87話 なんでも言い合える関係は築くもんじゃない。
【アクアラグーン北の神殿・べリアス視点】
幸せだ。
天使族長ミカエルがアクアラグーンのルーシーの元へ来ていると聞き、いてもたってもいられなかった。
ルーシーが訓練をしているアクアラグーン北の神殿に……
「来ちゃった」
「陛下!?」
ルーシーは神殿の結界の外にいる私を見つけると、驚いた顔ですぐに駆け付け。息を弾ませながら敬礼した。
うわぁぁぁっ! 礼儀正しいルーシー、めーちゃくちゃかわいい。
「べリアスだ」
「あ、べリアス、どうされたんですか? お一人で!?」
「ルーシー、急に、お前に会いたくなって」
「え、あっ、そうだ……あの、べリアス、ミカエル様が……その、長を辞めるって仰っていて」
うんうん、これこれ……私のルーシーは、とーっても素直だから隠し事なんかせず、すぐに話してくれる。なんていい子だ! さっきまで、あの二人に隠し事をされ、傷ついていた心が洗われる!
「その件はスチュワートから聞いている、安心しろ。私がなんとかする。それよりも♪」
ルーシーの右手を取り、指輪をはめた指に口づけをした。
あはーーーーーーーーーっ! 生き返るっ!
「陛下! 神聖な神殿でそのようなことはなさらないでください!」
ルーシーを神殿の奥で見守っていた元聖女エスタがこちらまでやってきて、怪訝そうな表情で私を睨みつけた。
「なんだ、いたのか……」
「一応、お聞きいたしますが。今回はどのようなご用件で参られたのですか?」
「要件? 私の愛するルーシーに”会いたいから来ただけ”だが」
「は?」
顔を引きつらせ唖然とする元聖女にルーシーが、
「あのエスタ様。べリアスは、ミカエル様の事をご心配なさっていらしてくれたんです」
「ルーシー、それは違うぞ。私はお前のことが心配で来たのだ。あの天使に、何かされてないか?」
「何もされてません!? 大丈夫です!」
「陛下!」
丘の下の方からスチュワートと、白髪のミカエルの執事らしき男が駆け上がってきた。その時、ルーシーがその執事らしき男を見つめ、沈み込んだ表情を見せたのを、私は見逃さなかった!
何かされたのか!?
「ミカエル様の執事のダニエル様でございます」
厳格そうな白髪の男は私に深々と頭を下げ、低い声で話しだした。
「国王陛下、この度はこのような場所でお会いできましたこと、至極光栄に「前置きなど要らぬ。スチュワートから聞いている。ミカエルを”我が城の騎士にさせたい”という案件だな」
「はい。ご無理をお聞きいただき、感謝いたします」
「礼など不要。それにまだ、決まったわけではない。厳しい騎士見習いの試験をクリアしてからの話だ。スチュワート」
スチュワートが執事ダニエルに一枚の紙を渡し説明を始めた。
「そちらに書かれている内容は、今年アンフェール城で行われた騎士見習いの基礎体力試験一覧です。クリア基準を満たし、尚且つ武術において優れたものを合格とみなしております」
執事ダニエルは、その内容に一通り目を通すと、いきなりその場に両膝をつき頭を下げた。
「お願いします! どのような手を使ってでも構いません!ミカエル様を、どうか騎士に、騎士見習いに合格させていただけませんでしょうか!」
「ええええっ! そんなこと言われても…みんな試験受けて入ってるし、な、なぁ、スチュワート」
「…は、はい」
正義や誠実さを重んじる天使界の執事の、あるまじき姿に戸惑いを隠せなかった。
「ごめんなさい!」
なぜかルーシーがダニエルという男の隣に跪き頭を下げ謝った。
「その件で、ダニエル様に『なんとするのが”執事の仕事”です』って言ったの、私なんです! ダニエル様は、本当にミカエル様の事を考えて……」
深い青い瞳を潤ませ涙目で訴えた。
ルーシーが言ったの!?
「ルーシー様、いいのです。私も目が覚めました。これからはミカエル様のために、あの方が望むことを全て叶えてあげられるよう努力いたしますゆえ」
「要は、試験に合格すればいい話だ」
「ミカエル様には、無理です!」
執事ダニエルは、気持ちのいい程きっぱりと言い切った。
「ええっ! 無理って!? ミカエル様を、もっと信じてあげてください!」
ルーシーがダニエルを驚いた顔で見つめた。
「ですが、ミカエル様は、お体も弱く、少しでもご無理をなされると熱を出されたり……咳が止まらなくなったり……重いものを持って手首を外されたことも……」
「ああ、もう……だから、大丈夫です! ここには、サミュエル副隊長もいます! 何かあったら助けてくれます!」
「そうです、ダニエル様。ミカエル様を信じて、共に見守りましょう」
元聖女エスタがダニエルを優しく諫めた。
私に対する時の態度と違い過ぎて、なんか腹立つ。
「エ、エスタ様…」
さすがは元聖女、その言葉にダニエルは小さく頷きよろよろと立ち上がった。
「よろしければ、あちらでルーシー様の”勇者の剣”の訓練をご覧になられますか?」
スチュワートが、どこから持ってきたのか椅子を手に神殿から少し離れた場所を指さした。
ダニエルは、ルーシーに目をやり少し考え返事をした。
「……では、お言葉に甘えて」
「陛下も。ご一緒にいかがですか?」
「私はルーシーの傍がいい、ここで見る」
「かしこまりました」
ルーシーがよく見える、結界が張られた神殿入口前へ移動した。
+++
「では、マルクス。陛下をお願いします」
「はっ!」
元聖女の後ろに控えていた、イケメンの神殿騎士が私に敬礼した。
前々から思っていたが、あの元聖女”イケメン好き”だな。
アクアラグーンに来てからというもの、警護のためとはいえ常に誰かしら男前の騎士を傍につけているのを見かける。その中でも今日は特に美しい、我がアンフェール城のイケメン神殿騎士マルクスだ。
「ルーシーの、あの優男の兄はどうした?」
「レイは、今夜は魔獣の駆除で神殿の裏の森へ行っております」
「ルーシーの警護は大丈夫なのか?」
「はい、わたくし以外にも他2名、北の神殿騎士が警護に就いておりますので……」
よくよく辺りを見渡すと、神殿奥の角の柱の陰に一人、もう一方の角の柱の陰に一人見つけた。
「それとは別に夜間の神殿警備として、四名が丘の麓を巡回しております」
なかなかのイケメンで、悔しいが仕事もできそう。
さすが我が王国の騎士!
「そうかお前たちも、いつも遅くまで頑張っておるのだな」
「あ、そのっ。仕事ですので」
照れる姿も悔しいぐらいイケメンだ。
+++
神殿の泉に入り準備を終えたルーシーが、不意にこちらを振り返り私を呼んだ。
「(大声)べリアス!」
「(大声)ルーシー!?」
思わず椅子から立ち上がり両手を振り呼びかけると、ルーシーは大声でこう言った。
「(大声)べリアス! 来てくれてありがとう!」
「………………ぁ、……あぁ……」
声にならない程の感動で、胸が一杯になった。
”来てくれてありがとう、来てくれてありがとう、来てくれてありがとう……”
そのまま結界の方へふらふら近づいていく私を、イケメン神殿騎士が引き留めた。
「”勇者の剣”いくよーーーっ!」
ルーシーの声と共に、美しい光が夜空を覆いつくした。
+++++
【アクアラグーン北の神殿・ダニエル視点】
”聖なる光に選ばれし勇者”ルーシー殿。
国王の寵愛。妖精王の王子との婚約。そして、神の申し子であられるミカエル様のお心をも、容易く奪っていった王国の女勇者。可愛らしい見た目とは裏腹に、あの気高く美しい元王族エスタ様までをも取り込む計算高く危険な”娘”と警戒していた。
だが、違っていた。
勇者ルーシー殿は、ミカエル様に微笑まれただけで赤面し戸惑う様子を見せ、医務室では付き添いの兄に甘える”普通の娘”だった。訓練態度も真面目で、勇者の能力をひけらかすこともしない。謙虚で落ち着いた印象の……本当に”ただの可愛らしい赤い髪の少女”だった。
勇者としての片鱗が見られたのは、あの恐ろしい眼帯の悪魔を相手に剣を奪われても”諦めず”立ち向かっていくところ……ぐらいだろう。
その勇者ルーシー殿が、あり得ぬことを口にした。
”お母さんみたい!”
”いくらミカエル様が可愛いからって”
”ミカエル様は、大人です”
私はミカエル様の為にと、全ての事において先回りし手を尽くしご不便のないように何もかも取り仕切っておりました。ミカエル様が何も仰らぬのをいい事に、望みを勝手に忖度し、あたかもそれが普通の事のように振る舞っておりました。
”優しいから言えない””一人になりたいときもある””我儘を言いたいときもある”
ミカエル様の笑顔の下の苦悩を、気付けずにいた自分自身に腹が立ちました。
ただただ、ミカエル様の傷心と自分自身の不甲斐なさを嘆いていた私に、勇者ルーシー殿が仰った一言が胸に突き刺さりました。
”それを何とかするのが”執事の仕事”です。”
霧が晴れたように心の迷いがなくなり、私はミカエル様の為に動く決心をいたしました。
私に臆することなく本心を仰って下さった”勇者ルーシー殿”に、今は感謝の気持ちしかございません。
国王らしからぬ振る舞いをなさるべリアス陛下と、それを冷静に諫めるスチュワート殿を、いつも蔑みの目で見ていた自分が恥ずかしい。ミカエル様と私も、陛下達のような関係を築けるよう、そのような関係を築くにはどうすればよいか、勇者ルーシー殿の訓練が始まるのを待つ間、スチュワート殿に尋ねてみた。
「スチュワート殿。一つ、お聞きしたいことが……」
「なんでしょうか」
「陛下とスチュワート殿のように、私がミカエル様と、不満や愚痴など言い合える関係を築くには、どうすればよろしいのでしょうか?」
「は?」
スチュワート殿が、今日何度目かの、信じられぬという眼差しで私を見つめた。
「ですから……愚痴とか我儘など言い合える関係のことです」
「……その、築きたくて築いたものではございません」
「はい?」
「強いて言うなら陛下は、素直でご自分の欲望に正直な方です。それだけです」
「では、私はどうすれば……」
「そうですね。フッ。あ、失礼しました」
「いいえ、お笑いになっても構いません。10年、いえ、それ以前からお傍にお仕えしておりましたのに、ミカエル様の事を、何も理解しておりませんでした」
「誠に、失礼ですが。予想外な行動といい、純粋で安直なお考え方……フフッ、ミカエル様は、どこかうちの陛下と似てらっしゃると感じまして」
「似て……」
「ですから、ダニエル殿もそのお気持ちを、素直に仰ればよろしいと、私は考えますが」
「常に、正直に接して来たつもりなんですが」
「正直ではなく、素直にです」
「素直に?」
「ダニエル様の飾らない、心からの言葉で語られましたらいかがでしょうか」
「……今からでも、間に合うでしょうか」
「ぎりぎりまで、どうにかするのが執事の仕事です。お互い、頑張りましょう」
おそらく、スチュワート殿は本心を語られている。
頭の切れる素晴らしい陛下の執事に、更に助言をいただきたくお聞きした。
「スチュワート殿がミカエル様の執事でありましたら、このような場合、なんと仰っておりますか?」
「そうですね……。フッ(少し考え、微笑む)
”長”以外何が出来るというのですか、ポ……
ピカァ―――――――――――っ(閃光!)
え……!?
耳を疑った。
眩しい光が神殿の上空に弾け飛び、夜空に黄金のアンフェール城が姿を現した。
勇者ルーシー殿の、お噂以上の強大な魔力の素晴らしさに驚愕致しました。
……が、隣に佇むスチュワート様が先ほど仰られた毒気を孕んだお言葉に、眩暈を覚えました。
悪魔の王に仕える、宰相兼執事スチュワート殿らしさが、その一言に滲み出ておりました。
+++++
「そうですね……。フッ(少し考え、微笑む)
”長”以外何が出来るというのですか、ポンコツ天然人たらし」




