47話 聖女失格
【アクアラグーン北の神殿・元聖女エスタ視点】
※元フロライト王国の第一王女。エルザの双子の姉。
(エスタ回想告白編)
王国の勇者ルーシーの二番目の兄レイは、”リラさん”によく似ている。
”リラさん”は私が15歳の時、王宮で私達姉妹の警護の担当騎士見習として紹介された。
先輩騎士の傍で仕事を学び、2年後には正式な騎士となり、公務や神殿への行き帰り、城下街への買い物……いつも付き添い、私達姉妹を警護してくれた。
リラさんは切れ長の金色の瞳に一つにまとめた長いエメラルドグリーンの髪、白い隊服を身に着け凛と佇む姿は美しく、私達姉妹にとって自慢の護衛騎士だった。
その2年後、勇者候補だったテオドールがリラさんと駆け落ちした。
二人が駆け落ちする以前から彼女が密かにテオドールに思いを寄せている事、二人きりで会っている事、悩んでいる事も知っていた。なのに、知らない振りをして、テオドールが勇者の剣を継承し”王国の勇者”となる意義を、事ある毎にわざと彼女に聞こえるように説いていた。
どうしても許せなかった。
テオドールを見つめる彼女の悲し気に揺らぐ金色の瞳を、私は今でも忘れられない。
私はひどい女。
聖女失格。
でも、それでもテオドールから身を引いてほしかった。
テオドールと私は王国の未来を担う、勇者と聖女。
何度言い聞かせても、結局テオドールはリラさんを連れ姿を消した。
何もかも無くした。
テオドールも、聖女としての品格も、勇者の剣の声も聞こえなくなった。
勇者候補に逃げられた聖女として陰口を叩かれた。
国王である父は娘を貶めたとして、テオドールとリラさんの首を持ち帰るよう刺客に命じた。
”恋敵とその男を斬首だなんて、もっとみじめになるだけだからもうやめて”と言ったが、父は聞く耳を持たなかった。
結局、テオドールの親友フィンレーが勇者となり私は聖女として彼を支えた。
驚くことに勇者の剣は、フィンレーに触れられることを許した。
フィンレーは勇者としての素質は全く無かった。どんなに力を尽くしても魔力は乏しく、剣は鈍く光るだけだった。でも、フィンレーを責めることは出来なかった。
私はイヤな女。聖女じゃない。
それから10年後。
南の帝国からの侵略に父 (国王)が殺され、あっさり国は乗っ取られた……かに見えた。なぜか現国王悪魔べリアスが帝国軍と戦い、この国を侵略国家から守ってくれた。
いざという時に逃げ出した”使えない勇者”と”ダメ聖女”の私は表舞台から身を隠すように、昔の修行僧たちが使っていた古い山小屋で生活を始めた。
そして、15年後。
勇者の剣の声が聞こえた。
『チャンスだ! 悪魔の王のところへ行くんだ!』
騎士見習試験で賑わう王宮に侵入した私たちは、シャルルの指示通り首尾よく国王べリアスを椅子に縛り付けた。あとは封印するだけだった……でもフィンレーの力は弱く、なかなか封印することが出来なかった。
その時、べリアスの指輪が輝き床に赤い魔方陣が展開した。
召喚魔方陣!? この部屋全体は魔力封じの結界が張られているはずなのに!?
魔方陣から赤い髪の少女が現れた瞬間、勇者の剣が叫んだ。
『この娘だ。次の勇者は、この女の子だ!』
勇者の剣どうして!? 私たちを騙していたの!? すべてはこの少女を勇者にするためだったの!?
勇者の剣は、また黙り込んだ。
悪魔の国王べリアスを守るため、少女は手にした木刀でフィンレーの勇者の剣を叩き上げ、私が聖なる矢を放とうとすると勇者の剣がその少女に優しく語りかける声が聞こえた。悔しい……きっとずっと前から勇者の剣は私たちを見限り、新しい勇者の誕生を待っていたのね。
ルーシーが軽々と勇者の剣を掴み私の”聖なる矢”を弾き飛ばした瞬間、これは天罰だと感じた。
これは、テオドールとリラさんを追いつめた罰だと、お腹に赤ちゃんまでいたのに惨いことをした報いだと考えずにはいられなかった。
今まで見たこともないほど鋭い輝きを放つ勇者の剣を手にする少女。
その少女に「兄さん!?」と呼ばれ、彼女に真っ先に駆け寄る近衛騎士の姿を目にしたとき、私は愕然とした。
テオドール……。
何かが繋がった。
そして、テオドールが去って行ったあの日から今まで止まっていた”私の時間”がようやく動き始めたような……そんな気がした。
現国王の計らいで私はアンフェール城内女子寮で姉妹たちと住まう事を許され、フィンレーは独房へ入れられた。
女子寮へ入寮するためルーシーとともに現れた兄”オスカー”が、提出した書類の父親の欄には”テオ”と記されていた。
テオドールは生きてる!
生きているのなら二人に会って謝りたい。
それも、叶わないのならせめてもの罪滅ぼしとして、ルーシーを守り立派な勇者に育てたい。
元聖女として無下に扱われても構わない。
もう一度、聖女として勇者を支え聖女としての務めを全うしたい。
ルーシーの兄レイは、母リラさんに似て美しくそして優秀な騎士。三番目の兄ウィリアムは、くりくりした目がテオドールの母親アリス様に似ている。戦争孤児のルーシーを引き取り大切に育てたと聞き、テオドールらしいと思った。強くて優しいそんなテオドールが、私は小さい頃からずっと大好きだった。
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テオドールが育てた孤児ルーシーは、勇者の剣と喧嘩したり、国王べリアスの誘惑にも負けず、騎士見習として王国の騎士になる為の訓練に励んでいる。
魔力量は申し分なく剣技も素晴らしい。
想像することを教えると、瞬く間にそれを吸収しそして、私たちが思いもよらない勇者の剣の使い方をする。
先日、防御壁を張った折。王都カルカソを取り囲む城壁に似た、金色の防御壁を神殿の周囲に張り巡らし神殿騎士たちを驚かせた。そして城壁だけでなく、教会やアンフェール城など様々な形式の防御壁を作り上げた。
そろそろ、次の段階へ進む時が迫っている。
北の神殿は狭すぎる。
封印の地より南西の砂漠地帯でルーシーの訓練をしたいと、国王べリアスの執事スチュワートに手紙を送った。
広大な砂漠の地で、”制裁””征服””封印”という、勇者の剣の真の力を引き出したい。
ルーシーの魔力なら、あの氷の魔女を完璧に封じ込めることが出来ると私は確信している。
元聖女ローザ様の予言では、
”北の神殿に氷の城が再び現れる”
”南の帝国が再び動き出す”
南の帝国はすでに動き出している。
あの魔女は、前回もいち早くこの王国の聖地を奪い、湧き出る魔力を吸い上げ強大な力で王国を侵略していった。
勇者の剣とルーシー。
この世界の未来はこの二人に懸かっている。
ジェダイド帝国の侵略に、間に合うといいのですが……。
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【報告書】
【ホテルホーリーウッド・マルクス副隊長視点】
神殿騎士の関係書類と一緒に、実家から勇者についての報告書が届いた。
勇者の近しい者からの情報で[王国の勇者を我々側に引き込む際の参考になれば]と、書かれていた。
まだそんな事を考えているのかと、半ば呆れながら手紙を開いた。
”勇者ルーシーの3番目の兄は体術が得意。”
ああ、ウィリアムの事か。
“ルーシーは、毎日腕立て伏せを200回している”
“好きなサンドイッチは、卵サンド”
「フフッ……」
妖精王誘拐事件の後、怪我をしたユリウスの代わりに女子寮の警備をしていた際。口いっぱいにサンドイッチを頬張りながら扉から飛び出してきたルーシーを思い出した。思わず笑ってしまった私と目が合い、顔を赤くした。私をユリウスと勘違いしているのか、「すいません、今、急いでいるので、また」と笑顔で軽く敬礼して走って行った。
それから何度か私の事を、ユリウスさん! ユリウスさんと! と呼び笑顔で挨拶してくれる。
部下たちには“副隊長”だと伝えた方がいいと言われたが、暫く黙っていてくれと命じた。ユリウスと勘違いされていても、私に向けられるあの笑顔が見られなくなってしまうのが非常に残念に思えたからだ。
“ルーシーの好きなタイプは、頬に傷がある強い人”
頬に傷……。
この前まで一緒に手合わせしていたアーサー団長補佐のことかな?
”神殿の柱を倒して落ち込んでいる。”
”目玉焼きにはマヨネーズ。”
柱……あの時は驚いた。
目玉焼きにマヨネーズ……。
「フッ……」
“ 勇者ルーシーは、「ベーコン作る人は神」と言っていた。
最近の趣味は、かっこいい技名を考えること。
好きな男性のファッションは、黒い眼帯。弓用の薬指と小指がない手袋。”
技名!? 黒い眼帯!?
ジュード団長補佐……。
弓用の手袋? それにベーコン……!?
「クッ。フフフフ……」
勇者を取り込む際の参考?
全く何の参考にもならないと思うが、面白過ぎる。
そして、これを書いている彼女の意図もなんとなくだが伝わってきた。
急遽合宿に参加することになった天使族ロナは、寮にいるときから不審な行動をしていた。隠すように書いた手紙をどこかに送り続けていた。はじめは恋文か何かと考えたが、彼女に届けられた1通の手紙の差出人の名前に心当たりがあった。
ゲーテ・S
ゲーテ……
聞いたことのある天使族の情報屋の名前だった。
彼女は、勇者に近づき能力や弱みを握るよう命じられ、ここへ差し向けられた諜報員であると私は考え、時間の許す限りしばらく彼女を見張り続けた。イムの件もあり、私がエスタ様の護衛として合宿に参加できたのは幸いだった。彼女が、ルーシーに対して何かしらの行動に出るものと予想していたが、彼女は手紙を定期的に送るのみ。勇者やその友人たちと楽しそうに毎日を過ごしていた。巫女見習の仕事も真剣にこなし、頭も良く魔力量も申し分ない。
こんな子が何故?
夜の訓練の行き帰りの際には、いつも楽しそうに勇者とたわいもない会話を交わしている。この子が勇者を嵌めようとしているなんて思えなかった。
何か理由がある。
私は様子を見ることにした。
そこへきて、この実家からの手紙で、なんとなくだが彼女の意図が読めてきた。
彼女は、”当たり障りのない無意味な報告をし勇者を守っている”のだと……。
頭のいい彼女が、勇者ルーシーを守るために”情報”としてこんなふざけた内容の手紙をずっと書き続けている。
「フ、フフフ……ルーシー、君は、」
どれだけ皆に守られている勇者なんだ。
異性だけではなく同性からも愛され心を取り込んでいく”勇者ルーシー”。
彼女の魅力は一体どこからくるものなのだろうか?
赤い髪に深い青い瞳……。
幼いときに読んだ絵本の”人魚の物語”が頭に浮かんだ。
どんな内容だったかは思い出せない、確か、王子に恋をした人魚の話だったかな? あれ、王子が恋したのが人魚で王子が人魚になる、だったかな……。
どこかの王や王子が恋をしてもおかしくないほどルーシーは魅力的で、ルーシーが海で泳いでいたら、皆きっと絵本から出てきた人魚と思うに違いない。
紺碧の海に漂うルーシーを想像しながら私は深く溜息をついた。
「……このままずっと君の傍にいられたらいいのに」
実家からの手紙には最後に、こう書かれていた。
”お前の縁談の話もある。休みができたら連絡してくれ。”
お付き合いいただきありがとうございます。
次回、べリアスさん登場します!
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※2021/10/29 誤字脱字、気になる箇所訂正しました。
2023/1/26 一部気になる箇所訂正しました。




