60話 イフリート × ルイーズ
【バンディ城控の間・ルーシー視点】
「ルーシー様。ここは公の場。いつまでもそのような服装では格好がつきません。お着替え致しますのでこちらへ……」
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騒然とした”血の大広間”からスチュワート様の機転で控の間へ移った私達(国王べリアス、スチュワート、オスカー兄、私)は、イフリート殿下と再び対峙していた。
一人掛けの大きなソファーにイフリート殿下、その右横にルーク・フォルネオス隊長の父、ジーク・フォルネオス騎士団長が立ち。イフリート殿下の右斜め横の3人掛けのソファーにはアスモデウス殿下。その向かいのソファーに私と国王べリアスが座り、そのソファーの後ろにスチュワート様とオスカー兄さんが控えた。
隣に座るべリアスが、いつものように私の手を握ると、イフリート殿下が「その手を放せ! ルーシーに触れるんじゃない!」と一喝した。べリアスは、渋々手を放し口をへの字に曲げ殿下を睨み返した。
”娘のようなもの”とはいったいどういう事なのだろうか?
”ルイーズさん”とは誰なのだろうか?
イフリート殿下は、詳しい経緯を話し始めた。
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【バンディ城控の間・イフリート視点】
アスモデウスから新しい勇者の話を聞かされたのは、今より1カ月半ほど前だった。
赤い髪に深い青い瞳をしていて、こいつがやたら威勢のいい女の子だと聞き、胸の奥底に封じていた我が妻”ルイーズ”を思い出した。
※※15年前・回想※※
ルイーズは、15年前、我が城に女性や子供の領民を引き連れ亡命してきたノール帝国のとある領主の人魚族の娘だった。
戦争により逃げ場を失った領民たちと共に、その娘は我が居城カース城の海岸へ小舟で辿り着いた。
三又に分かれた銀色の槍を手に海から上がったその姿に我は目を奪われた。
ウエーブする艶やかで長い赤い髪に、美しい顔立ち、そして、キリリとした深い青い瞳。豊かな胸と腰回りを覆う金で出来た戦闘用の水着の官能的に括れたライン、そこからスラリと伸びた、赤い鱗の残る美しい脚。我も、我が城の兵達も、その人魚の娘の麗しい姿に硬直し、その一挙一動を注視した。
「我が名は、ノール帝国エポラル領カルロマンの娘ルイーズ。イフリート様が、我がノール帝国アレクサンドル王と親しき仲とお聞きし、ジェダイド帝国女王”氷の魔女”の侵攻により領民と共に亡命を願いたく参上いたした」
透き通るような声でそう述べると、娘はパタリとその場に倒れ込んだ。
武器を持ち近づこうとする兵を止め、自らその娘の元へ向かった。
その娘の美しさに気を取られていたがよくよく目を凝らすと、戦いながらこの城に辿り着いたのか、白く透き通るような肌にはいくつか切り傷が見え、左肩からは血を流し、娘はかなりの重傷状態であった。
逃げ延びてきた領民たちは悪魔の我々に怯え、子供たちは恐怖で声も出さず泣いている。
無理もない、我々は他の種族から最も忌み嫌われ恐れられている”悪魔族”。
少し東に行けばノール帝国と国交を開いている人間や天使族の町もある、わざわざ悪魔の城へ来るなど”こいつは阿呆なのか”と考えた。
「なぜ我のところへ来た」
まだ少し意識のある娘を抱き起し尋ねた。
「……イフリート様、あなた様ならあの女王を倒せると……」
我に向けて微笑み、輝く深い青い瞳から涙が零れた。
その美しい輝きに息が止まった。
熱くなる胸の高鳴りと共に、この娘を傷付けた者どもに対する怒りが込み上げてきた。
この娘を助けなければ! そして、この娘を傷付けた者どもと、あの女王を倒さねば!
「すぐにこの娘の手当と、亡命者達を我が城で丁重にもてなせ!」
その言葉に娘は安堵した後、気を失った。
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翌日、侍女からルイーズが意識を取り戻したと聞き、早速、城の近くの草原で花を摘み部屋へ向かった。
我が部屋のすぐ隣に用意した部屋でルイーズはベッドから起き上がり、食事のサンドイッチを頬張っていた。我と目が合うと驚き、侍女が止めるのも聞かずベッドから飛び降り片膝をつき頭を下げた。
「イフリート様! この度は我が領民たちを丁重に受け入れてくださり、感謝の念に堪えません。並びに、この私にまでも、このような身に余る程のご配慮、深謝しております」
赤い長い髪を右肩のあたりで一つに結び、上半身は晒しと包帯で巻かれ、我が城で用意した裾にフリルの付いた水色のパジャマズボンをはいていた。
「れ、礼など……、顔を上げよ」
肩に手を触れようと手を伸ばすと、左肩に巻かれた包帯から血が滲んでいた。
「血が出ているではないか! ベッドへ戻れ!」
「は、はいっーーー!」
我の怒声に返事をし、顔をあげたルイーズはのけ反りそのまま尻もちをつき、我を呆然と見上げた。
「どうした?」
「あの、ビックリして腰が抜けて……」
涙目で微笑んだ。
「す、すまぬ、お……驚かせて」
花を持ったままの左手を彼女の背にまわし脇を抱えようとすると「……お花、もしかして」と急にこちらに顔を向た。あまりの眩しさに目を逸らした。
「あ、ああ、お前に……」
花を手渡すと嬉しそうに瞳を輝かせた。
「ありがとうございます! 矢車菊、この花大好きなんです!」
ルイーズの瞳の色に似たこの花は”矢車菊”と言うのか……。
チラリ……と一瞬だけでも見つめようと目を向けた。
だが、その輝くような笑顔から、目が離せなくなっていた。
ああ、胸の奥から熱く湧き上がる、このどうしようもできない気持ちを止めることが出来ず、我はすぐさま、意を決し彼女に吐き出した。
「我が妃になってくれ」
その場に跪き彼女に懇願した。
「恐れながら、それは出来兼ねます」
いともあっさり彼女は我が求婚を断った。
「なぜだ!」
「私は結婚していて、お腹に子供もおります。イフリート様の妃になど分不相応と判断いたします」
表情をキリリと引き締め、我の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「け、結婚しているだと?」
「はい。でも、……ですが……その……夫は、私たちを逃がす際、殺されて……しまっ……て」
話しながら凄惨な記憶が蘇ってきたのか、みるみるうちにルイーズの表情が崩れ、深い青い瞳から大粒の涙が溢れだした。
泣き出したルイーズに、我はオロオロするばかりでその日は、諦め部屋へ戻った。
その次の日も、花を持ち部屋へ行ったが、夫を亡くした悲しみに暮れ泣き続けていた。
次の日も、花を持ち部屋へ行ったが、侍女から泣き疲れて眠っていると聞き。その次の日は、隣の部屋から小さな歌声が聞こえてきた。窓を開けその歌に聞き入っていると、次第に声は涙声に変り終いには泣き出していた。
どうすれば、どうすれば彼女の悲しみを癒すことが出来るのだろうか?
”イフリート様、あなた様ならあの女王を倒せると”
この城に辿り着いた際に彼女が口にした言葉を思い出した。
そうだ、ルイーズは今ノール帝国を襲っているあの女王を倒すため、我に助けを求めた。あの女王を撃ち滅ぼし帝国を救えば、喜んで我が妻となってくれるのかもしれぬ。
「クックックックッ、ノール帝国へ加勢しジェダイドの女王を撃つ!」
すぐさま我は、古き友人であるアレクサンドルの元へ移動式魔法陣で単身乗り込み、3日でジェダイド帝国女王”氷の魔女”を撃退し、城へ戻った。
すぐさま彼女の部屋へ花を持ち出向くと、ルイーズは食事も摂らず泣きはらした目で窓の外を眺めていた。
冷静になり考えてみると、夫を亡くしてから10日と経ってはおらぬ、嘆き悲しむのも無理もない……
我は、そんなルイーズの気持ちも図らず、己のエゴを振りかざしお前を我がものとしようとしていた。
醜い悪魔だ。
「イフリート様!?」
我の姿を見つけると、またベッドから降り敬礼しようとするルイーズを止めた。
騎士の家系なのか、療養中であっても礼儀作法を全うしようとするルイーズのバカ真面目さに呆れた。
「我に対してそのような事は無用だ。無理はするな。その腹の子供の為にも、たくさん食べて元気な子を産め」
忘れていたのか、我が言葉にルイーズはハッとし腹に手を当て摩った。
「……はい」
「ノールからあの女王を追い払った」
「本当でございますか!?」
ルイーズが目を見開き我を見返した。
「ああ、だがまだ残党狩りやらで国内は混乱しているそうじゃ。その体で傷も深い、しばらくここでゆっくりしていけ」
「恐れ多きご配慮ありがとうございます。ですが……御迷惑では?」
「そんなことはない」
「ならば、誠心誠意イフリート様のお役に立てるよう「待て待て、我はお前の主ではない」
胸に拳を当て我に忠誠を誓うようなことを言いだすルイーズを、極力声を張り上げぬよう優しくなだめた。
「ですが……」
「妃が嫌なら、何がよい?」
これから先の”我とルイーズの関係”をはっきりとさせておきたかった。
「え? 仰っている意味が……」
深い青い瞳を見開き、不思議そうな表情で我を見上げた。
「どのような関係ならば、我と対等に話をしてくれるのか聞いておるのだ」
「対等に……イフリート様と?」
「ああ、ルイーズ。お前と対等な関係を築きたいのだ。つ……妻や、こっ、恋人、友人などあるが……」
ベッドわきに跪き、目線の高さをルイーズに合わせた。こうして見つめているだけで胸の音が彼女に聞こえてしまいそうな程高鳴る。これほどまでに我が心を掴み放さぬ女性が今までいただろうか?
暫く我の顔をぼんやりと見つめていたルイーズは微笑み頷いた。
「じゃあ、お友達からお願いします」
花が咲いたような笑顔に、我が世界が一変した。
それからは、「ルイーズ」「イフリート」とお互い名前だけで呼び合った。食事を共にし、傷が癒えたルイーズを花畑に連れて行ったり、海辺でピクニック、テーブルゲームに城の中で隠れる遊びを楽しんだり、時間が許す限り共に過ごした。
ルイーズは我が城の兵やその子供達ともすぐ打ち解けた。母を早くに無くした彼女と同じ髪色の少年ルークは、ルイーズを母のように慕い、毎日のように我の邪魔をしにルイーズの部屋へやってきた。その少年をルイーズは、いたく可愛がり、”お腹の子供が生まれたら、お兄ちゃんになってね”などと言っていた。我との関係はまだ”お友達”だというのに、ルークは赤子の兄になるだと……。なんとも解せぬ、だが、ゆくゆくは我が伴侶、この城の者達全員の母となる女性。有り余る母性でこの先何人子供が増えようと我はビクともせん! 全て我が子として欲望のまま育み慈しんでやろう!
ルイーズと共に過ごす毎日は夢ように過ぎて行った。
そして半年後、子供が生まれた。
ルイーズそっくりの赤い髪に深い青い瞳の宝石のような輝きを纏った女の子だった。
母子ともに健康で、ルイーズの子守歌で幸せそうに眠る赤子を、我も共に見守っていた。
ルイーズの子供は”ルーシー”と名付けられ、何もかもが小さく可愛らしく、悪魔である我が絶対に触れてはいけない宝物のように思えた。
「イフリート、抱いてあげて」
一緒にソファーに座り赤子を寝かしつけたルイーズが、布にくるまれたルーシーを手渡そうとした。
「い……いいのか!?」
驚き戸惑う我にルイーズは柔らかく微笑んだ。
「いいに決まってる。イフリートは、この子のお父さんになるんだもん」
「お父さん!?」
我にルーシーを抱かせると、ルイーズはそっと我が口元に……。
我の長き人生において、幸せの絶頂の只中であった。
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その折、ジェダイド軍がフロライト王国アクアラグーンの聖地を占領したと一報が入った。
お付き合い頂きありがとうございます。
ブクマ★いただけましたら励みになります!応援よろしくお願いしますm(__)m
※2021/11/2 訂正しました。




