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77話 君に、なりたいよ

【コルド→アクアラグーン・ミカエル様視点】


 ロックさんの住まいがあるコルドの町は、農業や放牧が盛んで、それに加えてワイナリーやブルワリーなど醸造所が多く、王国内でも指折りの”美味い酒”の産地として有名らしい。


 ロックさんの自宅を出発し、ブドウやホップの畑が広がる景色を眺めながら、ワインやビールの醸造所を何件か回り、酒樽を荷馬車に乗せる手伝いをした。重い樽を、何個も運んだ。これをロックさんは、毎日一人で何回も行っている。強そうな肩や腕の筋肉が、かっこいい。そして町を出る前、王国行商人組合で着用するよう義務付けられている、濃いベージュのフードの付いたマントをロックさんから手渡され羽織った。


「行商人は、これ着るのが決まりだで」


「私の分まで、ありがとうございます」


 これも奥さんのシェリーさんが仕立て直してくれたのか、羽が圧迫されないよう、背中の部分にスリットが入れてあった。すごい……こんな衣服、今まで身に着けたことなど無かった。感動しながら、フードを被ったりあげたりしていると、ロックさんが「はしゃぐでねぇ、男前がでぇなしだ」と笑った。



  パッカ、パッカ、パッカ、パッカ、パッカ、パッカ……



「おい男前。名前(なめえ)は何だっけ」


「エリックです」


「エリック、なめえも男前だな。んで、そのルーシーちゃんって子の家はどごさあるだ?」


「それが、分からなくて」


「どんな()だ?」


「赤い長い髪に、深い青い瞳で……」


「もすかすて、勇者の”ルーシーちゃん”だべかい!?」


「ご存じなんですか!?」


「これがら納品に行ぐ宿さ滞在してるで……って、男前、ルーシーちゃんに何の用だべ」


 いぶかし気に私を見つめた。


「その、彼女の、力になりたくて……」



 勇者ルーシーの傍らで”至高の(シュプリーム)癒しの光(ヒーリングシャイン)”を施す、王国騎士サミュエル・ヒューゴの姿が脳裏に浮かんだ。




(つから)に?」


「はい。あのルーシーの側にいる騎士のように……そう! 騎士に、なりたくて」



 私は勇者ルーシーに、”もう一度、会いたい”という気持ちとは別に、王国騎士サミュエル・ヒューゴに対し憧れにも似た感情を抱いているという事に、この時はじめて気が付いた。



 ロックさんが優しく微笑み、私の背中をバンバン叩いた。


「そうが、そうが、男前」


「あのっ、ロックさん。王国の騎士になるには、どうしたらいいのでしょうか?」


「んだな……男前、歳はなんぼだ?」


「30です」


「た……たまげだぁー、まだ二十歳そこそこに見えるだで……んだな、とぐいな武器どがあるが?」


「……」

 そういえば私は剣も弓もやったことが無い。怪我をしたらダメだと言われ、身体を使う運動はほとんどさせてもらえなかった。


「もすかすて、ねぇのか?」


「……はい」


「ウワハハハハ、そうじきもんだな(訳:正直もんだな)男前は。その手と、体つきを見れば、でぇてぇわがる(訳:大体わかる)。だども、おつこむな(訳:落ち込むな)、さっぎの”癒しの光”ば、てぇしたもんだ。たまげたぞ。そんだけでも、”医療きす”になれるがら、あんすんすろ」


「医療きす?」


 なんのことだろうか? 医療きす。 


「んだ、”医療きす”ってすごとも立派な”きす”だ。知り合いがおるで、おらがらも、頼んでやるがら」


「きす……」


「納品さおわっだら、きすの宿泊所さ連れで行っでやるで」


「きすの宿泊所? きす……あ、ああ、騎士!」


「ああ、そごで、ちゃんと、騎士(きす)になって、ルーシーちゃんに会うといいべ」


「はい!」


 ”ルーシーの滞在している宿”に、”医療騎士”。”騎士の宿泊所”。


 話を聞いているだけで心が弾んだ。



 パッカ、パッカ、パッカ、パッカ、パッカ、パッカ……



 1時間ほどかけてアクアラグーンの小さな宿場町に着いた。

 宿場の入り口に、黒の隊服を着た王国の騎士が二人立ち、ロックさんが「よう!」と挨拶をすると、二人は笑顔で「ご苦労様です!」とロックさんに敬礼した。



「ロックさん、もしかして凄い人なんですか」


「ウハハハハ! んだ、酒ば運んでいるがらな。おらがいねぇど、酒が飲めねぇぐなるがらな」



 何軒か店や宿をまわり最後に、ルーシーが滞在している宿へ到着した。

 ルーシーが滞在しているという宿は、花で溢れた小さく可愛らしい宿だった。


 ロックさんと酒樽を一緒に運び入れ、空いた樽を回収した。


 ここに、勇者ルーシーが()()! 

 もしかしたら、サミュエル・ヒューゴもこの宿に居るのか?



「ルーシーちゃんは、今日は訓練が?」


 ロックさんが請求書を渡しながらホテルの受付にいた宿の主人に尋ねると、宿の主人の表情が緩んだ。



「今日は雨で訓練はお休み。で、ついさっき、お兄さんたちとジョギングに出かけたよ」



 あの軍神のようなオスカーという兄も一緒なのか? 

 じゃあ、サミュエル・ヒューゴも……。

 胸の高鳴りが抑えられない。



「んだか~。ルーシーちゃんの顔ば、見でがったな~」


「その辺を走ってるらしいから、帰りにでも会えるかもしれませんよ。で、ロックさんそちらの方は?」


「おお、エリックつうんだ。男前だべ。ほれ、あいさづ!」


 ロックさんに言われ私はドキドキしながら、騎士のよう胸に拳を当て敬礼し自己紹介をした。


「お初にお目にかかります。エ、エリック・キング、と申します。お会いできましたこと、大変光栄であります。以後、どうぞお見知りおき下されば幸いに存じます」


「丁寧な挨拶だね。こちらこそよろしく」


 宿の主人が頭を下げ、ニッコリ笑った。




 カランカラン……

 宿の扉が開き、誰かが宿へ入ってきた。




「こんちわ~~~」




 男の声。

 お客さんだろうか?



「あ、ロックさん! お元気でしたか! ……え!? ええっ!?」



 振り向いた私と目が合ったその男は……







「サミュエル・ヒューゴ!!!」



 私は彼の名を呼び、嬉しさのあまり飛びついてしまった。

 見た目よりガッチリとした体つきに纏った王国騎士の黒い隊服からは少し汗の香りがして、頭上で結った長い髪が揺れ、私の顔をくすぐった。


 なんたる幸運!



「っ……なんで!? 俺の名前知って……っていうか、ミカエ「それは言わないでくれ」


 サミュエル・ヒューゴの口を手で押さえ、その水色の瞳に目配せをした。彼も私の心情なり思惑を感じ取ったのか、抵抗せず黙って私を見つめ返した。



「たまげだ~。サミュエルさんの、しりえいだったんでぇ。騎士(きす)宿泊所に行ぐ手間がはぶげだ」


「ロックさん、ありがとうございます」


 サミュエル・ヒューゴから手を放し、ロックさんに頭を下げた。


「エリック。ここで、でぇじょうぶだが?」


「はい、サミュエル・ヒューゴに会えましたから」


「いがったな。騎士(きす)になったら、お祝いすんべ。んで、サミュエルさん、あど、よろすくたのむ」



 カランカラン……


 ロックさんが嬉しそうに手を振り、宿から出て行った。それと入れ違いに入ってきた白いTシャツ姿の一人の少年が、凄い勢いでサミュエル・ヒューゴに飛びついた。


「ぅわ、よせ!」


「副隊長、誰ですかその人!?」


 サミュエル・ヒューゴの背中にしがみ付きながら、その深緑の髪の少年がくりくりしたグレーの瞳で俺を睨んだ。その少年にサミュエル・ヒューゴは手を口に当てヒソヒソ話すと、その少年は驚き少し笑った。


「フッ、マジで!?」

「マジだ」


 サミュエルがため息をつき、困った表情で俺を見つめた。

 バンディ城で向けられたあの嫌悪を含んだ瞳とは違い、明らかに、今、ここにこうしてやってきた私に対し困惑している目だった。



「サミュエル・ヒューゴ。私は”(おさ)”を辞「そこまでにして下さい。詳しい話は、向こうのカフェで聞きます……」


 サミュエル・ヒューゴは、ここに来るまで悩んで、考えて、絞り出した私の決意表明を止め、私の手を引きホテルのレストランの()()()へ入って行った。



「サミュエル・ヒューゴ……どこへ?」


「カフェです。黙ってついて来て下さい」


「その少年は?」


「ああ、ウィリアム。ルーシーの3番目の兄です」


「ええっ! お、お兄様!?」


 背中の少年が軽く手を挙げ、二コっと笑った。




 レストランを抜けると中庭のテラスのような場所に出た。


 空を覆う藤の天井から陽の光が差し込み、先程降った雨の雫を残こした花たちがキラキラと輝いていた。入り口横には、カフェのようなカウンターと、雨に当たらないように椅子やテーブルが一か所に寄せられていた。


 店はまだ開店前だったのか、テーブルや椅子を並べ開店の準備をしている”店の男性”が私たちに気付き驚いた顔をした。



「ターナー、場所借りるぞ!」


 サミュエル・ヒューゴは片手を軽く挙げその男性に声を掛けると、そのまま奥のソファー席へ私を連れて行った。


 凄い!


 サミュエル・ヒューゴは、ロックさんだけでなく、ルーシーの兄やカフェの店の男性とも知り合いなんだ!


 私はこのサミュエル・ヒューゴという王国の騎士に、憧憬の念を抱かずにはいられなかった。



「畏まりました」


 執事のような動きで挨拶をした店の男性は、私たちがソファーへ座ると水の入ったデキャンタとグラスを3つテーブルに置いた。


「何か、お飲み物とか……」


「いやいい。ターナー、マルクスは?」


「今日は、教会の方へ行っておられると……その方は?」



 頭を抱えるサミュエル・ヒューゴを見兼ねて、私は口を開いた。



「エリック・キングです。騎士になりたくて「あああっ、だから、それは辞めて下さい! 何があったんですか!?」


 サミュエル・ヒューゴがまた、俺の決意表明を止めた。



「なぜ邪魔をする!?」


「だから……どうなさったんですか!? ミカエル様」


「ミカエル様?」


 ターナーという男性の表情が変わった。


「ターナー、今から宿泊所にいるブラッド隊長に連絡できるか?」


「ええーっ! 今、こっちの仕事が忙しいので、ウィルは?」


 カフェの男がルーシーのお兄様を”ウィル”と呼んだ! 

 この3人は知り合いなのか?


「ぼく!? いいけど、戻ってきたらターナーのパンケーキね」


「へい了解!」


 ターナという男性が笑って答えると、ルーシーの兄はスッと立ち上がり、そのまま外へ飛び出し姿が見えなくなった。




 騎士サミュエル・ヒューゴと二人きりになった。


 彼は相変わらず困惑した表情で俺を見つめ、ため息をつきながら口を開いた。


「ミカエル様」


「その名で呼ぶな、エリックと呼べ」


「エリック!?」


「本名だ、私の」


「分かった。エリックさん「()()()()! ”さん”はいらぬ。敬語もやめろ!」


「分かりました! エリック……」


 半ばヤケクソ気味にサミュエル・ヒューゴが、私の名を呼び捨てにした。


「なんだ?」


「……今朝、お前んとこの連中が宿泊所に来た」


「なに!?」


 私がルーシーのところへ向かったとバレていたのか……。



「みんな心配してたぞ。雨の中、探し回って……」


「そうか……」


「それに……本当は辞めるとか言ってないだろ」


 こいつは私の心まで読めるのか?


「……」


「今ならまだ間に合う。ロイヤルラグーンまで送ってやる」


「……いやだ」


「はぁ?」


「あんな奴らどうでもいい。そんな事より聞きたいことがある。サミュエル・ヒューゴ、その”至高(シュプリーム)癒しの光(ヒーリングシャイン)”は、どうやって強化したのだ。教えてくれ」


「シュプリーム……は、なんだそれ? 話を逸らすな!」


「大事な話だ! ”至高(シュプリーム)癒しの光(ヒーリングシャイン)”。怪我をした勇者ルーシーに、施していただろう。」


「?」



 サミュエル・ヒューゴは、まったく分からぬのかポカンと私の顔を見つめた。



「分からぬのか? ”()()()()癒しの光”の事だ」


「は?……俺のは単なる、()()()()()()の”癒しの光”だ」


「単なる!? ()()()()()()!? そんなわけあるか! あれは私のよりも強い”至高(シュプリーム)癒しの光(ヒーリングシャイン)”だ! 厳しい訓練を終えた、天使族(おさ)のみ扱える、”癒しの光”のことだ」


「俺、(おさ)じゃねーし」


 サミュエル・ヒューゴが怪訝な表情で睨みつけたが、以前のような恐怖は感じなかった。


「フッ、屁理屈ぬかしおって……」


 私が笑うと、サミュエル・ヒューゴも表情を緩ませ微笑んだ。


「じゃあ、その、シュプリームなんとかって、どんなものなんだ? やってみせてくれよ」


「わかった。お前も一緒にな」


「おう!」



 サミュエル・ヒューゴと向き合い、両手に光を集め、お互いの頬を光で包み込んだ。



 パァァァァァァ……


 ”至高(シュプリーム)癒しの光(ヒーリングシャイン)



 サミュエル・ヒューゴが目を見開き、驚愕の表情で私を見つめた。


 私も彼の”至高(シュプリーム)癒しの光(ヒーリングシャイン)”に包まれ、空のような清々しい感覚に一瞬、我を忘れそうになった。


 これがサミュエル・ヒューゴの ”至高(シュプリーム)癒しの光(ヒーリングシャイン)”!





「………………」

「………………」




 私たちは、見つめ合ったまま動けずにいた。





「……君に、なりたいよ」




 涙が溢れた。



 +++++

お付き合い頂きありがとうございますm(__)m

ブクマ★いただけましたら励みになります!応援よろしくお願いしますm(__)m


※2021/11/2訂正しました。

 2024/2/8訂正しました。

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