76話 それぞれの、身を知ることになるかもしれない雨
【樹海東入り口→王国騎士団専用宿泊所・イム視点】
「ヤべッ……」
明け方。急に降り出した雨に、俺は起こされた。
マズイ……眠ってた。
ルーシーは!?
ザザザザザザザザザザザザザザーーーー
慌てて宿へ向かい、屋内レストランの開店準備をしているターナーに窓越しに声をかけた。
「特に、異常はなかったよ」
ターナーは小さくそう言い、直ぐに準備に戻った。
しばらくすると、ルーシーの部屋の窓が少し開き、女の子たちの賑やかな話し声が聞こえてきたので、俺はホッと胸をなでおろし王国騎士団専用宿泊所へ戻った。
ザザザザザザザザザザザザザザーーーー
戻る途中、黒く塗られた見慣れない馬車が追い抜きざまに俺に泥をベシャっと飛ばし、全速力で駆けていった。
「うわっ! 最悪! なんなんだ、あの馬車!? ひでぇな!」
あんなに急いで、どこかのお偉いさんでも乗ってんのか?
空腹もあいまってイライラしながら宿泊所の前までくると、さっき俺に泥をかけて行った馬車が停まっていた。御者の男はフードの付いたカッパを着、俺と目が合うと気まずそうに目を逸らした。
感じ悪っ!
そうだ、転んだふりして馬の尻を叩いてやろう!
俺は転ぶつもり満々で助走をつけ駆けだすと、予想外な場所で”ヌルッ”と足を取られ、馬の手前で派手に転倒した。
スッテー――ン!
バッシャーーーーン!!! (大き目の音)
ヒヒィンーーー!!!(馬の鳴き声)
大きな音に馬は驚き、急に走り出した。
「うわっ!!!」
御者は、引っ張られた拍子に馬車から馬の背に乗っかり、林の方へ走って行ってしまった。
「…………大丈夫かな」
キィィ……(ドアの開く音)
「どうかしたか!?」
騒ぎを聞きつけたのか、紺色のローブを着た初老の色白の天使族の男が宿泊所入り口から出てきた。男は馬車がいないことに驚き、そして泥だらけの俺を見て顔を顰めた。その後に続き、ぞろぞろと白いローブを着た天使族が現れ、同じように、馬車がいないことに驚き俺を見て表情を歪めた。
「馬が、何かに驚いてしまったみたいで……馬車は、あっちの方に」
雨に煙る木立を指さした。
「なに!?」
雨はますます強くなっていく。
ザザザザザザザザザザザザザザーーーー
この雨の状況に、天使たちの顔色が変わった。
ザザザザザザザザザザザザザザーーーー
「ダニエル様。馬車が見つかるまで、ここで、雨宿りさせていただきましょう」
白いローブを着た男の一人が、紺色のローブの男に提案するも、そのリーダーらしき”ダニエル”という男は、その天使をキッと睨み付け怒鳴った。
「わからぬのか!? この雨は、ミカエル様の涙。我々に対し神はお怒りになられている。すぐに、馬車を追うぞ!」
初老の天使族の男の声に、白いローブの天使たちは、渋々雨の中、飛び立って行った。
ザザザザザザザザザザザザザザーーーー
「……」
なんか悪い事しちまったな。
キィィ……(ドアの開く音)
「え!?」
宿泊所の中へ入ると、ジュード騎士団長補佐、ブラッド隊長、サミュエル副隊長に、ハント。この宿泊所に滞在している幹部クラスが、ずらりと横一列に並んでいた。見習たちも部屋に入るよう言われたのか、普段騒がしいロビーはしんと静まり返っていた。
「ど、どうしたんですか?」
「ゔぁぁぁぁぁっ!」
何の前触れもなくジュード団長補佐が、ブラッド隊長に殴りかかった。それを手でガードしながら、ブラッド隊長はジュード団長補佐に膝蹴りを入れた。
ドスっ!
まともに蹴りを受けたジュード団長補佐が、仰向けにひっくり返った。
なんで?
「ぐぁああああああっ! あの天使野郎!!!」
ジュード団長補佐が叫んだ。
「ブラッド隊長は、悪くありません!」
ハントが強張った表情で叫んだ。
「分かってる! ムカつくんだよ! あいつら、汚ねぇモンでも見るような目で見やがって! ぐあああああああ!!!!!」
何かあったな。
「イム、さっきの奴ら、どっちの方向へ行ったか分かるか?」
サミュエルさんが深刻な表情で聞くので、さっきの話をすると、一斉に笑いが起った。
グハハハハハハハ! フフフフフッ! アハハハハ! うひゃひゃひゃ……!
「よくやった! さすが俺の部下だ!」
ジュード団長補佐が泥だらけの俺を構わず抱きしめグリグリ頭を撫でた。
「イム、よくやってくれた! ありがとう」
ブラッド隊長も遠慮がちに、はにかみながら笑った。
「おまえ天才か!?」
サミュエルさんが、呆れた顔をした。
「スカッとしたぜ。マジで、腹立つ連中だった」
ハントが笑い過ぎて腹を抱えて座り込んだ。
「……で、何があったんですか?」
「勇者の、居場所を聞かれた」
ジュード団長補佐が静かに言った。
「え!? なんで?」
「天使族の長が行方不明で、もしかしたら勇者のところへ来ていないか、確認しに来たらしい」
「天使族の長?」
「天使族の一番偉い奴」
ハントがフフンと鼻で笑った。
「なんで?」
「失踪直前、”勇者にもう一度会いたい”とか言っていたらしい。でも、バンディ城にいた時はそんな感じには見えなかったんだけどな」
サミュエルさんが、首をかしげた。
「あいつら、ここに入るなり、臭いだの、酷いだの、信じられないだの、住むところじゃねぇとか……ぬかしやがって」
ジュード団長補佐から黒い瘴気が漏れだしてきた。
「ああ、だいたい事情は分かった。で、教えたんですか」
「言うわけねぇだろ!」
サミュエルさんが怖い顔をした。
「大丈夫かな」
「ああ、俺達も後で町を見回る、イムは夜通しの護衛で疲れてるだろ、少し休め」
「すいません。あの、昨夜、少し眠ってしまって……でも、ルーシーは無事です。ターナーに確認しました」
「そうか、無事ならいい。しっかりしろよ、婚約者!」
サミュエルさんが俺の肩をポンと叩き、にっと笑った。
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複雑な心境だった。
ルーシーとは、そんな関係じゃない。
最初はルーシーの”婚約者”と噂され、照れながらも、やっぱり嬉しかった。近い未来、ルーシーと本当に婚約して結婚出来たらいいとさえ、願った。
でもあの夜、見せつけられた”聖なる光に選ばれし勇者”の、明らかに桁違いな強大な魔力を前に、俺の心は、気圧され、言葉では言い表せない程の恐怖を感じた。
陛下のご指示とはいえ、一体、どんな気持ちで彼女は、北の神殿の丘に”氷の城”を造り出したのだろうか?
ルーシー本人に会って真相を確かめたい。だけど、もし彼女が、ここで起きた悲劇を知ったうえで、あの城を出現させたとしたら……。
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「あの、サミュエルさん、その事なんですが……」
サミュエルさんは、”氷の城”の事件の後、ルーシーの治癒要員で一緒にノール帝国まで行動を共にしている。サミュエルさんなら、その事について何か事情を知っているのかもしれない?
「どうした?」
サミュエルさんが振り返り、いつもの優しい水色の瞳で俺を見つめた。
「その……」
何と切り出していいのか分からず、言葉を詰まらせていると……
「まずは、風呂に入って、飯食って、その後、聞いてやる」
サミュエルさんがニッと笑い、俺の額にデコピンした。
「は、はい」
サミュエルさんの優しい笑顔に俺はすっかり安心し、朝食後、ルーシーの事を考えながら少しだけ横になった。
「こんな俺で、いいんだろうか……」
ザーーーーーーーーーーーーー
雨は、まだ降り続いている。
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【王国騎士団専用宿泊所・ウィリアム視点】
その後。
イム副隊長がお昼になっても部屋から出て来ないのを心配したサミュエル副隊長が、イム副隊長の部屋へ見に行ったところ爆睡していて。やや怒ったサミュエル副隊長が、眠っているイム副隊長の瞼に、「”目”を書いてやった」と笑っていた。
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※2021/11/2訂正しました。




