52話 トラウマ城
【北の神殿・ルーシー視点】
※王暦1082年5月17日。20:00。
アクアラグーン北の小高い丘、”聖なる森”の麓に到着した。
気持ち悪い囁きに耐え兼ねた私の手には勇者の剣が自動召喚され、べリアスに鋭く青く光る刀身を向け身構えていた。
その状況に、声を殺しながらスチュワート様が笑った。
「フッ……フフフッ」
そこ笑う所!?
「耳元で囁いただけなのに!?」
陛下がスチュワート様に訴えると、ツボだったのか更に吹き出した。
「ブッ、フフフ……あ、失礼」
「ルーシー、すまん」
べリアスが胸の前で手の平を見せ、申し訳なさそうに謝っているが、これは絶対に懲りていない。目が笑っている。
「気持ち悪いから、二度としないで下さい!」
「フ……ルーシー様、お願いですので、その辺にしていただけませんか?」
半笑いのスチュワート様に言われ、しぶしぶ勇者の剣を鞘に納めたが、それにしても、トラウマになりそうなほど本当に気持ち悪かった。正直なところ”封印”という言葉が頭をよぎった。
「アハハハハ、べリアス、勇者ちゃんに何したんだ?」
アスモデウス殿下が笑いながらこちらに歩いてきた。神殿へ続く道の奥には、バンディ城の騎士や神殿騎士、近衛騎士のオスカー兄さんの姿も見えた。
「アスモデウス殿下!」
慌てて跪き敬礼すると、「勇者ちゃん俺じゃなく上にノールの王子が来てる、そっちに行ってこい」と、私の頭をわしゃわしゃ撫でた。
「ルーシー様、急ぎましょう! アスモデウス殿下、陛下をお願いいたします」
スチュワート様は陛下を置いて走り出し、私はすぐその後を追いかけた。
アレクセイ王子一行は、丘の中腹で勇者の剣の防御壁の完成度を拝見なさる予定で、もう既に到着なさっていた。
「お待たせして、申し訳ございません。我が国の”聖なる光に選ばれし勇者”ルーシー様でございます」
丘を駆け上がり、息も切らさずスチュワート様が跪き敬礼し、どうにか追いついた私もその隣に跪き敬礼した。
「お、お初にお目にかかり、光栄に存じます」
椅子から立ち上がったアレクセイ王子は、スラリとした長身に淡い水色の長い髪を一つにまとめ、白を通り越した青白い肌、勇敢そうな顔立ちに鋭く輝く金色の瞳をしていた。敬礼する直前、ほんの数秒見つめただけだが、凍り付きそうな金色の視線に緊張で足が震えた。ノール帝国の王子で、しかも28歳で国の実質ナンバー2の”丞相”という地位。粗相は許されない。
「顔を上げよ」
見た目とは裏腹な優しい声が聞こえた。
肩で息をしながらゆっくりと見上げると、口元だけでニコッと微笑んだ。
ゾクっ……悪寒が走った。
目、笑ってない。
「フ……本当に、女の子なんだね」
残念そうに、ため息交じりに呟いた。
ああ、この王子、恐らく”こんな小娘が、この国の勇者のなのか”って思ってる。
夜の森で待たされた挙句、勇者を名乗る”謎の小娘”紹介されて戸惑うのも分かる。
よーく考えたら普通の対応だ。
これから南の帝国と戦争が起こるかもしれない状況に、こんな小娘が”勇者”として紹介されるなんて、さぞかし疑わしいし胡散臭いと思ってるに違いない。だからこんなときこそ、親善の証として勇者の剣で豪華な防御壁を構築し、ノール帝国アレクセイ王子に、この国との同盟締結を前向きに判断して頂けるよう頑張らないと!
近衛騎士の隊服を身に付けているせいか、この時の私はただ漠然とやる気に満ち溢れていた。
「ではこれより勇者の剣の防御壁の完成度をご覧いただくため、勇者は神殿へ向かいます。アレクセイ王子は、申し訳ございませんが、もうしばらくこちらでお待ちください」
もう一度王子に敬礼し、私は二人の聖女が待つ神殿へ走った。
+++
「ルーシー! 勇者の剣も一緒ね」
エスタ様が神殿の入り口で待っていてくれた。
「はい、遅くなって申し訳ありません、エスタ様」
「王子を待たせるのも良くないわ、じゃあ盛大にやって頂戴」
ブーツを脱ぎ、ズボンの裾をまくり上げ、泉に足を浸した。ローラが息を切らした私の背をさすり、癒しの光で呼吸を整えてくれた。ローラは天使族と人間のハーフだと最近教えてもらった。サミュエル副隊長ほどではないが、癒しの光で疲労回復が出来る。
「ローラありがとう。じゃあいくね、シャルル!」
『はーい♪ あの王子、感じ悪いな』
フフっ、そうだね。だから今日は盛大にいくよ! あの王子をびっくりさせてやろう!
『ルーシー、任せろ!』
勇者の剣を天へと掲げた。
「デファンスミュール・シャトーシュタイン!」
アクアブル―の輝きと共に丘の頂上に城壁が張られ、その上に幾本の尖塔が立ち並び、夜空に輝く華麗で壮麗なノイシュバンシュタイン城もどきを造形した。
「これ、やってみたかったんだ!」
『さっすがだなルーシー!』
勇者の剣と、夜空に輝くアクアブルーの壮麗なシュタイン城をどや顔で見上げた。
ローラは、素敵! と声をあげ、エスタ様は驚きその場に座り込んだ。
我ながら上手く出来たという満足感でいっぱいだった。
少しすると、麓の方からスチュワート様が血相を変えて走ってきたのが視界に入った。
結界の張られた神殿の入り口で、声を枯らし私に叫んだ。
「ルーシー様! ……これは、氷の魔女の城です!」
「「え!? そうなの!?」」
ほぼ同時に、私とローラが叫んだ。
慌ててエスタ様の方をに目を向けると、泣きそうな表情で私達に頷いている。
「すぐに消してください! 別のモノに、でないと……とんでもないことに」
見た事もないほど取り乱すスチュワート様の姿に、私の身体から血の気が引いていった。
氷の魔女の城……ノイシュバンシュタイン城もどきが!?
やってしまった。
しかも、外交の場で!
「ごめんなさい。知らなかったの」
「謝罪は今は結構です。出来ますか?」
「はい!」
シャルル。いくよ!
『よし! なんでもこい!』
まずは城を壊す! 閃光赤!
「閃光赤!」
勇者の剣を右手で掲げ、城を真っ二つにする赤い閃光を放ちシュタイン城を粉々に粉砕した。続けて、両手で勇者の剣を握り胸の高さに構えた。
「デファンス・金色の城壁!」
王都カルカソを取り囲む金色の城壁を張り巡らし、勇者の剣を高く掲げた。
「アンフェール城!」
黄金に輝く巨大なアンフェール城を上空に造り出した。
ごめんなさい。
神殿の入り口に立つスチュワート様に目を向けると、険しい表情で静かに頷いてくれた。
勇者の剣! 最後の仕上げ、いくよ!
『いいぞ!』
片手で勇者の剣を空へ掲げた。
「解除! 流れ星!」
金色の城が、光の粒に変化しキラキラと神殿の丘に降り注いだ。
やってしまった。
とんでもない事を、やってしまった。
夜空から降り注ぐ光の粒を見上げ、呆然と立ち尽くした。
「なんて魔力……ルーシー大丈夫?」
ローラが私の背に抱きつき、癒しの光を放った。
その温かさに、今になって恐怖が込み上げてきた。
「……グスッ……ローラ、どうしよう……私、ダメかもしれない」
+++++
【アクアラグーン樹海・レグルス視点】
荊棘の外の小人がなにやら騒いでいたので、ボクは久しぶりに樹海の空へ樹を伸ばし、ボクの勇者ちゃんがいる宿の方向を望んだ。顔のインクは半分ぐらい消えてきた。もう少し、これが消えたらまた会いに行ける。
「なんだ、あれは!?」
神殿の丘の上に水色に光る城が出現していた。
見覚えのある色と形……これは!?
動悸が激しくなっていき身体が強張り背筋が凍りついた。
”氷の魔女の城”
あいつが戻ってきたんだ!
また、世界が氷に閉ざされる!
そうだ、勇者ちゃんが……町の宿にはボクの勇者ちゃんがいる、助けに行かないと。
ボクは気力を振り絞り急ぎ樹海を走った。
出口まで辿り着くと、アークトゥルスとハントが丘に現れた城を見つめ、呆然と立ち尽くしていた。
まだ、インクが消えていないボクは、とっさに隠れ様子をうかがった。
「イム、あ……あれは……ああっ……ああああっ」
ガクガクとハントが震え、膝を落とし顔を覆い隠した。
「あそこには今、ルーシーや陛下がいるはず」
「なんで……いま……そんな……ああっ、行かないと……ルーシーを……助け、に……」
「ハント、無理するな。俺が行く」
アークトゥルスが神殿へ目を向けると、赤い閃光が夜空を切り裂いた。
「あっ……」
一瞬で”氷の城”が消え去り、金色の城壁が丘の周囲に張り巡らされ、黄金に輝く巨大な城が姿を現した。町の方から、歓声が聞こえる。
!?
「アンフェール……城」
ハントが小さく言った。
「ルーシーだ! あれはルーシーだ! ハント、大丈夫だ! 良かった」
「うっ、わぁぁぁぁぁぁ」
大声をあげ泣き出すハントの背中を抱き、アークトゥルスも泣き出した。
「グシュ……ルーシーは無事だ。……ズッ……大丈夫だ……無事だ。行こう」
アークトゥルスは自分に言い聞かせるようにつぶやき、二人は北の神殿の丘の方へ歩いて行った。
ハントも、あいつもここへ来ていたのか。
15年前の悲劇。
ここで、ボクたちを守ろうとした母と、生まれたばかりの妹が氷の魔女に殺された。
忘れかけていた記憶が蘇り、身体全体にあの時の恐怖が襲いかかってくる。
「……かあさん」
震える身体を両手で抱きかかえ見上げると、金色の城が光の粒になり一斉に夜空に降り注いだ。
美しい光景だった。
アークトゥルスは、ボクの勇者”ルーシー”がやった、と言っていた。じゃあ再び現れた”氷の城”は?
あの城は……。
”氷の魔女”
あの時の恐怖を、僕たちはまだ忘れていない。
お付き合い頂きありがとうございます。
☆彡並びにブックマーク登録感謝です!
※ブクマ★いただけましたら励みになります! 応援よろしくお願いしますm(__)m
※感想、誤字脱字報告随時受け付けております! 遠慮せずどうぞ。
※2021/11/2 訂正しました。
※2023/2/1 気になる箇所訂正しました。




