61話 月は満ちればかけるもの
【回想・イフリート視点】
ジェダイド軍がフロライト王国アクアラグーンの聖地を占領したと一報が入った。
「何とかしてくれイフリート! あの氷の魔女、生まれたばかりの女の子供を殺せと言ってやがる。しかも、逆らう奴も皆殺しだと!? 女の子だぞ!? 出来るわけないだろ!? 世界から女がいなくなったら、私は何を楽しみに生きればいいのだ!? それに寒い!!! 冷たくて荒れた世界にイイ女が存在できぬこと知らないのか!? ……あ、それにお前の事も言っていたぞ!”裏切りおって許さぬ”と、なんかしたのか!?」
暫く砂漠の地に封印されていた美しい悪魔べリアスが狂ったように喚き散らしながら、移動用魔法陣で現れた。
「で、戦況は?」
「王都カルカソでは既に王が殺され、残った騎士たちが民衆を城で匿い応戦している。アスモデウスは妖精王の森 (アクアラグーンの樹海)で氷の女王の説得を試みていて、妖精王はサンマリ城で戦闘中。天使族は南東聖なる山に結界を張り軍の侵入を食い止め。バルべリスは西の街に結界を張って氷の軍勢を押し返している……」
傷を負いながらもギラギラと瞳を輝かせて、各地の戦況を手短に報告し、黒い瘴気を吐き出した。
「べリアス、お前はまだ戦えそうか?」
「ああ、氷の兵の魂をたらふく頂いたからな、不味かった。……ん?」
壁に飾られたルイーズの肖像画に目を止め、うっとりとした表情で見つめた。
「色っぽい女だな」
こいつは……女がらみで封印させられたのを、もう忘れておるのか?
この好色野郎。決して、ルイーズたちには近づけさせぬ。
「べリアス、お前は王都の城に加勢してくれ。我が部下、ジュードを連れていくといい。戦力になる。我はアクアラグーン妖精王の森へ行き、あの女王を倒し聖地を取り戻す。あの氷の軍は、女王の魔力を元に動いておる。女王を倒せば軍は止まる」
ジュードを伴いべリアスは王都へ向かった。
ルイーズに戦況を話し、カース城には氷の軍勢が来ることは無いと安心させたが、ルイーズは心配そうに我を見上げた。
「イフリート、気を付けて」
「ああ、心配するな。戻ったら婚礼だ! 盛大にやろうぞ!」
その言葉にルイーズは、”ふらぐ”がどうとか何かよく分からぬ事を言い心配していたが、ルイーズとルーシーに口づけをし、我は単身アクアラグーンへ乗り込んだ。
+++++
夜明け前の東の空に、仄かに白い三日月が浮かんでいる。
静寂に包まれるアクアラグーンの聖地には雪が積り、聖域の丘には、丸い尖塔が立ち並ぶ氷の城がそびえ立っていた。
その西、妖精王の森 (樹海)は惨憺たるものであった。
美しい花や緑で溢れていた森が、全て白く凍りつき、女王が暴れながら通った道がくっきりと残っていた。その先に、荊棘で丸く覆った巨大な繭のようなものが姿を現した。繭の傍には、荊棘で囲まれ、凍り付いた妖精族の女の姿が何人か見えた。その周囲には夥しい数の、バラバラになった氷の兵の残骸が散らばっていた。私が近づくと荊棘の蔓がシュッと攻撃を仕掛けてきたが「見方だ!」と叫ぶと攻撃をやめた。繭の中から、子供たちのすすり泣く声が聞こえる。
ドゴォォォ……ン
グワッシャーーー……ン
音のする方へ飛んでいくと、素手で戦うアスモデウスとあの氷の槍を持った女王がやり合っていた。
「イフリートといい、べリアスまでも、なにがそんなに気に入らぬのじゃ!」
槍を振り回し白い息を吐き、アスモデウスを圧倒する。
「私の辛さや悲しみを、誰もわかってはくれぬーーー! だから、みんな殺すのじゃ!」
「地獄の炎」
我は容赦なくその女王を焼き尽くした。
「おのれイフリート……」
熱で纏っていた鎧氷を解かすと、我の熱に耐えられなくなったのか森を飛び出した、そこに追い打ちを仕掛けようと”火球爆炎”を放つために身構え魔力を溜めていたそのときだった。氷の槍が天から降り注いだ。
ぐわぁぁぁぁぁ……
辛うじて身は守ったが、我が相手では分が悪いと判断したのか既に女王の姿は無く、丘の上の氷の城は消え失せていた。
「逃げおって……」
氷が解け破壊された妖精王の神殿が現れた。繭の中からは何十人もの女性や子供たちが這い出し、凍り付いた女性の亡骸に縋りつき泣きじゃくっていた。荊棘で繭を作っていたであろう少年はその場に立ち尽くし、その光景をただ呆然と見つめている。
「酷ぇな……」
アスモデウスは魔力で部下を呼び、子供たちを保護すると、今度はバルべリスの元へ向かった。我の方は、今度はサンマリへと加勢しようとしていた矢先、カース城のルイーズから一報が入った。
「イフリート、城に、氷の兵たちが攻めてきたの! すぐたすけ……バチっ!
突然、カース城からの魔力が切られ魔法陣で移動を試みたが、出来ない……。
嫌な胸騒ぎがする。
空を飛び急ぎ城へ向かうが、景色が一変していた。
地面は凍り付き白い世界が広がり、花畑も海岸も雪に覆われ、城の近くでは氷の兵と戦う、黒や赤の甲冑の我が城の兵士たちの姿が見えた。
城門を守る兵の中に、我が城の黒の甲冑を身に着け赤い髪を振り乱し、槍で戦うルイーズの姿が見えた。
「イフリート!」
我を見つけ微笑んだその時だった。
はるか上空から凍気が押し寄せ、門の前にいた兵達とルイーズは一瞬で巨大な氷に閉じ込められてしまった。
「赤い髪の女など、この世界から消えろーーー!」
女王が急降下し、ルイーズ達が閉じ込められた巨大な氷塊に向って、氷の槍を投げつけた。
「やめろーーーーー!!!」
ガッシャ――――――――――ン……
粉々に砕け散った氷の破片が降り注いだ。
目の前の出来事が信じられなかった。
さっきまで笑っていたルイーズが……ルイーズが……
「ルイーーーーーズーーー!!!」
そこからは記憶が曖昧だ……
あの女王を追いかけ何度も”地獄の炎”であぶり出し、そして南の海まで追い詰め、天使族に封印を頼んだが、封印できる天使族も傷を負い重傷。聖女も勇者も不在。それをいい事に、あの女王はまた南の大陸へ逃げ延びた。
+++++
ジェダイドの女王を撃退し城へ帰還したが、我は、ルイーズがこの世にいない事実を受け入れられずにいた。
城の中は惨々たるもので、生き残っていた兵達に話を聞くと、どうやらジェダイド軍は我が不在を狙い奇襲を仕掛けてきたらしい。
真っ先にルイーズの部屋へ向かった。
あれはあの女王が見せた幻術かもしれぬ、もしかしたらルイーズはまだこの部屋に居て我の帰りを待っているのかもしれぬ。
だが、それはすぐに絶望に変った。
部屋の中は、家具や服が散乱し荒れ果てていた。ひっくり返っていたベビーベッドを持ち上げ、ベッドの中を確認した。
「ルーシー……ルーシーは?」
傍らにいたジーク・フォルネオスが悔し気に涙を腕で拭った。
「ルーシー様は、侍女と私の息子と共に城の地下道から逃れようとしましたが……東の河原で背に矢の刺さった侍女の亡骸が……。ルーシー様と、むっ、息子はまだ見つかっておりません。冷たい川に落とされ流されてしまってのかもしれないと……うっ……惨いことを……」
ジークは、妻を早くに無くし男手一つでルークを育てていた。ルークは髪の色がルイーズと同じだったゆえ、その少年はルイーズを母のように慕い、ルーシーを本当の妹のように可愛がっていた。ルーシーを守るためにあの少年は……。
ジークだけではない、城の兵達やその家族、王国に住まう者達は皆大切なものを奪われ悲しみに包まれ、国全体が疲弊していた。
数日後、国王になってくれと、前王の側近スチュワートから打診があったが、それをアスモデウスに丸投げし、我は悲しみに明け暮れていた。
1カ月ほど経過した頃、べリアスが新王になったと連絡があった。どうやら、アスモデウスが押し付けたらしい。
その伝令騎士と共に、城へあの赤い髪の少年ルークが戻ってきた。
山の中で道に迷っているところを”アレキサンドライト王国”の騎士により保護されたらしい。
そのルークが思いもかけない事を言い出した。
「ルーシーは生きてる。山の中の、ある家族に預けてきた」
信じられなかったが、この少年はそんなつまらぬ嘘をつく輩ではない。
ルークに詳しい事情を聴くと、
「戦いながら城を出て走ったけど侍女が弓で背中を撃たれて、僕がルーシーを抱いて川沿いをずっと走った。でも、ミルクもオシメないし……。そのとき声が聞こえた。深い緑色の髪の3人の子供が楽しそうに話をしながら歩いていて、その先に家の灯りが見えた。大きい子二人は男の子で、背に薪を背負っていて、一番小さい子はかわいい女の子で、その兄と手を繋いでいた。僕は先回りして、その家の側にルーシーを置いて……でもルーシーはいい子で黙って僕を見てるからルーシーの頬をつねったんだ。そしたらルーシーが泣いて……そうしているうちにその子たちが見つけてくれて。”かわいいから、うちの子にする”って……」
「その家族は、本当に大丈夫なのか?」
「うん、しばらく様子をみてた。優しい父さんと母さんがいた。その一番上の、ぼくより大きい男の子がルーシーを大事にしてくれて……名前も布の刺繍で分ったみたいで”ルーシー、ルーシー”って呼ぶ声が聞こえた。その大きな男の子とは、何度か目があったけど、僕から隠すようにルーシーを抱っこしてた。”渡さないぞ”って言われてるみたいで悔しかったけど、でも、僕じゃルーシーを育てられないし、僕が出て行ったらルーシーが悪魔族の子供だと思われるかもしれないし……でも、たぶんあの男の子がルーシーを守ってくれる! 大丈夫だと思って川沿いを戻ってきたら、氷の兵の残党に追われて道に迷って……」
「そうか大変だったな……明日にでもルーシー迎えに行こう」
その後、その場所へ行ってみると雪解け水で増水した川が氾濫し、全て流された後だった。
下流の方を捜索してみたが見つからず、周辺の集落へその家族の事を聞いて回ったが、皆首を振るばかりだった。それでも諦めきれず、海の方まで捜索の手を広げたが、結局、何も見つからなかった。
それが運命だったのだろうか……。
だが、諦めきれず”髪色が深緑の3人兄弟で一番下が女の子の家族”を我々はしばらくの間探し続けた。
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お付き合い頂きありがとうございますm(__)m
※2021/11/2 訂正しました。
※2021/12/4 訂正、一部加筆しました。




