85話 キラッキラの“シュプなんとか”
【アクアラグーン訓練場訓練棟医務室・ルーシー視点】
ジュード団長補佐との手合わせ後。一応、大事をとるようサミュエル副隊長に指示され、私は医務室でお昼ご飯を食べていた。
ジュード団長補佐に叩き落とされ動けなくなった私に、てっきり、サミュエル副隊長がご褒美版”癒しの光”で治癒してくれていると思いきや。頬に当たった手の柔らかい感触に、なんだかいつもと違うと、ふと目を開けると…。
そこには……”ミカエル様”が眩しい微笑みを浮かべ、その輝く金色の瞳で私の顔を覗きこんでいた!
金色の光に包まれたイケメン聖人のキラキラの、とんでもないキラッキラ具合に呼吸が止まった。汗も心臓も思考も……いろいろなものが停止した!
これが天使界最高峰の”シュプなんとか”っていう”癒しの光”!?
信者増える理由これかーーーーっ!!!
+++
医務室で、いつもよりも豪華なホテルホーリーウッドカフェのお弁当を食べても、まだそのドキドキが治まらなかった。
ジュード団長補佐はあの後、胃の中のモノをあらかた吐きスッキリしたらしく、珍しいことに講義室で騎士見習のみんなと一緒に昼食を食べている……と、レイ兄さんが教えてくれた。
サミュエル副隊長もミカエル様にべったりで、お茶だの弁当がどうのと、あれこれ世話を焼きながら一緒に講義室へ行ってしまった。ミカエル様の魅力なのか、いつも心配して医務室に見に来てくれるはずのホムラやスカーレット先輩も今日は来てくれない。
そして、なにがどうしてそうなったのか、ミカエル様の執事ダニエル様とレイ兄さんと私の三人は、医務室で今、一緒に昼食を黙々と食べている。
気まずい。
ダニエル様は、たぶん父さん(育ての父親テオドール)よりも年上で、しかも由緒正しき天使界の偉い人。
きれいに整えられた短い白髪に、色白で彫が深い厳格そうな顔立ち。アレクセイ王子の首席補佐官のカール殿ほどではないけど、少々強面で、そしてめちゃくちゃ厳しそう。
そのダニエル様は、思い悩み沈んだ表情で、黙ってホーリーウッドカフェのお弁当を上品に口に運んでいるが、あまり食がすすまないように見えた。”騎士になりたい”という天使界長の、突飛すぎる振る舞いに心底戸惑っているに違いない。
それはさておき、いつもよりも豪華なホーリーウッドカフェのお弁当を速攻食べ終え、楽しそうな声が聞こえる皆のいる講義室へGO!と医務室を出ようとすると、レイ兄さんに止められた。
「ルー、昼休憩中は大事を取って、ベッドで休んでって言われたでしょ」
「えー、私も皆のところに行きたい」
「ダメだ。ちゃんと休む。午後から魔力の強化訓練もある」
「温泉に浸かりながら休めるもん」
「訓練だよ。エスタ様に呆れられるよ」
「エスタ様は優しいから大丈夫」
「大丈夫じゃない、じゃあベッドに行く!」
抵抗もむなしくガッツリ腕を掴まれ、そのままベッドへ誘導された。
レイ兄さんの表情はあまり変化ないが、掴む力が半端なく強い。これはやっぱり、さっきの手合わせで無茶したこと相当怒っている。剣を持った相手に、飛びついて膝蹴りはマズかったかな……。
「ううっ、お腹いっぱいだし、このまま爆睡しちゃうよ」
「はいはい。時間になったら起こしてあげるから」
シャー―――っ(カーテンを閉じる音)
白いカーテンで隔離され、仕方なく私は医務室のベッドで目を閉じた。
普通に目を閉じても、青空やキラキラは見えない。
サミュエル副隊長とミカエル様の顔を思い浮かべた。
”癒しの光”の色は、瞳の色が反映されているのだろうか?
サミュエル副隊長の澄んだ空色の瞳と、ミカエル様の輝く金色の瞳。
二人の”癒しの光”は、色は違っていても同じくらい温かく、天国にいるみたいに気持ち良かった。
そして、至近距離のミカエル様はヤバかった。
もう一回、あのキラキラを当てられ真正面で微笑まれたりしたら、自分が熱狂的信者になりそうで怖い。
それに(妄想)「勇者ルーシー。私の城に来ないか?」
なーんて言われたら、二つ返事でオッケーしちゃうかもしれない。マジで。
……やだ、まだドキドキする。心臓に悪いかも。
+++ 30分後。結局、いろいろと考え(妄想)興奮して眠れなかった。
タッタッ……(誰かが小走りする足音)
コンコン!(壁をノックする音)
「ルーシー、具合はど「ミカエル様!」
!
ミカエル様が医務室に入ってきて、ダニエル様が嬉々としてミカエル様の名前を呼ぶ声が、カーテン越しに聞こえた。
「ダニエル……まだ居たのか」
一気に興覚めしたかのようなテンションだだ下がりのミカエル様の低音ボイスが、医務室に厳かに響いた。マリオンもイケボだが、ミカエル様のはまた違う、大人のイケボだ!
「その……」
「もう私の事は諦めてくれ」
「ミカエル様」
「その名は、もう私の名ではない。レイお兄様、ルーシーは?」
「い、妹は、今休んでおりますので……」
「そうか……一緒に、午後の訓練場所まで行こうと」
「お誘いいただき、ありがとうございます。ですが、妹をもう少し休ませてあげたいので、申し訳ありませんが「そ、そんな、レイお兄様、お気になさらずに」
起きてるけど……横になってて髪ボサボサだし鏡もチェックしたい、自らカーテンを開けて登場する気にはなれず、横になりながらカーテンの向こう側の会話に、ドキドキしながら耳をそばだてた。
「あの、ミカエル様……」(ダニエル様)
「……何をっ」
バッ!?(手を払う音?)
「お顔に、パン屑が付いておりましたので」
ダニエル様、パン屑を拭おうとしてくれたの。お母さんみたい。
「そ、そんな事、自分で出来る!」
フッ、と吹きだしそうになった。
……ミカエル様、かわいい。
沈黙……
「ダニエル。もう、帰ってもいいんだぞ」
ミカエル様の、荘厳な声が響いた。
”学校まで来て、あれこれ世話するお母さんを煙たがるような態度”だな……って頭の片隅でふと思った。私だったら、「もう帰ってよ!」とかキツク言うけど、ミカエル様は優しすぎるのか、なんだか言い方がソフト。
「帰りません」
ダニエル様が、静かに落ち着いた声で答えた。
「私の気持ちは変わらぬ。頼む、ダニエル、さっさとこの有様を皆に報告してくれ」
ミカエル様も、落ち着いた低いいい声で静かに言い返す。
「いたしません」(静かに落ち着いた声)
「私の事はもう、諦めてくれ」(落ち着いた低いいい声)
「諦めるなど……」(静かに落ち着いた声)
「お前は何も悪くない。早く戻って、次の”長”に尽くしてくれ」(落ち着いた低いいい声)
「そのような方はおりません」(静かに落ち着いた声)
「偽りを申すでない。私の代わりなど……いくらでもいる」(落ち着いた低いいい声)
「偽りでは……ミカエル様は歴代最高の……」(静かに落ち着いた声)
「サミュエルだって同じくらいできる」(落ち着いた低いいい声)
「ミカエル様はミカエル様です」(静かに落ち着いた声)
優しく、静かに、言い合う二人。
本気度がよく分からない口喧嘩? に、私もレイ兄さんも、ただ黙って成り行きを見守って(聞いて)いた。
「レイお兄様、騒がしくして申し訳ない」(落ち着いた低いいい声)
「いえ……」(レイ)
「じゃあ、失礼する」(落ち着いた低いいい声)
「あの!ミカエル様……ご、午後の訓練、お怪我などなさらぬよう、どうか、どうかお気をつけて、ああっ、そうです、虫よけとか…なさいましたか? 泉には蚊が多いと…」
訓練へ向かうミカエル様にダニエル様が矢継ぎ早に仰った。
うっ、ダニエル様って、優しいっていうか、ちょっと過保護なのかも……。
「う、うるさいな……」
ミカエル様が落ち着いた低いいい声で仰り、タッ……と部屋から駆けだす足音が聞こえた。
沈黙……
「……レイ殿と申されましたか」
ダニエル様が静かに落ち着いた声で、兄に話しかけた。
「はい」
「ミカエル様に、……どうかお戻りくださるよう、ルーシー様から説得して頂けないでしょうか」
「はい……。ルー、起きてるだろ」
「うん」
シャー―――っ(カーテンを開けた音)
レイ兄さんが開けてくれたカーテンの向こうには、ダニエル様が声も出さず涙を流し懇願するかのような瞳で私を見つめていた。
+++
【アクアラグーン訓練場訓練棟医務室・レイ視点】
天使族長ミカエル・エリック・キング様の”シュプなんとか”で治癒を施された妹ルーシーが、深い青い瞳をキラキラと輝かせ、頬を赤く染め、いままで見たこともないほど動揺していた。イムさんの双剣を見つめる瞳とは比べ物にならないくらいのキラッキラとしたその表情に、僕の心が警鐘を鳴らした。
ミカエル様は危険だ。
以前から、時々サミュエルさんが妹ルーシーに向ける、幻術にも似た魅惑的な視線を警戒していた。だが、ミカエル様の”金色の瞳”は、それを遥かに上回る威力で、一瞬にして妹ルーシーをその”シュプなんとか”の虜にしてしまったように、僕には思えた。
危険だ!
妹ルーシーがミカエル様に奪われてしまう!
スチュワート様が仰られたとおり、これ以上妹ルーシーに彼を近づけてはいけないと僕は判断した。その矢先、ミカエル様の執事ダニエル様が、妹ルーシーに”ミカエル様を説得してほしい”と懇願してきた。僕も、ミカエル様には早々に天使界へお戻りいただきたいと考えていただけに、願ってもない申し出だった。
+++
寝起きのボサボサの頭で妹ルーシーは、医務室のベッドに座り、少し考え口を開いた。
「あくまで私の意見ですが。ミカエル様を信じて、好きにさせてあげればいいと思います」
「そ…そんな」
”ミカエル様を説得してほしい”と懇願した執事ダニエル様は、妹ルーシーの言葉にガックリと肩を落とした。僕も、妹ルーシーの考えがよく分らなかった。
「ミカエル様は、大人です。ちゃんとお分かりになっていると思います」
「その根拠は?」
厳しい表情で、妹ルーシーに聞き返した。
「根拠といえるものではないんですが。なんとなくですけど、”シュプなんとか”という”癒しの光”で治癒されたとき、その……すごく優しいお心のようなものが伝わってきましたので、ミカエル様がダニエル様を裏切るようなことは絶対になさらないのでは、と感じました」
ルー、ザックリ過ぎるよ。と、声が出そうになった。
「そうだと…よろしいのですが…」
沈黙……
「ダニエル様。いままで、このようなことはあったのですか?」
僕の質問にダニエル様は、表情を歪めた。
「いいえ。まったくございませんでした。この10年間、ミカエル様は私情や愚痴、なにひとつ仰らず、いつも優しく微笑まれ、公務に励んでおりました。……あの日、あなたに、”勇者ルーシー殿”にお会いになってから、ミカエル様は変わられました」
「私?」
「ええ、ご公務において感情を露わにすることなど一切なかったミカエル様が、あなたを自身の息子と婚約させた妖精王様に対して嫌悪の色を滲ませ、夜も眠れず、あなたのことを考え、あなたの傍に仕えるサミュエル様にも興味を持たれ、そして……あなたに会いに、ここまでいらっしゃいました。お願いです。”聖なる光に選ばれし勇者”ルーシー殿、あなた様が、天使界へお戻りになられるのであれば、ミカエル様もきっとご一緒にお戻りになってくださると…」
妹ルーシーを懇願するような目で見つめ、今度は天使界に勧誘し始めた。
これは、絶対に止めないといけない!
「ダニエル様、それは、ちょっと困ります」
「そこを……なんとかレイ殿」
「もう少し、ミカエル様を信じてあげて下さい」
「もちろん、信じております。あの方の全てを……ですが、心配で、心配で」
「心配なのはわかりますが……」
「昨晩も、短い袖の衣服で眠ったとブラッド殿から伺っております。風邪などひかれたら」
「短い、そで?」
「フフッ、お母さんみたいですね」
あろうことか、妹ルーシーは笑って突拍子もないことを口にした。
「は? ルーシーそれはちょっと失礼じゃ……」
妹ルーシーは、ため息をつき呆れた顔でダニエル様に微笑んだ。
「だって、お母さんみたいじゃん、心配だからってくっついて歩いて、世話焼いてさ。ミカエル様が可愛いのはわかるけど、もう、ちゃんとした大人だよ。一人になりたいときだってあるし、興味のあることに挑戦したいときだってあるよ。この際、やりたいことは、やらせてあげたらいいじゃないですか!」
「そ、その、ミカエル様は、なにも仰らないので……その」
妹ルーシーの言葉に、ダニエル様は明らかに困惑した表情で俯いた。
僕も困惑した。
”お母さんみたい”って? ”可愛いのはわかる”って?
僕の知る母さん(リラ)は、一家の大黒柱で放任主義。妹ルーシーのいう”世話焼きのお母さん”はいったいどこの誰の母親のことを言っているのだろうか?
……っていうか、ルー怒ってる!?
「ミカエル様は優しすぎるから、我儘を言えないんです! ”騎士になりたい”と、やっと自ら自分の希望を仰ったんですよ! それくらい聞いてあげてもいいじゃないんですか?」
「だが、それでは天使界が」
「ちょっと我儘な”長”がいてもいいと思います!」
「は!?」
「”我儘”でいいと言ってるんです!」
「え!?」
「この国の国王べリアス陛下だって、面倒だとか、疲れるとか、普段から文句言ってるし。スチュワート様を困らせる我儘だって遠慮なく仰ってます。ミカエル様に”長”を続投して頂きたいと考えるのであれば、もう少しなんでも仰って頂ける関係を築かれた方がよろしいと思います」
「関係を、築く……」
「はい。私は、なんでも言い合える、陛下とスチュワート様の関係を好ましく思っています。ですから陛下は私に対しても“なんでも話せ””気を遣うな”と仰り、勇者なんてなりたくなかった私を、守り支えてくださっています。ミカエル様の優しさやお力は完璧に見えるけど、完璧さを求めすぎると、何かの拍子にどこかで心がポッキリ折れてしまいます。完璧な理想を押し付けないで、やりたいことはやらせてあげてください。ミカエル様が”長”になって、ずっと我慢してきたのならなおさらです! 闇落ちしても知りませんよ!」
「やっ、闇落ち!?」
妹ルーシーの剣幕にダニエル様が驚いて腰を抜かし、その場に尻もちをついた。
僕も、妹ルーシーがそこまで考えを巡らせていたことに驚きを隠せなかった。
「だっ、大丈夫ですか?」
僕が急いで手を差し伸べると、ダニエル様は悲し気な表情でベッドに座る妹ルーシーを見上げた。
「そんな!? どうすれば……」
「闇落ちは言い過ぎました。でも、あの優しいミカエル様が、苦しくてどうしていいのかわからなくなって、ここまで来てしまったんです。わかってあげて下さい」
「ミカエル様は、……”騎士になりたい”と。”長”をしながら……なれるのでしょうか?」
妹ルーシーは、しゃがみ込みダニエル様と視線を合わせて微笑んだ。
「そこを何とかするのが”執事の仕事”だと思います」
「ええっ!?」
「度重なる無礼な発言、陳謝いたします。では、失礼します!」
立ち上がりダニエル様に敬礼し、妹ルーシーはスタスタ出て行ってしまった。
僕も、呆然とするダニエル様に敬礼し、医務室から出て行く妹ルーシーの後を追った。
小さい頃から知っている、揺れる赤い髪に小さい背中。
なのに……なんだろう、妹ルーシーが僕より年上で、全く別人のように見えた。
お付き合い頂きありがとうございますm(__)m
※2021/11/2 訂正しました。




