97話 ゾクゾク!? 甘くて憎くて…どっちも愛してる
【アンフェール城王宮執務室・べリアス視点】
※王暦1082年5月23日。
少々時は遡り、深夜。
机に溜まっていた山のような仕事を無心で終わらせ、ようやく解放された瞬間、黒いモヤモヤとした感情がふつふつと沸き上がった。
天上界大天使ミカエルからの、
『オシャレな”お菓子”と、可愛い”ブーケ(ピンクのガーベラ)”のプレゼント』。
「クッ……悔しい!」
私のルーシーが、凄く……喜んでいた。
古生代の遺物クラスのクソ大天使が、私のルーシー相手に、あからさまに洒落た真似などしやがって。
それに、あのメッセージはなんだ!?
”この度は、我が息子ミカエル・エリック・キングが大変お世話になり、心より御礼申し上げます。デウスへ御来訪の際は、ぜひ天上宮にもお越しください”だと!?
あいつそんなんだっけ!?
もっと上から目線で高圧的だったはず……”礼”をするなどもっての外。内容からして”一度、挨拶に来い!”と私は受け取ったが……。絶対行かせてやるもんか!?
……さては、あの菓子も花も手紙も、昼間やってきた、あの秘書の”坊ちゃん天使”の仕業だな。
顔は可愛いが、仕事ができそうなあの鋭い目つき……天使界は歴史があるだけに、優秀な人材も潤沢。あのポンコツミカエルが、傍目には立派な長に見えるカラクリは、周囲の手厚いサポートによるものなのだろう。
それにしても、あの忌々しい大天使。
ポンコツミカエルと私のルーシーが、仲良さげと聞きつけるや否や干渉し、ちゃっかり大天使アピールしやがって……気に入らん。
いつか、あの天上宮から叩き落してやる!
「なあ、スチュワート。ポンコツの方のミカエルからの頼まれ事の件、あれ、どうなりそうだ?」
私の横で、黙々と書類を確認しているスチュワートに尋ねた。
「ポンコツの方……とは、申し訳ございませんが、なにぶん失礼では?」
「本当の事を言って何が悪い! あのポ~ンコツ天使♪」
「言わせて頂きますが、ミカエル様と、陛下は、かなり似てらっしゃると思われますが」
「は!? どこが!? 私は、ポンコツではないぞ。それより、あの件、どうなった?」
スチュワートは、書類をトントンとまとめデスクに置き、胸元から手帳を取り出し、パラパラとめくり、あるページで手を止めた。
「”アクアラグーン訓練場の湖を、天使族長候補が訓練地として使用する件”は、問題ございません。ですが、”ルーシー様と、天使軍との合同演習”につきましては、もう少しお時間をいただたきたいと考えておりますが」
「だろうな、我が城の騎士団との演習訓練すら、行っていないのだからな」
「騎士団長エヴァンズ様は、”使えるかどうか見極めてから考える”と仰っておりまして」
「はぁ? 私のルーシーが”使えぬ”わけがあるまい」
「陛下の仰るとおりです。ですが、ルーシー様の魔力の調整が不十分な場合、甚大な被害を被るのは我が軍です。慎重にならざるを得ないのは当然です」
無意識に解放しただけで、訓練棟が吹き飛ぶほどの魔力……あのエヴァンズ様が恐れるのも無理もない。さすがは私のルーシー♪
「……で、ルーシーの合宿後の予定は?」
「ルーシー様の合宿後のスケジュールにつきましては、騎士団と只今協議中です。実践訓練場所でありますキャージュ城東の砂漠地帯の砦の整備と、人員確保及び安全確認はまもなく完了致します。バルベリス殿下にご依頼中の、勇者についての文献を読み解く作業も順調。と、報告を受けております」
「勇者の本来の力というものを発揮するまでに、どのくらい有するのだ?」
「個人差がございますが、ルーシー様は、その……特殊な例でして」
「特殊?」
「はい、勇者の剣を継承なさって2か月弱。あのような使い方をなさる勇者は、前例がなく、エスタ様も戸惑っておられました」
「ふーん」
「アクアラグーンという土地柄も相まっているせいか、魔力量も凄まじく、北の神殿での訓練には既に限界があると」
「私が思うにあの魔力、あのままいけば魔王クラスまで上がるかもな~♪」
「魔王……まさか、ルーシー様は人魚族です。魔力量は”勇者の剣”による増幅効果だと、私は考えますが」
「ふーん。でも、なーんか、違うんだよ。違い過ぎる。今まで私が見てきた勇者どもとは……」
私の言葉に、スチュワートが大きく頷いた。
「そうですね……ここ数百年、この王国では、王族の血を引く者の中から”聖なる光に選ばれし勇者”を選出しておりました。戦争孤児で、女性で、悪魔の陛下と指輪の契約をなさっているルーシー様は、異例中の異例。新勇者誕生に、真っ先に動くはずの天上界(天使界)が、ルーシー様に一切接触なさらなかったのは、この”異例尽くしの勇者”を怪しんでの事と考えられます」
「そうだな……女の子の勇者は、私もはじめてだ」
「はい。エスタ様も、そう申されておりました」
「フフフッ♪ でも、ルーシーが”勇者の剣”を構えて、私を睨むあの目! すっご~~~くかわいいかった! 思い返すだけで、ゾクゾクしちゃう!」
「ゾクゾク? 無意識のうちに身の危険を感じてらっしゃるのでは?」
「危険? かもしれぬな、”勇者と悪魔”。抜き差しならない危険な関係だからこそ、お互い燃えるものだろう?」
「は? 力関係で言いますと、陛下はルーシー様に、全く敵わないのでは?」
「もちろん、敵うわけない……というか、お前はルーシーに、ゾクゾクしたことはないのか?」
「……ゾクゾク? ……仰っている意味がよくわかりませんが」
「本当か?」
「それは陛下がルーシー様を、そのような邪な感情でご覧なさっているからでは? ……はぁ(ため息)」
本当に、理解できないのか?
スチュワートは、ため息をつき、また書類に目を通し始めた。
「……週末はアクアラグーンで休暇を取る! 宿の手配を頼む。あとその時、ルーシーに王都で人気のお菓子のプレゼントを渡したい。いくつか選んでおいてくれ」
「畏まりました」
「私はもう休む。お前もさっさと休め!」
「お心遣いありがとうございます」
執務室を出、扉前に待機していた近衛騎士クリスと共に自室へ向った。
ルーシーの瞳から感じる、ゾクゾクするような不思議な雰囲気……堪らぬ。それが解らぬとは、もったいない奴め。
あれっ?
まさか、これが、”愛”というものなのか!?
「なあ、”愛”ってゾクゾクするか?」
本日、当直の近衛騎士クリスに尋ねた。
クリスは、驚き困惑した顔で、
「ゾクゾク? ですか?……その、経験不足で、私にはわかりかねます」
申し訳なさそうに答えた。
相変わらず、正直だな。
クリスは、一見モテそうだが、少々無骨なところがあり、聞くところによると女性関係はサッパリらしい。
「じゃあ、ゾクゾクするときって、どんな時だ?」
質問を変えてみた。
「そうですね……墓地の見回りとか、トイレを我慢してるとき、ですかね」
「ッフフ、トイレって!? それに君、幽霊、怖いの?」
「はい」
クリスが爽やかに答えた。
こいつのいいところは、むやみに自身を飾らず、歪めず、実直に私と話をしてくれるところだ。
「美人の女の幽霊だったら?」
「あ~~~悩みますね」
「フッ、幽霊でもいける口か?」
「そ、そういった意味では!?」
「ハハハっ、冗談だ」
楽しくおしゃべりをしながら部屋に到着し、中を調べたクリスは、私を案内すると「では、失礼いたします」と敬礼し、部屋から出ていった。
勇者を辞める方法は二つ。
1、勇者の剣で戦い、負ける。もしくは、命を落とす。
2、自然死。
※1補足、わざと負けても、勇者の剣と勇者は一体化しているので”ごまかし”は効かない。
元聖女エスタから聞いた”勇者を辞する”方法だ。
私が知る限り、勇者の剣を持ったルーシーの魔力に敵うものは、まずこの国にはいないだろう。
私も、魔力を使って本気で挑んだが、あっさり返り討ちにされ深手を負った。
完全に勇者の力が目覚めれば尚更。その魔力は計り知れず、下手をすれば、この王都が一瞬にして吹っ飛んでしまい兼ねない威力だろう。
約数千年前。あの忌々しい大天使ミカエルが、地上へ侵攻した悪魔族に対抗するため、人々に与えたといわれる”聖なる光の勇者の剣”。
あいつなら、”負ける or 死ぬ”以外の方法を知っているはず。
この王国に平和が訪れた暁には、私が華麗にルーシーを勇者から解放して、王なんてさっさと辞めて、二人っきりで静かな海辺の町でずぅ~~~っと一緒に……グフフフフフ♡♡♡
なんの邪魔だてもなく、天使族長ミカエル・エリック・キングと直に”調査依頼”の交渉が出来たことは思わぬ幸運だった!
なによりも、あの大天使ミカエルに会わなくて済む!
あいつの事だ、絶対ルーシーに会いたがる。
いや、天上界に連れて行きたがるに違いない!
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(回想)
【アクアラグーン訓練場訓練棟講義室・べリアスとミカエル様の会話】
※ヒソヒソ話、以下全部小声です。
・傍点の箇所は、ルーシーが聞こえていた部分。
「ルーシーが、勇者を辞めたがっている。”負けるか死ぬ”という方法は知っているが、”勇者の剣”を持つルーシーに敵うものなどこの国にはおらぬ、だから、他に方法がないか、お前の方で調べてくれないか?」(べリアス)
「せっかくなった勇者を辞める!? 近いうちに、氷の魔女が侵攻してくるのかもしれぬというのに!? 」(ミカエル・エリック)
「すぐに辞めるとは言ってない。あの魔女を倒した後でもいい、ルーシーを”勇者の剣”から解放してやりたいのだ」
「なぜだ?”勇者”とは、名誉ある聖職。それを辞めたいとは!?」
「その力が強大すぎるゆえ、生活する上でなにかと不便だと……本人の希望だ」
「不便?」
「ああ、他のものが”剣”に触れようとして寮が半壊したり。ちょっとしたことで、さっきのように近づく者達を弾き飛ばす。ルーシーは、その強大過ぎる魔力に不安を抱いている。これは、ルーシーのためだ」
何か思い当たる節があったのか、ミカエルが神妙な顔つきで頷いた。
「やはり、そうであったのか……」
「協力してくれるのであれば、その対価として、お前の望みをなんでも叶えてやる。さあ、望みを言うがよい」
「ルーシーのため。対価として望み……か。じゃあ、アクアラグーンで、次期天使族長候補たちの魔力訓練を定期的に行いたい」
「そんなことでいいのか?」
「あ、あと、勇者ルーシーと、天使軍との合同で実践演習をお願いしたい。ルーシーの勇者としての実力を見れば、軍の士気も格段にあがる」
「じゃあそれで決まりだ。ルーシーのため、頼んだぞ!」
「ルーシーのため」
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+
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(回想終わり)
「ルーシーのため」
この一言で、天使族長ミカエルの顔色が変わり、私の提案を快く承諾してくれた。
調査結果が、楽しみだ♪
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【アクアラグーン樹海・レグルス視点】
ドクドクドクドク……
鳴りやまない心音。
ボクたちの話し声に、目を覚ましてしまったルーシーの兄のノックに、”さよなら”も言わず、逃げ出していた。
弓を使うあの兄は、かなり強い。
おそらく見つかったら、戦闘は避けられない。
ルーシーの兄を、ボクが傷つけるわけにはいかない。
ドクドクドクドクドクドクドクドク……
樹海の入り口で、ぐっすりと眠るアークトゥルスを見下ろした。
ルーシーから聞いた婚約の話に、ボクは唖然とした。
”目が覚めたら婚約してた”
”あんなカッコイイ王子様と”
なのに……ルーシーはどこか不安そうで……聞けば、二人だけで話をしたことも数回で、愛の告白もされてなくて、婚約は「後ろ盾」かもしれないとルーシーが言っていた。
アークトゥルスは、ルーシーの事を”愛して”ないのか!?
カッコイイ? どこが?
ルーシーに、あんな顔させて、カッコイイ?
ボクが婚約者だったら、絶対、毎日会いに行って「愛してる」って、棘のない柔らかいたくさんのバラの花に包んで抱きしめるのに。あんな顔させたりなんかしないのに……。
ギリッ……(唇を噛む)
無防備に眠るアークトゥルスを、叩き起こして怒鳴ってやたい衝動を堪えた。
ブワッ……
足元からうねうねと芽を出した紫のコロンバインが一斉に花を咲かせた。
「アークトゥルス……ボクに取られたって、文句ないよね」
噛み締めた唇に残るお菓子の味が、この”宣戦布告”を意味する花の香りと混ざり合った。
甘美なルーシーとの思い出と共に、いずれ愛する弟アークトゥルスと対峙しなければならない、悲しい未来を想像させた。
残酷なほどに甘く、静かに、憎しみが湧き上がる。
……でも、どっちも愛してる。




