44話 信じられない裏切り
【アクアラグーン訓練場北の泉・アイザック視点】
※王暦1082年5月10日。合宿10日目。午後。
(※ここで少し、アイザックの回想)
休暇初日、不衛生な宿泊所に耐え兼ねていた僕を、勇者ルーシーが救ってくれた。
彼女がくれた草花はいい香りで、うじゃうじゃいた気持ち悪い虫も見なくなり、蚊にも刺されなくなった。ハッカ油も寝具や体に吹き付けると爽やかで、久しぶりにぐっすり眠れた。でも、やっぱり、誰もいないのにミシミシ変な音がするし、何故か器用すぎるカラスが窓を開けて部屋へ入ってこようとしてくる。
それも今日で終わりだ!
”アイザック爆睡神殿警備計画”
今日僕は訓練中に爆睡して、マルクス隊長に怒られ”罰”を受ける予定だ。
週3回だが、普通の部屋に泊まれるなら、どんな”罰”でも受けてやる。
待っていろ、ルーシー。
神殿警備の仕事を手伝い、お前と同じ宿に泊まってやってやる!!!
(回想終わり)
+++
俺は訓練場北側にある魔力を含んだ温泉に足を入れ寝ころがり眠ったふりをした。
準備は万端。
さあマルクス副隊長、時間が経ったら起こしてください!
?
?
?
笑い声が聞こえる。
エスタ様の優しい声が聞こえた。
それは、信じられない言葉だった。
「ルーシー、起きなさい!」
薄目を開けて見てみると、ルーシーが足湯に浸かりながら寝転がり口を開けいびきをかいて眠っていた。
ええ〜〜っ!?
レイ副隊長は、驚きの表情で立ち尽くしている。
そして、それを見たマルクス副隊長がめちゃくちゃ笑っていた。あの人があんなに笑うところを僕は初めて見た。
マジで!?
なんなのあいつ!?
爆笑しながらホムラが、起きないルーシーを起こそうとしているが微動だにしない。
どういう神経してんだ!?
あいつ裏切ったな!!!
「ああ、ジュード団長補佐との手合わせのことで、夜もあまり眠れなかったみたいだから」
レイ副隊長が申し訳なさそうに言い、僕をチラっと見て目くばせをした。
僕はすぐさま寝たふりを再開した。
「ルーシーだけじゃないです。アイザックも、ほら起きるんだ」
マルクス隊長が僕を見つけたふりをし注意した。
(計画では)僕は起きない。
寝たふりを続けていると、
(計画では)レイ副隊長が起こしに来る。
ゴンっ!
痛っ……いきなり頭を強い力で殴られた。
え!?
なに?
誰?
こんなの予定に無かったよ?
髪の毛を掴み、乱暴に顔を無理やりあげさせられて、恐る恐る目を開くと。
!?ーーーハント副隊長!?
「ふざけてんのか?」
怖い顔で笑った。
気を失いかけた。いや、いっそ失ってしまった方が良かったのかもしれない。
マルクス副隊長、どういう事ですか!?
背を向け肩を震わせていたブラッド隊長が咳払いをし、低い声で僕の髪を掴むハント副隊長を制止した。
「手を放すんだハント。アイザックには”罰”として、今日から神殿警備の仕事をしてもらう。ルーシーには……そうだな、神殿での訓練が無い日は、警備を一緒にやってもらう。いいな」
ブラッド隊長は、ルーシーを見つめ呆れた表情でため息を吐きこう続けた。
「レイ、ルーシーを医務室に連れて行き寝かせてやれ。ジュード団長補佐を相手にしたんだ、体力も気力も相当疲労したに違いない」
「はい!」
気持ちよさそうに眠るルーシーは、レイ副隊長に抱き抱えられ医務室へ運ばれた。
唖然としていると、ブラッド隊長の後ろでハント副隊長が笑い転げているのが見え余計に腹が立った!
なんなんだあいつ!?
「アイザック、じゃあ今夜19時に町の教会前に隊服着用で集合。いい?」
マルクス副隊長は笑って僕にウインクした。
「はい、マルクス副隊長」
週3日だが、普通の宿は無事確保した。
それにしてもあいつ!!!
僕は、絶対に許さない。
【アクアラグーン訓練所医務室・ルーシー視点】
「ん?」
気が付いたら、医務室のベッドで眠っていた。
カーテンが閉まっていたので、起き上がりそっとカーテンを開くと、本に目を落としていたレイ兄さんが私に気付き顔を上げた。
どうやらあれから3時間ぐらい眠ってしまっていたようで、午後の訓練は既に終わっていた。
「ルー、アイザックの計画って覚えてる?」
レイ兄さんの言葉に、私は驚きを隠せなかった。
「わ……忘れてたかも……ごめんなさい」
「アイザック、ひどく動揺してた。あとで謝らないとね」
「アイザックは? どうなったの?」
「大丈夫、今日から神殿警備の仕事だよ。ルーも一緒だけどね」
「え!?」
「ルーが寝ちゃうから、ハラハラしたよ」
「ジュード団長補佐との手合わせが終わって、ホッとしてお腹いっぱい食べたら、足湯が気持ちよくて……」
そこから記憶が無くなっていた。
アイザック爆睡計画の事もすっかり忘れて、自分自身が爆睡してしまった事に心底呆れ返る。
「さ、宿へ帰ろうか」
レイ兄さんとホテルホーリーウッドへ帰る途中[王国騎士団専用宿泊所]へ立ち寄った。
一応、アイザックにはひとこと謝った方がいいとレイ兄さんからの提案だった。
+++
がっつり和風な唐破風造りの入口の扉を開けると、野外任務用の隊服を着たイム副隊長と鉢合わせになった。
「おっ、妹、元気だったか?」
私たちに気が付くと、イム副隊長が糸目を更に細めて笑った。
神殿騎士の真っ白な隊服姿も素敵だが、双剣を腰に携帯した野外任務用の暗めの迷彩服姿もかっこいい。
これで妖精王の”王子”だ!
過激なファンが多そうだ。
そして今朝レイ兄さんが言っていた”イム副隊長の極秘任務”という面白そうなワード。
気になるが、極秘任務ってなに? と尋ねるわけにもいかない。
「イム副隊長、お久しぶりです!」
私とレイ兄さんはすかざす敬礼した。
「俺にはそういうのいいから。んで、なんでそんなにボロボロなんだ、妹?」
ジュード団長補佐との手合わせで、あちこち穴が空き血の跡や土汚れが付いた水色の訓練着を指さした。
「ジュード団長補佐と手合わせして、それで、」
「はぁ!? マジで!? 大丈夫か!? 怪我は!?」
イム副隊長が驚き、私に詰め寄ろうとしたのをレイ兄さんが手でサッと制止した。
「サミュエル副隊長の癒しの光で治癒して頂いてるので」
「ああ、あの人の治癒は凄いからな。って、お前もなんで止めない!」
今度はレイ兄さんに詰め寄った。
「ルーシーには、必要だと思ったから」
「イム副隊長、そうなんです、自分の甘さを思い知るためにも、ジュード団長補佐との手合わせは貴重と思いまして」
「何言ってる!? 目ぇ覚ませ!? 前に俺はあいつに殺されかけた! 妹、お前に何かあったら俺だけじゃねぇ、オスカーも、レイ、お前だって…」
「イム、任務に遅れるぞ」
なんの前触れも気配もなく現れたハント副隊長が、イム副隊長の肩を叩いた。
このドS、いつの間に!?
私とレイ兄さんは敬礼した。
それにしても、イム副隊長が殺されかけた。
十分あり得る。今日の手合わせも、勇者の剣が現れ止めてくれなかったら、今よりもっとボロボロにされていた。
怖かったけど、悔しい。
イム副隊長が心配してくれるのはありがたいけど、団長補佐に負け続けたままでは終われない。せめて少しでも、爪痕の残るような一撃を喰らわせることができるぐらいまで挑戦したい。
「負けたままでは悔しいので」
「はぁ!?」
イム副隊長が呆れた顔をした。
「大丈夫です。手合わせの時はいつも側に、サミュエル副隊長がついていてくれます。それに、勇者の剣も」
「……だけどなぁ」
「イム、遅れるぞ!」
ハント副隊長がイム副隊長を無理矢理ドアの外へ押し出し、
「じゃあな、妹!」
とイム副隊長は言い残し2人は出て行った。
「イム副隊長、ヒゲ剃ってたね」
「うん、ルーまた双剣見てたでしょ」
「双剣見ちゃ悪いの?」
「悪くないけど、ルーの目キラキラしてるから」
目がキラキラ?
双剣騎士イム副隊長を見る目が……。
自分では意識していなかったが、レイ兄さんからはそう見えるのか。
「とりあえず、アイザックを探そうか」
入り口から一番近い部屋にマリオンがいたので、マリオンに尋ねると、”アイザックは今、入浴中だからしばらく出てこない”と言われ、私たちは仕方なくあきらめ宿へ戻った。
【王国騎士専用宿泊所・ハント副隊長視点】
僕が勇者をはじめて見たのは、新人騎士強化合宿の引率として同行する為アンフェール城に帰還した直後だった。
訓練棟が眩い光と共に吹き飛びキラキラした光が降り注ぐ瓦礫の中で、その勇者は国王陛下に抱きしめられていた。
陛下と見つめ合う綺麗な深い青い瞳。
その目で、あの陛下をたぶらかし虜にしたのだろうか?
一国の王にこれほどまでに寵愛されながらもイムと婚約したという噂に”男を簡単に手玉に取り、とんでもなくずる賢くて妖艶な魅力で迫る女”なのかと僕は警戒した。
いざ訓練が始まって見るとなんだか様子が違う。
同期の男の子や女子たちと剣技の技名の相談や宿の食べ物の話、兄レイとのやりとり……僕が考えていたよりも彼女は子どもだった。
今朝の隊長会議でマルクス副隊長から、”アイザックに夜の神殿警護の手伝いをしてほしい”と提案があった。同族贔屓と捉えられないよう、”罰”として行う事を聞かされ隊長会議での承諾を得たいと言ってきた。
はじめブラッド隊長はアイザックを甘やかすなと一蹴しかけたが、決め手は勇者の兄レイの一言だった。
「妹が、アイザックを心配して相談してくれたので、僕からもお願いします」
続いてサミュエルさんも「あの2人、仲直りしてくれて本当、良かったよ」と嬉しそうに言い、
「いつの間に……」 ブラッド隊長が驚き目を見開いた。
「だから、お願いします。私がアイザックを叱り、”罰”を言い渡しますので。皆さんは賛同して黙認して頂ければ」
マルクス副隊長が微笑んだ。
「よし、それじゃあ、午後、よろしくお願いする」
ブラッド隊長も渋々賛同してくれた、まではよかった……。
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あの勇者。
アイザックよりも先に、しかも完全に爆睡していた。
信じられない!?
もう僕は笑いが止まらなかった。
アイザックやレイの焦る顔と、大笑いしているサミュエルさんとマルクス副隊長、それを必死に見ないふりをし笑いを堪えているブラッド隊長。
こんなに笑ったのは久しぶりだった。
宿泊所に戻り任務に出掛けるイムに声をかけようとしていると、扉が開きレイと勇者が入ってきた!
思わず隠れてしまった。
勇者は、昨日からここにイムがいること知り逢いに来たのだろうか?
「おっ、妹、元気だったか?」
あまりにも自然に勇者に話しかけるイム。それに瞳を輝かせ笑顔で話をはじめる勇者。勇者とジュード団長補佐との手合わせを聞きつけ、熱くなり、やめるよう二人に詰め寄るイムを、僕は止めた。
僕を見た勇者の瞳は、輝いてくれなかった。
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「”極秘警護中は、対象者から一定の距離を取る”と言う規定を忘れたのか?」
イムと宿泊所を出て森に入り、彼の兄の監視場所の樹海の入り口まで付いていった。
「悪い。急で、つい……」
頭を掻きながら恥ずかしそうに笑うイムに僕は僅かながら嫉妬した。
「やっぱり、あれなのか。一瞬でも婚約したから?」
「お前なぁ、婚約はしてない。レイも一緒だったし、オスカーの妹で面識もある。無視するわけにいかないだろう」
あの勇者は、イムの事を羨望の眼差しで見つめていた。
僕は、あの勇者にあんな目で見つめられた事なんて……。
「今日も面白かったよ、あの勇者」
「だろうな」
「魔力の強化訓練中に爆睡して、今日から夜の神殿警備だって! あの美しい天使族の男の子と一緒に」
「ハハハハハ、そうか」
「そうか!? って心配じゃないの?」
「何が?」
「美しい天使族の男の子と一緒なんだよ! あの勇者の子が好きになっちゃったらどうするの?」
「ああ、それか。大丈夫だろ。だってあの妹は、フッ、ハハハ…」
「何?」
「あの妹は、アーサー団長補佐がタイプだって言うんだぜ、俺たちには敵わねぇだろ」
「マジで!?」
あの15歳の勇者が!? まさかのかなりの年上好きって!?
もっと、チャラチャラした若い男がタイプと思っていたが、意外だ!
「面白いよな。オスカーが対抗心メラメラで、騎士団長になってやるって騒いでた」
「うわ〜。本当になりそうだ」
「あの妹は、見た目よりしっかりしてる。ありゃ、ジュード団長補佐をぶっ倒すまで諦めねぇぞ」
「そうかもな、それにしても、お前もったいない事したな。あんな面白い子、そうそういないぞ」
「そうだな、っと、ハント例の情報って?」
「ああ、君の兄さん、しばらく荊棘の蔓にくるまって眠ってるって、森の小人達が騒いでた。何かあったのかな?」
「さあ、まあ大人しくしていてくれりゃぁそれでいい。ありがとな。荊棘か…」
何か思い当たることがあるのかイムは考え込んだ。
「それじゃ、任務よろしくね」
「ああ」
笑顔で返事をするイムを残し僕は戻り、宿泊所の屋根の上に寝転がった。
一人で考え事をしたい時は、この場所が一番だ。
モヤモヤする……この気持ち。
この気持ちは多分、僕があの勇者に”興味がある”から。
見ているだけで面白くて楽しくて、そして、ちょっとかわいい……でも気に入らない。
イムを見つめるあの瞳。
勇者にあんな目で見つめられるイムがどうしようもなく憎たらしい。
せめて君を見下ろせるほど背が高かかったのなら。僕が王子でもっとカッコ良かったら。僕は迷わずあの勇者に……想像するだけで息が苦しくなった。
「ダメ、やっぱダメだ」
どうすれば勇者は僕をあんな目で見つめてくれる?
どうすれば。
ご覧いただきありがとうございます。
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応援よろしくお願いしますm(__)m
ハント副隊長、悩んでますね。
ハント副隊長の持ち武器は、黒いアーミーナイフと他に小さめのナイフを何本か所持してる設定です。
※2021/10/26 誤字脱字気になる箇所訂正しました。
2023/1/23 気になる箇所訂正しました。




