50話 兄弟で”大好き”は……
【ホテルホーリーウッド裏手湖畔・スチュワート視点】
嵐の過去った夜空に三日月が綺麗に輝いておりました。
雨後特有の湿った土と草花の香りに少々気持ちが安らぎました。
今晩、勇者ルーシー様への陛下の暴走を憂慮しておりましたが、如何わしい衝動を既のところで必死に抑えてくださった陛下に、大変安堵いたしました。そして、ルーシー様の勇者の能力、幼少の記憶について様々な情報を得ることが出来ました。
ルーシー様をホテルホーリーウッド裏手の湖畔に移動用魔法陣でお送りし、「ご兄妹しばしお話などなさっても宜しいのでは」と提案致しましたところ、二人は私より少し離れ小さな声で話し始めました。
夕方からはバーとして営業している、ホテルホーリーウッドのカフェの灯りが二人を淡く照らし出し影を浮かび上がらせました。
少し耳をすますと、オスカー様のとんでもない言葉が聞こえてきました。
「……なんと陛下は優しく、父さんのようにルーを大切に思っていらっしゃるんだ」
は? 今、なんと?
陛下の性的嫌がらせ一歩手前のあの状況を、オスカー様がそのようにご覧になっていたとは驚きです。もしや陛下はオスカー様に幻術の類のようなものを施しているのではと疑いましたが、残念ながらそのような痕跡は見当たりませんでした。
「私も、てっきり契約を迫られると思ってたから、びっくりした。なんか優しいし、変な事してこないし。それに王様の仕事も大変そうで……」
ルーシー様お気を付けください。陛下は隙あらば、あなたの全てを手に入れようと何でも致しますよ。
「陛下がそんなことするわけないだろ」
「う、うん。そうだよね。今日の陛下すごく素敵で、なんかかっこ良かった」
は!?
「だろ! ”お前が何もしなくてもいい国を作るのが私の仕事だ”って、感動した~」
「うん! それもだけど、私は”いつでも、呼ぶがよい”って言ってくれたことと、氷の魔女に反旗を翻した話かな。知らなかった、15年前そんなことがあったなんて」
「それよりもルー。お前、あの時のこと……覚えてたんだな」
オスカー様が、ルーシー様の肩をそっと掴んで顔をお近づけになった。
「少し」
「じゃあ、俺がルーを見つけた時のことも覚えているのか?」
「……うん、兄さんは私の命の恩人だよ」
「うわぁぁっ、ルーっそんなんじゃない、お前があんまり可愛いから帰したくなくて、あの黒い奴のことすぐに父さんたちに言えなくて、ルーの身元や親が分かったかもしれないのに、ゴメン」
オスカー様が頭をがっくりと下げ、嗚咽が聞こえた。
”あんまり可愛いから、帰したくなくて”
ルーシー様に対するオスカー様の率直な”告白”とも受け取れる言葉に、心がむず痒くなるのを感じました。
「違う違う! その黒い影の人は、私をどこからか運んだだけで、たぶん親とかじゃないし兄弟でもない、もっと別の感じだった。だから兄さん自分を責めないで。私、本当に嬉しかったんだから、兄さんが私を見つけてくれて」
どこからか運んだだけ?
ルーシー様は赤ん坊の状態で、そこまで理解なさっていたとは信じがたい話です。このことは後々、じっくりとルーシー様にお伺いいたしまて懸念を取り除かなければ。
「ルー」
「なあに」
「考えるんだ。俺がお前を連れ帰ったせいで、お前が勇者になったんじゃないかって」
「そこ!? それは兄さんのせいじゃない」
「もっと裕福でちゃんとした家に引き取られていたのなら、もっと普通の女の子みたいに綺麗なドレスを着て幸せになってた」
「ドレスなんて着なくていいよ、優しくてかっこいい兄が3人もいるんだよ。父さんも母さんも仲良しで素敵だし。不幸だなんて思ってない。兄さん、私はすっごく幸せだよ。……でも兄さんは、やっぱり私が騎士になるのイヤなの?」
「嫌なわけあるか。……ルーと一緒に騎士やれて、一時的だけどルーが近衛騎士にまでなって、嬉しくて、嬉しくて」
「兄さん大好き」
ルーシー様が泣き出したオスカー様に抱きつき、オスカー様もルーシー様をそっと抱擁いたしました。
兄妹愛、というものなのでしょうか。陛下のとは少し趣が違い、なんとも微笑ましく感じられました。
オスカー様がルーシー様をお部屋まで送り届けている間、極秘任務中のイム副隊長が私の元に現れ現在までの状況を手短に報告し戻って行かれました。
”初日の晩に何者かが訪れた形跡があり、聖女が結界を張り直した。現在までのところ特段変化はなく、妖精王の第一王子に関してましても動きは無し”
少々、静かすぎるのが怖いところです。
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「スチュワート様、お待たせして申し訳ありません」
ルーシー様をお部屋まで送り、戻られたオスカー様はスッキリとした表情をしておりました。
”目だけ赤く、黒い影のような人物”
今までこの事を言い出せず苦しんでいたのでしょうか。騎士団の中でも優秀な近衛騎士であるオスカー様の誠実で心優しい人柄は、エスタ様同様、私も一目置いております。ただ一つ、妹ルーシー様の事となると見境が無くなるところがありますので、今回、近衛騎士としての招集は迷いに迷いました。陛下たっての希望もあり、どうしてもと仰られましたので私からも条件をお出しいたしました。
「ルーシー様のお力は強大です。国王としての威厳ある行動をなさらなければ、ルーシー様に見限られ、陛下は一瞬で封印されてしまいます。ですので、ルーシー様自ら陛下をお慕いなさるような、王として気品ある行動を心がけるようお願いいたします」
陛下は、私の条件を鬱陶しげにではありましたが了承して下さいました。
この事が功を奏したと言うべきなのかは定かではありませんが、ご自身の感情を抑え王として威厳ある印象をルーシー様ご兄妹に示すことができ、私も安堵いたしました。
「スチュワート様、ターナーからこれを」
何重かに折られた紙を手渡されました。
「ありがとう。ルーシー様の部屋の中のご様子は?」
「窓枠から植物が生えているぐらいで、特に問題は無さそうでした。あの、ターナーとお会いにならなくても宜しいのですか?」
「フッ、兄弟が皆あなたたちのようだとは限りませんよ。参りましょう」
帰り際、オスカー様は樹海の方へ身体を向け、軽く頭を下げられました。恐らく、任務中のイム様に対して。
オスカー様が入隊なさった年の騎士見習の同期は特に団結力が強く、合宿中、誰一人脱落するものがいなかった異例の年代でした。オスカー様は、任務においても的確な判断力と包容力、そして人を惹きつける誠実さで隊をまとめ上げ指揮官としての才能も十分あると、第2部隊レオナルド隊長が仰っておられました。
オスカー様を知れば知るほど、どうして彼が王国の勇者に選ばれなかったのか不思議でなりませんでした。
移動魔法陣を展開し、ロイヤルラグーン・プライベートアイランドへ帰還した。
+++
近衛騎士を部屋の外へ待機させ、オスカー様から渡されたメモを開いた。
”異常無し。
追伸、対象者は、めちゃくちゃいい子♡
あまり厳しくすんなよ”
「……余計なお世話です」
メモを丸め燃やした。
ターナーは私の末の弟。オスカー様とは同期。ですが騎士にはならず、肩書は側近見習として私の元で主に要人の極秘警護、諜報活動など、余計な気を回すことなく様々な任務を任せております。最初の頃は、若さゆえ警護対象との恋愛など頭が痛くなるような失敗もありましたが、現在では様々な場所へ潜り込み、警護や情報を持ちかえる諜報員として重宝しております。ただ、女性に弱いのが難点で、私の後継者とするには不適格と言わざるを得ない……。
オスカー様のような優秀で非の打ちどころのない兄弟姉妹を非常に羨ましく感じました。
「スチュワート、ルーシーの話をどう思う?」
陛下が書類に目を通しながら私に声をおかけになりました。
「稀に幼い頃の記憶や、前世の記憶をそのまま持って生まれてくるという話は聞いたことがあります。恐らくルーシー様はその部類なのではと。確証はございませんが、幼い頃よりそれ以前の記憶もあるように感じました」
「私もだ……”みなみはんきゅう”と、ルーシーは言っていたがスチュワート知っているか?」
「その単語は聴き慣れませんが、恐らくこの”惑星テール”の”十字ベルト”より南の地域を言っているのではないでしょうか? 勇者の剣のシャルルマーニュ様とお話しなさっております故、もしかすれば古代の呼び名であるのかもしれません」
「古代の言葉か……ああ、あと目だけ赤く影のような種族に心当たりは無いと言ったが……。さっき思い出したのだが、地獄には業火に焼かれ炭のように黒く、目だけ光らせ生きる屍たちがわんさかいる」
「地獄の屍が、赤子を運ぶのですか?」
「……ありえないな。そもそも奴らが地獄から這い出る事は出来ぬ……」
「ルーシー様だけではなく、オスカー様まで……嘘を仰っているようには見えませんでした。ルーシー様の出生の手掛かりになる重要な情報ですので、これから私のほうで調査いたします」
「ああ、頼んだぞ。あいつに繋がってなければいいのだが……」
「”あいつ”とは?」
「イフリートだ」
「カース城のイフリート殿下?」
炎の翼を纏い氷の魔女を撃退したイフリート殿下の姿を思い出しました。殿下の騎士たちは炎の魔法を操る精鋭集団。鮮やかな赤い甲冑の炎系の悪魔たちや、耐火装備の黒い甲冑の闇の騎士軍が印象的でした。
「あいつのところに、ルーシーと同じ赤い髪の騎士がいたはずだ」
「はい、私も記憶にございます。ですが、ルーシー様の髪の色は、北のノール帝国出身の者に多いと聞いております。ノール帝国に近いカース城に、その血筋の者がいらしても不思議ではないと私は思っておりましたが」
「思い過ごしであって欲しいものだが。以前、イフリートの城に招かれたとき、あいつの部屋にあった色っぽい肖像画の女が赤い髪で深い青い瞳をしていた。ルーシーを見て”欲しい”と言われたらどうする……」
「今回は、アスモデウス殿下のバンディ城での式典です。イフリート様は今回も欠席の予定となっており、代わりとして代理の者が出席なさると連絡を受けております」
「だいたいあいつは、氷の魔女を追い払えるだけの力があるのに、私に王位を押し付け自由気ままに楽しい殿下ライフしやがって、気に入らぬ」
「陛下、言葉が過ぎます」
「私のルーシーに手を出そうとしたらどうするのだ。スチュワート。ちゃんと考えているのか!」
ルーシー様に手を……それを陛下が仰るのですか?
「正直なところ、ただいま陛下のお話をお聞きになるまで全く考えておりませんでした。イフリート殿下の一部の騎士の装備が全身黒の甲冑ということを思い出し、ただいま思索している次第です」
「私のルーシーだ! 今回の紹介もそれを知らしめるために行うのだ。スチュワート、頼んだぞ」
「畏まりました」
天使族長と妖精王、そしてイフリート殿下。
更なる懸念事項により頭痛がして参りました。
ですが、それもこれも我が国の勇者ルーシー様の為。
ルーシー様の血縁者がカース城にいらした場合、その方と一緒にカース城でお暮しになるのか、今まで通り陛下の元アンフェール城で過ごされるのか。どちらがルーシー様にとってより良い選択となるのか。ルーシー様にとって、本当の肉親に会う事が果たして良い選択なのか、様々な角度から検討し最善と思われる選択をしなければ、この国はまた……。
近衛騎士の隊服を身に着け、鏡越しに「ありがとうございます」と深い青い瞳で私に笑いかける姿が目に焼き付いて離れませんでした。
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お付き合い戴きありがとうございます!
※2021/11/2 訂正しました。
※2023/2/1 一部訂正しました。




