46話 ゾクゾクするその瞳で俺だけを見ろ!
【アクアラグーン訓練場・ルーシー視点】
※王暦1082年5月13日。
合宿が始まり約2週間近く経ち、厳しい訓練にもようやく慣れてきた。
アイザックは少しずつ皆に馴染んでいき、意外にもジュリアンと合宿所の衛生面の話題で意気投合していた。ハンモックで眠るといいとか、カラス対策は窓のところにトゲトゲの植物の鉢を置いてみようとか、あれこれ対策を講じている。
訓練で揉めることもなくなったが、手合わせをするときは、相変わらず何かしら言ってくる。
「勇者ルーシー! 真の力を宿した俺様の剣、受けてみよ!」
「毎回それ言うの?」
「恐れ入ったか! さあかかって来い!」
「手加減しないよ、アイザック!」
ヒュン!
サッ……と踏み込み、アイザックの手から木刀をはたき上げた。木刀は回転しながら宙へ舞い上がり、タンッ……と、ジャンプしてそれを左手でキャッチし、アイザックに木刀がぶつからないようスケートのジャンプの時のように腕をクロスさせ横回転しながら彼の真正面に着地した。
スタッ…
おおおおおお~~~~~!!!
太い歓声が挙がった。
アイザックが声を震わせながら、
「……ルーシー……なんだそれ……すげぇ……双剣、かっけー」
「え?」
てっきりまた罵られると思っていたので意外な反応に私の方が固まってしまった。
そして、双剣の魅力は男女共通らしい。
「勝者ルーシー。立って挨拶!」
ブラッド隊長の声に立ち上がり礼をした。
「「ありがとうございます」」(二人)
顔を上げるとキラキラした目でアイザックが私を見て微笑み駆け寄ってきた。
木刀を返すと、
「ルーシー、さっきの技何て言うんだ?」
「技? 名前なんてないよ」
「凄ぇかっけーから、俺様に教えろ!」
「ええっ?」
「そこ! 私語は慎め!」
ブラッド隊長に怒鳴られ私たちは列に戻った。
休憩時間になると”さっきの技名を考えた”とアイザックたちが来て私の木刀を借り、クロスしてしゃがみ込み構えた。
「魅了された十字の双剣! アトラクティドダブルクロスソード」
ばーーーーーん! (効果音)
「!?うん、かっこいいけど長くて覚えられないや」
「貴様如きが、その名を簡単に言えるとでも思ったか! ハハハハハハ」
バカにしたようにアイザックが楽しそうに高笑いをする。本当にこいつはすぐに調子にのる。
「私に瞬殺されといてよく笑えるね、なんなら素手で「ルー、ダメだよ。訓練以外での手合わせは基本的に禁止だからね」
レイ兄さんが少し怖い顔で私達に注意した。
ようやくだが、騎士見習全体の雰囲気が穏やかになっていた。
相手の様子を伺い、牽制しあっていたような空気はなくなり、お互いを認め助け合う事にも慣れてきた。体格差や魔力量、特殊能力……どうしようもならない事も、それにどうにか折り合いをつけるという選択も見つけたようで、お互いそれなりにどうにか厳しい訓練を乗り越えているようだった。
一つ気になるのは、ホムラの事だった。
この前の休日、アスモデウス殿下と北の城に帰省し戻って来てから元気がない。どうしたの? と聞いても”大丈夫”と微笑むだけで余計に心配になった。
それに、毎朝窓から現れるホムラが最近全然来なくなった。
私は知らないうちにホムラを傷付けるような事をしてしまったのだろうか?
夜は、エスタさんとの訓練や神殿警備の仕事で忙しく、ホムラと二人だけでゆっくり話す機会もない。朝早くホムラの部屋に行くことが出来ればいいんだけど、朝はいつもロナかスカーレット先輩に起こされるまで寝てしまう。
ロナにも相談してみたけど、元々ホムラは自分の事をあまり話さないタイプなので、”無理矢理聞き出すのは本人が嫌がると思う”と言っていて、”本人が話すまで待ってみるのもいいかも”と微笑んだ。
北の城のアスモデウス殿下の”令嬢”のような身分を最近まで私たちに隠していたホムラ。艶のある黒髪から覗く憂いを帯びた赤い瞳に、何をどう問いかければいいのだろうか?
【アクアラグーン訓練場・ジュード団長補佐視点】
[回想、王都・アンフェール城]
※合宿開始前。
「ジュード団長補佐殿。勇者ルーシー様には、十分にお気をつけください」
陛下の執事スチュワートが、騎士見習合宿へ発とうとする俺を呼び留めた。
「は!? 何がだ? あの”チビっ子勇者”のどこが危険なんだ?」
「彼女は、魔力も素晴らしいですが、人の心を一瞬で魅了する力を持ち合わせております。くれぐれもお気をつけ下さい」
「魅了? 俺が好きなのはもっとこう大人で色っぽいお姉ちゃんだ」
「陛下もそうでした。だから警告しているのです」
「はいはい、言っておくが、俺はアーサーみたく手加減なんてしねぇからな」
「はい。その点は存じあげております」
「全力であの”チビっ子勇者”をぶちのめすからな!」
+++ +++ +++
[アクアラグーン訓練場]
※合宿5日目。
初日で俺は、勇者のあの”目つき”にまんまと魅了されていた。
はじめは、何か他の事を考えているような気の抜けた剣に腹が立った。
飛び上がったところを打ちのめすと、泣きそうな顔で俺を見てきた。
”口ほどにもない奴”
こいつが陛下や妖精王を誘惑した”勇者”とは笑わせる。ただの甘い考えをした腑抜けた”チビっ子勇者”。二度と剣など見たくも無いと思わせるまでぶちのめしてやる!
何度か打ち合いし次第に俺の速さに慣れてきたようだ。だが、甘い。俺の斬撃に木刀が手から滑り落ちたところを取りに行こうとするので容赦なく打ちのめした。
また、泣きそうな顔で俺を……今度は睨んだ。
深い青い瞳が”キラリ”と輝き、真っ直ぐに俺を見据えた。
ゾクっ……と胸の奥が疼いた。
これが、スチュワートが言っていた勇者の能力か!?
考えている間に、チビっ子勇者が俺の剣の上にあろう事か飛び乗り押さえつけ、身体をひねり、俺の喉元を弧を描くように斬り込んできた! 後ろに反り返りながら一瞬目が合い思わず笑ってしまった。
”こいつは殺しがいがある”
俺に吹っ飛ばされ鼻血を出したので、その日はそこで終わったが、その次の手合わせも面白かった。
※合宿10日目。
何らかの迷いが消えたのか、俺の初手をかわしながら左足に木刀をぶち当ててきた。
これはおちおち遊んでいる場合じゃねぇ。本気でかからねぇとこっちがぶちのめされる。戦い方を変えたのか、ヒラヒラと俺の剣を避け隙を見て際どい所を突いてくる、こいつは一体なんなんだ!?
だが、所詮はチビっ子勇者。疲れるのが早く、ふらついてきた、甘い甘い! 俺の剣を避けた拍子に、着地に失敗し足をくじいた。サミュエルが止めたが、勇者は悔しそうに立ち上がった。
悔しそうに顔を歪め、深い青い瞳が”キラリ”と輝いた。
素晴らしい! その表情だ!
お前のその瞳が曇るまで、もっと殺し合いてぇ!!!!!
なのに、なんだあのチビっ子勇者、”勇者の剣”を召喚しやがった。
とんでもねぇ魔力に俺の心は萎えた。
肌で感じた。
どう足掻いても、あの力には敵わねぇ。
陛下は、どういうつもりであの”チビっ子勇者”を傍に置いているのか分からねぇ。あのチビっ子勇者が心変わりでもしたら、この国はいつ滅んじまってもおかしくねぇのに……。
+
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※合宿13日目。
今日もあの勇者と手合わせしたが、日に日に強くなっているのが見て取れた。打ちのめしても、あの目を輝かせ立ち上がる。そしてまた打ち合いの末、不意を突かれサラリと避けられ、一発、背中を取られてしまった。
柔らかな燃え上がるような赤い髪が俺の頬を掠めた。
胸の奥から叫び声が沸き上がった……もっと殺りてぇ!!!!!
だが、時は続かず勇者は俺の剣に足を引っかけ、顔から地面に無様に倒れ込んだ。
駆け付けたサミュエルとレイに連れていかれながら、また、あの瞳で俺を睨んだ。
そうだ、そうやって俺を睨み続けろ!
ゾクゾクするその瞳で俺だけを見ろ!
今度はもっと、激しくお前をぶちのめしてやる!
もう俺は、あの”チビっ子勇者”に完全に魅了されていた。
【医務室・サミュエル副隊長視点】
※合宿13日目。
「もうずごじだっだのに~~グスッ~~~ぐやじい~~~~」
今日の手合わせは、余程悔しかったのか、ルーシーは顔をぐちゃぐちゃにして濡らしたタオルを擦りむいた顔に当て、泣きわめいた。
「ぐやじ~~~~~~~い!!!」
「ルー、嫌なら断ってもいいんだよ」
「やだ! 絶対あいつをぶちのめす!」
その言葉に、レイが呆れてため息をついたが、俺はあのジュード団長補佐にめげずに立ち向かうルーシーを褒めてやりたかった。
「今日は残念だったな。でも、ジュード団長補佐相手になかなかやるじゃねぇか」
すると、顔に当てたタオルを下げ、涙で潤ませた目だけを出して嬉しそうに話し出した。
「でしょ! いけると思ったんだけど! ああ集中力が続かなくて……。サミュエル副隊長、集中力が長く保てるような、薬草とか食べ物知りませんか?」
「そもそも集中力ってのは、長くは続かねぇもんだからな、たくさん食べてよく眠る。それが一番だ!」
「え~~~~」
「はい、はい。じゃあ……いまから”癒しの光”で治癒する為に君に触れても宜しいですか?」
「…………」
いつもはここで笑うルーシーが、眉間に皺を寄せ嫌そうに俯いた。
レイがギラリと俺を睨んだ。
「ルー、どうした?」
レイが尋ねると。俯き顔にタオルを当てたまま小さい声が聞こえた。
「笑わない?」
「え」(レイ)
「見ても笑わないでね」
渋々、ルーシーは顔を冷やしていたタオルを取った。
額の他に、左頬と鼻の頭の皮が擦りむけ唇も切れて血が滲んでいた。
女の子が、顔に怪我なんてショックだろう……まったく、あの人は何を考えているんだ!?
レイは沈痛な面持ちで固まっていた。
「かわいそうに、痛かったろ」
俺が声をかけると、ルーシーは辛そうに頷いた。
「俺に任せろ大丈夫だ! そんな傷すぐ治してやる。ゴホン(咳払い)……いまから”癒しの光”で治癒する為に君に触れても宜しいですか?」
「フフッ、はい」
畏まって決まり文句を言うと、ルーシーは涙で潤んだ瞳で少し笑ってくれた。
魔力を掌に集め、癒しの光を凝縮させ両手で頬を包み込む。
深い青い潤んだ瞳が俺を見つめる。
ダメだ……目を合わせたら息が止まりそうだ。
一所懸命、目を逸らすとルーシーが、
「なんで目逸らすんですか?」
とんでもない事を言い出した。
俺は耐え切れず目を閉じ叫んだ。
「無理だ!」
「え!? 傷、治らないんですか!?」
「そうじゃなくて……
慌てて目を開けると、深い青い潤んだ瞳と視線がぶつかり言葉を無くした。
「サミュエル副隊長?」
「ダメだ……この前言ったろ、照れちゃうって」
とにかく全力で目を逸らし続けた。
「え!?」
「あー、もう少しだ」
傷が治ったかどうか診るために、親指で左の頬の傷口を触り聞いた。
「痛いか?」
「痛くないです」
「よし、じゃ鼻を…」
恐る恐る鼻の頭を、チョンと触るとルーシーが難しそうな顔で俺を覗きこんだ。
「あのっ、もしかしてですけど、サミュエル副隊長、女の子にあまり免疫がないんですか?」
「ええっ!?」
考えもしなかった質問に思わずのけぞった。
「だって、なんか……ね」
ルーシーは、レイに視線を送った。
「そうだね。意識しすぎな感じが」
レイが言ってからマズイと思ったのか口に手を当てた。
この兄妹はなんだ!? とんでもない連携プレーか!?
「そうだよ。……兄弟は男ばっかりだし、騎士になってからも周りは男ばっかで、女の子と話す事なんてなかったからな」
抵抗しても無駄に思え、俺は正直に答えた。王国の騎士で、俺と同じような輩はごまんといる。
「やっぱり。でも私の事は、そんなに気を使わくても大丈夫ですよ。男兄弟の中で育って女子力無いし」
「いやいや、気を使わないほうがおかしいだろ」
「この前だって、アイザックに舎弟にしてやるって言われたし」
「マジか!? あいつ 面白いな」
「でしょ! だから……私には気を使わなくていいです。寧ろ使わないで下さい。大好きなサミュエル副隊長に目を逸らされつづけるなんて、なんだか悲しくなります」
「大好きって……あのな」
簡単に言いやがって。
……まあ、俺もこの前、つい”好きだ”って言っちゃったけどね。残念ながら本気にされず、”笑わせようとしてる”と勘違いされた。所詮、俺みたいなモブ天使、逆にからかわれても可笑しくねぇ。
ため息をついて横を向くとルーシーが俺の頬を両手で掴み、グイっと強引に顔を正面に向け、真剣な目で見つめた。
見つめ合った深い青い瞳と、頬に伝わる柔らかい手の感触に息が止まった。
「……!?」
「サミュエル副隊長は、普通にしていれば、顔、怖くないです。自信持って下さい!」
「お、おう…」
「世界はもっと広くて綺麗な女の子がいっぱいいますよ」
「ああ」
「私程度でドギマギしてどうするんですか!」
「わかった、もう分かったから。な、放してくれ」
ルーシーの柔らかい手と、至近距離で目に飛び込む深い青い瞳と、その愛らしい口元から発する声に、脳が追い付かない……とにかく早くこの状況から解放してほしい。もう心臓がもたない。
ルーシーは、ニッコリ微笑み、混乱している俺の頬を”ギュ”っとつねった。
「しっかりして下さい!」
そうだ……ルーシーは、”聖なる光に選ばれし勇者”としてこの国の未来を担う最重要人物。
国王に寵愛され、妖精王の王子と婚約の噂もある。どう頑張ったって俺には手の届かない存在だ。特殊な治癒能力がなかったら、こうしてルーシーと話をする事も接触する事すら一生無かったのかもしれない。
俺みたいな癒しの力が使えるだけのモブ天使が、余計な恋愛感情をさらけ出しで彼女を困らせるなんて、よくよく考えたら恥ずかしすぎる!
だけど、女子に免疫のない俺がルーシーを見てドギマギするのは、これはどうしようも無い。どうするのが正解なんだ!
「……どうすればいい?」
恥ずかしさもあったが、恐らく俺だけでは解決策なんて見当も付かない、どうしようもないので聞いてみた。ルーシーは同期の男の子たちとも仲がいい、照れてしまった場合の対処法とか知っているのかもしれない。
「え?」
「目を合わせると照れちゃう時は、どうすればいい? 君だったらどうしてる?」
ルーシーは少し考え、難しい表情から、一気に顎を突き出し白目をむいた!?
「変顔!」
さっきまでの微妙な空気が一変した!
「ブツ! ハハハハハハ、そうか、わかった!」
俺もすかさず”変顔”をした。
「フっ! アハハハハ……、サミュエル副隊長、面白いです! ウフフフ……じゃあ、これから照れくさい時は”変顔”で……」
「ハハハハハ! そうだな!」
「じゃあ、サミュエル副隊長。目を合わせますよ、せーの、で変顔!……せーの!」
!?
深い青い瞳と目と目を合わせ、”変顔”。そして……
「アハハハハハハハ!!!!!」(全員)
「ほら、もう大丈夫ですよね」
「アハハハ……ああ、これでいこう!」
横で見ていたレイまで笑い、
「アハハハハ……ルー、それやっていいのは、ここだけにしとくんだよ」
「レイ兄さんもやってよ、見たい!」
「そうだな、サミュエルさんに負けたくないし」
「何言ってんだこいつ?」
「じゃあ3人で! せーのっ!」
ルーシーに促されるまま、レイの渾身の変顔に、俺達は盛大に笑った。
「アハハハハハハハハハハハ!!!!!」 (3人)
「兄さん、酷い……アハハハハ」
「ヒィ……腹が……アハハハハハハハ!!!レイのは凄いな……ハハハ……」
コンコン
壁をノックする音に我に返ると、困惑した表情のブラッド隊長が扉口に立っていた。
「楽しそうだな」
「ブラッド隊長!?」
俺達は青ざめ、笑いを堪え即座に立ち上がり敬礼した。
「い、い、いつから……いらしたんですか!?」
声が裏返った。
俺達の顔を一瞥し、呆れたようにため息をついた。
「はぁ……。治癒が済んだのなら、さっさと訓練へ戻るんだ」
「はい!」(3人)
後で何か聞かれそうだな……と考えながら、俺達は訓練場へ戻った。
ルーシーは、見た目だけじゃない。内なる性格も太陽のように明るく、パッとしない俺の人生に光を与えてくれた。この先もずっと傍にいて治癒に特化したこの能力で、王国の勇者の傷を癒し、俺の一生をかけてでもその笑顔を守ってやりたいと心から願った。
ご覧いただきありがとうございます。
※2021/10/29 気になる箇所訂正しました。




