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95話 草?

【ホテルホーリーウッド・ルーシー視点】


 ”天使族(おさ)ミカエル・エリック・キング様”は、その日の午後、無事に天使界にお戻りになった。



 ミカエルフィーバーに沸いたアクアラグーンは、平穏な日常を取り戻しつつあった。



 その晩。連日の忙しさに疲れ果てていた私は、夕食を済ませ部屋へ戻るとベッドに倒れ込んだ。

 気持ちのいい夜風と、窓辺に咲くジャスミンの香りに癒され、そのまま眠ってしまった。


 +

 +

 +


 フワ……と、誰かにタオルケットを掛けられ、その気配に気づいた。

 薄っすら目を開けると、長い髪が月の光にキラリと輝き、窓辺へ戻って行く後ろ姿に、ハッとした。


「レグルス!」


 ガバッ……っと起き上がると、


「ごめん、起こしちゃった……」



 窓から射し込む仄白い光に包まれ、美しい妖精族の少女レグルスちゃんが申し訳なさそうにはにかんだ。



「気にしないで。 良かった~、また来てくれたんだ!」


「あっ、その、ちょ、ちょっとだけ、顔が、み、見たくな、なって」



 言い終えると、恥ずかしそうに両手で顔を覆い隠すも、ストレートのエメラルドグリーンの髪の間から、小さなピンクのバラがポンポンと咲いて床に落ちた。


 うっわー、妖精族の女の子って、やっぱりかわいい!



「私も、会いたかった! ちょっと待ってて、いいものがあるの。そこ、座って!」


 レグルスの手を引き、ベッドに座らせ、クローゼットから、昼間、大天使ミカエル様からいただいたメレンゲ菓子”メルヴェイユ”の瓶を持ってきて、ベッドの上に置いた。



「今日、ある人からいただいたの。一緒に食べよう!」


「いいの!?」


 喜ぶレグルスの髪から今度は、色鮮やかなオレンジ色の花が零れ落ちた。


「うん。レグルスが来たら、一緒に食べたいなって思ってたの。お花のお礼もしたいし」

「そんな!? お、お礼なんて……花なんて勝手に咲いちゃうから」

「いいの、いいの。はい、どうぞ!」


 瓶のふたを開け勧めると、レグルスはそっと華奢な手でお菓子をひとつ摘まみ、恐る恐る口に入れた。



「ん!? んんんん(おいしい)!!!」



 髪がフワッとなびいたかと思うと、お菓子の味を表現するかのように、赤や黄色、紫にオレンジ……カラフルな花々が次から次へと湧き出した。



「良かった~気に入ってくれて!」



 お菓子を食べながら、女子会が始まった。


 この前、咲かせてくれたヤグルマギクが、お母さんの好きな花だと教えると、また、幾つも髪から咲かせてくれた。レグルスちゃんは意外と物知りで、


「ヤグルマギクは、食べられるお花で、乾燥させてお茶にしたり、炎症止めの薬にもなるんだよ。あと、ちなみに、”ナスタチウム”これも食べられる」


 さっき咲かせた鮮やかなオレンジ色の花を、パクッと口に入れた。


「へぇ」


 私も一つ拾い上げ、食べてみた。

 ピリッとした辛みを感じたが、甘いものと一緒食べるのにいいかも。



「パンジーとかビオラも、確か、いける」


 レグルスは、ついさっき咲かせた、黄色い花に、スミレ? のような紫の花びらを、パクパク口に入れていった。


「本当!?」


 花を食べたら、美人になれそう……と思い、私も紫のビオラを拾い上げ、茎ごと口に運んだ。


「おおっ……お花の味!」

「あっ、ルーシー、その花、()は食べちゃダメだよ。ちょっぴり毒が入ってるんだ」


「え! そうなの!?」


 毒と聞いて、すぐに吐き出し、ティッシュにくるんでゴミ箱に捨てた。


「ビオラは、種とかにも毒があるから気を付けてね。食べられるのは、花びらだけだよ」

「ありがとう。お花を食べるときは、レグルスが一緒の時じゃないと、危ないね」

「い、一緒!?」

「うん! 素人判断は危ないから、あと、もしかしてキノコとかも判るの? 食べられるのかどうか?」

「キノコ?……うん、もちろん。でも、さずがに、生やすのは無理だけど……」


 レグルスは首を傾け、困ったような表情で微笑んだ。


「判るだけでも凄いよ! 秋になったら、一緒にキノコ狩りに行きたいね」


「一緒に、キノコ狩り!」


 嬉しそうに、瞳を輝かせた。


「うん、スープにしたり、焼いても炒めてもいいし……」

「リゾットも美味しいよ」

「リ、リゾット!」


 久々に聞くオシャレな料理名。よだれが出る。


「ボクが好きなのは、ポルチーニ茸と麦とミルクで作るリゾット」

「美味しそう! レグルス、料理得意なの?」

「う、うん。まあ……」

「将来、いいお嫁さんになりそう」

「お、お嫁さん!? ボクが!?」



 ”お嫁さん”と言われ、焦る(多分照れてる)ボクっ子妖精。

 髪から、ヤグルマギクに似ているがワシャワシャした葉っぱが付いた白い花がポンポン現れ、カラフルな花たちの上に落ちていく。


 可愛すぎる!



「レグルスは、可愛いのに料理もできるなんて凄いよ! 私から見れば、理想のお嫁さんだよ」


「そ、そんな、ルーシーだって、こ、婚約して……アークトゥルスと…」


「知ってたの!?」


「妖精族の間では、有名で……」


「あちゃー」

 

 私が、イム副隊長(アークトゥルス王子)と婚約している事も、もう既に知ってたのね。

 あの妖精王が、あちこちで言いふらしているらしいから、仕方ないか……。



「ルーシーは、どうして、婚約したの?」


 レグルスが、真剣な表情で私に聞いた。


 これはもしかしたら、レグルスはイム副隊長(アークトゥルス王子)の大ファンで、その王子と私が()()()()したことについて、きっと何かしら疑念を抱いているに違いない。



 レグルスには、変な誤解はされたくないので、正直に答えた。



「目が覚めたらそうなってた」


「は?……なにそれ?」


 レグルスが呆れた顔で私を見つめた。


「でしょ? 私も信じられなかった。あーんな()()()()()()()()と婚約なんて」


「カッコ……イイ!?」


 なぜかレグルスの表情が固まり、髪の間から()ではなく”()”がピョンピョン飛び出した。


 草?


「フフッ、レグルスなにそれ!」



 思わず吹き出し、飛び出た草を引っこ抜いた。


 牧草のような、草。


 草……?。


 レグルスちゃんの態度からして、”笑える”とかって意味でもなさそう。


 なんで……草?



「アークトゥルス……確かに……騎士で、カッコイイ……かも」



 小さい声でレグルスは呟き、ピョンピョン草を生やしながら、可愛い顔をギュッとしかめた。



 まずい……レグルスは、イム王子のことが凄く好きだったのに、こんな”勇者”ってだけの、つい最近山から出てきたばかりの私が、訳も分からずあっさり”婚約”してしまったと知り、憤りを隠せないのかも!?


 ともすれば、この草は、”ふざけるな!”っていう意味合いの代物なのかもしれない。 



「で、でも、まだ婚約した()()だし。相手の気持ちだってどうなのか、よく分からないから……」



 私よりも幼いはずなのに、レグルスちゃんは急に大人びた表情になり、草を成長させながら真剣な顔で私に聞いてきた。



「あいつ……。じゃなくて、その王子は、ルーシーになんて言ってるの? 愛の告白とかされた?」



 よりによって、痛いところを聞いてくる。



「特に、なにも、ないかな……その、2人っきりで話したのも、数えるくらいだから……」



 盛ってしまった…!

 2人きりで話したのは、厳密にいうと”1回”! 

 しかも、走りながら!


 

「ええーーーーっ!!! なのに婚約!? ルーシーは、それでいいの!?」



 驚きの声を挙げた。


 あれ? 

 レグルスはどっち寄りで話してるの?



「いいとか、悪いとか、そういう余裕がなくて……でも、何の後ろ盾も無かった私にとっては()()()()()()()……って考えてる」


()()()……か」



 伸びた草の先が膨らみ、ビヨン! と馴染みのある雑草が顔を出した。


 ()()()()()!?

 

 納得したようにレグルスは、腕組みをして、さらに大人びた表情で「そういうことか」と、小さく呟いた。



「フフフっ、で、なんで猫じゃらし?」


「なんとなく……」



 猫じゃらしを手に取り、チクチクする穂先を揺らし微笑むと、レグルスもフッと笑った。




「そんな事より、レグルスは好きな人とかいるの?」


「ボッ、ボクの、す、好き……!? ……っと、その、……」



 急に話を振られて焦るレグルスの髪から、今度は鮮やかなピンク色の花が咲き出した。 

 やった、図星! 

 髪から出る感情を隠せないレグルスちゃん、超可愛いっ!

 今度は、お姉さんの私が反撃しちゃうぞー! 



「ほらほら、はっきり言いなさいよ」


「ルっ……そ、その、その、好きとか……あああっ」


 恥ずかしそうに顔を覆うも、髪から湧き出るピンクの花たちに覆いつくされるレグルスの姿に、お姉さんは、きゅんきゅんしっぱなしだった。

 

「フフフッ、かっわいい! レグルス、超かわいい!」


「もう、かわいいとか、言わないで!」




 コンコン……



 真夜中。

 部屋の扉をノックする音に、私たちは黙って顔を見合わせた。



 コンコン……



「(小声)ルー、誰かいるの?」


 レイ兄さん!


 私たちの話し声で目が覚めてしまって、十中八九、注意しに来たんだろう。


 レグルスは、ピンクの花を零しながら首を横に振り、人差し指を自分の唇に当て、”言わないで”と目で訴えている。

 私はドアまで行き、扉越しに小声で言った。



「(小声)兄さんごめん、独り言。うるさかった?」


「(小声)うん、まだ、夜なんだから、静かにしてね。ふぁ~~~(あくび)じゃあ、ルー、おやすみ」


「(小声)おやすみなさい」



 ドアに耳を当て、レイ兄さんが部屋に入る音を確かめ、振り向くと、


 !


 さっきまでベッドに座っていたレグルスの姿が、部屋から忽然と消えていた。




「(小声)あ……帰っちゃったのかな」




 開け放たれた窓のカーテンが静かに揺れ、部屋中に散らばった花々の香りがフワリと鼻をくすぐった。

 窓の外に顔を出し、辺りを見回したがレグルスの姿は見えなかった。

 もしかして、同じ宿に泊まっているのかな? でも、レイ兄さんに気づかれずに私の部屋に来ることが出来るなんて、よくよく考えたらすごい女の子だよね。


 夜空には満月に近い大きな月と、その光を反射して輝く湖。その向こうの樹海の辺りに小さな人影が”チラッ”と動いたような気がした。


 

 ……イム副隊長かな?



 昨晩、天上界事務局の件で、突然加勢してきた極秘任務中のイム副隊長に、ロナが「どうしてここに?」と聞いたところ、頭を搔きながら「そこの監視(樹海を指さし)」と、ぽろっと言っていた。イム副隊長も、美人のロナには弱いのかな……って考えたら、なんだかちょっぴり悲しくなった。



 窓を閉め、散らばった花を集め机に置き、ベッドに寝転がり目を閉じた。


 

 ”目が覚めたら王子と婚約”



 そんなうまい話、あるわけない!

 浮かれるな私!



 私は、アレキサンドライト王国アンフェール城の騎士見習で、”聖なる光に選ばれし勇者”。

 この国を守るため、氷の魔女と戦うのが私の使命。

 王子と婚約したところで、あの魔女を倒さない限り結婚なんて考えられない。


 下手したら、このまま……


 ”勇者の結末あるある”で、そういうのあった。

 戦いが終わって帰ってきたら……婚約者が別の人と結婚していたり、社会的に抹殺されたり、自分のせいで王国が消滅したり、魔王になってしまったり、()()(新たな敵が現れる)に続いたり……



 『()()って!?』「わっ!」


 ベッド脇に立てかけて置いた”勇者の剣(シャルル)”の突っ込みに思わず声が出た。



 『アハハハ! ほんと、ルーシーって面白いね』


「(小声)起きてたの? 聞いてた!?」


 『起きてたけど……っていうか、眠らなくて大丈夫? 明日からまた訓練だろ』


「(小声)そうだった……」


 『それに僕は、君が考えているような不幸な結末(バッドエンド)には絶対にしない、必ずみんなを幸せにする、安心して』


「(小声)フフフッ! プロポーズみたい、ふわぁ~~(あくび)」


 『考えても仕方ないことは、考えるだけ無駄!無駄! さっさと寝る!』


「(小声)そうだね」


 『おやすみルーシー』


「(小声)おやすみ」



 イケボの”勇者の剣(シャルル)”の言葉に、今はとにかく、余計な事なんて考えず”頑張って眠らなきゃ”と……気合を入れ眠りについたのだった。


 

お付き合い頂きありがとうございますm(__)m


ブクマや★を頂けると励みになりますので、応援していただけると嬉しいです!


※2021/11/3 訂正しました。

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