98話 天使で闇属性……ってもう悪魔!?
【アクアラグーン訓練場・ルーシー視点】
※王暦1082年5月23日
今朝。私の部屋で、急に泣き出したロナに私たちは困惑した。
何があったのか聞いても「大丈夫」とだけ言い、結局、何も話してはくれなかった。
そのまま、ロナは教会へ行き、私たちは訓練場へ向った。
「昨日の夕食の時は、ウィル兄さんが、”下手な刺繍のTシャツ”を買ってくれたって喜んで私に話してくれてたのに」
美しいロナの、眩しく微笑んだ顔が思い浮かんだ。
「そういえば、部屋に戻るとき、宿の人から手紙を受け取っていたのを、私見たわ」
スカーレット先輩が、難しそうな表情をした。
「……手紙」
ホムラが呟いた。
「何か、あったのかもしれないわね……何度か、ロナが窓から”魔力レター”を飛ばすのを見たことがあったから、もしかしたら……恋人とか? でも、普通の手紙だったから、魔力の使えない相手かしら」
※”魔力レター”簡易の伝達手段。魔力の込められた紙で、魔力を使って文章を書き込む。べリアス陛下がくれるメッセージカードのように、開くと一定時間で消える仕組み。重要な文書などには使用されない。
+++
グラウンドに到着すると、既に男子たちは緊張した面持ちで整列していた。
昨日、姿が見えなかったブラッド隊長が私たちを見つけ、早く並ぶように優しく促した。
「敬礼! ……直れ」
サミュエル副隊長の声で、皆敬礼した後。前に歩み出たブラッド隊長が、私たちを見渡した。
「ジュード団長補佐は、度重なる不適切な行動により1週間の謹慎処分を受け、アンフェール城に収監されている」
収監!?
男子たちも知らなかったのか、”収監”という言葉にどよめきが起こった。
「静粛に! ……今後1週間。騎士見習全員、夜の街への外出は夜8時までとする。各自訓練に集中し、王国騎士として相応しい品格ある振る舞いをするよう、常時心がける事! 以上」
「「「「はい!!!」」」」(全員)
ということは……1週間、ジュード団長補佐との手合わせは出来ないのか……じゃあ、この1週間、私はいったい何をするのかな?
ブラッド隊長は、剣術指導で、ハント副隊長は体術、レイ兄さんは弓の指導。
治癒要因として、余ってるサミュエル副隊長が手合わせをしてくれればいいんだけど……前に頼もうとしたら、めちゃくちゃ嫌がられた。
まあ……”1週間、痛い思いをしなくて、のんびりできるラッキー”って考えればいっか!
基礎訓練を終えると、ブラッド隊長が私のところへやってきた。
黒い騎士団の上着を脱ぎ、肩にアンフェール城の紋章と、隊長クラスの金の星の刺繍が施された、支給品の白い半そでのYシャツ。ベージュのズボンに、黒い編み上げのブーツというラフないでたち。”どんな鍛え方をすればそうなるのだろうか?”というくらい、Yシャツの上からでもムキムキに盛り上がって見える、モリモリの筋肉に魅入った。
「ルーシー、今日から1週間。ジュード団長補佐の代わりに、私が君の指導をする。不服であれば他の者に交代可能だが」
「え!? 不服とか、め、滅相もありません。よろしくお願いいたします!」
慌てて木刀を取りに行こうとすると、「今日は木刀は使わない」と伝えられ、私は首をかしげながら、その後を追った。
ブラッド隊長は、天使族でも珍しい黒髪で、一重の切れ長の金色の瞳をしていて、物静かで貫禄があって、まさに落ち着いた大人。そして、渋い。 皆に対して常に丁寧で、優しい。だが、選りすぐりの精鋭揃いの第1部隊隊長というだけあって、大柄の身体から漂う”圧”は、ジュード団長補佐とほぼ同等クラス、いや、それ以上かもしれない。
サミュエル副隊長とは別格!
絶対に、ふざけていい相手ではない。
一難去ってまた一難か……
それで木刀を使わないで、何をするのだろうか?
+++
グラウンドに立ち、がっちりとした体格のブラッド隊長を見上げた。
この隊長と、武器なしで体術とかマジで厳しいな……なんて考えていると、ブラッド隊長が穏やかな声で話し出した。
「まず、君とジュード団長補佐との手合わせを見ていて気になったのだが……ルーシー、君は怪我が多すぎる。どうしてかわかるか?」
「はい! 相手が強すぎるからです!」
即答した私にブラッド隊長は驚いたのか、笑いを堪えているのか、目をそらし口を抑えた。
「……クッ。まあ……合っているが、それだけでなはい」
「それだけでは?」
「防御だ。自覚して防御したことはあるか?」
「はい。いわゆる”受け身”のことですか?」
「違う。魔力での防御だ」
「魔力では……ないです!」
”勇者の剣”での防御壁ならあるけど……。
あれ……そういえば、魔力で防御ってやったことないかも。
できるの!?
「やはりな……」
ブラッド隊長が呆れた感じの笑みを浮かべた。
「よし、じゃあ今から試しに、魔力で身体全体を覆ってみてくれ」
「はい!」
即座に魔力を込めると、右手に”勇者の剣”がいつも通り現れた。
『どうしたの?』(勇者の剣)
(心の声)ブラッド隊長に”身体全体を魔力で覆うように”って言われて、防御らしいんだけど……。
「早いな、さすがは勇者」
ブラッド隊長は金色の目を見開き、私の手に召喚された青白く輝く”勇者の剣”を見つめた。
「すいません。剣どうしますか?」
「はじめは持ったままでも構わない。その状態で、自分の身体の周りに壁を張るようイメージして…」
「壁?」
バン!
ズザザザザザーーーーーーーッ!!!
想像しただけで急に、私を中心にして青白い光の”壁”が広がり、目の前に立っていたブラッド隊長を5mほど突き飛ばした。
「すみません!!!」
まずい! 隊長を吹っ飛ばした!?
”壁”に対し、とっさに腕をクロスし防御と受け身を取ったブラッド隊長は、無傷で何事も無かったかのように、すぐに私の傍へ戻ってきた。
「ルーシー気にするな、それでいい。今のを”勇者の剣”がない状態で、できるようにしたい。わかるか?」
「……はい」
(心の声)良かった、怒ってないみたい。
『ふーん、僕なしでか……面白そう。ルーシー、やってみて!』
”勇者の剣”を地面に置き、再びブラッド隊長と向き合った。
「よし、やってみろ!」
「はいっ!」
気合を入れたとたん、置いていた”勇者の剣”がピカッと光り、気が付くとまた手に握られていた。
「あれっ?」
『ありゃりゃっ?』
これは、案外、難しいかも!?
「すいません!」
「大丈夫だ。もう一回」
「はいっ!」
魔力を全身に纏って壁を……ん!? また、剣が手に握られてる!? どうして!?
『ふざけてるの?』
(心の声)ふざけてないよ。シャルルも、もう少し踏ん張って!
『踏ん張る? どうやって?』
(心の声)全力で、召喚されるの無視するとか……できる?
『なにそれ、そんなこと、やったことないよ』
何度繰り返しても、力が入ると自動で”勇者の剣”が召喚されるシステムに苦闘している私を、ブラッド隊長は、無表情で腕組みをし、黙って見つめている。その眼光の”圧”の強さに、気持ちは焦るばかり……。
(心の声)じゃあ、今度は手を”ぎゅーーーっ”と握った状態でやってみる。
『おけ、ルーシー』
両手をぎゅっと握り”壁”をイメージした。
でも、ググググ……と握った拳を押し返すように”勇者の剣”の柄が手の中に出現しだした。
「耐えて、シャルル!」
『ムリーーーーっ』
バン!!!
ズザザザザザザッ……
シャルル出現と共に広がった”壁”で、今度は10m以上、ブラッド隊長を突き飛ばしてしまった。
だが、さすが隊長だけあって、防御も完璧。ひたすら平謝りする私に、「気にするな。続けろ」と静かに言った。
『ルーシーは、勇者になる前って、魔力はどう使ってたの?』
(心の声)弓に溜めて遠くまで矢を飛ばすとか、足に溜めて泳ぐときとか、跳躍するときに使ったり……あ、足。
『足、そうか! じゃあ、”足”いってみよう!』
「おけ」
足、足、足………溜まってきたら、壁っ! 小さめの壁!
「壁!」
薄く発光する空気のような壁が、足元の砂をズザァッと広げ、1mほどの円を描いて止まった。
「小さっ!!!」
『アハハハっ、かわいい壁だね』
(心の声)でも、ちょっと出来たよ。
「さすがだ。初めはみんなそんなもんだ。焦らなくていい、その感覚を忘れず続けろ」
ブラッド隊長が、僅かに微笑み頷いた。
「はい!」
(心の声)やったー! 褒められた!
『あの隊長……天使族か?』
(心の声)うん。”ブラッド・レリエル隊長”。なんとかって名前の、4大天使の末裔ってロナが言ってた。シャルル知ってる?
『レリエル……別名”夜を司る天使”の一族か……』
(心の声)”夜を司る天使”!? なにその別名!……そういえば、同じ天使族でも、近衛騎士のクリスさんやサミュエル副隊長とは、まるで別の雰囲気だよね。
『黒いんだよ、魔力が』
「え!?」
思わず声に出ていた。
「どうした?」(ブラッド隊長)
「なっ、なんでもありません!」
訓練に集中する振りをしながら、逸る気持ちを抑え心の中で”勇者の剣”に問いかけた。
(心の声)で、なにそれ、”夜を司る天使”で、”魔力が黒い”って!? 私、全然見えなかったよ!?
『防御した時、漏れ出す黒い魔力がチラチラ見えてね、僕も驚いた! あいつほとんど悪魔じゃん!』
(心の声)えーーーっ! なにそれ、かっこいい!!! ”天使族”で”黒い魔力”……”闇属性”の天使ってこと!?
『え!? やみぞく……?』
(心の声)夜を司る天使の一族で、闇属性の真面目で落ち着いた大人の”漆黒の騎士隊長!” ああっ、響き的にはシュヴァルツ・ナイト(騎士)の方がかっこいいかも!
(※シュヴァルツはドイツ語で”黒”、パラディンはラテン語の”高位の騎士”)
『アハハハハ! かっこいいネーミング! 普通だったら”天使で黒い魔力”って聞いたら怖がるはずなんだけど、やっぱりルーシーは変わってるね。それに、君って……”大人”好きだよね』
(心の声)怖いの? だってこの国の国王は悪魔のべリアスだよ。黒い魔力の天使族がいてもおかしくないと思うよ。それに、私の”壁”に吹っ飛ばされても表情一つ変えない、ブラッド隊長の揺るぎないあの安定感。素晴らしすぎる!
『安定感?』
「そう、安定感!」
しまった、また声に出てしまった。
「ルーシー、さっきから、いったい誰と話している」
さすがに怪しいと思われたのか、ブラッド隊長が私を問いただした。
「すいません! ”勇者の剣”と……」
ブラッド隊長の金色の瞳が、キラッと輝いた。
今までのブラッド隊長からは想像できない、少年のような瞳の輝きに、ドキッとした。
「”勇者の剣”!? シャルルマーニュ様と!? あっ……その、邪魔をして申し訳ない。訓練は、話が済んでからで構わない」
”シャルルマーニュ様”!? って……
そうか、天使族から見れば、伝説の”聖なる光の勇者の剣”は、神様クラスの偉人。そう考えると、私に対しブラッド隊長が異常に丁寧で優しいのは、私が”聖なる光に選ばれし勇者”だからなのかもしれない。
『フフン、そうだよ、言わなかった? 僕、偉い!って』
自慢げな声で話す”勇者の剣”をスルーし、「いえ、大丈夫です」とブラッド隊長に返答すると、「そうか」と、目をそらし静かに笑った。
ブラッド隊長……寡黙で、渋い!
『(大声)ルーシー! 聞こえないふりしたな!』
「……っ!」
”勇者の剣”の、頭がズキズキするほどの大声に、頭を押さえた。
(心の声)ごめんごめん。でも隊長との会話が、おかしくなっちゃうから。
『……仕方ないけどさ、でも、僕だって傷つくよ』
(心の声)わかった。ごめんね。できるだけ答えられることは答えるから、許して。
『うん。許す!』
(心の声)許すの速っ! でもありがと。さあ今は、訓練よ! 集中しないと。
「足、足、足、足……壁!」
自分の魔力だけで防御壁を張るという、新たに始まった訓練は、想像以上に神経を使った。
そういえば今まで、魔力の制御は”勇者の剣”に頼りきりだった。
実際、自分の魔力量もよくわかっていないまま勇者になってしまった私にとって、これは本当にいい機会だと思う。
例えば、魔力を込めた跳躍の高さも、山に住んでいた頃よりも格段に上がっていた。それに、走る速さだって自動車並みぐらいになっている。これだったら、ジュード団長補佐から逃げるのだって、飛び上がって躱すのだって楽勝だったのに……。
なんでもっと早く気が付かなかったんだろうと後悔した。
これから1週間。自分本来の魔力をどこまで制御することが出来るようになるのか、楽しみである。
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補足として……
騎士見習の剣術訓練は、ハント副隊長。体術は、サミュエル副隊長が、それぞれ1週間限定で担当することになった。




