気を裂く。
キルクはにやりと笑った。
「目が覚めたか?」
荒い呼吸の音だけが響く。
鈴音の額には脂汗がにじんでいた。
「おい、ちゃんと起きろよ。でないと、痛みも恐怖もまともに感じないだろ?」
「ここ……は……? わたし……、生きてる、の……?」
紗のかかったような瞳が、キルクをぼんやりと映しだす。
「ああ、生きてるぞ。ありがたく思え」
キルクは無感動に鈴音から手を離し、その身を床に落とす。
鈴音はうつむいたまま両手をついて上半身を起こした。
「ドウシテ………」
小刻みにその細い肩が揺れていた。
「なんでっ!? どうして殺してくれなかったの! 今からでもいいから! 今すぐ私を殺してっ! 殺してよっっ!」
さすがのキルクも、これには呆気にとられてしまった。
目をしばたたき、錯乱しているとしか思えない少女を見やる。