88話 イイ女じゃなくて、ルーシーに会いたい
【アクアラグーン宿場町・サミュエル視点】
夜空に輝くアンフェール城に、バンディ城、ノール帝国の宮殿に、一緒に見たイルカの群れ……
魔法のように”勇者の剣”でルーシーが創造する、建築物風防御壁に俺たちは目を奪われた。
その間に、前を歩いていたはずのジュード団長補佐とブラッド隊長から、はぐれてしまった。
まあ、狭い宿場町だ、少し探せば見つかるだろう。
輝きが消えた夜空を、しばらく一緒に見上げていたミカエル様 (エリック)に声を掛けた。
「凄いな、ルーシーは、……エリック?」
顔を向けると、焦ったようにミカエル様がフードを引っ張り顔を覆い隠した。
「どうした?」
俺の問いかけにミカエル様は、鼻をすすりながら小さい声で仰った。
「(小声)ごめん……サミュエル。……どうしよう。グスッ……イイ女じゃなくて……ズッ……ルーシーに会いだい……わたしは……ルーシーに………」
なんというか……ミカエル様は、素直で優しくて純粋で、どうしようもなく、いい奴なんだよな。
ジュード団長補佐おすすめの”胸のおっきいお姉さん”のいるお店も行ってみたかったが、”天使族長”をそこへ連れて行くのは、正直、不安でしかなかった。
何かあったら止めるつもりで、ブラッド隊長と付き添ってきたが、その心配はなさそうでなによりだ。
「……わかった。ジュードさんには俺から後で言っておくから、わっ!」
ミカエル様が俺に抱きつき、泣き出した。
「サミュエル……グスッ……うう~~~っ……ズッ……」
「おいっ、こんなとこで……」
「涙が、止まらな……くて……サミュエル……ズッ……」
「わ、わかった。じゃあ、まず、あそこまで歩くぞ……」
たまに飲みに行く安い居酒屋のテラス席を指さした。
「グスッ……ううっ、店など入らぬ」
「中じゃない、外で待ちながら少し飲むだけだ」
「待つ……って?ズッ……」
「帰りにルーシー達は、必ずここを通る」
「ここを?」
「すぐそこに、ルーシーが滞在してる宿があるだろ」
「あ……ズッ……うっ……」
居酒屋の前のテラス席まで連れて行き、とりあえず座らせた。
店から、顔見知りの店員の兄ちゃんが現れ注文を取りに来た。
彼は青髪坊主頭に剃り込み入りで、歳はレイと同じぐらい。見た目はやんちゃそうなだが奥さんと子供がいる。
「サミュエルさん、今日は、お友達とご一緒っすか? (ミカエル様を見て)大丈夫すっか?」
「ああ、さっき勇者の訓練を見て、感動しちまって」
「ですよねーー! 今日のは、凄かったっすよね。最高っす! で、何にします?」
「じゃあ俺は、ビールと、エリックは……オレンジジュースとか「サミュエル、俺もビールだ」
「ええっ!?」
「じゃあ、ビール二つね」
店員の兄ちゃんが店の奥に消え、すぐにビール二つと、サービスで”ゆで豆のつまみ”を置いていった。
「大丈夫なのか?」
「ズッ……酒ぐらいは平気だ。いつも晩餐会で飲んでいる」
「そうか、じゃあ乾杯っと!」
コツン(ジョッキをぶつける音)
グビグビグビっ……「プハーーーっ!」
ミカエル様が、ビールを一気に飲み干しジョッキをテーブルに、静かにコトリと置いた。
「……!」
「凄い飲みっぷりっすね、もう一杯持ってきます?」
隣のテーブルを片づけていた店員が声を掛けると、ミカエル様は嬉しそうに「ああ、頼む」と言い”フ……”と笑った。
「大丈夫か!?」
変装用の黒縁の丸眼鏡から見える金色の瞳が、キラリと輝いた。
「フ……フフフ……私を誰だと思っている。”乾杯の酒”は、一気に飲み干すのが鉄則だ」
「え、あっ、もしかして、晩餐会とかの……」
「フ……フフ……さあ、サミュエルも飲め! フッ」
「え、あ、じゃあ」
ミカエル様は、お酒は強いんだ……意外だな。と考えながらジョッキに注がれたビールを一気に飲み干した。
グビグビグビグビっ……
「プハーーーーっ! 美味いっ!」
「そうか、サミュエル美味いかっ!? フ……フフフっ」
「ハハハ……エリック、おまえ笑い上戸なんだな」
「フフフフフ……サミュエル、フッ……おまえ……だって」
「ハハハハハハ!」「フフフフフフフ!」
顔を見合わせ笑いあった。
「フフフフ……フ……フフフ…………ガン!
ミカエル様が、そのままテーブルに頭を打ち付け、突っ伏して眠ってしまった。
「ええっ!?」
「お待ち!って、もう潰れっちゃったんすか!? ミカエル様!」
追加のビールを持ってきた、店員の兄ちゃんの言葉に俺は青ざめた。
「え、なんでバレて……」
「バレバレっすよ! ”お忍びでいらしてるんだから、声かけちゃいけないよ”って、先に来た信者さんみたいな人から俺ら言われてて、なぁ」
少し離れた席に3人で座っているその店の常連らしい中年の男性客たちが、ニッコリと微笑んだ。
「え……!?」
よくよく辺りを見渡すと、普段と変わらないように見えていた通行人が皆立ち止まり、遠巻きに俺たちを見つめ、微笑み、手を合わせお祈りしたり、お辞儀をしたりしている。
「ええっ! 見られてたの!?」
俺、聖人に酒飲ませちゃったけど……。
「はい。その目立つんで。すぐ判っちゃったっす」
店員の兄ちゃんは、嬉しそうに頭を掻いた。
「俺、ミカエル様に”酒”勧めてないからな」
「分かってるっす。みんな見てましたから。ってか、どうします?」
テーブルに置かれた追加のビールを見つめると、近くのテーブルのお客さんが声を挙げた。
「宜しかったら、こっちで貰いまーす!」
「いや、私が!」
「うちが買い取るわ!」
「私たちが先よ!」
「聖遺物は私のモノよ」
「いくら出せば……」
聖遺物って!?
ガヤガヤ……
「ああっ、もうっ」
ミカエル様の”残りものビール争奪戦”が勃発する前に、ジョッキを掴みグッと飲み干した。
「さっすがサミュエルさん! 強いっすね。もう一杯、……あ、ルーシーちゃんっす!」
喧騒の中、訓練を終えたルーシーたちが戻って来るのが見えた。
神殿騎士マルクスとレイを先頭に、ロナと、駆除した魔獣を解体し、その”お肉”を乗せた荷車を引くスカーレットとホムラと共に、楽しそうにこちらに歩いてくる。
「おっ、来たな。ん!?」
その後ろから、北の神殿騎士隊長ロストンさんと、ミカエル様の執事ダニエル様の姿を見つけ、酔いが一気に覚めた。
「あ」
先頭を歩くマルクスが俺に気づき、爽やかな笑顔で声を掛けてきた。
「サミュエルさん! 今日はここで一杯飲んでい……えええっ!?」
マルクスはミカエル様を見るなり、後ずさりし、足を絡めて後ろにひっくりかえりそうになり、後ろを歩くロナとルーシーに支えられた。普段は冷静なマルクスの驚きように、事の重大さがひしひしと伝わってくる。ヤバい。
「ええええーーーーっ!」(マルクス)
「(小声)しーーーーーーっです!」「(小声)起こさないで下さい」
近くにいた信者さんらしき数人の女性が、驚き大声をあげるマルクスに小声で注意した。
ここにも信者が!?
よくよく考えてみると、ミカエル様は絶大な人気を誇る”天使界の長”。
そのようなお方が、宿場町にフラリと現れ、タダでも目立つ飲み屋のテラス席で一杯飲んで寝てしまった。
普通であれば、昼の信者たちの行列並みに信者が集まり、町中が混乱してもおかしくない状況なのに、町の雰囲気は至って普段と変わらない。
なんだこの統率が取れた信者たちの動きは……とんでもねぇな。
「ミカエル様!!!」
執事のダニエル様が飛んできて、ミカエル様の顔を覗きこんだ。
微笑みながら気持ちよさそうに眠るミカエル様を見て安堵し、ため息をついた。
「ミカエル様は、楽しまれていたのですね」
「あ、その、ルーシーの訓練に感動して……ビールを少々……」
「サミュエル様、ありがとうございます」
ダニエル様は、深々と頭を下げた。
てっきり怒られると思っていただけに、ダニエル様の意外な対応に少しほっとした。
「そんな、俺は何も……それで、ミカエル様は、今夜はどちらに宿泊される予定ですか?」
「ロイヤルラグーンを予約しておりますが……ミカエル様は、恐らく騎士の皆様とご一緒の宿を希望されているかと」
「それでしたら、私の部屋を是非お使い下さい」
マルクスが跪き胸に手を当て、ダニエル様に申し出た。
「そうですね、すぐ近くですし、設備も騎士団専用宿泊所よりも快適ですから」(ロストン隊長)
「嬉しいのですが、ミカエル様がお一人で宿泊されるのには、いささか不安が」(ダニエル様)
「そこは心配ございません。私、マルクス・キングと申しまして。お恥ずかしながらミカエル様の近しい親戚にあたります。故、何かございましたらすぐに手助けも……。なんでしたら、同室で見守ることも可能です」
「マルクス様が!?」「神殿騎士のマルクス様が、ご親戚!?」「やっぱり」「ステキ!」……
周囲から、チラホラ声が聞こえてきた。さすが誰もが目を惹くイケメン、宿場町での認知度が俺と比べて格段に違う!
「キング家のお方でしたか! どうりで雰囲気がミカエル様と似てらっしゃる」
ダニエル様が安堵の表情を浮かべ、マルクスの肩に手を置いた。
「恐れ入ります。ミカエル様には、幼き頃、何度かお会いし良くしていただいたので……光栄の極みで……あります……」
マルクスが泣き出した。
パチパチパチ………………どこからともなく拍手が沸き起こった。
ルーシーとロナがミカエル様の顔をそっと覗き込み、「この眼鏡、カイルくんのよね」(ロナ)と笑い「変な眼鏡かけても”イケメン”だね」(ルーシー)と感心していた。
「ルーシー、さっきのアレ凄かったな。ミカエル様、めちゃくちゃ感動してたぞ」
「本当!? さっきまで神殿に、べリ……、あっ、陛下が来てたから、頑張っちゃった」
「陛下が!?」
”陛下”という言葉に、周囲からどよめきが起こった。
無理もない……”先代長”の頃から、天使界と陛下は”不仲”で有名だ。
「うん、なんだかんだ言って陛下は、ミカエル様の事を心配なさってて……いろいろ考えて下さってるようなので、安心しました」
ルーシーが嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、あの悪魔の国王が!?」「信じられない」「あの陛下が」「奇跡か……」「なんとお心の広い」「悪魔であるのに……」「素晴らしい……」「……べリアス様!」
ルーシーの言葉に、周囲にいた町の人や信者さんからどよめきと感嘆の声が漏れた。
俺も、陛下が動いてくれていると聞き、”ミカエル様をなんとかしなければ”という重荷から、やっと解放された気分になった。
「そうか、陛下が……まずは一安心だな。よし、じゃあ、ミカエル様をお運びするか!」
「では、僕はお肉の搬入と、女の子たちを宿へ送っていきますので、お先に……ルー行くよ!」
レイが無表情に、ルーシーの肩を抱きミカエル様から引き離した。
昼に、ミカエル様が治癒した時、ものすごく動揺するルーシーの姿を見たら、兄として近づけたくないのも分かる。俺だって、一瞬で自分の立場をなくしてしまったような気持ちになった。これ以上近づけちゃいけないような気がして、”昼は医務室で休むように”言ってしまった。まあ、結果的に休ませておいて正解だったけど……。
「それじゃあ、サミュエル副隊長お先に失礼します!」(女子4人)
「おう! また、明日な」
まず、女の子たちを先に帰らせて、ミカエル様を……。
「では、私が……」
マルクスが背を向けしゃがみ込んだので、「エリック、宿へ戻るぞ」と声をかけると、ミカエル様が小さく「ん……」と返事をし、起き上がり俺に抱きついた。
「んん……サミュ……エ……フフ……zzz」
「お……おう」
幸せそうに微笑みながら抱きつき眠る姿に、男の俺でも、ちょっとキュンとしてしまう。
こいつが皆から愛される理由がよく分かる。
「……っ、エリック、こっちだ」
ゆっくりとマルクスの方へ誘導すると、マルクスの肩に腕を回し、背中の羽に顔をうずめた。
「んんっ……zzz……」
「それでは、ダニエル様、ロストン隊長。ご一緒に参りましょう」(マルクス)
「じゃあ、俺はここで」
「サミュエル様、本当に、ありがとうございます」
ダニエル様がまた深々と頭を下げてくれた。
「い、いいですって、そんな……」
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ミカエル様一行が去った後、会計を済ませようと店員の兄ちゃんに声をかけた。
「サミュエルさん、今日の分はいらないっすよ! いただいちゃだめですって店長が、だよな親父!」
混み合う店内からエプロンを付けて出てきた青髪短髪で目元に傷がある体格のいい親父さんが、豪快に笑った。
「ウワハハハハ!!! サミュエルさんのおかげで、この店はアクアラグーンの”聖地”になったようなもんだ、永久にサミュエルさんから飲み代はいただけねぇよ!」
「えええっ! そこまで!?」
「じゃ、そういうことだから、サミュエルさんっ、またのお越しを、あざっす!」
店員の兄ちゃんが嬉しそうに手を振った。
「お、おう」
店を後にし、ふと振り返ると、さっきまでミカエル様が座っていたテーブルに人だかりができていた。
いったいどこから…!?
それに”聖地”って……。
どんだけ熱狂的信者がいるんだ!?
”胸のおっきいお姉ちゃん”のいるお店に行かなくて良かったー。
完全に気ぃ抜いてたし、それをみんなに見られていたなんて!!!
それにしても、あいつはどれだけ”信者たち”に愛されているんだ!?
羨ましいような、怖いというか……。
帰り道、まだ、どこからか見られているような感覚に耐え切れず、町を出てすぐ猛ダッシュし宿泊所に戻った。
今朝、スチュワート様が仰っていた、”熱狂的信者の怖さ”を少しだけ体感した夜だった。
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【町はずれの森・???・フェノール(偽名)視点】
「バレた? 凄いなあいつ」
俺は、ミカエル様の無事を見届け、一人になった天使族の騎士サミュエル・ヒューゴ・シンベリーを尾行していた。
……が、どうやら気付かれてしまったようだ。
しかも、サンダル履きなのに、鬼速ぇーっ!
さすが泣く子も黙る”能天使”シンベリー家の長男!
血は争えないなー。
夜の闇に身を隠し、サミュエル・ヒューゴを静かに追った。
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お付き合い頂きありがとうございますm(__)m




