表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/300

71話 あとは、飛び立つだけ!

【バンディ城迎賓館・天使族(おさ)ミカエル様視点】


 アレキサンドライト王国の新しい”聖なる光に選ばれし勇者ルーシー”の顔が、頭から離れなかった。国王べリアスから紹介された際、私は言葉を忘れ、その勇者を見つめる事しかできなかった。


 その可憐さは想像以上だった。


 赤い長い髪に、愛らしい顔立ち、そして輝く深い青い瞳。

 手合わせ中の姿も、その魅力ゆえ破廉恥な対戦相手に口づけされ兄の背中に隠れる姿も、イフリート殿下に毅然と立ち向かう姿も、なにもかも……まるで希少な宝石で作られた芸術品のような勇者の姿に、私は我を忘れ一晩中彼女の事を考え一睡も出来ずにいた。


 私はどうしてしまったのだろうか? 


 ソロモンは、そんな私には気付かぬのか淡々と今日の日程を話し部屋を出て行った。

 勇者の、彼女について何か情報は無いのか!? もっと、情報がほしい!

 

 執事に頼み再び、我が美しき護衛”聖なる七つの光”を呼ぶが、執事も戻って来ない。どうしたものかと部屋を出て、ふと迎賓館の中庭を覗くと、我が美しき護衛”聖なる七つの光”が見守る中、勇者ルーシーとイナリ城のマサムネの娘ムラサキが手合わせをしていた。ムラサキの剣の腕前は相当なものと聞いている。大丈夫なのか?



 凛とした表情で赤い髪をなびかせ、ムラサキに立ち向かう勇者ルーシー。

 舞を舞うかのような美しい身のこなしで軽々と宙返りをし、紙一重で剣をかわす。着地速攻ムラサキに反撃を繰り返す。


 ……なんと、美しい。


 私は、2階の窓辺でその勇者をただただ一心に見つめた。



「あっ」


 ムラサキに足を払われ倒れ込んだ勇者に私は声をあげた。


 行って、助けなければ!


 窓から飛び出そうとした私の目に映ったのは、勇者に駆け寄る片羽の半分がちぎれた、傷だらけの天使族の男だった。

 なんと、血の出た勇者ルーシーの顔にタオルを当て、もう片方の手を頭に添え、何か話をしている。


 勇者ルーシーに、あのように()()()触れるとは!? 


 勇者はそれを当たり前のように受け入れているのか、奴に手を引かれベンチへ座った。


 その男は一瞬いなくなったが直ぐに戻ってくると、勇者の前に跪き信じられないことに()()()()()()()至高(シュプリーム)治癒の光(ヒーリングシャイン)”をいとも容易く彼女に放った。


 勇者の恍惚とした表情と、そして彼女を優しく見つめる天使族の男。

 その後、二人は笑い合い、勇者の兄とムラサキの手合わせを一緒のベンチに座り観覧していた。



 私も、私も、勇者ルーシーの頬に触れ、傷を癒し、傍らに座り、彼女の声を聴き、あの笑顔を見てみたい。



 あの天使族の男は、いったい何者なのだ?


 ”至高(シュプリーム)治癒の光(ヒーリングシャイン)”を使えるものが私の他に、この世界に存在しているとは……。 




 ”至高(シュプリーム)治癒の光(ヒーリングシャイン)


 神に一番近いとされる天使族(おさ)のみが有し、操ることが出来る奇跡の力。

 生まれつき”癒しの光”の濃度が他の天使族より高かった私は、10歳で天使族(おさ)候補に選ばれ、家族や友人から引き離された。天使族特有の”癒しの力”の上位互換である、”癒しの光”を更に強めるため、光を凝縮させ、”至高(シュプリーム)治癒の光(ヒーリングシャイン)”と認定されるまで、ずっとずっと、神殿で訓練を積んできた。今も、その訓練は続けている。


 信じられなかった、あの光を、しかも、瞬時にあのような輝きを放つことが出来る者が、存在していたとは。


 見間違いではない……。


 しかも、女の子に、女の子の勇者ルーシーに、()()()()()


 ”女の子に触れたら、光は汚れる”と、私は教えられたのに……。


 その場へ降り確かめようとしていると、国王べリアスが中庭へ宰相スチュワートと共にやってきた。ベンチに仲良く座る勇者ルーシーとその男を見て、あからさまに表情を歪ませた。この国王も、あの天使族の男を疎ましく思っているのか……だったらなぜ傍に置いている? 




 「オスカー……」


 ムラサキが勇者の兄に負け、立ち去るその兄の背中に抱きついた。昨夜の口づけといい、男女の関り事は厳しく禁止されている私にとって、それは衝撃的な光景だった。


 巷ではこのように乱れた男女の関係が横行しているのか!?


 どうするものかと様子を窺っていると、勇者の兄は一切表情を変えず、その手を振りほどきムラサキの申し出を断った。女の誘惑に屈する事なく振り切った勇者の兄の姿に、王国の騎士というものはかくも真面目で忠実な者達なのだと好感を覚えた。

 


 そうだ、あの天使族の男も王国の騎士だ!

 騎士だから、勇者の近くにいるのか?



 少し目を離した隙にその男は、なにがどうなってそうなったのか、今度は勇者ルーシーとお互いの拳をぶつけて笑い合っていた。

 


 なんなんだ!?

 なんなんだ! この、いやな気持ちは!?

 


 国王べリアスは、勇者の兄の手合わせを見終わると勇者ルーシーの隣に腰を下ろした。慌てて可愛らしく敬礼したルーシーをまたベンチに座らせ、なんと彼女の手を()()に握り、何か楽しそうに話をしている、兄の前であのような事をして平気なのだろうか?  


 ああ、今度は腕を……この私が、止めに行くべきでは?



 不意に視線を感じ、目を向けると。


 ゾク……


 あの片羽がちぎれた天使族の男が恐ろしい形相で、私を睨みつけていた。

 その恐ろしさに、私は窓から後ずさった。


 なんなのだ!?


 今まで向けられた事のない憎悪の感情に、私は身体から血の気が引いていくのを感じた。


 何故、私をあのような目で睨みつける。

 私は、あの男に何かしたのか?

 あの男の事など、私は知らない。会ったことなどない。

 

 ”至高(シュプリーム)治癒の光(ヒーリングシャイン)”は、清らかな心の持ち主にしか操れぬと教わっていた。だが、忌まわしい感情を私に向けながらも、あの男はその力を、私以上の”至高(シュプリーム)治癒の光(ヒーリングシャイン)”を操ることができる……。


 何故。


+++


 程なくして戻ってきた、我が護衛”聖なる七つの光”が状況を報告してくれた。


「……というわけで、ムラサキ様に惜敗した我々は勇者ルーシー様の手合わせを観戦しておりました。その後行われました、勇者ルーシー様の兄オスカー様とムラサキ様のお手合わせは圧巻でございました。オスカー様のお強さは、まるで軍神のようでした」


「あの勇者の側にいた天使族の男は? 何者なのだ?」


「その……(わたくし)は、存じ上げてはおりません」


 ドウェイン部隊長が言い淀んだ。

 するとソロモンが小さく手をあげ、発言を求めた。


「僭越ながら、あの者は私の生家ゼフィルス家の隣人。シンベリー家の長男サミュエル・ヒューゴといいます」


「ソロモンの隣人……シンベリー家といえば、能天使(パワーズ)の一角。なぜ、あの者が、アンフェールの騎士に?」

 

「……ミカエル様がお気になさるほどの者ではございません。あの者は、生まれつき醜く、呪われた子供と呼ばれておりました。我儘で、暴力的で、学も無い、醜い悪魔と慣れ合う事を好む、汚れた男です」


 その男についてソロモンが嫌悪を含んだ表情で語ると、それに付き従うかのように他の者達は薄笑いを浮かべた。


 とてつもなく嫌な空気が部屋に立ち込めた。


 勇者ルーシーと笑い合う、その”サミュエル・ヒューゴ”という男は、本当にそのような汚れた男なのだろうか? 


 あの”至高(シュプリーム)治癒の光(ヒーリングシャイン)”は、心の美しきものしか使えぬ力。あの光からは、そのような汚れた感情など感じられなかった。

 寧ろ、まさしく至高の癒しの感情しか……。



「そのようには、見えなかったが……」


「ミカエル様、そのようなものの事をお考えなさるだけで汚れてしまいます。奴は、醜い上に家柄が良いというだけで学校へも行かず、私の街では”呪いの異端児”と呼ばれておりましたから」


 ソロモンが、更に嫌悪を含ませ、せせら笑った。他の者達もまた、嘲るような笑いを浮かべた。

 なぜ、笑う?

 こいつらは、こんな風に、こんなにも()()に笑う奴らだったのか!?


 胸がむかむかするような彼らの嘲弄に私は吐き気がしてきた。  



「ソロモン、その辺に……」


 ドウェイン部隊長が私の嫌悪に気付き話を辞めさせた。


 醜い……。

 我が護衛”聖なる七つの光”の心根の醜さに絶望を覚えた。


 美しいのは、()()だけなのだと。


 そして、私を憎悪の表情で睨みつけたあの”サミュエル・ヒューゴ”という男の真意を、僅かながらに私は感じ取った。


 あの男は、”このような者達が幅を利かせる天使界を憎んでいるかもしれない”のだと……。




「ミカエル様。醜い男の話しでご気分を害してしまい大変申し訳ございませんでした」


 嘲笑を交え得意げに謝るソロモンと、その後ろでニヤニヤと薄ら笑いを浮かべた部下たち。

 私は堪え切れず感情を露わにしてしまった。



「お前たちは全員解任する。もう下がって良い」



「は……」

 

 ポカンと口を開け、私を見つめるソロモンの表情が徐々に青ざめていった。

 

「な、なんと!? ミカエル様!?」

「そんな!?どうして!?」

「ミカエル様!? どうか……」


 追いすがるように私に言い寄る”聖なる七つの光”に背を向け、大声をあげた。


「さっさと下がれ!」


 執事のダニエルに「誰も入れぬな」と命じ、寝室へ駆けこんだ。



 私が選出した”聖なる七つの光”は、”光”ではなかった。

 醜い感情、醜悪な笑い、見せかけだけの美しさ、……あの男からみれば、私もその中の一人なのだろう。

 

 ”醜悪な感情を持った醜い天使”


 行き場のない悔しさに涙が止まらなかった。

 

 天使族(おさ)、”奇跡を司る者(ヴァーチェス)”として清く正しく美しく天使界をけん引し、苦しむものや悩めるものを救い、皆が幸せに暮らせる国づくりを目指しこの身を捧げてきたのに。


 私の元で働く者達も、きっと私と同じ気持ちであると、信じていたのに……。


 信じて、いたのに……。

  

+++


 目が覚めると夕刻になっていた。

 バンディ城迎賓館2階のベランダの手すりに座り、海に沈んでいく夕日をただぼんやりと眺めていた。

 波間に戯れるカモメたちは楽しげに飛び立ち、どこまでも自由な空に消えて行った。

 

 そういえば、今まで自由なんて無かった。

 

 もっと両親に甘えたかった。友人ともっと遊びたかった。両親が喜ぶから期待に応えたくて頑張った。その当時は、よく分からなかったけど(おさ)候補に選ばれ嬉しかった。凡人より僅かに強い”癒しの光”を神業と大げさに評価され、人を癒すのが神から与えられた使命だと言われた。褒められおだてられ、辛いのに平気なふりをして泣きたくても泣けなくて、いつしか感情を表に出すことをやめた。


 この”奇跡の力”は信者の勧誘。そして、陰では天使界の重鎮たちの延命と、天使界に従わぬ領主などとの取引の材料として使われている事も知っている。それに気付いても何も言えなかった。それで世の中が平和になるのであれば仕方ないと言い聞かされた。


 本当は、それ以上真実を知るのが怖かった。

 それでも一人でも多くの苦しむものを助け、清く正しく美しい天使界を作りたいと私は願っていた。


 だけれども、願っているだけでは何も変わらなかった。


 やっと目が覚めた。

 私は天使界の見せかけだけの”人形”に過ぎない。

 あの片羽がちぎれた天使族の男のように、私の代わりなど腐る程いる。

 

 考えるのはもうやめた!



 私は勇者に会いたい。

 

 ああ、勇者ルーシーは今何をしているのだろうか?

 どこかで、この夕日を見ているのだろうか?


 そうだ! 

 空を飛んで、あの子に会いに行こう! 

 あの片羽の天使族の騎士にようになりたい。

 隣に座って笑って、話をして、見つめ合ったり、拳をぶつけたり、手をつないだり……。


「フ、フフフッ」

 

 勇者ルーシーの事を考えるだけで、心に灯がともったように胸が熱くなった。

 


 コンコン


「ミカエル様、ダニエルでございます。宜しいですか?」


 幸せな妄想が一瞬で掻き消えた。



「……あ、ああ」


 涙を拭き、返事をした。



 ガチャ


 執事のダニエルが部屋に入るなり、ベランダの手すりに座る私に歩み寄った。

 

「ミカエル様、危険です。!? な、涙を……どうされたのですか?」


「……なんでもない。そうだ……王国の勇者は、戻ってきたか?」


「ええ、そして騎士見習の合宿地”アクアラグーン”へ、15時に出発なさいました」


「今、何時だ?」


「18時でございます」


「……そうか。もう一度、あの勇者に会いたかった」


「……」


 私の言葉にダニエルは言葉を失い、目を大きく見開き驚いた表情をした。


 ダニエルは、私を”何者”と考えているのだろうか。

 私は地位こそ天使族(おさ)、”奇跡を司る者(ヴァーチェス)”だが、中身はただの天使族の男だ。結婚適齢期の男が、美しい勇者ルーシーに心を奪われたのがそんなにも珍しいか!? 

 常人の感情を忘れてしまった、もうろく執事め! 



「そんなに驚くような事か?」


「……はい」

 

 ダニエルは静かに頷き、目を閉じ下を向いた。

 先先代天使族(おさ)から仕えている彼の目には、このようになってしまった私が、天使族(おさ)、”奇跡を司る者(ヴァーチェス)”としての器ではないと判断し落胆したのであろう。


 それならそれで良い。

 


「アクアラグーンとは、どのような場所だったかな?」


「はい。ここより南、およそ50キロの場所にあります、聖地”北の神殿”周辺の温泉地でございます」


「温泉?」


「温かな水が湧き出るところでございます」


「……そうか」



 心はもう決まっていた。

 夕刻の空の色はオレンジから紫そして藍色に変り、東の空には星がチラチラ輝き出していた。


 あとはこの窓から飛び立つだけだ。



「ダニエル、食事の準備を頼む」


「畏まりました」


 執事ダニエルが一礼し、部屋を後にしたのを確認すると、私は翼を広げ一気に空へ舞い上がった。


お付き合いいただきありがとうございますm(__)m

ブクマ評価いいね等いただけましたら励みになります。応援よろしくお願いします!


※2021/11/2訂正しました。

※2023/3/5少し訂正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ