94話 あのTシャツが、1500FL
【アクアラグーン宿場町教会付近・ウィリアム視点】
※王暦1082年5月22日。
夕刻。
今日で休暇は終わり、明日からまたアンフェール城に戻り仕事が始まる。
天使族長ミカエル様来訪に、ロナと一緒にカフェの手伝い。そして、天上界”ZERO隊”……普段と比べたら、格段に充実した休暇だった。
そして最後に、もう一回。
ひと目だけでもロナの姿を見ようと、僕はアクアラグーン教会の近くをウロウロしていた。
教会に入ればきっと会うことは可能だが、それといった用も無いし、度胸も無い。
「君への気持ちだ」とか、お花とか持っていけばいいのかもしれないけど。逆に「え……」と困惑されて、引かれてしまったら……明日からどうやって生きていけばいいのか分からないくらい、僕は落ち込むぞ。
ドンッ!
考え事をしていたら、前から歩いて来た人にぶつかってしまった。
「わっ、すいま……あ」
「あ」
見覚えのある顔。
黒い髪に、僕より少し高い背丈。青緑の瞳。
今日は、無地の白いTシャツを着ていて、背中から天使族らしい白い羽をファッサファサさせていた。そして、昨日森で見た時よりも、悔しいがちょっと男前だった。
細身でバッキバキに鍛え抜かれた身体に、武器をパンツの中にまで仕込んでいた、天上界事務局”ZERO隊”のメンバー。
名前は確か、”フェノール”さん。
「昨日の!?」
「君は……勇者のお兄さん」
フェノールさんは、照れくさそうに頭を掻いた。
「(小声)あの、大丈夫なんですか、ここにいて? 確か、ミカエル様は午後にデウスに戻ったって聞いたけど。」
「(小声)いやぁ、任務外されちゃってね。で、帰るついでにあの子を見ていこうと思ってね」
「(小声)え!? 誰!?」
「(小声)その……これ位の長さの金髪で、瞳の色が綺麗な」
ロナ!?
確かにロナは、誰もが目を惹く美人だ! こいつが一目惚れしてもおかしくない。
「(小声)どうして?」(ウィリアム)
「(小声)え、ど、ど、どうって、その……」(フェノール)
「(小声)ストーカー?」(ウィリアム)
「(小声)違うよ!」(フェノール)
「(小声)じゃ、なに」(ウィリアム)
「(小声)何って……それより君は? さっきからこの辺、歩き回ってるけど」(フェノール)
「(小声)え!? いやっ、その、……」(ウィリアム)
フェノールさんがニヤッと笑った。
「(小声)ストーカー?」(フェノール)
「違う!」(ウィリアム)
キィィィ…
教会の裏口のドアからロナが現れた。
「(小声)あ、あの子だ!」
フェノールさんが瞳を輝かせた。
やっぱりロナか!?
あれ!?
裏口から出てきたロナは暗い表情で、しょんぼりと項垂れ”はぁ~っ”とため息をついた。
「(小声)どうしたんだろ?」
「(小声)勇者の兄、聞いてこい!」
「(小声)あの、僕、ウィリアムです」
「(小声)そうか、ウィリアム。俺は、」
「(小声)フェノールさんですよね」
「(小声)偽名だけどね。ほら、さっさと聞いてこい」
ウィンクしたフェノールさんが、僕の背中をバンバン叩いた。
「えーー」
すると、ロナがこっちに気づいて手を振った。
「ウィルさーん!」
うわぁぁっ、名前呼んでくれた!!!
嬉しくて、そして恥ずかしくて、クルリと背中を向け、フェノールさんの腕にしがみつき、思いっきりニヤけている顔を必死で隠した。
「うおいっ! 放せ。ああっ! こっちに来たよ……ウィリアム」
慌てるフェノールさんにロナが話しかけてきた。
「ウィルさんの、お友達?」
「あ、ええと、そ、そう」
ロナに話しかけられ慌てるフェノールさんに、なんだか親近感が沸いた。
「そそ、それより、ため息なんかついて、ど、どうしたの?」
ニヤける顔をどうにか戻しロナに聞いた。
「見られてたの!? 恥ずかしいー!?」
「ごめん、見るつもりはなかったんだけど……」
「いいの。……はぁ~~~っ。ミカエル様の”ご聖寵”でね、Tシャツの在庫がなくなったから、奉仕活動で、みんなで刺繍してたんだけど……」
バッグから水色のTシャツを取り出し、広げてみせた。
”I♡ミカエル”の、♡が歪み、ミカエルの文字も、何かに引っかかれたような痛々しい惨状。所々に赤い点々があり、模様かな? と思ってよくよく見ると、血の跡で……指には、針で痛めたのか何枚も絆創膏が張られていた。
美人で何でもできそうな感じなのに刺繍が苦手って、めちゃくちゃかわいいじゃん!
「売れないから、お洗濯して、”やり直し”って言われて」
酷く落ち込む姿に僕は思わず言ってしまった。
「じゃあ、それ、僕に売って」
「え!? でも……」
「ロナが、一生懸命作ったんだろ、いくらだ?」
「1500FL」
「お安いごようだ! はいっ (お金を渡し)、もーらいっ!」
「ありがとう。今、教会に売り上げ入れてきますね!」
パアァァっと、花のように微笑むロナが、嬉しそうに教会の裏口に戻ろうとすると、
「ちょっと待って!」
フェノールさんが声を挙げた。
「なにか?」
「俺も、その、君が刺繍したTシャツ、欲しいな……って」
「えっ!?」
信じられない!? という表情でロナがフェノールさんを見返した。
「だから君が刺繍してくれたTシャツを…」
「……もう一枚、あ……ああ……あるにはあるけど……」
ロナが、気まずそうにバッグからもう一枚Tシャツを取り出し、恐る恐る広げてみせた。
さっきのよりも酷い、じゃない、拙い刺繍にフェノールさんはフッと吹き出した。
「じゃあ、俺はそれを頂くよ」
「いいの!?」
「だって、君が刺繍してくれたんだろ」
「…はい」
「来週から、南の海の防衛部隊に配属される。お守りにするよ。はい、1500FL」
その言葉にロナの表情が変わった。
「ええっ! そんな!? じゃあ、あの、もしお嫌でなかったら、私から安全祈願の加護をさせていただきたいのですが」
「加護!?」
「巫女見習いをしておりまして、習いたてですが安全祈願の加護を……よろしかったらウィルさんも」
+++++
僕たちは教会の裏口の方へ移動し、売上金を入れて戻ってきたロナから加護を受けることになった。
「聖なる光よ、この者に光の加護があらんことを……」
ロナの手から放たれた白い光が、跪くフェノールさんの額に吸い込まれていった。
「顔を、上げてください」
チュッ
ロナがフェノールさんの額にキスをした。
「「え!? えええええっ!!!」」(フェノール&ウィリアム)
キスされたフェノールさんは驚き、僕もその衝撃に固まった。
「あ、あのっ。ごめんなさい、い、いいい、いつもの癖で……」
癖!? キスが癖!? そんな嬉しい癖って!? あるの!?
「い、いえ。ありがとうございます!!!」
フェノールさんは、感激し顔を真っ赤にしていた。
キィィ……
「そこにいたのか、ロナ!」
今度は僕の番! と、心躍らせていた矢先にマルクスさんが裏口からヒョッコリ顔を出した。
「ウィルくんだったのか、あのTシャツが売れたって聞いたから。そちらの方は?」
「あ、フェノールさん。知り合いです」
「どうも」
フェノールさんは一瞬でキリリとした顔になり、マルクスさんに会釈した。
「(早口)済まない。これから、騎士団宿泊所で会議があるので急いでいる。すぐに宿へ向かうが、いいか?」
「あっ、はい」(ロナ)
「僕の加護は!?」
キスは!?
「マルクスさん、30秒だけ下さい。 聖なる光よ、以下省略!」
ブワッ!!!
ロナの手から放たれた、想像以上に大きな光が僕の顔を包み込んだ。
押し寄せる濃い光の粒子が、顔面を覆い息が苦しくなった。
「うわっ、っぷ……」
「あれっ……あれ、わ、うわ、ごめんなさい。急いじゃったから加減が………出来なくて、ああっ」
粒子を払いのけようと僕の顔を優しくパチパチ叩くロナの手の感触に、苦しみながらも極上の幸せを感じた。
「ハハハッ! ロナ、加護は急いでするもんじゃないぞ!」
マルクスさんが飽きれて笑った。
「ごめんなさーい! ウィルさん大丈夫ですか?」
僕の頬を両手で包み、心配そうに見つめるロナに精一杯微笑んだ。
「大丈夫だよ。あ……ありがとう」
「本当にごめんなさい。ヤダ、叩いて顔が腫れちゃってる。どうしよう、ああっ、ウィルさん、ごめんなさーい」
叩いたせいで赤くなったと思ったらしいが、これはもうただ単に僕が照れているだけだ。
フェノールさんは、僕の横で爆笑している。
「ウィル、じゃあ急ぐから。ロナ、行くよ」(マルクスさん)
「ごめんなさーい! ウィルさん、とそちらの方、ごきげんよう」
夕焼けの中、駆け足で宿に戻るマルクスさんとロナを見送り、僕は呆然とその場に立ち尽くした。
「ッハハハっ(笑い)最高だね! 俺、アンフェール城の騎士になろうかな」
「マジで!?」
「……冗談だよ!」
笑って俺を見つめるフェノールさんの瞳の奥に、一抹の不安を感じ取った僕は、遠慮なく尋ねた。
「ねぇ、今度の配属先って危険な仕事なの?」
「ええっ!?(ギクっ)……ってか、なんで?」
反応からして図星だ!
「なんとなく。そんな顔してるから」
「俺、そんな顔してた!?」
「うん、僕たちのせい?」
「いいや、前から決まってた」
「嘘!」
「決まってた!」
「……」
疑いの目でフェノールさんを見上げると。
「そんなこと、君は心配しなくてもいいんだよ」
ふっと微笑み、僕の頭に手を乗せ、わさわさ撫でた。
なんだその余裕。
でも、フェノールさんはかっこいい。
昨日は、ルーシーを狙う”危険な奴”と思っていたけど、実際は、ミカエル様を極秘警護していた天上界の特殊部隊と知り。正直僕は、昨夜から興奮を隠せなかった。
「気をつけてよ」
「言われなくてもそうするよ、じゃあな」
「またね!」
ロナが刺繍したお揃いの”Tシャツ”を握りしめグータッチした。
+++++
【アクアラグーン宿場町教会付近・フェノール(偽名)視点】
帰り際、ロナの顔を見に行くついでに、アクアラグーン教会で売っている限定カラー(アクアブルー)のミカエル様Tシャツを購入しようと教会に向かっていると……”勇者の3番目の兄”が、何か思い悩んだ表情で、俺の目の前を横切った。
職業柄、どうしたものかと気になり、土産物を見るふりをしながら暫く観察していると……。
彼は教会の前を何度も行ったり来たりしながら、教会の中に入ろうかどうしようか迷っているようだった。
教会に想い人でもいるのかな?
微笑ましい光景に、俺は堪らず、わざとぶつかったふりをして”勇者の3番目の兄”に声を掛けてみた。昨晩の件(縄をほどいて介抱してくれた)もあったし、ここで勇者の兄と、ちょっとした顔見知りになるのも悪くない。
予想外に、彼は俺の事をちゃんと覚えてくれていて、ご丁寧に偽名 (フェノール)でしっかり呼ばれ、俺はなんだか嬉しくなった。
彼の目的は、”ロナ”だった。
ロナに「ウィルさん」と愛称で呼ばれただけで顔を赤くし、下手糞な刺繍のTシャツを即買いするほど、ロナの事が好きらしい。
もちろん、俺もTシャツ買ったけど。
ロナからの安全祈願の加護の”キス”(額)に俺も、驚いたが。
ウィリアムは、グレーの瞳を金色に輝かせ赤面し硬直していた。
次は自分の番! と思っていた矢先の、ロナのとんでもない光の加護の暴発に、頬を叩かれ、更に赤くなりながら喜ぶ逞しすぎるほどの純情な姿に、もう笑いを隠せなかった。
勇者の兄”ウィリアム”。
はじめは、チャラそうに見えたが、なんか、素直で優しい、いい奴だな。
何があってもロナを守って、大切に扱ってくれそうだ……。
+++
(回想)
ロナは、俺の妹のような存在だった。
15年前。
ロナは、天使界の小さな町”ミコス”の修道院で生まれ、天使族長に就任なさる前のエリック(ミカエル)様から洗礼を受けた。
氷の魔女の軍から攻撃を受けたミコスの町は、氷で閉ざされ、逃げ場もなく、一歳下の実の妹アンと俺は、母が働いている修道院へ逃げ込んだ。到着した時にはすでに、修道院は半壊していたが避難してきた人々は全員無事だった。
母や避難していた町の人々から聞いた話では、
『その”ロナ”と名付けられた赤ん坊から発せられた加護の光は、まるで結界のように、攻撃や瓦礫を吹き飛ばし、氷の魔女の軍もその修道院の中へ入ることが出来ない程だった』と……。
氷の魔女の軍が撤退した後、その母子が”シェルギエル家”へ引き取られた。
シェルギエル家。
当時(15年前)、その当主の女癖の悪さは有名で、妻のほかに多くの愛人を持ち、年端もいかぬ娘にまで手を出そうとした事件が明るみになり、天使界から追放されていた一族だ。
ロナとその母は、シェルギエル家次男の後妻として迎えられたが、その次男の目的は、讃美歌の歌い手をしていたロナの美しい母親で、娘のロナは引き取られてすぐミコスの修道院に戻され、預けられた。
修道院の給仕をしていた母のつてで、俺は週に何日か修道院へ通い、妹のアンと一緒に蒔き割りや、幼いロナや孤児たちの世話をしていた。
ロナの印象は、明るく聡明で、優しい女の子だった。
俺が15歳になり天使軍に入隊し、しばらく会えなくなると伝えると、「頑張ってね」と笑いながら泣いてくれた。まだ5歳なのに、俺を気遣って笑顔を見せようとするロナの純粋な優しさに、胸がキュンとした。
言っておくが、俺に幼女趣味はない!
ロナたちを含め世話をしていた孤児たち全員は、俺の弟や妹だと今も思っている。
俺は、ただ、ロナを含め子供たちの幸せを願い、平和のために戦う道を選んだだけだった。
そして数年前、シェルギエル家の当主をしていた長男が謎の病で急死したという知らせに、胸がざわついたのを覚えている。今現在、当主を引き継いだ次男がシェルギエル家を建て直そうと奔走しているらしいが……。
悪魔の国王べリアスの城に現れた、新しい”聖なる光に選ばれし勇者”と、南の海に迫る氷の魔女の気配。
ロナが今、アンフェール城で”聖なる光に選ばれし勇者”と共に騎士見習として暮らしていると、母から聞いた時は驚きを隠せなかった。
ロナは、”一生神殿で祈りを捧げて過ごすように”と、義理の父親から命を受けていたはず。
恐らくシェルギエル家再興のカギとなりうる、”勇者ルーシーに取り入るため”。もしくは、情報を得るため、ロナを無理やり騎士見習にさせ、アンフェール城へ行かせたのではないかと……。
あのロナが騎士見習としてやっていくなんて、無理だろうと俺は考えていた。
きっとすぐに修道院に戻ってくると、もう既に戻っているだろうと、そう思っていた。
なのに、まさか……あの小さくて、可愛らしくて、優しいロナが……髪を短く切り、勇者ルーシーと共に騎士見習強化合宿に参加しているなんて。しかも昨晩、オルトさんの肩を外し戦意喪失させた張本人だなんて……。
今朝、ホテルホーリーウッドのレストランで、青と緑の瞳の君と目が合うまで、不覚にも俺は、
ロナだと、気がつかなかった!
……10年か。
10年ぶりに会ったロナは、見違えるほど美しく逞しく成長していた。
俺の事なんてすっかり忘れていたけど。勇者ルーシーやその友人、勇者の兄ウィリアム、護衛の騎士……皆に大切にされ、今のところは、幸せそうに過ごしている。出来ることなら、このままアンフェール城で、巫女でもいい、騎士でもいい、なりたいものになって、楽しく好きに生きて欲しいと願わずにはいられなかった。
勇者ルーシーについての”悪い噂”など、現段階で俺の知る限り耳に届いていないところをみると……ロナが、そう易々とシェルギエル家の言いなりになり、”勇者”を売るような真似はしてないのだろうと、俺は考えている。
ロナの周りで何が起こっているのか、デウスに戻るついでに、”シェルギエル家”について部下たちに調査を依頼するつもりだ。
来週から俺は、南の帝国へ密偵として潜入する準備に入る。
”危険な仕事なの?”と、勘のいい勇者の兄ウィリアムに気づかれてしまったが、昨夜の失態のせいではない。
残念ながらこれは、1カ月前に既に決定していた。
正直怖いが、この国を守る大事な仕事だ。
ロナが刺繍した”Tシャツ”と”安全祈願の光の加護”そして、ロナの笑顔。
勇者の兄ウィリアムのお陰で、出発前に最強のお守りを得ることが出来た俺は、本当にラッキーだ!
どうにか生きて帰ってこれるよう、気を引き締めないと!!!
ああ……恥ずかしいことに、ロナにキスされた額が、まだ熱い。
ビシッ! ビシッ!
俺は両手で顔を叩き甘い雑念を払い、夕闇が迫るアクアラグーンからデウスへ飛び立った。
お付き合いいただきありがとうございますm(__)m
次回、6章に入ります!
レグルスちゃん登場予定です。




