69話 負けそう……
【バンディ城迎賓館中庭・ルーシー視点】
バンディ城迎賓館の芝生が敷き詰められたほぼ正方形の中庭の中央で、ムラサキ様とオスカー兄さんは木刀を手に真剣な表情で向き合った。
美女剣士とイケメン近衛騎士の対決を見逃すまいと、サミュエル副隊長も私の隣でその光景を興味深げに注視している。
睨んではいない。
「女だからって手加減すんじゃねぇぞ」
ムラサキ様は、剣先を兄さんにスッと突き付けた。
「かしこまりました」
「じゃあ、いくぞ!」
「よろしくお願いしま
ムラサキ様は、兄さんが返事を言い終わらないうちに飛び出し、一気に間合いを詰め斬り込んできた。やはりムラサキ様も、体格差のある相手には”速攻が有効”と考えるのだろう。
兄さんは、それをガン! と跳ね返し、シュパァン! と一撃を加えた。
音がおかしい。
木刀の音じゃない!
「うわっ、ヤバ」
ムラサキ様は、その一撃を後ろへ飛びのいて回避し、瞬時に兄の左手に回り込み斬りつけた。
シュっ……
ガキン! シュパァン!
だから音が違う!
オスカー兄さんの木刀は金属なの?
兄さんの大きな体から繰り出される卓越した剣技と、スピード、力技。
私がいくら”戦う筋力”を身に付けたところで、兄さんに追いつく事なんて到底無理なのだと、理屈じゃなく本能で感じた。
一瞬の隙も与えず圧倒的な力とスピードで、容赦なく攻撃を繰り出すオスカー兄さん。
本気で誰かと戦う兄を見たのは、多分、これが初めてだった。
「クソっ……」
次第に一方的に押される形になったムラサキ様が表情を歪め兄さんを睨みつけた。
「相変わらず凄ぇな」
隣に座るサミュエル副隊長が呟いた。
私も、あまりの兄さんの強さと気迫に言葉を失くしていた。
ムラサキ様は、オスカー兄さんに木刀を弾き飛ばされ、落ちた木刀にヘッドスライディングしながら手を伸ばした。だが、兄さんはムラサキ様の動きを先読みし、いち早くその落ちた木刀を足で蹴り飛ばし、自身の剣先をムラサキ様の頭上にコツンと当てた。
「ゔあぁぁぁぁぁ!!!」
地面にうつぶせに横たわり、大声でわめき出すムラサキ様に兄は手を差し出した。
「……大丈夫ですか?」
「くそぉぉぉ!」
ゆっくりと上体を起こし地面に座り込んだ態勢で、兄を見上げ涙目で睨みつけた。
「オスカー……」
「はい」
「私の剣の師匠になってくれ!」
「お断り致します!」
間を置かず、兄は申し出を断った。
「は?」
「それでは、失礼致します」
真顔で敬礼し立ち去るオスカー兄さんに、ムラサキ様が立ち上がりその背中にしがみ付いた。
キャーッ!
「頼む。私はもっと強くなりたいのだ」
「……ムラサキ様」
無表情の兄は、しがみ付く手をそっと引き剥がしムラサキ様と向き合った。
ムラサキ様は肩で息をしながら、輝く潤んだ紫色の瞳でオスカー兄さんを見上げた。
美女剣士に言い寄られる兄の姿に、私の方がドキドキしてきた。
「オスカー、イナリ城で最高の地位も与えてやる。だから、私のところへ来てはくれぬか?」
「お断り致します」
ムラサキ様の熱量とは逆に、兄は表情を変えず再度申し出を断った。
その態度にムラサキ様は、更に肩を震わせ涙声で聞き返した。
「どうして?」
「ムラサキ様は確かに美しくお強いですが、強さゆえ他の者を見下すような態度を平然とおとりになる。そのような方に、お仕えしたいとは微塵も思いません」
「……見下すような態度を……だと」
「先ほど、サミュエル副隊長を、”下っ端”と申し上げましたが、あの方は我がアンフェール城騎士団の救世主。神にも匹敵する治癒能力で、城下の民や騎士仲間、それに妹ルーシーも……あの方に救われた方は数えきれない」
「……それは、済まない事をした。サミュエル殿、悪かった。謝る!」
ムラサキ様が、顔をこちらに向け頭を下げた。
思わず左側に座るサミュエル副隊長を見上げると、ため息をつき小声でぼやいた。
「あいつ、俺を引き合いに出しやがって」
”神にも匹敵する治癒能力”
合宿が始まってから当たり前のようにサミュエル副隊長が傍にいて、小さな怪我でもすぐ治してくれるのが騎士見習合宿での日常の光景になっていた。サミュエル副隊長は、気さくで恩着せがましくなく、しかも、めちゃくちゃ優しいから、みんな大好きで、私もサミュエル副隊長には全幅の信頼を寄せている。
この人が居なかったら、今、私はどうなっていたのだろうか?
考えただけで少し怖くなり、隣に座るサミュエル副隊長の膝の上で握りしめた拳の上にそっと手を置いた。
「うぉっ、どうした!?」
驚いたサミュエル副隊長が慌ててその手を振りほどいた。
振りほどかれた事はショックだったが、女の子慣れしてないサミュエル副隊長の、そういうところも私はいいと思う。
「こ、怖くて」
「俺の顔か!?」
「違う! サミュエル副隊長が居なかったらって考えたら怖くなって」
一瞬、サミュエル副隊長の表情が緩み、水色の瞳がキラリと潤んだように見えた。けど、直ぐに下を向き顔を上げるとまたいつも通りのきりっとした顔に戻っていた。
「そうか……ありがとな」
お互いの拳をぶつけ、顔を見合わせ微笑んだ。
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「俺は、自身の強さよりも他の者を敬い皆の幸せを願う、国王陛下の忠実なる剣。イナリ城次期城主ムラサキ様。女性ゆえに苦労なされる事もおありでしょうが、他の者への尊敬や女性としての立ち居振る舞いをどうかお忘れにならないで下さい。あなたは、きっと素晴らしい城主になられると、俺は信じております」
オスカー兄さんの言葉に、ムラサキ様は俯き涙を零した。
「うっ……そ、そんな、苦労など……グスッ……」
「何もかも完璧な兄だな。ルーシー」
スッと、白のヒラヒラのシャツに黒のマントを羽織った国王べリアスが私の右隣に腰かけ、黒い艶のある髪をサラリと払い私の顔を覗きこんだ。ふわりと、甘い香りがした。
「べリアス……」
「へ、陛下!」
サミュエル副隊長は立ち上がり最敬礼し、私も慌ててそれに続き立ち上がり最敬礼した。
ムラサキ様と、兄もすぐに駆け付け私達の後ろで跪き敬礼した。
「ルーシーは、そのような事はせぬともよい。さ、座って。私と少し話をしよう」
「はい、あっ。兄との朝食と、素敵なお手紙ありがとうございます」
「読んでくれたのか!?」
「はい」
隣に座ると、べリアス(陛下)は嬉しそうに私の目を見つめ微笑んだ。
兄とサミュエル副隊長はベンチの後ろに立つスチュワート様の隣に待機し、ムラサキ様は泣きながらカハク様に手を引かれ中庭から出て行った。”白い天使集団”の方たちも、ムラサキ様のご様子に気まずさを感じ取ったのか、敬礼しそそくさとムラサキ様の後を追って出て行った。
「ルーシー。手を、握っても?」(べリアス)
いつもは何も言わずパッと握って、べっちょってキスをするのに……やっぱり昨日、言った事を気にしているのかな?
「はい」
右手を差し出すとその手を大事そうに両手で包み、すりすりと撫でまわした。
うわっ。
これはこれでなんというか、微妙にいやらしいような……だったら、べちょっとキスしてハイ終わりの方が、どちらかというといいのかもしれない。
「ん~~~~ルーシー」
「あの、べリアス」
「なんだ?」
「昨日、私が言った事を気になさっておられるようですが、その……べリアスは私を女性として扱ってらっしゃるからと兄に言われ、べリアスの気遣いに気付けず逆に傷つけてしまったみたいで……」
「何を言っている。お前が嫌だと思ったのなら、誰がなんと言おうとそれが正解だ。手紙にも記したであろう、お前が望む愛の形を知り、与えると」
「愛のカタチ?」
「ああ、だから私に対して常に正直でいてくれ。嘘などつくな。不快に思った事はちゃんと”イヤだ”と言ってくれ」
私の気持ちを尊重する、あまりにも真摯な対応に意表を突かれた。
陛下は一体何を考えているのだろうか?
「……」
「どうした?」
「べリアスは私を、どう思ってらっしゃるのですか?」
陛下の真剣な眼差しと優しい言葉に気持ちが少し軽くなり、以前から、何となく気になっていた疑問をそのまま口にしていた。
その問いに、べリアス(陛下)は笑顔で即答した。
「お前を愛している。だから私もお前から愛されたい。それだけだ」
”お前を愛してる”?
”脅威に思う”じゃなくて?
”お前から愛されたい”?
「……それだけ?」
「ああ。ルーシー、お前は私をどう思っている?」
ポカンとしていた私に、今度は陛下が聞いてきた。
”愛”ではないけど、別に嫌いでもないし憎んでもいない。
もしかして陛下は、今まで私の態度が陛下を嫌っているように見えてしまっていたのだろうか? だから、敏感なべリアス(陛下)はそれを不安に感じて、過剰なスキンシップで私の気持ちを確認しようとしていただけなのだろうか?
だとしたら、誤解は解かないと……。
「私は、国王であるべリアスが”好き”です。……だから、その”愛”とかよく分からないけど、べリアスの気持ちに勇者としてできるだけ答えた「”愛”が分からぬだと!?」
べリアスは赤い瞳を大きく見開き私の顔を覗きこんだ。
”愛”と”好き”の違いがよく分からないのは本当で、この際、年長者べリアス(陛下)の意見を聞いてみるのも良しと考え軽い気持ちで聞き返した。
「”好き”とどう違うのでしょうか?」
「ルーシー、こういうことだ」
べリアスは嬉しそうに赤い瞳を輝かせ、美しい顔を近づけた。
少しマズイと思ったのは私だけではなかったようで、後ろに控えていたスチュワート様がべリアスの肩に両手を乗せ、ヒョイと私から引き離した。
「陛下、そろそろお時間です。ルーシー様の着替えもございますので……」
私に対する陛下の行為を普段は傍観しているスチュワート様からの思わぬアシストに、ホッとしたのもつかの間。べリアスは、あからさまに嫌そうな表情を一瞬し、直ぐに私に向き直り握った私の右手に両腕をガッツリ絡ませ、私に甘えるように肩に頭を乗せた。
”好き”と言った途端、この態度……やっぱり言わない方が良かったのかな。
「スチュワート、もう少し! あと、ひとつだけ。まだ肝心なことを聞いていない!」
昨夜のイフリート殿下の事かな? それとも、過去の記憶? 契約の事?
べリアスの必死さから、これはもしかしてとんでもない質問をされるパターンかも、と腹を括った。
「なんでしょうか?」
「お前にとっての理想の男性というのは、お前の兄オスカーのような男か?」
「え!? なんで?」
何を問いただされるのかと思えば……理想の男性?
オスカー兄さんは確かにかっこいいけど、”理想”ではない。
「なんだ、違うのか?」
「はい。”兄”ですし……」
「では、どのような男が好みなのだ?」
「強くて、カッコ良くて、優しくて、家庭的で、頭が良くて、健康的で、清潔で、かといって神経質じゃなくて、でもちょっと不器用だったり……考えるときりがないです」
最近の私の理想のタイプ、強くてカッコ良くて奥さんや娘さんを大事にしているアーサー団長補佐の名前を挙げるわけにもいかず、とにかく思いつく条件を順に言っていくと、陛下が困惑の表情を浮かべ、ハッとしたように私を見つめた。
「カッコ良くて、優しくて、家庭的で、頭が良くて、健康的で、清潔で、……もしかして、私の事か?」
「フフッ、”家庭”持ってるんですか!?」
べリアスの面白い反応に思わず笑って突っ込んでしまった。
「ルーシーの為なら、家庭的でも、なんにでも私はなってやるぞ♪」
べリアスは楽しそうに無邪気に笑った。
”ルーシーの為なら、家庭的でも、なんにでも私はなってやるぞ♪”
転生前の世界でも、異性からこんな風に口説かれる事なんて殆んど無かった私の心を弄ぶかのような台詞と、至近距離での美しい微笑み。
べリアスは、やっぱり悪魔だ。
抗う言葉も考えた。
だけど、やっぱり憎めない。
「フフフフっ、私は今のままでいいと思います。今のままのべリアスさんが……」
「べリアスだ!」
「はい、べリアス」
いつか私は、この誘惑に負けてしまうのだろうか。
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お付き合い頂きありがとうございますm(__)m
※2021/11/2訂正しました。




