86話 ずるい! ルーシーとの公務は絶対楽しいに決まってる。
【アクアラグーン訓練場北・温泉の泉・ルーシー視点】
少し、言い過ぎたかな……。
ミカエル様を説得してくれと頼まれたのに、逆にダニエル様に抗議というか、少しキツめに意見してしまった。
私もいろいろ考えた。
やりたくない勇者をやってこれたのは、べリアス陛下を筆頭に、”勇者の剣”や兄さん達、ホムラやロナやスカーレット先輩、エスタ様やサミュエル副隊長、色々な人が支えてくれているから。愚痴だって文句だって言うし、我儘も言える。だから、怖くて嫌な事も逃げないでやってる。
その点、私とは違ってミカエル様は、10年間、愚痴も文句も言わず、ずっと笑顔で公務をしてらしたと聞いてキレそうになった。そんなんじゃ絶対キツイし、心がおかしくなっちゃう。いくら優しいからって、聖人だからって、我儘ひとつ言えない環境は不健康すぎる!
うわぁぁ……でも、このままミカエル様が天使界に戻ってくれなかったらどうしよう。
ダニエル様、きっと”赤髪の怖い勇者に唆された”って言うんだろうな……。
この先ずっと、熱狂的信者に恨まれるんだろうな……。
+++
魔力強化訓練を行う訓練場北の温泉の泉に着くと、とんでもないことになっていた。
魔力強化のための”足湯”をなさっているミカエル様の背後に、ロストン隊長率いる北の神殿騎士たちがずらりと並んでいた。
それに加えて、3世代聖女(聖女ローラに、元聖女エスタ様、先々代聖女ローザ様)。近隣の町の教会の神父さん数名。新聞社。……そして、どこから聞きつけたのか、ミカエル様を一目見ようと集まった大勢の信者さんや町の人が長い行列を作っていた。
教会から”冷たいお茶”の配達を依頼されたホテルホーリーウッドカフェのターナーさんが、お茶を準備し。グリーンのエプロンを付けトレーを持ったウィリアム兄さんとロナが、笑顔を振りまき”無料のお茶”を配っていた。
神殿騎士たちが見守る中、ミカエル様は訪れた一人ひとりの手を握り、癒しの光”シュプなんとか”を施し、お言葉を交わしていた。
その行列は、訓練場の門を抜け、宿場町の方まで果てしなく続いていた。
訓練どころではない。
「どうすんだこれ?」
私達を見つけ、駆け寄ってきたハント副隊長が、レイ兄さんに呆れた顔で話しかけてきた。
「ジュード団長補佐はなんて?」
「それが、二日酔いを治してくれたあいつを気に入っちゃって、自由にしていいって言いだして……」
ジュード団長補佐まで取り込んじゃってるの!?
ミカエル様とんでもないじゃん!?
当のジュード団長補佐は、温泉のはずれの木陰で気持ちよさそうに眠っている。働け!
騎士見習いの皆は、誰に頼まれたわけでもなく、信者さんの案内や誘導をはじめ、椅子を訓練棟から運んできたり、体調の優れないお年寄りの手を引いてあげたり、トイレの場所を教えたり、子供たちの遊び相手……と、忙しそうに動き回っていた。
「スチュワート様は? なんと?」
「それが、忙しいのか連絡がつかないんだよ」
「ルーシー!」
私と目が合ったミカエル様が大声で呼び、立ちあがりこちらに手を振った。
皆が一斉に私に視線を向けた。
こっちに来るようにブラッド隊長から促され、仕方なくブーツを脱ぎ、泉に入りミカエル様の隣に立った。
「体調はどう?」
「おかげさまで、すっかり良くなりました」
「よかった」
「勇者ルーシー様にも、お会いできるなんて!!!」
「ルーシーちゃんだ!」「ミカエル様と勇者様が、ご一緒なんて!?」
列に並んでいた信者さん達のどよめきに、焦りながら、ファンサービスのように必死に笑顔をつくり、求められるままに握手をし、「ようこそ王国騎士団訓練場へ」と、言葉を繰り返した。
「ミカエル様! ありがとうございます」
「どこからいらしたのですか?」
「隣町の、コルドです」
「おいしいお酒の生産地ですよね」
「はい、こんど是非いらしてください」
「ミカエル様! わたくし共の畑で取れました野菜です。どうかお納めください」
「こんなにたくさん。ありがとうございます」
「ミカエル様と、それに勇者様にまで…生きているうちにお会いできるなんて…うっ…」
「大丈夫ですか?」
「うれしくて……ありがとうございます」
「もう勇者様と親密になられたのですね…よかったです」
「ありがとう」
・
・
・
一人ひとりと丁寧に会話をし、手を握ったり、人によっては顔や痛む箇所に癒しの光”シュプなんとか”を当てていく。ミカエル様はキラキラと輝き、今まで彼を見てきた中で、一番、生き生きとしているように感じた。
+++約2時間後…。休憩時間。
「お疲れさん。大丈夫か?」
「すごいよ、サミュエル。ここの泉! 魔力がとめどなく漲ってくるんだ!」
お茶を持ってきてくれたサミュエル副隊長に、ミカエル様が瞳を輝かせた。
「だろっ!」
サミュエル副隊長がニッと笑った。
「長候補の子供たちもここで修業ができたら、さぞかし自信がつくであろう」
「そうだな、陛下に頼んでみるといい」
サミュエル副隊長との会話に、ミカエル様がハッとし瞳を曇らせた。
”長”辞めること思い出しちゃった!?
でもいま、信者さんたちの前でそんなこと口に出せないし、万が一ポロっと言ってしまって、信者さんが混乱してしまったら大変だ!
まずい、とにかく話題を変えないと……。
「ミカエル様」
「な、なんだいルーシー」
少し悲しげな表情で私を見つめ、小さく微笑んだ。笑顔の光量は抑えられている筈だけど、それでも、眩しい。憂い顔でも、やっぱりイケメンだ。
ああっ雑念が邪魔する。とにかく、今はミカエル様を励まさないと!
「先はまだまだ長いです! 一緒に頑張りましょう!」
「あ、ああ!(満面の笑み)」
パァァァーーーーーーっ(効果音)
眩いっーーーー!!!
眩しさに耐えられず、サミュエル副隊長に視線を移し、すかさず中和した。
危ない!? 目、殺られそうだった。
でも、ここで私は凄いことを発見してしまった。
何度も”癒しの光”で治癒をしてもらっているせいで、サミュエル副隊長の顔を見るだけで、反射的に”ホッ”と安心してしまう自分に気が付いたのだ。
つまりこれは、条件反射(心理学的には条件反応という)……パブロフの犬!(最終的に、笛の音聞いただけで”よだれ”が出るようになる。アレ!)
ミカエル様の輝きに耐え切れなくなったら、サミュエル副隊長を見つめれば、もう大丈夫!
「よしっ!」(小さくガッツポーズ)
「なにが”よし”なんだ? 大丈夫か?」
私の頭の中で、そんな結論に至っているとは知る由もないサミュエル副隊長は、ニヤニヤする私を見つめ、顔をキッと顰めた。
輝くような笑顔に戻ったミカエル様は、その後も、癒しの光”シュプなんとか”で途切れることのない信者や町の人たちを癒し続けた。
さすがは10年”長”としてやっていたキャリアが違う!
その輝きは増すばかりで、永遠と続く人々の列に疲労のかけらも微塵も見せることはなかった。
+++
訓練所の門を閉め、ようやく全ての癒しを終えた頃には、外はもう薄暗く、東の空には星がいくつか輝きだしていた。
+++++
【アンフェール城王宮・べリアス視点】
午後の公務を終え、スチュワートがなにやら忙しそうに魔方陣の中に消えていくのを瞳の端でとらえていた。
昨日も、アスモデウスとなにやらコソコソ話し、一緒に魔方陣でどこかへ行くのを目撃したが、敢えて特に気にも留めないふりをしていた。スチュワートの事だ、そのうち報告してくれるだろうと……。
今朝も、どこかへ出かけていたのに、素知らぬ素振りで淡々と私の公務に付き添い、抜け目なく仕事をこなしてくれている。
不満はないが、気になる。
何を、隠している?
まさか、密会!?
密会しているのか!?
アスモデウスとスチュワートが……。
いや、それはありえん。
アスモデウスは女好きだ。
じゃあ、何を企んでいる。
軍事同盟やらバルべリスの城での訓練の件、そして国内の諸問題(そろそろ水害が起こる季節)を抱え、忙しいのは重々理解している。
だが、私の知らぬことを、知らぬところで、コソコソと動き回られるのは気持ちが悪い。
移動用魔方陣で戻ってきたスチュワートを問いただそうと待ち伏せていると、アスモデウスがやってきた。
「べリアス、めんどくせーことになった」
「は?」
「まだ、聞いてねぇのか?」
「何のことだ?」
「ミカエル様だ」
「え……あの、ミカエル? 天使族の?」
「今、アクアラグーンで騎士見習いの訓練に参加している」
「は?……はあっ!?」
アスモデウスから大まかないきさつを聞き、私は怒りがこみ上げた。
「なぜ、早く私に言わぬのだ! スチュワートめ!!!」
「あまり怒らないでやってくれ。この大事な時期に、言ったらお前が、ルーシーのところへ飛んでいくからだろう」
「当たり前だ!」
すぐにアクアラグーンへ出発しようと移動用魔方陣を展開させた。
「まてまてまてまて! あいつが戻ってくるまで待て!」
アスモデウスが私を羽交い絞めにして引き留める。
「クッ……いやだ!放せ!」
「だからまて!」
キュイーーーーーン!
移動用魔方陣から現れたスチュワートが、私を見て血相を変えた。
「陛下!」
「スチュワート、なぜ黙っていた!」
「申し訳ございません。ですが、その、想定外の事態になりまして」
「はぁ?」(アスモデウス)
「天使族長ミカエル様が、”長”を続けながらアンフェール城の騎士見習いになるにはどうすればよいのか、執事ダニエル様より秘密裏に相談がございました」
「え!?」(アスモデウス)
「は!?」(べリアス)
私とアスモデウスは顔を見合わせ、スチュワートを困惑の表情で見つめた。
「私も、耳を疑いました。何度も聞き返しましたが、ダニエル様は”ミカエル様が長を続けながらアンフェール城の騎士見習いになる”にはどうすればよろしいのか、真剣に考えておられました」
「ルーシーの傍にいたいというのは分かるが、なにも騎士見習いにならなくても。……前々から浮世離れしている奴だと思っていたが、どんだけ変わり者なんだ」
「俺も驚いたぜ。勇者ちゃんに会いに、バンディ城からアクアラグーンまで飛んで行ったんだとよ……」
「ううっ、私だって……今すぐにでも「陛下! 真剣にお考え下さい!」
「考えてるっ! ルーシーに会ってからでもいいだろっ!」
「良くありません。感情で突っ走るのは危険です。特に陛下は! ダニエル様は、アンフェール城城主としての陛下の判断を仰いでらっしゃるということですよ! 」
「私の?」
「ククッ……そうだな、あのミカエル様が、お前の元で騎士をしたいと言ってるようなもんだからな」
アスモデウスが笑いを堪えながら俺に言った。
「ああ、そうか。……って、ミカエルなんてやだ! 名前も嫌いだ! 即断れ!」
「そうですが……断るにも、それなりの理由が必要では」
「だな、”嫌いだから”じゃ角が立つ、か」
アスモデウスが眉間にしわを寄せ考え込んだ。
・・・
「そうですね……では、試験をなさってみてはいかがでしょうか?」
「試験?」
「騎士見習い試験です」
「そうだな、それで基準に満たなければ不合格ということで」
「はい」
アスモデウスが「いいんじゃねぇか」と納得して笑った。
「いやまて、ミカエルが意外とできる奴だったらどうする?」
「そこは大丈夫だ。あいつは、小さい頃のホムラにさえ”かけっこ”で負ける、運動に関しては、ダメダメのポンコツ野郎だ」
”ポンコツ”と聞き、ホッとしたところで移動用魔方陣を展開すべく二人から離れた。
「よしっ! じゃ、スチュワートそういうことで」
「は?」
「ルーシーーーーっ♪」
キュイーーーーーン!(移動用魔方陣回転!)
魔力全開で、一気にアクアラグーンへ向った。
+++++
【王国騎士団専用宿泊所・ミカエル視点】
果てしなく続く信者の列が、いつまでも続いてくれたらと……願わずにはいられなかった。
私がここへ来ていると聞き、集まってくれた大勢の信者たちに”天使族長”として最後の別れの意味を込め、皆に心からの祝福の光を捧げた。
どうか、私の、この我儘を許してほしい……。
与えても与えても尽きることなく漲る”至高の癒しの光”に、みんなの喜ぶ笑顔、そして、隣で微笑むルーシー。
こんなにも”長”の仕事が楽しいと感じたのはいつ以来だろうか……。
+++
「よし、準備はできたか?」
「はい」
私は今夜、堕天する。
これから、悪魔の騎士ジュード殿と”いい女のいる場所”へ向うのだ。
ロックさんから借りた行商人のマントを身に着けフードを被り、カイル少年から借りた黒縁の丸い眼鏡をかけた。変装はバッチリだ。
「ブラッド、サミュエル、お前らも一緒についてこい! 今夜はこいつのおごりだ! な!」
「お金は……その、持って……」
「問題ない。ちゃんと、あの執事から預かってる。ほら、さっさと行くぞ♪~」
鼻歌を歌いながらジュード殿は、ウキウキと私たちを急かした。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
と、サミュエルが涼しげな丈の短いズボンにTシャツ・サンダル姿で付いてきた。ブラッド殿は黒の隊服のズボンに白い騎士団のシャツをきっちり着て、表情を強張らせている。もしかしたら、私が”堕天”することを阻止しようと企んでおられるのでは……。
日が落ち、ようやく月が見えはじめた夜道を、私たちは”いい女のいる場所”つまり”墜落の園”へ歩みを進めた。
もう戻れぬ。
……悲しげな表情で私を見つめるダニエルの顔が脳裏をよぎった。
10歳で長候補になった頃より、厳格だが優しいダニエルは、私のもう一人の父親のような存在だった。
当時、執事補佐として長見習たちの面倒をみていたダニエルは、皆よりも体の弱かった私をいつも気にかけ、辛い”癒しの光”の修業中も励まし、支えてくれた。ダニエルがいなかったら私は、長にはなれなかっただろう。
……だが、ダニエルは私に嘘をついていた。
”治癒以外で女性に触れてはなりません。癒しの光が使えなくなります”
ずっと、私は、”阿保のように”その約束を信じ守ってきた。
なのに今朝、治癒以外でルーシーに触れたが、”至高の癒しの光”は、弱まるどころか更に光を増した。
その後もずっと、肩が触れ合う距離でルーシーと一緒にいたが、力が枯れることなど全くなかった。むしろ、輝きが増し、いつも以上に多くのものたちに”至高の癒しの光”を与えることができた。
私は、ずっと、ずっと、ずっと、騙されていた。
なぜ、ダニエルは、そのような嘘を私についたのだろうか。
私はダニエルの事を、心から尊敬し、信頼していたのに……。
「エリック、どうした?」
サミュエルが、何も話さない私を心配したのか話しかけてきた。
「なんでもない……。サミュエル、”いい女のいる場所”とはどういう所だ?」
「え!? ……あ、その、俺もあんまり知らなくて、女の人がお酒を振舞ってくれるところかな」
「女の人が、お酒を……”いい女”というのは? ルーシーのような娘もいるのか?」
「いやいや、もっと大人の女性だ」
「大人!?」
「ハハハハハ、胸が大きくて、色っぽいお姉ちゃんだ!」
ジュード殿がニヤリと笑った。
「む、胸!?」
顔が一気に熱くなった。
「エレーナちゃん最高!」
ジュード殿が大声で叫んだ。
月は明るく、町へと続く一本道を白く浮かび上がらせ、気持ちの良い夜風は私の背中を押し、罪深き場所へゆっくりと誘う。
もう戻ることはできない。
+++
森を抜け賑やかな宿場町へ入ると、神殿の丘の方向から眩い光が町を照らし歓声が上がった。
「おおおおーーーーーっ!」「すげーーーーっ!」「勇者様だ!」
「今夜も凄いなーーー」「ルーシー様よーーーーーっ」
見上げた先には、黄金に輝くアンフェール城がキラキラとした星のような光を纏い、夜空に浮かび上がっていた。
「あ……」
瞬く星たちが一斉に弾け、眩い黄金の光を放つと、赤い花が夜空にいくつも咲き、深紅に輝くバンディ城が姿を現した。
その城がまた明るく輝きだすと、城を取り囲んでいた深紅の花々が一斉に真っ青に輝きぐるぐると回転しながら、バンディ城を覆い隠した。そして今度は、オレンジ色の三角の屋根が連なった異国の建物と、青い光の粒を散らして泳ぐイルカの群れが現れ、青く輝く水しぶきのような煌めきとともに夜空へと消えていった。
息をのむほどのあまりの美しさに、私は言葉をなくし立ち尽くした。
「凄いな、ルーシーは、……エリック?」
サミュエルの声に、自分が涙を流していることに、やっと気が付いた。




