5話 魔王が少年を観察していますが、これはBLではありません。
【アンフェール城内会議室・国王べリアス視点】
「どういうことだ!」
今日のため(騎士見習試験)に、試験場に観客席を整備し、たまっていた仕事を片付け、試験に挑むルーカスをじっくり観戦しようと楽しみにしていた矢先。あろう事か執事スチュワートが、この際と……”北の神殿”の地、アクアラグーンで行われる新人騎士見習の強化合宿についての会議を入れやがった。
ルーカスが参加するであろう、新人騎士見習合宿に興味を持ったのも事実だが……。
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10時か……試験はもう始まっている。
新人騎士見習の強化合宿の会議は、日程、人数、合宿内容、予算、の順に話し合われ、終わったのは昼近くだった。
午前中の体力測定と持久走は見ることが出来なかったが、昼休憩中のルーカスを中庭で見つけ、心が躍った。
ルーカスは、45番。
それにもう友達が出来たのか。
浅黒い大柄(46番)と、ぽっちゃり(16番)とした青年二人に挟まれ、楽し気に談笑する小柄なルーカスに視線を注いだ。
見れば見る程に、早く手に入れたいと願う欲求に駆られる。
「フフフフッ…………」
「陛下、いかがなさいましたか?」
いきなり笑い出した私に、スチュワートがやや驚きこちらを見た。
「なんでもない」
「さようですか。ですが、なにかよからぬ事を考えている顔をしておりましたので。前回のように、突然どこかへ行かれるのではと……」
「どこへも行かぬ。午後のトーナメント戦が始まるからな(ウキウキ)」
「今年は陛下がご覧になると聞いて、皆、張り切っているそうです。陛下も心待ちにされているようで、私も嬉しい限りです」
「お前が色々と手配してくれたのだったな。ありがとう」
「恐縮です。では、お茶をお持ちしますのでしばしお待ちください」
午後のトーナメント戦を開始する鐘が鳴った。
参加選手たちは集められ、くじ引きで対戦相手が決められる。
私は、ルーカスの小さな背中に視線を注ぎ、試合開始を待った。
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【騎士見習試験・ルーシー(ルーカス)視点】
「はじめ!」
審判の合図で、私は駆けだした。
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体術の試合は“背中に張り付けたボールを、先に相手から奪った方の勝ち“というルールである。
一回戦の相手は、あのイケボのマリオンだった。
腕力も持久力も敵わない相手との戦闘は、一瞬が勝負になる。
(計画では)上へ飛ぶと見せかけて、股をくぐり背中へ回り込み、ボールゲット!
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駆け出し、目線を上に向けると、マリオンがそれに気づき上を警戒し、足を踏ん張り気味に開いた。そこを滑るようにくぐり、やった~! と振り返ろうとすると、マリオンの右足から低めの回し蹴りが見え、ジャンプでよけたと思ったら……
「あれっ」
振り返りざまのマリオンに両手でガシッと捕縛され、ベリ……と背中のボールを取られた。
ピ――――――!
「勝者、46番!」
3秒ほどで試合は終わり、ポカンとマリオンに抱きついていると。
「フフッ、ルーカスは分かりやすいな」
鼓膜にダイレクトに響くイケボで笑ったマリオンは、私の背中をポンポンと叩き、ゆっくりと下に降ろしてくれた。
動きを読まれていたかと思うと、悔しいやら、恥ずかしいやら、顔が熱くなり、武場を降りる際の最後の礼をする時も、マリオンと目を合わせられなかった。
これがもし実践だったら……マリオン相手に私は一瞬で首の骨を折られ、打ち捨てられていただろう。まあ現実的に考えると、マリオンのような相手に、私が丸腰で挑むなんてことは絶対にしないけどね。
その後のトーナメント戦は、体術自慢達が激しくぶつかり合い、流血、骨折、打撲……負傷者が続出し、何人かが担架で運ばれていった。私と、足を痛めて試験に参加しなかったジュリアンは、その熾烈な試験の光景に閉口し、青ざめながら試合を観戦した。
試合を見ながら思った。
”一回戦で負けて、相手がマリオンで、本当に良かった。”
優勝は、もちろんマリオンで、すべての試合を圧倒的な力と素早さで勝利し、私たちは彼の異次元の強さを目の当たりにした。
【騎士見習試験・べリアス視点】
一回戦。
ルーカスが一瞬で負け、武場を降りて行った。
相手は、先ほどまでルーカスと仲良く話していた浅黒い青年だったが、一瞬でルーカスの動きを読み、試合とはいえ、だ、抱きしめるとは……。
うっ、羨ましい。
いや、そうじゃない、けしからん!
あの46番!
くそ!!!
そのまま試合を観戦していたが、いかんせん怪我人が多い。
ともすれば、ルーカスも野蛮な野郎どもにいたぶられ怪我を負ったりしてしまうやもしれぬ、ここはしっかりと見張っておかねば。何かあればすぐに私が止めに入らねば!
次は弓か。
弓は、的に当たった点数で決められる。上位20名が準決勝に出場し、決勝は5名で争われる。
今年は、準決勝は動く的。決勝は流鏑馬。
決勝の流鏑馬は、我が城の騎馬隊の精鋭の模範演技が見ものらしい。
観客席には続々と、民衆が集まり、城は祭りのようであった。
「陛下! 陛下がいらっしゃるわ」
「陛下!」
「陛下よ!」
試合を観戦している私に気付いた城内の観客席から声が聞こえた。
呼びかけに対し手を振ると、わっ!と声援が上がった。
悪くない。
王になりたての頃は、この悪魔野郎とか、三白眼とか、陰でディスられていたが、今や”陛下! 陛下!”と呼ばれるまでに……
さあ、ルーカス、陛下! 陛下!と崇められる私に、気付いてくれ!
私は、なかなか振り向いてくれない、赤い髪の小さな背中に視線を送り続けた。
【騎士見習試験・ルーシー(ルーカス)視点】
「これより、第3部隊レイ副隊長、模範演武はじめ!」
レイ兄さん!?
決勝戦の流鏑馬の模範演武が始まった。
城壁の門から、弓を携え黒い馬に乗った2番目の兄、レイ兄さんが涼し気な顔で現れた。
「キャ――――――ッ!」「レイ様!」「ステキ―!!!」
いままで聞こえなかった、黄色い声援があちらこちらで上がった。
ちょっとレイ兄さん、王都でモテモテじゃん凄っ。
声援が聞こえていないのか、レイ兄さんは眉ひとつ動かさず無表情で馬を走らせ矢を放った。
ヒュン……カッ!
キャー―――――!
レイ兄さんは城壁の直線部分に沿って50m間隔に設置された10の的を、馬に乗りながら淡々と射貫いた。
一矢ごとに歓声が挙がり、演武が終わると深いため息がそこかしこから聞こえた。
さすがレイ兄さん、こうして見るとカッコイイんだけどな。
私とバレないよう顔を伏せていたが、演武を終え、城門へ戻るレイ兄さんと目が合ってしまった。
ヤバっ!?
「ルー……!!!」
驚いた顔で私を見つめた、レイ兄さんは門の奥へ消えて行った。
ヤバいぞ。レイ兄さんは、私が騎士になるのを反対していた。ましてや、男として試験に参加している事を知ったら、何をされるか。
弓の試合の方はというと……
信じられないことに、マリオンは、初戦で弓を思い切り引っ張って壊し、初戦敗退。
“弓を壊した奴なんて初めてだ”と、審判の騎士が笑っていた。
私は、2点差で準決勝で敗退し、ジュリアンは決勝まで残った。
足を痛めていたジュリアンは、
「馬に乗れないから棄権するよ……ここまで残れたんだ、悔いはない」
審判へ伝えに行くといって、流鏑馬の待機所へ向かった。
決勝まで残るなんてすごい事なのにもったいない。じゃあ、ジュリアンが棄権したら、私が繰り上げで決勝出られる!? と考えていると。
なんと決勝戦の出場者の中に、ジュリアンとそれを補佐するレイ兄さんの姿があった。
キャーーーーーーーー!!!!
黄色い歓声に、私は苦笑いをした。
競技は、準決勝5位のジュリアンからスタートした。
乗馬したレイ兄さんの前にジュリアンが跨り弓を構える。馬が辛そうなのは気のせいだろうか。さっきよりスピードがない。
だからなのか、矢の命中率は高く、10個の的全て打ち抜きジュリアンは好成績を修めた。
だが、さすがに決勝に残った参加者たちも素晴らしかった。
10個の的全て中心を射抜いた“ホムラ”という短い黒髪で頭に二本の角の生えた色白の美少年が優勝した。
あの角は本物だろうか?
あまりジロジロ見てはいけないと思い気に留めないようにしていたが、参加者は天使? 妖精? 悪魔? のような風貌の方たちも多く、本当にここは以前いた地球とは、また違った世界なんだと改めて実感するのであった。
「ジュリアン、準優勝おめで……!?
準優勝したジュリアンの側に、レイ兄さんが怖い顔でこちらを見つめ立っていた。
「け、剣術……の準備をしないと「ルー!!!」
踵を返して逃げようとすると、レイ兄さんに腕を掴まれ仕方なく小さな声でこういった。
「(小声)ごめんなさい」
「怪我したらどうする! この事、母さんやオスカー兄さんは知ってるのか?」
「(首をふる)」
「だろうな……試験が終わったら安全な宿探してやるから、「ルーカスの兄さんなのか?」
ジュリアンが話に割って入った。
「……ああ」
「宿だったら、俺の家に来いよ。俺の家広いし「却下! 男の家に泊まらせるわけにいかん」
「えっ!?」
速攻、断られ混乱するジュリアンに、
「ごめんジュリアン、ありがとう」
と手を振った。
とにかく両手を合わせレイ兄さんに懇願した。
「兄さん、わかったから。剣術だけ……あと、剣術だけだから。お願い見逃して! 木刀だし。ね、ね」
渋々、レイ兄さんが頷いた。
「でも、危ないと思ったらすぐにやめさせる……いい?」
「うん、レイ兄さん、大好き! じゃあ」
一瞬で兄さんの顔が緩み、ニヤぁ~っと笑い、ハッとし直ぐに涼しい真顔に戻った。
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喧騒の中、城内に2人の人影が入り込む。
ご覧いただきありがとうございます。
楽しんで頂けましたら幸いです!
※2021/6/17 行間とか気になる箇所を直しました。
※2021/9/14 気になる箇所訂正しました。