90話 フォーチュンキューピッド世代
【ホテルホーリーウッド→アクアラグーン訓練場・ルーシー視点】
※王暦1082年5月22日。
昨夜遅くに捕まえた”覗き犯”が、ミカエル様を極秘で警護していた天上界事務局の方々と聞き、私達は凍りついた。
[昨夜の回想]
はじめに、異変に気付いたのはスカーレット先輩だった。
ホムラと一緒にレイ兄さんに伝え、警戒していたところ、その影がキラリと光るものでこちらを覗いていたのを確認。3人は窓から飛び出し追跡を始めた。私も、ロナとホテルの裏口から湖の方に走った。
レイ兄さんの光る追尾型の矢と、黒いホムラの矢、スカーレット先輩の銀色の攻撃力の高い矢を、その二人組はひょいひょいかわし、一向に動きを止めない。広く開けたところに出たので、矢をかわすのに気を取られていた二人組の行く手を、高い防御壁で遮り、なおかつ”コ”の字型にして左右どちらにも逃げられないよう追いつめた。
服もボロボロで、矢が何本か当っているのに、それなのに二人は、なかなか降参しようとしなかった。
覗き犯って、なんて往生際が悪いの!?
それに、無駄に身体能力高すぎない!?
3種類の矢に追われ、そこに、駆け付けたイム副隊長が双剣で飛ぶ斬撃を加えても、その二人は飛び上がったり、身を伏せたりして何度もかわし……。
仕方なく防御壁で圧死さないように”サンドイッチ”にした。
動きが止まり、やっと確保! と思っていたら、なんと、おじさんが防御壁を素手で破壊し始めた。
マジか!?
と、驚いていると、ロナが空からそのおじさんの腕を掴み、くるっと回転させ、サクッと肩を外した。おじさんの叫び声と、もう一人の泣きながら謝る声が響いた。
私たちは、ただ諦めの悪いやたら強い”覗き犯”と思っていた。
が! 天使界のその上の天上界の、天上界事務局の護衛。いわゆる”隠密部隊”だったとは!?
強いはず。
私たちの説明を聞いたスチュワート様が青ざめ、ターナーさんの肩にもたれかかった時は、さすがに何かしらの処分を覚悟した。
「護衛対象者(女子4名)自らが犯人捕縛に行くなどもってのほかです! 無傷だったのが奇跡です。運が良かっただけですよ!」
スチュワート様が涙目で仰られた姿に、さっきまで犯人を捕まえて得意げだった自分たちの浅はかさを猛省した。
そして、ターナーさんが、スチュワート様の”弟”だと、その時初めて知った。
そういや似てる……。
あとで、色々聞きたかったのに”箝口令”だからそれ以上喋っちゃいけないと、一同に釘、いや剣山刺すぐらいの圧で厳しく釘を刺し、スチュワート様は移動用魔法陣の中へ消えて行った。
(回想終わり)
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今朝。レイ兄さんから「今日の訓練は1時間遅れで10時からになったから」と告げられ、いつもより遅めに朝食に行くと……
「おはよう」
ミカエル様の輝くような笑顔に、女子4人呼吸が止まりそうになる。
ミカエル様は、昨夜のことなど全くご存じないご様子。
マルクス副隊長と先に朝食を済ませ、食後の紅茶を飲みながら楽しそうにお喋りをしていた。
さすが親戚同士。背格好も顔立ちも似ていて、尚且つ白い!
あの二人が座るテーブルの周りだけ、神の祝福を盛大に受けているかのように光輝いていた。
ミカエル様効果なのか、今朝のホテルホーリーウッドのレストランにいる宿泊客は普段よりも多かった。ターナーさん曰く、そのほとんどが昨日の”ご聖寵(癒しの光)”目当てでやってきた”信者さん”らしい。
老若男女幅広いファン層の厚さに、ミカエル様の凄さが伝わってくる。
私たちが、ミカエル様に朝の挨拶をした際、一斉に視線がこちらを向いたのには心底ビビった。すぐに視線の興味はミカエル様に戻ったけど……。年がら年中、大勢の視線に晒され続けながら生活するストレスは、私だったら耐えられないな……なんて思った。
そして、いまもこの中に天上界の隠密部隊の人が何人か紛れ込み、ミカエル様の警護をしているのだろう……。
私たちは時間もあまりなかったので朝食をさっさと食べ終え、ミカエル様、エスタ様、マルクス副隊長、レイ兄さんと、女子4人で訓練場へ向った。
+++++
訓練場へ向う道すがらミカエル様は、ロナの緑と青のオッドアイを見て「瞳の色が素敵だね」と、仰った。ロナが自分の出身地が”ミコス”という街だと言うと、ミカエル様は驚き目を輝かせ「もしかして、あの時の赤子なのか!?」とロナを問い詰めた。
何が起こったのかよくわからない私たちが話を聞いていると、
「戦争中、ミコスの町の避難先の修道院で、出産に立ち会い。15歳だった私が、未熟ながら、洗礼と名付けまでさせて頂いたことが……」
「そうです!……覚えてらっしゃって……」
ロナが輝くような笑顔で答えると。
「忘れるわけないよ。あの時、デウスに一緒に連れて帰っていれば助かったかもしれないと、ずっと、心残りで……そうか、あの時の!」
15歳の時って!? ミカエル様って今何歳!? 30超えてる!?
戦争中、産院が破壊され行き場をなくしたロナの母が、ミカエル様が避難していた教会へ助けを求め、そこで出産。母子ともに危険な状態だったところを、長になる前のミカエル様の”癒しの光”で助けられたという。しかも、名づけまで頼まれ、当時、好きだった娘の名前を付けたと、ミカエル様が恥ずかしそうに仰った。
「よく生き残って……」
「ミカエル様の”加護”のおかげです」
こんないい話、歩きながらって…なんかもったいないような気がした。
+++
訓練場に到着すると、ダニエル様とスチュワート様がいらしていて、ミカエル様は嬉しそうにダニエル様に駆け寄って行った。
「ダニエル聞いてくれ、あの時の赤子が……」
と言いかけ、ハッとし表情を曇らせた。
ああっ、ミカエル様。嬉しすぎて、ダニエル様に言いたくて仕方なくて、一瞬”長辞める件”忘れかけてたみたい。
……そういう天然なところも、ミカエル様の魅力なんだよね。
うん、かわいい。
「ミカエル様、おはようございます。これを……」
強張った表情のダニエル様が、一枚の紙をミカエル様に渡した。
「騎士見習試験基礎体力測定!」
ミカエル様の瞳が輝いた。
”騎士見習試験基礎体力測定(簡易)”
・腕立て伏せ(2分間)合格基準19回以上
・腹筋(2分間)合格基準25回以上
・懸垂(2分間)合格基準10回以上
・斜め懸垂(2分間)合格基準20回以上
・走り幅跳び 合格基準4.5m以上
・ボール投げ 合格基準50m以上
・3km走 合格基準20分以内
※上記及び、体術・弓・剣術において卓越した技能を認められた者
ミカエル様が内容を確認されたのを見計らい、スチュワート様がゆっくり説明を始めた。
「エリック様、おはようございます。そちらは、今回エリック様に受けて頂く、騎士見習い試験の内容です。今年、アンフェール城で行われた試験と同等のものになります。体力測定の基準を満たし、尚且つ武芸に優れたものを騎士見習いとして採用いたします。ここまではよろしいですか?」
「はい」
「試験は、準備運動の後、10時半から行います。よろしいですね」
「はい」
ミカエル様は、瞳を輝かせスチュワートさんに嬉しそうに返事をした。
そこに、遅れてやってきたサミュエル副隊長と、ハント副隊長が到着し、ミカエル様の前で跪き最敬礼した。
「お二人とも、お立ち下さい。先ほどのことは気になさらないでください」(スチュワート)
二人は立ち上がり「「はっ!」」(サミュエル&ハント)と声を挙げた。
なんだかサミュエル副隊長の顔が怖くなってるし、ハント副隊長もいつになく緊張した表情をしている。
「試験官は、ハント副隊長と、レイ副隊長にお願いいたします」
「はっ!」
「私は一度、城へ戻ります。何かございましたら、サミュエル様に預けてあります移動用魔方陣で、遠慮なくご連絡ください。では、よろしくお願いいたします」
「はっ!」
ジュード団長補佐とブラッド隊長の姿が見えないのが気になっていたが、サミュエル副隊長や、ハント副隊長からは特に報告はなかった。しかも、騎士見習の男子たちも今日はなんだか大人しく、静かだ。
昨夜、宿泊所に行ったときに不在だった、ジュード団長補佐とブラッド隊長と関係があるのだろうか? いや、絶対、何か関係がある……なんて考えながら、異様な空気の中準備運動が始まった。
私たち女子は情報を探ろうと、サミュエル副隊長の近くで黙って聞き耳を立てていた。
「ねえ、サミュエル。”ななめ懸垂”って何?」
準備体操をしながらミカエル様が、サミュエル副隊長に無邪気に笑いながら尋ねた。
「あそこにある低い方の鉄棒で、こう、身体を斜めにして行う懸垂だ。普通の懸垂と、斜め懸垂、どっちかクリアで合格ラインに入る」
「走り幅跳びなんて、したことないよ」
不安げに話すミカエル様に、サミュエル副隊長はニッと笑い、
「じゃあ、この機会にやってみるのもいいかもな」
「そうだね! やってみるよ。それに、弓なんて子供の時に遊んだ”フォーチュンキューピッド”以来だ」
「”フォーチュンキューピッド”懐かしいなー。俺、ブルー持ってました!」
”フォーチュンキューピッド”!? なにそれ!?
「私は姉のお下がりのレッドでね、少し恥ずかしかった」
”姉”!? お下がりのレッド!?
「レッド!? レアカラーですよ! かっこいいじゃないですか!?」
サミュエル副隊長、めっちゃ興奮してる。
で、なんなの”フォーチュンキューピッド”って、話の内容が謎過ぎる!
「そうだったのか!? てっきり不人気だと……」
「レッドかぁ。じゃあ弓はバッチリだな!」
「フフっ……”フォーチュンキューピッド”だったらだけど」
ミカエル様は、柔らかく微笑んだ。
「ハハハッ、似たようなもんだ」
+++
「で、”フォーチュンキューピッド”って何」
基礎訓練に入る前の休憩時間中にロナに聞いたところ。
「天使界で流行ってた、『弓の戦士たちが、悪者と戦いを繰り広げる内容の男の子向けのファンタジー絵本』。いわゆる、戦隊ものよ。リーダーがホワイトで、ブルー、グリーン、イエロー、ピンクの5人の美少年が中心人物。で、レッドがお助けキャラみたいな、かっこいいヤンキーの男の子」
ロナの口から”ヤンキー”という単語が出たのに私はちょっと驚いた。
「レッドを持ってるなんて、お姉さんマニアだな」
ホムラが頷いた。
「ホムラも知ってるんだ」
「昔、カース城に行ったとき、ルークに絵本を読んでもらってたから」
「だから、弓が得意なんだ。っていうか、みんながそんな文化的な生活をしていたなんて、ショック! ”フォーチュンキューピッド”なんて、めちゃくちゃ面白そうな、ファンタジー絵本があるなんて知らなかった!」
「これから楽しめばいいじゃないの」
いつもだと、ちょっと小馬鹿にしてくるスカーレット先輩が微笑んだ。
「う、うん」
「ルー、イフリート殿下に頼めば、絵本一式プレゼントだってしてくれると思うよ」(ホムラ)
ホムラがフフッと笑いこう続けた。
「もしかしたら、生まれてくる”ルー”のために揃えたものだったのかもしれないし……」
「結婚式にも来るから、頼んでみてもいいんじゃない?」(スカーレット先輩)
「でも、読んでみて合わなかったら、本の置き場に困るというか、なんというか…」
「私は、全く趣味が合わなかったわ」
ロナは笑った。
ちなみに、女の子向けファンタジー絵本は『ジュエリーエンジェルズシリーズ』がおすすめらしい。
そっちも気になる。
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神殿騎士マルクス副隊長とサミュエル副隊長の指導の下、基礎訓練が始まった。
いつもはエスタ様とロナの警護で教会へ行っている神殿騎士マルクス副隊長が、騎士見習の基礎訓練の指導をする姿は新鮮で、無駄にイケメン過ぎる容姿に私は緊張しっぱなしだった。
そういう時は、すかさず、サミュエル副隊長を見て気持ちを落ち着かせた。
今日のサミュエル副隊長は、目つきがキリッとしていて、なんだかいつもと違う雰囲気で、ちょっとだけカッコよく見える。だが、この表情は、100%昨日の出来事に起因している。
優しいサミュエル副隊長のことだから、昨夜私たちに捕まった”隠密のおじさん”の処分なり今後の処遇を心配しているのだろう。
”サム坊ちゃん”とか、”隠密”とか……
ああっ、いろいろ聞きたいのに、”箝口令”で聞けないなんてもどかしい!
それにしても、そのサミュエル副隊長の”隠密のおじさん”に防御壁を素手で壊されたときは、ビビった。
ただの”おじさん”じゃなかったけど、素手で壊せる強度なんて、防御壁としては不完全過ぎる。
もう少し壁の強度も高めていかないと、実戦で使い物にならない。色や形にこだわり過ぎて、強度なんて全く考えてなかったことを、ここで気づけて本当に良かったと思う。
まだまだ、課題は山積だ!
エスタ様は、グラウンドの木陰のベンチで、ダニエル様とミカエル様の騎士見習い試験の様子を、黙って見つめている。
巫女見習いでアクアラグーン合宿に参加しているロナも、今日は一緒に基礎訓練をしたいと希望し、「身体が訛ってるわ」と言いながら、みんなと同じ訓練メニューを難なくこなしていた。
相変わらずの身体能力の高さに驚かされる。そして、男子たちの、ロナを見つめる視線が凄かった。
「ミカエル様、大丈夫かしら」(ロナ)
「そうね……」(スカーレット)
「…………」(ホムラ)
ここまで来たからには、ミカエル様を信じて見守るしかない。
「きっと、大丈夫!」
気もそぞろに基礎訓練をこなしながら、私たちは、ミカエル様の騎士見習試験を見守った。




