96話 不必要かつ曖昧で謎に満ちた情報
【デウス→天上宮・天使族長ミカエル・エリック・キング視点】
※王暦1082年5月22日。
アクアラグーンより、デウスに戻った。
”聖なる七つの光”の今後の在り方と、ソロモン・ゼフィリスの処遇について、ダニエルと話合った。その後、私とダニエルは天上宮へ向かった。
その途中、ダニエルが嬉しそうに話を始めた。
「”もう一押し”でしたね」
「何がだ?」
「ルーシー様です。べリアス陛下の邪魔さえ入らなければ、ミカエル様の”至高の癒しの光”で、そのお心を虜にすることも可能でありましたのに……残念でなりません」
耳を疑うようなダニエルの言葉に、私は動揺し聞き返した。
「ルッ、ルーシーの、心を!? と、虜にだと!? この、私が!? 本気で言っているのか?」
「ええ」
ダニエルは、曇りのない笑みを浮かべた。
そういえば、アイザック少年もそのようなことを……
”(ルーシーが)ミカエル様にクラッとしていた!”
「では、もしかすれば、もう少しでルーシーは、その、私の……ところに」
「はい。べリアス陛下の慌て様から推測いたしまして、そうなる可能性はかなり高いと……」
「でも、ルーシーには婚約者が……」
「あくまで婚約です。婚姻の契りをしたわけではありませんので、まだ、幾らでもチャンスはお有りかと」
アクアラグーンのグラウンドで、ルーシーに”至高の癒しの光”で治癒した際。私を見つめ返す、あの潤んだ深い青い瞳が、頭から離れなかった。私の方が既にルーシーの”虜”になっていたというのに、ルーシーの気持ちが、こちらに傾きかけていたとは……。
胸の奥から沸き上がる高揚感に、一気に心が奮い立った。
「ダニエル!」
「はい」
「私は、天上の御父上大天使ミカエル様に、勇者ルーシーを戦わずして”勇者の剣”から解放する方法を、お聞きしたいと考えている」
「はい?」
ダニエルが驚きの表情で目を見開いた。
「約束したのだ!」
「約束!? ルーシー様とですか!?」
「国王べリアスだ」
「ええっ!? なっ、ちょっとミカエル様、詳しくお話を!」
+
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天上宮に到着した私とダニエルは、大天使ミカエル様の元へ、お礼、並びに報告の為、拝謁(身分の高い人に面会すること)を請うた。
10分ほどで、テラスへ案内された私とダニエルは、大天使ミカエル様の変貌ぶりに驚嘆した。
左目に”黒い眼帯”をつけ、右頬に大きな傷跡、筋肉ムキムキの裸の上半身、手には薬指と小指がない変わった手袋をして、燻製機でベーコンをスモークしていた。
「待っていたぞ!」
「「は、はいっ!」」(ミカエル&ダニエル)
困惑する私たちに、大天使ミカエル様は、太陽のような微笑みで出迎えてくれた。
なんとお声をかけてよいものか迷っていると。座るように促され、席に着いた。
テーブルには、卵サンドや、マヨネーズ、目玉焼きが置かれ、そこに1枚のメモが置かれていた。
+++
”勇者ルーシーについて”
勇者ルーシーの3番目の兄は体術が得意。
勇者ルーシーは毎日腕立て伏せを200回している。
好きなサンドイッチは、卵サンド。
勇者ルーシーの好きなタイプは、頬に傷がある強い人。
目玉焼きにはマヨネーズ。
勇者ルーシーは「ベーコンを作る人は神」と言っていた。
最近の趣味は、かっこいい技名を考えること。
好きな男性のファッションは、黒い眼帯。弓用の薬指と小指がない手袋。
以上、勇者に近しい者よりの情報。by.G
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ダニエルの顔を見た。
ダニエルも困惑した表情で、私の顔を見つめ返した。
「ほらよっ!」
ドン! ドン!
大天使ミカエル様は、スモークしたての大きなベーコンの塊を、私とダニエルの皿に乗せ、椅子にドカッと座った。
「あ、ありがとうございます」
「驚いただろう? そのメモを参考にした。さあ、召し上がれ!」
大天使ミカエル様はニコッと目を細め笑い、卵サンドを手に取り、口を大きく開き豪快にムシャムシャ頬張った。
大天使ミカエル様の変わりように、面白さを通り越し、怖さしか感じなくなっていた。
「……」
「で、勇者のルーシーちゃん、どうだった?」
目玉焼きにマヨネーズを山盛りにかけながら、嬉しそうに仰った。
「御父上様からの贈り物に、とても喜んでおられました」
「そうじゃなくて、ずっと一緒だったんでしょ。(小声)キスとかした?」
ドックン!
心臓が止まりそうなほど動揺した。
手にキス……したかったけど、まさかフォークの柄に阻まれたなんて言えない。
「しっ、してません、その、手を……握るだけで」
「ンフフフフ……相変わらず奥手でちゅね~~~」
大天使ミカエル様が、嬉しそうに微笑み私の頬を撫でまわした。
私は、今年30歳。
大天使ミカエル様からすれば、私なんてまだまだ赤子のように見えるのかもしれないと……諦めていると、大天使ミカエル様が急に表情を変えた。
「そこ、ツッコむところ!」
「え!?」
「だって、エリック君、今年で30でしょ。”もう30ですよー”って、嫌がってよ」
「……はい」
そのようなこと……できません。
それに、”つっこむ”って何?
「それはさておき、そんなに改まって……話とはなんだ?」
ダニエルの顔を見ると、小さく首を横に振っている。
もしかして、震えているのか!?
無理もない、私も、この扮装の大天使ミカエル様を見るのは初めてで、しかも、上半身裸。
悪魔の騎士ジュード殿のようで、少し怖い。
だが、ここで引くわけにはいかない!
「あのっ」
「どうした!? もしや、ルーシーちゃんと結婚!?」
「け、け、結婚なんて、そんな!?」
「じゃあなんだ♪」
「その、ルーシーが、勇者を……」
「ミカエル様!」
ダニエルが叫んだ。
「勇者を?」
大天使ミカエル様が、首を傾げ微笑まれた。
「その、や、辞めたいと「ミカエル様!」
ダニエルが叫んだ。
「うるさい!……で、辞めたい? なんで? ルーシーちゃん、勇者になったばっかじゃん。なんで?」
大天使ミカエル様が、目を見開き私に顔を近づけた。
「”生活するうえで不便”と、仰ってまして……」
「はぁぁぁっ!? 不便!? そんな理由、初めて聞いた!? 君、なに言ってんの!?」
信じられない!? という形相で椅子から立ち上がった大天使ミカエル様は、ガッ……と、片手で私の顎を掴み、頬をギュっと凹ませた。痛い。それに怖い。
「ミカエル様、仰っているのはルーシー様です。エリック様では……」
ダニエルが止めてくれたが、大天使ミカエル様は怒りを抑えられないのか、さらに私の頬にギュっと、力を加えた。
「ひ、ひたい(い、痛い)」
私の言葉に、大天使ミカエル様はハッとして、パ……と、手を放した。
「あ、ごめんごめん。で、なに。本題は?」
怖いけど、ルーシーのため、ルーシーのため、と言い聞かせ、私は、喉の奥から声を振り絞った。
「”戦わずして、勇者を辞める方法”をご教授してくださらないかと……べリアス陛下よりご依頼がありました」
「戦わずして? べリアスが!? ルーシーからの頼みではなく、あいつから頼まれたのか? そうか……なるほど……」
「はい」
国王べリアスからの依頼と聞き大天使ミカエル様は、何か思い当たる節があったのか、怒りを治めた。
「へーーー戦わないで……か。……で、その対価は?」
「アクアラグーンでの天使族長候補の修業場所の提供と、勇者ルーシーと天使軍の合同演習を依頼いたしました」
「アクアラグーンに、合同演習………こちら側の要求は、それだけか?」
「はい」
「じゃあ、それに一つ付け加える!
”勇者ルーシーをここへ連れて来い! 来たら教えてやる”と、べリアスに伝えろ! 以上だ」
大天使ミカエル様は、フフッと笑った。
「……こ、ここへ!?」
「返事は!」
「「は、はい!」」(ミカエル・エリック&ダニエル)
「あと、これを参考にして、できるだけ勇者ルーシーを引き留め、説得しろ。あの力は近いうち、いずれ必要になる」
テーブルの上にあったメモを渡された。
それにしても、このメモ……何かおかしいと思うのは私だけであろうか?
「大天使ミカエル様! お品物が到着いたしましたので、お届けにあがりました」
透き通るような男性の声に振り向くと、そこには、黒い眼帯と弓用の手袋を身に着けたカルロ殿が、屈託のない微笑みを浮かべ、こちらを見つめ小さく会釈した。
「カルロ殿まで!?」
「そうそう、エリックに、これを渡そうと思って♪」
大天使ミカエル様は、カルロ殿が持ってこられた小さな袋をダニエルに手渡した。
「これでバッチリ決めて来い!」
中には、黒い眼帯と、弓用の手袋が入っていた。
+++++
帰りの馬車の中。メモを取り出し、ダニエルにそっと尋ねた。
「(小声)何か、おかしいと思わないか?」
「(小声)私も、そう感じておりました」
この情報はいったいどこから?
一見した限り、勇者ルーシーに関する情報であることには間違いないが、内容がおかしい。
おかし過ぎる。
何らかの意図によるものなのか……不必要かつ曖昧で謎に満ちた情報に、私とダニエルは、首をかしげるばかりだった。
確かなことは、密かに情報を流している者が、彼女のすぐ近くにいる。
ルーシーと同じ宿に滞在している、二人の天使族の姿がすぐさま思い浮かんだ。
まさか……
+++++
【ホテルホーリーウッド・ロナ視点】
※王暦1082年5月23日。
早朝。
〈勇者についての報告〉
・天使界のお菓子”メルヴェイユ”に感動していた。
・最近の悩みは、身体がムキムキの筋肉質になる事。
・
「あとは……はぁーーーっ(ため息)」
(回想)
昨日の帰り。
私の下手くそな刺繍のTシャツが売れた。
買ってくれたのは、ルーシーの三番目の兄、ウィリアムさん。
しかも、その場に一緒にいた、ウィリアムさんのお知り合いの天使族の方も、私のTシャツを"お守りにする”とまで言い、買って下さった。
涙が出そうになるくらい、嬉しかった。
その”お知り合いの方”は、たぶん騎士で、どことなく面影が誰かに似ていて……澄んだ青緑色の瞳をしていた。
騎士見習になる前まで、お世話になっていた修道院のクロエおばさんの息子さんの”レオさん”にどことなく似ていた。
レオさんは、よく修道院に手伝いに来てくれた。
本を読んでくれたり、簡単な護身術、弓の使い方も教えてくれた。
修道院にいる子供達を集めて”フォーチュンキューピッドごっこ”をして遊んでくれたのを、私は今でもハッキリと覚えている。いつも悪役で、わざとやられた振りをして、みんなを楽しませてくれる。兄のような存在だった。
天使軍に入隊してからは、「あまりミコスの町には戻ってこないし、戻って来てもすぐに仕事に行ってしまう」と、クロエおばさんがボヤいているのを聞く度に、軍の仕事は過酷なんだろうな……と心配していた。
多分、その方とレオさんがダブって見えてしまった。
南の海の防衛部隊へ行かれると聞いた私は、居てもたってもいられず、絶対無事に戻ってこられるよう精一杯の加護を与えるために、キスをしてしまった。
キャーーーーーーッ!
よくよく考えたら、恥ずかしい~~~。
キ、キス、しちゃったのよ。
知らない男の人に……。
動揺しすぎてその後、加護の光が暴発してウィルさんに迷惑かけちゃうし、その方にも笑われてしまって……あああっ。
+++
その夜、義父から手紙が届いた。
ルーシー達と過ごす楽しい日常や、幸せな出来事……その何もかもが一瞬で、ドロドロとした真っ黒な闇に覆われていく……。
(回想終わり)
「はぁーーーっ(ため息)」
正直、こんな事もうやめにしたい。
いっそのこと、両手をわざと怪我して報告書を掛けなかったと言おうか。
痛いけど、骨折とかすれば! 2・3カ月はかかるのがいいかも!
あっ、でもサミュエル副隊長がいるから……すぐ治ってしまう。
癒しの光でも治らない、奇病とかないかしら。
でも、顔にブツブツとか出来るのもイヤだし……呪いとか?
悪魔との契約であったかしら、文字が書けなくなる呪いとか……あああっ、いっそのことあいつに呪いをかけたい!
昨夜。
義父から届いた手紙には、こう書かれてあった。
”勇者についての、もっと有益な情報を報告しろ。断った場合、修道院への寄付金を止める”
現在のシェルギエル家当主であり、義理の父ジ―ナスのニタリと笑った顔を思い出すたび吐き気がした。修道院の丸椅子が食い込むほど丸々と太った身体に、禿かかった頭と翼。どんよりとした青い瞳は、太り過ぎの病気によるものなのか片方が白く濁っていた。
寄付金。
あの義父の言うことなんて、聞きたくもなかった。
私は、ルーシーたちと友達になり、適当な報告をし、毎日を楽しく過ごせればそれでいいと考えていた。
でも、この国の神殿や修道院の多くは、有力な権力者などからの善意ある寄付金で成り立っている。修道院が危機に瀕してしまう。私を笑顔で送り出してくれた、みんなの顔が浮かんだ。
昔から、義父はそうだった。
讃美歌の歌い手だった母は、義父と再婚した後も、父が作曲してくれた歌をミコスの修道院に来てよく歌っていた。
今思えば、もしかしたら母も同じことをあいつに言われ、仕方なく結婚したんじゃないかと……。
やめたくてもやめられない、私や母が逃げられないように”修道院”の人たちを人質に取るなんて。
結局、私は一生、義父から逃れることなど出来ないのかもしれない……
コンコン!
「ロナ! 起きてる? ルーシーが……面白いことになってる!」
ホムラの声に我に返った。
慌ててルーシーの部屋へ行ってみると、
「フフッ、なにこれ?」
机と床に散らばった色とりどりのたくさんの花に、空っぽになって転がるお菓子の瓶。
ホムラに起こされ、寝ぼけた顔で「ほはおう(おはよう)」と笑うルーシー。
たくさんの花を見て嬉々としていたスカーレット先輩が、不意に窓の外を見つめ、深く頷いていた。
そういえばこの前、イム副隊長が樹海の方で任務していると聞いた。
もしかして、この花は、婚約者イム副隊長からの贈り物!?
コンコン
「ルー、昨日は、誰とお喋りしてたの?」
開いた部屋の戸口からルーシーの2番目の兄レイさんが、呆れた顔で声をかけるとルーシーは、目をこすりながら「”勇者の剣”!」と言い、フフフっと幸せそうに笑った。
「ほんとに~~~?」
スカーレット先輩が花を拾い集めながら、ニヤリと笑った。
「うん、”勇者”ってロクな目に合わないよねって。頭の中で言ってたら、『しょうも無いこと考えるな早く寝ろ』的なこと言われて……」
「「なにそれ?」」
ホムラとスカーレット先輩が笑った。
いいな。
ルーシーの周りは、いつも賑やかで、暖かで、すごく楽しい。
何もかも、嫌な柵なんか忘れて、みんなと楽しく過ごせたらいいのに。
そのためだったら、訓練も、苦手な刺繍だって、巫女見習いの辛い修業だって、なんだって頑張れるのに……。
「ロナ、どうしたの?」
心配そうに、深い青い瞳で見つめるルーシーの顔が、ぐにゃりと歪んだ。
「あ……」
いつのまにか、自分でもわからないうちに、目から涙が溢れてしまっていた。
お付き合い頂きありがとうございますm(__)m
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