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91話 馬鹿な! そういうことだったとは!

【アクアラグーン訓練場・ミカエル視点】

 ※王暦1082年5月22日。




「エリック、申し訳ないが、不合格だ!」




 サミュエルから、試験結果を言い渡された。


「…………」

「そう落ち込むな。昼の弁当、一緒に食べるだろ!」


 私が頷くと、「じゃあ、先に行って待ってる」と言い、サミュエルは訓練棟へ走って行ってしまった。




 自分でも、分かってる。


 腹筋も、懸垂も、ボール投げも、……走り幅跳びなんて、3回とも飛ぶ前に転んで記録0mだった。


 マラソンも、皆やダニエルが応援してくれたのに、時間内(20分)に走りきることができなかった。

 体術もハンデ(片手縛りのレイお兄様と対戦)を付けてもらったのにすぐに負けてしまい、弓も引くことすら難しくて、矢が飛ばなかった。

 剣術もハンデ(利き手じゃない手で戦うレイお兄様)が付いていたが、力み過ぎて思いっきり地面を叩いて、手がしびれて木刀を落としてしまった。


 なに一つ、満足に出来ない自分が情けなかった。


 ルーシーや騎士見習いの少年たちは、私の知らぬところで日々努力し、このような厳しい試験を突破し騎士見習になったのだ。


 そもそも、運動も苦手で、今までなんの努力もせず、しかも天使界から逃げてきた私に、騎士になる資格などないのかもしれない。


 試験中も、転んで怪我を負うたび、サミュエルに助けられてばかりいた。

 こんなんじゃ戦場に行ったところで、いい足手まといだ!




 グラウンドのベンチに座り、当然の結果に落ち込んでいると、ダニエルが私の隣に静かに腰を下ろした。



「ダニエル。 私は、騎士見習にはなれそうもない……なったところで、皆の足手まといだ」


「そうですね」


 ダニエルは、間髪入れずに言った。



「フ、フフッ。正直だね……傷つくなぁ……」



 いつもだったら励まし、優しく慰めてくれるダニエルの冷たい返事に、悔しさが込み上げた。

 もう”(おさ)”ではない私に、気遣いなど無用と判断したのだろう。



「これから、どうなされますか?」


「悔しいが……どうにも、ならぬ」



 ”(おさ)”を辞め、騎士見習試験に落ち、そして、近いうちに天使界から追放される。

 この先私は、どうすれば良いのだろうか? 



「フッ、フフフッ、フフフフっ」


 いきなりダニエルが、吹き出し笑いだした。

 

「わ……笑った? のか」


 もう”長”ではない私を、試験に落ちた私を、ダニエルが、あざ笑ったことにショックを受けた。



「はい。フフフッ」


「面白いだろうな……さんざんお前を振り回した挙句、試験に落ちたのだから」


「フフフ、誰しもそのような事はございます」


「ううっ……」



 泣き出しそうになった私に、ダニエルは体を向け優しい表情で見つめた。



「ミカエル様。1つ、お聞きしてもよろしいですか?」


「なんだ?」


「どうしてそこまでして、べリアス陛下の”()()()()()”になりたいと、お考えになったのですか?」


「は? ……べリアス、陛下? の?」


 考えてもいなかった話に、声が裏返った。


「アンフェール城の騎士になるという事は、即ち、国王べリアスに()()()()()、王国の平和を守るため、軍役などに奉仕するということでございます」


「えっ!? ……私はただ、ルーシーの側に居たくて……はぁっ!? べリアスに!? ……忠誠など……。あ、あああっ……私としたことが。馬鹿だ! 私は、なんて馬鹿なことをしてしまったのだ……」



 ダニエルの話の趣旨を一瞬で理解した私は、ここ数日、”ルーシーに会いたい”、”サミュエルのようになりたい”ということしか考えていなかった自分の行動の浅はかさに、頭を抱えた。




「フフフ……左様でございましたか。良かったですね、()()()で。クッ……フフフフ」


「わ、笑え。もう、どうにもならん。ああっ……馬鹿なっ……」



 自分の馬鹿さ加減に呆れ、泣く気にもなれない。



「フフフフ。ミカエル様。明日は、海辺の町キーオの教会で”ご聖寵(せいちょう)”(”至高の癒しの光”を人々に与える儀式)なされました後、ノール帝国海軍との会談もございます」


 と、切り出すダニエル。

 白い建物が立ち並ぶ、美しいキーオの町が目に浮かんだ。


「……キーオか、あそこの教会の神父は、いつも特産のレモンのはちみつ漬けを皆に振る舞ってくれる。今年もたくさん作って待っているのだろうな」



 優しく微笑む神父の顔が浮かんだ。

 みんな、こんな私に、良くして下さったのに……裏切るようなことをしてしまった自分が情けない。


 悔しさで、胸が張り裂けそうだ。

 私は、なんて馬鹿なことをしてしまったのだろう……。




「ミカエル様……休暇は、今日までで宜しいですか?」


「え、休暇???」


 

 思いもかけない”休暇”という言葉に意表を突かれた。



「幸いでした。ノール帝国の軍事協定関連の予備日として、3日間空けておりましたので」


「い、いっ、いままで”()()”だったのか!? なぜ、それを早く言わぬ」


「お伝えする前に、飛び出して行かれましたのはミカエル様です。若気の至りとはいえ、心配致しました」


「じゃあ、私は、明日からも”(おさ)”を、続けられるのか!?」


「勿論でございます」


「ダニエル! 」


「はい」


「済まなかった。お前を困らせ、傷つけた。申し訳ない」


 深く頭を下げると、ダニエルの手がフワリと肩に触れた。


「謝らないで下さい。この休暇中、ミカエル様の、楽しそうなお顔、悔しがるお顔、お喜びになられるお顔、酔いつぶれて微笑みながら眠るお顔、様々なお姿が見られて、(わたくし)は幸せでした」


「そ、そんな……沢山、迷惑をかけたのに」


「迷惑ではありません。今まで、我慢なさってたことや、やりたいことがあるなら、是非とも(わたくし)にご相談ください。ミカエル様の執事として、誠心誠意尽くさせて頂きます。ミカエル様の幸せが、(わたくし)の幸せです」


「そんな、ダニエル大袈裟だな」


「大袈裟ではありません。これからはもっとご自由にお考えやご希望を、遠慮なく(わたくし)に仰って下さい! どうか、お一人で思いつめないで下さい!」


「ああ、よく分かった。最初からお前に相談しておけば良かったと……あんな馬鹿な真似……あ、ああ……あと、ダニエル大変だ。今、身体が痛くて……動けぬ」



 ”戻れる”と分かった瞬間、安堵したのか身体中が痛み出した。



「それは筋肉痛です」


「筋肉、つう……?」


「フフフフ、サミュエル様をお呼びいたしますか?」


「ああ、頼む」


「かしこまりました」


「あと、ダニエル。本当に…………す、済まなかった! 許してくれ!」



 ダニエルは、私の涙をハンカチでふき取り、優しく微笑み大きく頷いた。



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