72話 覚悟は、とうに出来ている!
【アクアラグーン王国騎士専用宿泊所・サミュエル視点】
治癒要員として勇者ルーシーと共にバンディ城、そしてノール帝国まで随行した俺は、その日の夕方、騎士見習合宿が行われているアクアラグーンへ戻ってきた。
王国騎士専用宿泊所へ戻ると、意外な奴が押しかけていた。
ウィリアム。
ルーシーの3番目の兄で第4部隊所属。
只今、俺の部下なんだが……。
「副隊長!」
一見、女の子のような小柄な身体に長袖の黒いTシャツを身に着け、カールした深い緑色のショートヘア。クリクリとしたグレーの瞳で俺を見つけるなり、目の色を変え飛びついてきた。
「やめろ! コラッ」
「副隊長いなくて、寂しかった~」
蛇のように俺に絡みつき、引き剥がそうとするとスルスルすり抜ける。
相変わらず、こいつは……。
「はーーー落ち着く。しがみ付き心地は、やっぱ副隊長が一番だ」
「なんだそりゃ?」
俺の背中にしがみつき、顔を羽に擦り付けた。
「今日は疲れてるんだ、降りろ」
「イヤです」
「降りろ!」
「イヤだ!」
「そうか……じゃあ、遠慮しねぇぞ」
「うわぁっ」
スルリとウィリアムの長袖Tシャツの裾を掴み、ひっくり返し、顔と両腕を中に入れ、袋状にして上で結んだ。
「あれ!? ハハハハハハ!」
顔と腕を封じられ、上半身露わになったウィリアムが楽しそうに笑った。
宿泊所の入り口に居たマリオンやアイザックたちがそれを見て、拍手し「ナイス!」と口々に叫んでいる。
そういや、ウィリアムは見習の体術の指導員だったな。ちょっと、マズかったかな。
Tシャツをほどき解放するとウィリアムは「さすがです、サミュエル副隊長」と頭を掻いて笑った。
「で、どうしてここに?」
「休暇で、レイとルーシーの顔を見に……」
「なんだ、俺じゃねぇのか」
ふざけて言い返すと。
「サミュエル副隊長が一番です!」
また纏わりついてきた。
「わ、やめろ!」
「レイに聞いたら、ルーはオスカー兄さんと副隊長と一緒だって聞いて」
ウィリアムは話しながら地味に俺の関節を固めようとしてくるので、するっと脇に身体を入れ、首を押さえ片足でウィリアムの太ももを押さえた。
コブラツイスト一丁あがりっ!
「ルーシーは明日は大事を取って訓練を休ませるようにとスチュワート様から伝えられているから……会うなら明日の方が……」
「ゔっ……ギブギブ、ギブです」
仕方なく腕を緩めると、ニコニコしながら体をひねり今度は太ももに纏わりついた。
「おい!」
「レイ兄も、副隊長もルーばっか……副隊長、私を忘れちゃったの?」
ウィリアムが女声でふざけた。こいつは本当にお調子もんで子供っぽいというか……。
ルーシーの方が何十倍も大人に感じた。
「はいはい忘れました。じゃあな」
どうにか振り払い部屋へ入り窓を開けると、カラスが数羽窓辺に降り立ち鳴き声をあげた。
「元気だったか?」
カア!カア!カア!カア!カア!カア!…… ひとしきり連呼するとカラスたちは飛び去って行った。
豪華な迎賓館とは雲泥の差だが、天使界の奴らのように俺を蔑みの目で愚弄してくる奴はここにはいない。部屋にやってくるカラスも、怪我を治した恩を今でも忘れてないのか、律義に毎回挨拶に来る。
ベッドに寝ころび目を閉じた。
「どうしよう……」
ついさっき。オスカーとの別れ際、とんでもない約束をしてしまった事を後悔していた。
+++
(回想)
ルーシーを宿へ送った後、ひと気のない宿の裏の湖畔で、オスカーから唐突に質問された。
「ルーシーは、初潮ってありましたか?」
「は……」
はじめは何のことか分からず聞き返すと、オスカーは深刻な表情で小声で俺に言った。
「(小声)生理の事です。女の子の、その……」
「知るわけねぇだろ!?」
思わず突っ込むと、オスカーは更に表情を曇らせながら俺の目を見つめ聞いた。
「サミュエルさんなら、ルーから何か聞いてないかと……思って」
「あのなあ……。俺がそんなこと知ってたら、100%気持ち悪い奴だろっ!」
「すみません。あの、でも……俺、ルーに、なんて聞いたらいいのか」
「なんかあったのか?」
オスカーが深く頷いた。
「(小声)アレクセイ王子から聞かれたんだ。”鱗が生えないってことは生理が始まってないからだ”って、で……」
「で?」
「(小声)”妖精王は子供を所望しているようだったが、子供の身体で子作りとかあり得ん。本当に妖精王の王子と婚約したのか”って聞かれて……焦って」
「(小声)焦って?」
「(小声)婚約は形だけだって、王子にバレたかもしれない(涙声)」
顔を片手で覆い、あのオスカーが泣き出した。
ええーーーーーーっ!
開いた口が塞がらなかった。
「おい泣くな……」
「どうしよう。サミュエルさん(涙声)」
「(小声)その事は、陛下はご存じなのか?」
「(頷く)スチュワート様も知って……俺……どうしよう(涙声)」
どうしよう……ってもな。
”妖精王とあの場にいた全ての人を騙してた”って事だろ。
でも、ルーシーとイムはいい感じだったし嘘でもそれが本当になれば、それはそれで丸く収まるってことで、いいような……。
「オスカー、大丈夫だ。ルーシーはイムと仲いいし、そのうちそういう関係になってくれれば」
「そうじゃなくて。ルーはさっきアレクセイ王子に求婚されて、目をキラキラさせて頬を赤くしていた。もしかしたら、本当はアレクセイ王子が好きかもしれないと……(涙声)」
……そうきたか。
「サミュエルさん?(涙声)」
なんというか、こいつらは……。
何もかも完璧そうに見えるオスカーは、ルーシーの事となると親バカならぬ兄バカで。ルーシーの方は、逆にその兄が”王子に口説かれている”と危ぶんでいる。お互いあらぬ心配をし合う兄妹に呆れながらも、なんだか微笑ましく感じた。
「心配し過ぎだ!」
バン! と、オスカーの背を叩いた。
「でも……」
「ルーシーは、そんなに急にコロコロ気持ちを変えるような子じゃない。イムの事も、きっとちゃんと考えてる。とにかくお前は考え過ぎだ!」
「サミュエルさん。だってルーは人魚族だから。母親の祖国で暮らした方が幸せかと……(涙声)」
「それはルーシーが決める事だ。そうなったら、その時考えればいい」
隊服の袖で涙を拭きながらオスカーは何度も頷いた。
湖畔から遠くに見える鬱蒼とした樹海の方角から誰かの気配がした。ルーシーが宿に戻った報告を受け、イムかハントが護衛任務を始めたのだろうか?
「少し楽になりました。サミュエルさん、ありがとうございます」
目を赤くしたオスカーが、恥ずかしそうにはにかんだ。
男の俺でも惚れ惚れするほどの男前なオスカーの、内面からにじみ出る誠実さと素直さの混じった照れ笑いに、気持ち悪いと思うだろうが、”可愛い奴”と思った。
イナリ城のムラサキやアレクセイ王子がこいつを欲しがる理由が良-----く分る。
「ああ、ルーシーがまだ子供なのかもしれないのは分かった。俺も気を付けて見てみるよ」
「ルーを、お願いします」
「ああ、任せろ! じゃあな」
俺と、樹海の方角へ軽く頭を下げると、移動式魔法陣でオスカーはアンフェール城へ戻って行った。
+++
って、おい!
俺、なんて事を約束しちまったんだ!?
男ばかりの6人兄弟の俺に、何が出来るっていうんだ。
俺が泣きたい。
そうだ、ウィリアムがいるんだった。
でも、ルーシーより子供っぽいあいつに分かるのか?
ルーシーとはオスカーよりも長く一緒にいる分、案外、知っていたりするかもしれない。
……まあ明日、それとなく聞いてみよう!
「……大丈夫だ、大丈夫」
自分に言い聞かせた。
目を開け傷だらけの不格好な右手を上に挙げ、じっと見つめた。
思い返すとこの三日間、色々な事が起った。
“氷の城“に始まり、バンディ城、シュノーケリング、晩餐会、イフリート殿下、ムラサキと手合わせ、ノール帝国。
今朝、オスカーとムラサキのひと悶着の最中、ルーシーから不意に手を触れられ、驚いてその手を振りほどいた。
そんな俺に、ルーシーは真剣な表情で、
“「サミュエル副隊長が居なかったらって考えたら怖くなって」”と言ってくれた。
その言葉に俺は、泣きたくなるほど嬉しくて、顔がニヤケそうになるのを堪え、礼を言うだけで精一杯だった。
ルーシーは見た目だけじゃない、中身ももの凄くいい子だ!
こんな子の側にいて、治癒する仕事が出来るなんて、なんて俺はラッキーなんだとこの幸せに感謝した。
そして陛下とルーシーの関係も、何となくだが分かってきた。
陛下はルーシーをとにかく“溺愛”していて、手紙や花を送り、「愛してるから、愛されたい」とストレートに伝えるのに対し。ルーシーは、「国王であるべリアスが好き、だから勇者として答えたい」と、その求愛をフワっとした言葉で返す。スチュワート様は常に目を光らせ、陛下の暴走行動を寸でのところで厳しく阻止なさり……時々、スチュワート様は、どちらのお味方か分からなくなるが、ルーシーを守っているのは確かで、”氷の城”事件では、夜遅くまで駆け回り、ルーシーにあらぬ噂が立たないよう対応して下さっていた。
悪魔の王と宰相執事に、勇者。
絶妙なバランスで続けられる会話(理想のタイプとか)に、後ろに立っていた俺は吹き出しそうになるのを堪えながら聞いていた。
「……今のままでいいと思います、今のままのべリアスさんが……」
と言うルーシーの言葉に俺とオスカーは静かに頷いた。
気になったのは、その時。
ふと見上げると、天使族長ミカエルが、ルーシーと陛下を冷たく見下ろしていた。
そういや、ミカエルの取り巻きの中に“奴”がいたのを思い出した。あいつは、中庭でも晩餐会の間も俺をずーっと蔑みの目で見やがって!
その腹いせに思い切り睨み返すと、天使族長ミカエルはそれに気づき、驚いた表情で窓際から姿を消した。どうせ、二度と会う事も無いだろう……。
天使界なんて大嫌いだ!
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【アクアラグーン、ホテルホーリウッド・ルーシー視点】
三日ぶりにホテルホーリウッドにオスカー兄さんの移動式魔法陣で戻ると、部屋の前で先に戻っていたホムラが走ってきて私に飛びついた。
「ルー、私、結婚するの!」
「もしかして、あのフォルネオス隊長と?」
「うん、合宿が終わったら!」
今まで見たことも無いくらい、目を輝かせホムラは眩しく微笑んだ。
「うわっ、眩しい……幸せオーラ!」
「フフフフ、ルー何言ってんの?」
「……心配してたんだよ。あれから、全然会えなかったから」
「うん。いろいろ決める事とかあって、私も忙しくて」
「私もビックリしたわ。ルーと同じ髪色でかっこいい騎士なんでしょ! いいなー」
ホムラの後を追ってスカーレット先輩の部屋から出てきたロナが瞳を輝かせながら、ため息をついた。
「よ、良かったわね。で、馴れ初めは? プロポーズってどんなだった?」
まだ二人に話す前だったのか、部屋から飛び出してきたスカーレット先輩が興奮しながらホムラに詰め寄った。
「えっ……その、ここじゃ」
照れ笑いするホムラに、スカーレット先輩は目を輝かせて叫んだ。
「じゃあ、私の部屋に集合して”女子会よ!”」
スカーレット先輩の部屋にお菓子や飲み物を持ち寄り、女子会が開催された。
重く濃厚だった数日間の疲れを吹き飛ばす女子会に、”やっと戻ってきたんだ”と実感し、女友達とのたわいもない会話に私の心は心底癒された。
ホムラは、ずっと私に隠していたことを話してくれた。私もイフリート殿下と、生みの母の事を話した。その話を、泣きながら皆は聴いてくれて、最後に、なぜか”アニソン”を歌わされた。ご近所迷惑じゃないかと窓の外を覗くと、パチパチとカフェ(夜はバー)に来ていたらしいお客さんから拍手が起こり恥ずかしさに悶えた。
皆、寝落ちするまで話した。
ホムラはスカーレット先輩とベッドで眠り、ロナはなんとか部屋に戻り、私も連日の公務の疲れもあり、部屋に戻るとそのままベッドに倒れ込んだ。
初夏の風が心地よく、窓辺に咲いた白い花の香りと下のカフェの喧騒を子守歌に、私は眠りについた。
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【アンフェール城・べリアス視点】
ここ数日、アクアラグーンで軍事同盟の締結に向けての協議を重ね、本日ノール帝国で無事調印式を終えた。両国軍は対ジェダイド帝国を想定し動き始めた。
その間、ほぼずーっと私の傍にはルーシーがいて、あの美しい深い青い瞳で、私を見つめてくれた。
一時はイフリートに奪われると危惧したが、ルーシーは私の元で騎士をしたいと言い。しかも、なんと今朝中庭で”好き”って言ってくれた!
そのうえ、好みの男性のタイプも知ることが出来た。
だからルーシーがノールの王子から求婚された際、私は、全然焦らなかった。だって、あの王子は、ルーシーの理想のタイプじゃないからな! 不憫な奴!
真に、収穫の多き公務であった。
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ルーシーの母親は、ノール帝国エポラル領カルロマンの娘”ルイーズ”。
”エポラル領”
ノール帝国の地図にそのような地名が記載されていない事を疑問に思い、出向いたついでに(調印式後の控の間で)アレクサンドル大王へ尋ねてみた。
「”エポラル領”とは……。15年前の戦争により壊滅的な被害を受けた”悲劇の島”の名だ。
”領民は全員惨殺され、逃げ延び海へ逃げた者も追手に追われひとたまりもなかった”と、伝え聞いている」
アレクサンドル大王は、沈痛な面持ちで静かに語った。
「あの時、突如イフリート殿下が、わが国に加勢してくれなかったらこの国は滅びていた」
エポラル領の生き残りの娘が、イフリートに助けを求めた旨を伝えると、大王はハッと驚きルーシーを見つめた。
「戦争を終わらせたイフリート殿下が宴もせずに城へ戻ったと聞いて、何か私が失礼をしてしまったと悔やんでいたが、そうか、そうであったのか……その娘は、わが国の恩人じゃ。その娘の子供がルーシーちゃんなのだな」
アレクサンドル大王は大きく頷き呟いた。
「因果なものよ……」
現在エポラル領は、隣合った島”ドファン領”の一部として存在している。
だが、悲劇が起こったその島に住まうものは殆んどおらず、15年前から時が止まったような廃墟の町が残っているそうだ。
ルーシーを生みの母の故郷へ連れて行きたいと考えていたが、そんな悲惨な過去を、まだ勇者になったばかりのルーシーに見せるわけにはいかぬ。そんな過去を目の当りにしたら、ルーシーは、勇者としての使命に燃え、生き急ぐかのように一人で氷の魔女のところへ行ってしまうかもしれない。
「父親は? ルーシーちゃんの父親とは、どのようなお方なのか、聞いておるのか?」(アレクサンドル大王)
ルーシーの父親については私も気になっていた。
”父親の情報は全くない”と伝えると、有難いことに大王は早速、旧エポラルへ調査隊を派遣すると申し出てくれた。
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ルーシーが、人々を魅了する人魚族の血筋であることは理解した。
だが、その生来の魔力量の多さに、私は違和感を感じていた。人魚族であるアレクサンドル大王や、アレクセイ王子からは感じられない別の何者かの気配を……なんとなくだが感じた。
ああ、胸がざわつく。
ルーシーは、どんな家系の一族なのだろうか? そして、父親は何者なのだ?
ああルーシーの全てを知り、ルーシーの全てを手に入れたい!
例えあの忌々しい勇者の剣が、私とルーシーの仲を引き裂こうとも、決して離れることのできぬ絆(契約)を結び、年月が経ち、年老いても、亡くなってしまった後も、魂だけになっても、ずっと、ずっと、ずーーーっと、ルーシーを愛したい! 永遠に愛したい!
覚悟は、とうに出来ている!
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お付き合いいただきありがとうございますm(__)m
ブクマ登録めっちゃ感謝です! 励みになります!
2021/5/18 少し読みにくいところ直しました。
2023/3/5 少し訂正しました。




