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55話 駆けだす俺を止めてくれ

【ホテルロイヤルラグーン・アレクセイ王子視点】



「ん……ぅあぁぁ……」


 俺は明け方までアスモデウス殿下の部屋で飲み、そのまま眠ってしまっていた。

 開放されたベランダへ続くドアから少女たちの話し声と、そして美しい歌声が聞こえてきた。


 ああ、ホムラと……?


 ♪~~~


 いい歌だ。


 ~~~♪


 ホムラの声じゃない……誰だ?



 俺は起き上がり、ピッチャーからグラスに水を入れ飲み干した。



 ううっ……気持ち悪ぃ。


 今日の予定は、夜からの晩餐会だけと余裕をこいていたが、やはり飲み過ぎたか。

 アスモデウス殿下は、早くにシャワーを浴び着替えを済ませどこかへ出かけてしまっていた。昨晩からホムラが一緒に泊まっていると聞いていたが、まだ姿を見ていない。まあ、いつもの事か。


 ♪~~~



 また歌が聞こえてきた。


 立ち上がり、花で溢れたベランダへふらりと出てみた。


 ~~~♪


 どうやら隣の部屋から聞こえるようで、1.5mほどの高さの蔦の絡まるフェンス越しに隣の部屋を植物の影から、ヒョイと覗いた。


「♪~~~あ」


 白いネグリジェ姿の、赤い髪の女の子と目が合った。


「君は!?」


 考えるより先に身体が動いていた。


 類まれなる運動神経の持ち主の俺はフェンスを飛び越え着地しすると、警戒した彼女は右手を光らせ輝く勇者の剣を召喚した。



 ああ、素晴らしい、()()()()()()



 胸が熱くなった。



 いや、そうじゃない……込み上げてくる……胸の奥じゃなく胃の中の()()がグッと込み上げてきた。



「んぉ、んゔぉ、ゔぉぉ……」



 吐き気を押さえながら吐き出してもいい容器を目で探したが、間に合いそうもない。

 ホムラが声をあげ指さした。


「ゴミ箱、そこ!」


 ベランダの角の緑色の大きな円筒形のゴミ箱が目に入り、類まれなる運動神経の持ち主の俺はすぐさまそこへダイブした。



 スポッ



 ゴツ……おうぇぇぇぇ……ぐえぇぇぇ……


 +

 +

 +


 やってしまった。


 俺は逆さまにゴミ箱に落ち、すっぽりと(はま)っていた。

 とんでもない匂いの吐しゃ物まみれになり動けずにいると、ホムラの声が聞こえた。



「飲み過ぎ。それに、なんでこっち来たの。来んなよ」


 いつものホムラの塩対応に、俺は心を()にして頼み込んだ。


「お願いします、ホムラ。誰か呼んできて。お願い、助けて」


「ホムラの知り合いなの?」


 勇者の彼女だーーー。

 お願い、彼女に”俺”だって言わないで欲しい。



「アレクセイ王子だよ」


「ええっ!? うそ!?」


 終わりを悟った俺に、ホムラのため息が聞こえた。


「はぁ~~~……元気なバカ程始末に負えないって、こういう事ね」


「ホムラ、言い過ぎだよ」


 彼女だ! 俺を庇ってくれてる。ああ、なんて”いい子”なんだ。



「ルー、申し訳ないんだけど、シスコン1号さんに声かけてきてくれないかな?」


 ルー? シスコン!?


「何それ! フフフッ、今呼んでくる。あ、さっき陛下の部屋に行ったから少しかかるかもしれないよ」


 時間かかるの!? それに、シスコンが来るの!? 誰なの!?



 +

 +

 +


 少し待っていると、宰相執事ともう一人、聞き覚えのある男の声が聞こえた。


「アレクセイ王子? ……おはようございます。只今、お助けしますので少々お待ちを」

「じゃあ、”せーの”で引き抜きますね」


 俺の身体を横にして、下半身を誰かがガッチリと掴んだ。


「せーの」


 ドロッ……

 ゴミ箱から抜け、陽の光に目が眩んだ。





「大丈夫ですか?」



 グレーの瞳で俺を覗きこむ男は、昨日神殿で結界に弾かれた俺を受け止め、そして勇者を抱き上げていた、あの、()()()()()()()()だった。


 宰相執事は吐しゃ物まみれの俺の頭にタオルを掛け、バスルームに案内してくれた。



 シャワーを浴びながら思った。

 確か、アスモデウス殿下の部屋の隣は陛下の部屋だったはず。そして彼女は、白いネグリジェ姿だった。

 陛下と同じ部屋に勇者の彼女が、()()()……勇者は、やはり陛下の、


 ”()()”なのか!

 バァ――――――ン!(効果音)


 ホムラと無邪気に遊んでる、あの勇者が”愛人”なのか!?

 あのかっこいい騎士の兄はそれを承知の上で、近衛騎士として王に忠誠を誓っているというのか!?

 納得しているのか!?

 ガウンを身に着け、バスルームを出ると扉口に立つ勇者の兄の騎士が俺を見つけ、こちらに向かって敬礼した。俺はすぐさま詰め寄り問いただした。



「お前はそれでいいのか?」


「失礼ですが、何のことでしょうか?」


「お前の妹の事だ。陛下と同じ部屋に泊まっているのだぞ」


「……それは」


 その兄は一瞬表情を曇らせたが、直ぐに俺の目をキッと見つめこう続けた。


「昨晩、倒れた妹の為に陛下が部屋を代わって下さったのです」


「代わった!?」


「確か、アレクセイ王子の部屋の隣に……」


「え、俺の部屋?の隣」


 意外な展開に戸惑っていると、表情を更に引き締め静かな口調で淡々と俺に対処してきた。


「アレクセイ王子にまでご心配おかけいたしまして、大変恐縮であります。只今、担当の者をお呼びいたしますので、リビングの方でお待ちください」


 爽やかで且つ毅然とした態度であしらわれた俺は、今までにない程の敗北感に打ちひしがれていた。


 とんでもねぇ馬鹿王子と思われたんだろうな……。


 リビングへ向かうドアを開くとそこはダイニングで、着替えを済ませた勇者の彼女とホムラが、楽しそうに並んで朝食をとっていた。一人でリビングで待つより、気心のしれたホムラと、そして勇者の彼女と少しだけ話がしたいと思いホムラに聞いた。


「そこ、座っていいか」


「いいよ」


 ホムラの席の斜め横に腰かけた。世話をしている女性がグラスに水を持ってきたので、その水をグイっと飲みほした。



「具合はいいかがですか?」


 勇者の彼女が、深い青い瞳を曇らせ心配そうな顔で聞いてきた。

 うわっ優しい、いい子だ~~~!


「面目ない。それに、昨夜は悪かった」


 軽く頭を下げた。


「え、何がですか?」


「その、君に威圧的な態度を取ってしまって」


「あ、慣れてます」


 ニッコリと笑いサンドイッチを頬張った。


「慣れてる、って、……君も苦労してんだな」


「フッ、ルーを睨んだ時、ぶん殴ろうと思ったけど」


 ホムラが俺を見て笑った。


「そこでぶん殴ってもらったほうが良かったのかもな。ああ、それに言っておくが俺は”丞相”なんて名ばかりの王子だ。この外交会談で少しでも”丞相”らしくしろってじいちゃんから言われて頑張ったけど。やっちまった。すっかりメッキが剥がれて、まあ、逆に清々してる」


 目を閉じると、まだ頭の中がクラクラする。

 俺は、かっこ悪すぎる。



 バン!



「ルーシー、おっはよーー♪」


 国王べリアスが両手を広げ部屋に入るなり、流れるような動作で勇者の彼女の横に跪き、右手を取り口付けをした。

 やはり、愛人という噂は本当なのだろうか?


「おはようございます。べリアス、昨日はごめんなさい」


「何の事だ? そんな事より今日の海水浴楽しみだなーー! あそこの海は美しいぞ。水着はどんなのがいい?……で、なんで王子がいるのだ?」


 席に着き真正面に座る俺を不思議そうな顔で見た。


「その……」


 宰相執事が陛下の耳元で事の次第を伝えると陛下が笑い出した。


「フッハハハハ、それは災難であったな。あいつは底無しだ」


「お恥ずかしい限りです」


「気にするな、で、王子、お前は同盟の件どう考えておる? 丞相という立場ではなく、いち個人としてどう思う?」


「勇者ルーシー様の力は絶大です。貴国とより強固な軍事同盟が結ばれたなら我が国も安泰かと」


「そうだろそうだろ、これぞ()()ルーシーだ!」



 朝食が俺の分まで運ばれてきた。



「宜しければ、陛下とご一緒にどうぞ」


 宰相執事がグラスにフルーツジュースを注いだ。


「恐縮至極にございます。喜んで、ご一緒させて頂きます」


「で、気になったのだが。今回の会談、お前はなぜ、あの優秀な元参謀を連れてこなかったのだ。確か、カール殿と言ったな。何かあったのか?」


 優秀な元参謀。

 現在は俺の首席補佐官に任命されているカール・ダリウス。

 あいつを置いてきたのは、やることなす事いちいち注意され気に食わなかったからだ。


 ……で、結果がこれだ。


「あの、今回は……」


 カールがいたら、こんな事にはならなかった。

 走り出す前に俺を諫め、才色兼備、勇猛果敢な北のノール帝国の王子として、この国の王や勇者に印象付ける事が出来たであろう。



「どうした?」


 言葉に詰まった俺に、陛下は優しく問いかけてきた。


「その……」


「国で、何かあったのか?」


「いえ……彼を置いてきたのは、私の我儘で」


「我儘! ほぅ、フフフ……厳しかったのか? 奴は」


「……はい」


「だろうな、かわいそうに。奴には一度だけ会ったことがあるが、そりゃもう敵になんて回したくはないと思うくらいの名将だ。さぞかし、厳しいのだろうな」


「ですが、いつも瞬時に私の勝手な振る舞いを諫めてくれて……今回は、自分の不甲斐なさを、心底思い知らされました」


 ポタポタと頬を伝って涙が、テーブルクロスの上に零れ落ちた。


「そうだな、鬱陶しいと思う奴でも、自分を止めてくれる存在は大事にせなば」


「陛下。一つ、お聞きしてよろしいでしょうか?」


「いいぞ」


「陛下のように、王として威厳のある風格を出すには、どのような事を心がければよろしいのでしょうか?」


「威厳ある?」


 陛下が嬉しそうに聞き返した。


「はい」


「聞いたかスチュワート、私は王として威厳があるそうだ!」


「……私には、何をどのような角度でご覧になればそのようにお見えになるのか、見当もつきません」


 宰相執事の冷ややかな言葉に、俺は驚いたが陛下は嬉しそうに笑った。


「フハハハ、どうだ厳しいだろう。()()()()()私のスチュワートだ」


「ですが、私から見れば、短期間でこの国をまとめ上げた陛下は、偉大で優秀な王です。いったいどうやって?」


「優秀な人材の確保だ」


「優秀な」


「ああ、でも優秀な奴は賢いからな、責任を取りたがらない。だから、俺がこいつらの責任まとめて背負った。何かあったら、この首が飛ぶだけだ。特にスチュワートの仕事ぶりは素晴らしく、俺は最初、こいつを王にしようと思ったくらいだ」


「……私が王で陛下が参謀などなされたら、この国は3日と持ちません」


「フハハハ!……こいつをスカウトするのには苦労したんだぞ」



 陛下が感慨深げに宰相執事を目を細めて見つめた。

 とんでもない失態を晒してしまったが、飾らぬ言葉で陛下と話す機会を得られたことは、この上なく有意義な時間であった。

 朝食が済んだホムラと勇者の彼女は、俺達の会話を大人しく聞いていた。時折、勇者の彼女と目が合うと、”頑張って”と言っているかのように優しくこちらに微笑んでくれた。




「では、皆さまにひとつお願いがございます」


 朝食が済んだダイニングテーブルに新聞が置かれた。見出しには”氷の城陥落!”の文字が書かれていた。


 “アクアラグーン北の聖なる森の神殿において、国王べリアス並びに、ノール帝国丞相アレクセイ王子が、聖なる光に選ばれし勇者ルーシー様の勇者の剣による防御壁の訓練の様子を拝見なさいました。氷の城を打ち砕き、続いて王都カルカソの城壁と黄金に輝くアンフェール城を出現させた演出に、陛下とアレクセイ王子は大変感銘を受けられました。ノール帝国との軍事同盟強化の後押しにつながるものと期待される。なお、一時の間ではありましたが”氷の城“の出現に驚かれました皆様、王国より深く陳謝いたします。”


 宰相執事が、流れるように記事を読み上げ、こう付け加えた。



「”氷の城”は、()()()()()()という事でお願いいたします」



 陛下が、勇者の彼女の手を取り、愛おしそうに両手で包み込んだ。



()()()()という事でよかろう、いいなルーシー」



 彼女は、思い悩んでいるような表情で陛下を見つめた。

 これはもしかして、手を握られるのを嫌がっているのか?

 やはり王は、彼女を性的対象として自身の傍に置いているというのか!?

 彼女はそれを嫌がって……



「べリアスに迷惑がかかりませんか?」



 ”手、握られるの嫌がってる”じゃなくて、陛下の心配をしていた!?

 危なっ! 先走らなくて良かった。



「全然、私は国王だ。何かあれば、私が全責任を負う。任せろ」


 彼女は毅然とした陛下の言葉に、背筋を伸ばし凛とした表情で答えた。


「はい、陛下!」


()()()()だ」


「……べリアス、ありがとう」


 笑い少し照れた表情をした。彼女のそんな顔を見た陛下は、満足げに手を放した。


 …………


 いったい、あの二人はどういう関係なのだろうか?

 愛人には見えない。恋人でもない。

 じゃあ友人?



 そもそも、悪魔と勇者。

 お互い相容れない者同士の筈。


 万が一恋愛感情など湧き起ってしまったら、この国を焼き尽くすほど二人の愛は燃え上がり、”忌むべき存在のお前を愛してしまった”とか”君の為ならこの身を捧げる”とか、国の形が変わってしまうような大恋愛になってしまうかもしれない……なんてベタな想像しながら迎えに来た補佐役に命じた。



「急ぎ、カールを呼んでくれ」



 +++++

お付き合いいただきありがとうございます!

ブクマ★いただけましたら励みになります、応援よろしくお願いしますm(__)m


※2021/11/2 訂正しました。

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