82話 花に願い、熱狂に恐怖し、堕天する☆
【アクアラグーン樹海・レグルス(男子の姿)視点】
王暦1082年5月20日。夜。
樹海の泉の浮島の、白い石で造られたフォリー(庭園などの装飾用の東屋のような建物)の床に寝ころんだ。
白薔薇の蔓が絡まる優雅でロマンチックな雰囲気のフォリーが建つこの場所に、いつかルーシーを連れてきたいとボクは考えている。
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朝の大雨で虫が集まらず、今夜はルーシーの元へ行くことが出来なかった。
昨夜の事を思い出すと、胸のドキドキが収まらなかった。
「ああっ……お友達になりたい」
髪の中から白、ピンク、黄色、青、紫、赤……色とりどりの花が咲きボクを埋めつくした。
むせかえるような花の香りにまみれ幸せな気分に浸りながら、ルーシーへの思いや空想で頭の中をいっぱいに満たした。
「ボクの事、好きになってくれないかな……」
雲間から射し込む月の光が、ボクの心をざわつかせる。
大事な弟アークトゥルスは、傷つけたくない。
でもボクはルーシーの事が好きで好きで仕方ない。
昨夜。深い青い瞳を輝かせ、ボクの名前を呼ぶルーシーを思い浮かべた。
”「レグルス、素敵な名前ね」”
「ああああああっ! 素敵なのはルーシーだ。髪も、瞳も、声も、全部! 全部、ボクは、す、好きだ! 全部……あ、あ、愛して。うわぁぁぁぁっ」
次々と湧き出る涙と花を振り払い、泉に飛び込んだ。
顔が熱く、鼓動が辺りに響いているかのようにバクバクと高鳴った。
「好き……で、好き……ルーシーを、愛してる……っ……う。うわあああああっ!」
君を想って咲かせる花たちは一層大きく盛大に咲き誇り、湖の水面をその色と香りで埋め尽くした。柔らかい白い大輪のバラの花びらが、慰めてくれるかのようにボクの頬をくすぐった。
掌から現れた青い大輪の薔薇に、そっとキスをし願いを呟いた。
「お願い。ルーシー……ボクを好きになって」
月の光は、花で溢れる泉とボクを、優しく包み込むように淡く照らした。
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翌朝。
【アクアラグーン訓練場・ルーシー視点】
※王暦1082年5月21日。
アクアラグーンの朝は少し肌寒かった。
訓練用の運動着の半袖の上から長袖のジャージを羽織り、訓練棟に着くと意外な人物が来ていた。
スチュワート様!?
じゃあ、陛下も来ているのかな?
辺りを見渡したが、それらしい姿は見えない。
訓練棟の出入り口の前で、真剣な表情のジュード団長補佐をはじめ、ブラッド隊長、サミュエル副隊長、ハント副隊長が整列しており。私たちの護衛でたった今到着したばかりのレイ兄さんが、スチュワート様に呼ばれた。
スチュワート様がなにやら、早口で指示を出している。
指示を言い終えたスチュワート様は、今度は私にこっちへ来るように手招きした。
「(早口)おはようございます、ルーシー様。これは確認ですが、ミカエル様から個人的に何かお言葉を頂いたり、お約束事などなさっておりませんよね」
「お言葉とは?」
「お言葉とは、ヘッドハンティング的な文言など」
「ブハハッ! チビっ子勇者がヘッドだとよ!」
ジュード団長補佐が吹き出した。
「ありません」
「ご一緒に食事や、お茶などのお誘いは?」
「ありません。ですが昨日、みんなで一緒にパンケーキを食べました」
「そちらの件は、承知いたしております」
スチュワート様は、はぁーっとため息をついてから一息呼吸を置き、また早口で私に話し出した。
「ルーシー様。極力、ミカエル様とは距離をお取りになり必要最小限の会話以外なさらないで下さい。頼み事や何かご質問をされた場合は、必ずこちらにいらっしゃる上官を通してお伝えいただくようお願いいたします」
ずらりと並ぶジュード団長補佐をはじめとした上官たちが驚きの声を挙げた。
「は!?」(ジュード団長補佐)
「ええっ!?」(ブラッド隊長)
「なんで、そこまで!?」(サミュエル副隊長)
「…………」
ハント副隊長とレイ兄さんは不思議そうに顔を見合わせた。
「ミカエル様は危険です」
「そんな感じには見えねぇけどな」
ジュード団長補佐が理解できないという表情でスチュワート様を睨んだ。
「あの方の危険度を、あなた方はご存じないのですか?」
今度は、スチュワート様がジュード団長補佐をはじめとした上官たちを睨みつけ低い声で仰った。
こっ、怖い……。
ミカエル様の危険度って!?
あんなに純粋で人畜無害で毎日世界平和を祈ってそうなミカエル様が”危険”って、どういうこと!?
「天使界歴代最高と称賛される”至高の癒しの光”の使い手、ミカエル・エリック・キング様が長になられてから、王国内における”奇跡を司る者”信者の幅は、更に広がり他種族にもかなりの信奉者がいらっしゃいます。ひとたび、その類まれなるお力に触れた者は、その心を奪われ、あの方に対し尋常ならざる忠誠心を抱く者達もおられるそうです。王国の勇者が、その信者たちが崇めるミカエル様の、お心を”惑わし”、更に、しかるべき手順も踏まず”長を辞された”など、決してあってはならない事。……その熱狂的な信者たちが、どのような行動をおとりになるのか、もうお分かりですね……」
早口で言い終えたスチュワート様が表情を歪め、私の目をキッと見つめた。
これは、とんでもない!
危険なのはミカエル様じゃなくて、その熱狂的信者!?
下手したら村人、いやいや、王国中の老若男女総出で私を捕らえて、ミカエル様を唆した”魔女”として、一家諸共迫害され、”魔女裁判”に、”拷問”に”磔”、”処刑”……怖い単語が頭を駆け巡る。
勇者大迫害時代が幕を開けてしまう!?
スチュワート様の説明を聞きようやく納得したのか、ジュード団長補佐をはじめとした上官たちは深く頷いた。
……怖い。泣きたい気持ちを抑え、震える声でスチュワート様に尋ねた。
「わ、私は……どうすれば、よろしいのでしょうか?」
「ルーシー様、出来れば今日の訓練はお休みになられ「めんどくせぇな! 陛下の”ひつじさん”よぉ!」
ジュード団長補佐が怒鳴った。
「この”チビっ子勇者”だけが原因でもねぇだろ。それに要は、あいつが”長を続ける”って言えば問題ねぇんだろ」
「……そうですが。ミカエル様のお心がそうに簡単に「大丈夫だ!」
ジュード団長補佐がスチュワート様の肩に腕を回し、耳元でなにかコソコソ話した。それにまたスチュワート様は険しい表情をした。
「大丈夫、サミュエルもいる。あとは任せろ!」
バン!
スチュワート様の背中を叩き私の方を向き、ニヤっと悪そうに笑った。
なにその笑い、怖い。
「では、夕方また来ます」
不安げな表情でそう言い残し、スチュワート様はアンフェール城へ戻って行った。
「ルー、大丈夫?」レイ兄さんが私の顔を覗きこんだ。
「大丈夫じゃない。とんでもないじゃん。熱狂的信者とか……」
「ミカエル様は、いい人なのにね」
「……うん」
+++
朝礼の為、グラウンドに着くと私達と同じ見習の運動着を着たミカエル様が、輝くような笑顔で私に手を振り駆け寄ってきた。
「おはよう! ルーシー!」
「お、おおっ、おはようございます! え、どうして」
「一緒に訓練することになったんだ。よろしく」
スッ、と綺麗な右手を差し出された。
「よ、よろしくお願いします」
華奢に見えるが意外とがっちりとした手に、やっぱり男の人なんだなと思いながら握手し、非の打ちどころのない聖人系イケメン”ミカエル様”の、その顔を何気なく見つめた。
!?
なんの悪意のかけらも無いミカエル様の澄んだ金色の瞳の眩しさに目が眩み、クラっと身体がフラついた。
「うわっ…」
「大丈夫?」
「大丈夫です。あ、朝が弱くて……」
それを見ていたアイザックが、すかさずとんでもない事を言い出した。
「見たぞ、ルーシー。いまエリック様(ミカエル様)に”クラっ”としただろ!」
こいつーーーーーっ!
ギッっと、アイザックを睨みつけた。
恥ずかしさも相まって、顔が火照ってきたのが自分でも分かった。
「違うよ、アイザック。ルーシーは朝が弱いんだって」
ミカエル様が優しく仰るとアイザックは、
「いいや、今確かに”クラっ”としてた。顔だって赤い! エリック様の魅力のせいだと認めろ!」
「そこ! うるせぇぞ!」
サミュエル副隊長の怒鳴り声でその場は収まったが、アイザックめ~~~、やっぱりこいつは敵だーーーっ!
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時間は少々遡り、その日の早朝……
【王国騎士団専用宿泊所・ミカエル様視点】
※王暦1082年5月21日。
「朝か……」
昨夜、お風呂上りにハンモックに横になっていたら眠ってしまっていて、気が付いたら朝になっていた。
アイザック少年が貸してくれたサンダルを履き、トイレに行くため部屋の外へ出てみた。
ヒンヤリとした朝の空気に身震いがした。しんと静まり返った宿泊所の廊下をなるべく音を立てないように歩きトイレを済ませ手を洗い、ハンカチを忘れてしまった事に気がついた。
「まあいいか、フフッ」
仕方なく手を振り水気を払いながら歩いていると、玄関の方で誰かが苦しむ声が聞こえた。
どうしたのだろうかと、玄関ホールを覗くとそこには、あの黒い眼帯を付けた悪魔の騎士殿が上半身裸でベンチに寝転がり、「ぅっつ……ううう……ゔ、うううう……」と、うめき声かと思っていたらいびきをかいて眠っていた。黒い上着が近くに脱ぎ捨てられていて、寒そうだったので、それを拾いお腹に被せてあげようと、そぉーっと近づいた。
ガッ!?
と、腕をつかまれ、「うわっ!」と悲鳴をあげてしまった。
「なんだ、貴様か……何時だ」
薄目を開けた悪魔の騎士殿が聞いてきた。
「4時半です」
「早ぇーな」
「すいません。起こしてしまって。それじゃあ」
立ち去ろうとする私の手を、その悪魔の騎士殿がまたガッと掴んだ。
「なあ、本気なのか?」
ゆっくりと体を起こし、私を隣に座らせ頭を掻きながら気怠そうに見つめた。
「え」
「騎士だ」
「はい、本気です」
騎士殿の白目の部分まで赤く充血した深紅の瞳を見つめた。
「無理だ、諦めろ」
太い低音の声で静かに仰った。
この身体で、戦場で戦う騎士など無理な事も承知している。だが、天使界に戻ることも出来ない。
「……イヤです」
「っち(舌打ち)、感じ悪ぃ天使界から逃げてぇ気持ちもわかる。逃げる先欲しさで、騎士になりてぇんならお断りだ」
「逃げる先など……私はただ、サミュエルのように、ルーシーの傷を癒す医療騎士に「あの”チビっ子勇者”が好きなのか?」
「はい、だから」
「ブッ、ハハハハハっ! 若ぇーな! あんなチビっ子のどこがいい? 胸ペタンコのガキだぞ!」
「ルーシーは、可憐で凛々しく美しいそれを……うっ」
悪魔の騎士殿が私の肩に腕を回し、お酒臭い息を顔に吹きかけた。
「おめぇ、歳はいくつだ?」
「三十です」
「うえっ三十!?……見た目若ぇな! 結婚はしてんのか?」
「してません。そもそも”長”でいる間は出来ないし、治癒以外で女性に触れる事だって許されません」
「そりゃ残酷だな」
残酷? 残酷なのか!?
考えてもみなかった。
私情を打ち消し両親に会う事も、好きな子に”好き”と伝えることさえ禁じられた生活。
確かに、残酷かもしれぬ。
「……はい」
「じゃあ……おめぇ、”いい女”って何なのか知らねぇだろう」
「いいいいっ、おおお、お、女!? そ、そそ、そんな、私が知るわけ!」
「ハハハハ! よーし、よし! 今夜連れて行ってやる!」
悪魔の騎士殿が、焦る私の頭をぐりグり撫でまわした。
「……え!?」
「いい女がいる場所だ。時間、空けとけ」
「え!?」
「返事は”はい”だろっ!」
急に大きい声で仰られ、思わず返事をしてしまった。
「は、はいっ!」
「じゃ、おやすみ」
悪魔の騎士殿はそう言い、また横になっていびきをかき始めた。
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部屋に駆け戻り呼吸を静めた。
鼓動がドクドク脈打ち、恐怖と期待が入り混じった複雑な感情が私の中を駆け巡る。
”いい女がいる場所”
よく意味が分からないまま、悪魔の騎士殿と”約束”をしてしまった。
今晩、私はあの悪魔の騎士殿と、”いい女がいる場所”へ向う。
恐らく、そこへ行くということは背信行為。私はもう二度と、天使界の土を踏めなくなることを意味する。
つまり、堕天だ!
上等じゃないか。
天使界には、もう戻れない。
今夜、私は、堕天する!
お付き合い頂きありがとうございますm(__)m
ブクマ★いただけましたら励みになります!応援よろしくお願いしますm(__)m
※2021/11/2訂正しました。




