9話 剣の声がイケボじゃなかったら、多分、聞こえない振りしてた。
【アンフェール城王宮・ルーシー視点】
「せーの!」
ビュンッ
シャッ……バキィィィン!!!
光る斬撃が、べリアスさんともう一人の悪魔の間すれすれをかすめ、軽く回転しながらテーブルを割りソファーと壁を破壊した。
「っ危ねぇ……おいおい! 女の子がそんなもん振り回すんじゃねぇ!」
「うわぁ……凄っ! なにこの剣!」
ズキ……
『さすが勇者ちゃん! 軽く振っただけでこの威力、僕が見込んだだけあるっ♪』
「剣?」
『”シャルル”って呼んで♪』
悪魔二人と対峙している最中なのに、頭に響くハイテンションな声。
ねぇ、なんなの?
『何って、これからよろしく♪』
騎士見習試験で会ったマリオン (15歳)とはまた違う、声優のような成人男性のイケボに眩暈がした。
臨戦態勢のべリアスさんとは対照的に、“アスモデウス“と呼ばれていた悪魔が「ふぅ……」と息を吐き、いきなりその場にドカッと寝そべった。
「べリアスさん、この方は?」
「“べ・リ・ア・ス“だ!」
ちょっと、この状況で呼び捨て要求ってある!?
「っち……べリアス、この方は?」
「舌打ち禁止」
聞かれていたか。
「べリアス、この方は?」
言い直すと、さっきまでの鋭い眼光は消え嬉しそうに微笑んだ。
「北西のバンディ城の、アスモデウス殿下だ」
ウエーブのかかった黒い髪に角を2本生やし、ギラギラ輝く赤い瞳。
べリアスさんとは違って、服の上からでもわかるくらい筋肉が盛り上がった屈強そうな体つきに、今まで感じたことの無い重たい雰囲気。睨まれただけで、何もしてないのに謝りたくなる。城主というだけあって、武人としても優秀な人物なのだろう。
「では、この国にとって有益な方ということですか?」
「残念ながら、そうだ」
私は仕方なく剣を下すとアスモデウス殿下は、ハハハハハ……と豪快に笑った。
「勇者に守られたってのは本当みてぇだな」
「で……何しに来た。アスモデウス」
怪訝そうな顔でべリアスさんがため息をつき、一人掛け用のソファーに座った。
「新しい“勇者ちゃん“を見に来ただけだ。悪いか?」
「変態か、こっそり忍び込むとは」
「お前ぇに言われたくねぇよ。俺はいきなり“初心な”勇者ちゃんを押し倒して契約を迫ったりしねぇよ。それにしても、とんでもねぇ娘に目を付けたな。……で、感じからして別の契約は済んでいるようだが」
「これのことか?」
べリアスさんは眉間に皺を寄せ、右手の指輪を見せた。
!?
「指輪の契約か!? それって、まさか、お前からか?」
「ああ」
「グハハハハハ……マジか……ハハハハハ!!!」
アスモデウス殿下は、苦しそうに笑い転げた。
「笑うな」
「ヒィ……ハハハ……だってよ、その契約。逆にお前も召喚されるやつだろ。ブハハハ……いつでも召喚されて封印されちまうな……ハハハハ」
なるほど!
それはいい事を聞いてしまった!
あのべリアスさんの怯えようを見る限り、この剣は悪魔を封印することが出来るとんでもなくレアな代物。いざとなったらこの剣を振りかざせばべリアスさんを封印できる。
まさに伝家の宝刀!
アスモデウス殿下の笑い声がこだまする。
「麗しい美少年だと思っていたら、女で、しかも”聖なる光に導かれし勇者”になるとは……」
べリアスさんは頭を抱えた。
「お前、男と……まさか!?」
「前回、女がらみでひどい目に遭ったからな。偶然出会った少年にときめいてしまった。それが、女だったとは……」
女だったとは……って、なんか失礼な!
そりゃ男の子の格好して振る舞いも男の子らしくしてたけど、そんなに残念がることないじゃない!?
でも”麗しい”って言ってたよね。
私って男の子のフリをしていた方が“麗しい“のかな?
「女を見る目だけは確かだな、ハハハハハ!」
「はぁ~~~~~~~っ(ため息)」
「で、さっきの続きはしねぇのか?」
「……できるか、あの剣だぞ」
「マジで封印されるな」
「……」
……二人の悪魔は、なにやら楽し気に雑談を始めた。
ズキ……
『勇者ちゃん。怯むことはない、二人ともまとめて斬って封印だ!』
「でも、べリアスさんを斬ったら、この国の王様がいなくなっちゃうよ」
二人の悪魔が同時にビクッと身体を震わせた。
『君が王様になればいいじゃない』
「えっ……めんどくさい!」
『めんどくさいって!? 王様だよ! 誰もが欲しがる地位じゃない!? いらないの?』
「いらないよ!」
『え~信じらんない。じゃあ勇者やめる?』
「やめられるの!?」
この喋る剣。
ちょっと振っただけでもこの破壊力……
正直こんな危ないモノを持ち歩くって危険極まりないと思う。辞められるのなら、さっさと手放したい。
『え、いや、その、……えっと……いまさら……なんで……やめるとか……え……なったばっかで…………そんな……』
さっきまでのテンションが嘘のように、困惑したシャルルの声がボソボソと太く低く小さくなっていった。
雰囲気からして、どうやら辞められないらしい。
「じゃあ、べリアスさんがこの国の王にふさわしくないと判断したら封印する。シャルル、それでいい? 」
『…………い、いいよ……それで』
「ごめんね、あなたの役目は、悪魔の封印なのに」
『…………』
私と剣との会話を聞き、べリアスさんとアスモデウス殿下は「やれやれ」とした表情で私を見つめた。
この部屋を使っていいと言われていたが、さすがに悪魔二人が入り込んでいる部屋で眠るなんて出来ない!
まだ、部屋の外にオスカー兄さんが待っていればいいのだけれども……
「それじゃあべリアス、おやすみなさい」
剣を持ち、二人の悪魔に背中を向けた。
「ルーシー、どこへ行く?」
べリアスさんが立ち上がりこちらに近づく気配に振り向き剣を構えた。
「!っ……」(べリアス)
「今夜は兄のところで休みます。お食事、ありがとうございました」
「……あ、兄だと? この部屋では不服か?」
べリアスさんが眉間に皺を寄せた。
そうだよね、王のもてなしを断るなんて、本来ならばこの場で“無礼な”って殺されてもおかしくない。
けど、ここに居てはいけないって本能で分る。
きっと最悪の二択を迫られる。
悪魔と契約するか、私がこの二人を斬ってしまうか。
兄さん思わず頼ってしまってごめんなさい。
「申し上げにくいのですが。悪魔の殿方が二人談笑してらっしゃいますので、わたくしはお邪魔かと……」
「クッ……お前のせいだぞアスモデウス」
「ブハハハ! 遠回しに振られてやんのハハハハ……」
「では、べリアス、アスモデウス殿下。おやすみなさい」
「おう! おやすみ! お嬢ちゃん!」(アスモデウス)
「お、お、……おやすみ……」(べリアス)
ポカンと口を開け立ち尽くすべリアスさんとは対照的に、アスモデウス殿下は笑顔で早く行けと言わんばかりに手を振ってくれた。
ドアを開けるとオスカー兄さんが真っ青な顔で飛びついてきた。
「ルーシー! さっきの音と、……その剣!? で、その格好」
すぐさま自分の上着を脱ぎ、ネグリジェ姿の私に羽織らせた。
「兄さんの方が勇者に向いてると思うんだけどな」
「え!?」(オスカー)
『う~~~ん。そう簡単じゃないんだ。君は希少なんだ』
シャルルが落ち着いた静かな声で話し出した。
「きしょう?」
『特別ってこと。不本意だろうけど、君しかいないから』
なんだか剣の声が悲しそうに聞こえた。
「ルーシー誰と話してるんだ?」
「シャルル」
「誰だ?」
「剣よ。それより兄さん、今晩泊めて」
「はじめからそのつもりだ。ルーシーは勇者だけど女の子だ。安心しろ」
兄さんはホッとした表情で微笑んだ。
「心配かけてごめんなさい」
一番頼れる兄、オスカーと上級騎士寮へ向かった。
お付き合いいただきありがとうございます。
家族共用のpcでひっそりこっそり書いています。
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