42話 白い花の名前とそれぞれの胸の内
【ホテルホーリウッド・ルーシー視点】
※王暦1082年5月9日。
休暇2日目。
爽やかな朝を迎えていた。
昨日、アイザックから”王国騎士専用宿泊所”の悩み相談を受けた私は、その後、一緒に薬局に行きハッカ油を買った(正確にはレイ兄さんに買ってもらった)。昨晩、そのハッカ油を薄めた液を身体につけて眠ったところ、蚊の音に悩まされることも刺されることもなく、ぐっすり眠れた。アイザックも眠れたかな?
でも、さすがに眠りすぎたか……。
時計の針は8時を過ぎていて、寝坊したせいでロナは先に朝食を食べ教会へ出かけて行ってしまった。
仕方なく1人で朝食をとっていると、スカーレット先輩が話しかけてきた。
「ルーシーは、なんの花が好き?」
突然だった。
ちょうどホテルホーリーウッドの自家製ベーコンを口いっぱいに頬張っていたので、驚いてスカーレット先輩を見つめたまま固まった。
「ん?」
「だから、花よ。どんな花が好きか聞いてるの?」
先輩から話しかけてくるなんて、いったい……なんだろう? 私、何かした!?
スカーレット先輩は私の正面の席に腰掛け、両肘をつき前のめりに顔を近づけた。いつも刺々しい口調が妙に優しく、見開いた赤い瞳が輝き、綺麗な銀色のストレートヘアがサラリと肩から落ちた。
敵意はなさそう。と判断した私は、植物に関する知識を総動員し、知っている限りの花を思い浮かべた。チューリップ、ガーベラ……部屋に咲いてるいいい匂いの花、あれは何という名前の花なんだろう。
でも、そんな事を聞いてどうするんだろう?
もぐもぐもぐもぐ……ゴクン。(ベーコンを飲み込んだ)
「あ、ええと、部屋に咲いてる花で、名前が分からないんですが」
「この後、部屋に見に行ってもいい?」
「はい。私、花とか全然詳しく無いので」
朝食を急いで食べ終え、先輩と部屋へ向かった。
スカーレット先輩は、窓枠やデスクから伸びた植物を驚きの表情で観察し始めた。
「……これ、香りからして、ジャスミンかしら? 花弁が縮れてる、それに凄い生命力。見たことない種類だわ」
「それで窓とか閉まらなくて困ってるですけど、”妖精の加護”だから切ってはいけないって、宿のおじさんに言われて…」
「ええっ!?” 妖精の加護!”なにそれ、素敵!キャーーー!!」
急に叫び出したスカーレット先輩が手を口に当て、興奮しながら花を愛おしそうに見つめた。
”妖精の加護”
先輩が嬉々として興奮する程、そんなに凄い花だったとは知らなかった。
「スカーレット先輩の部屋には、この花ありますか?」
「無いわよ、そんな事より、」
そんな事って???
先輩が私の両手を握り、潤んだ赤い瞳でジッと見つめた。
「ルーシー、私、応援してる。辛い時はいつでも言って力になるから」
なんで? 私、辛そうに見えてた!
???……疑問符が立ち並ぶ。
「先輩、どうしたんですか? 」
「どうもしてないわ。ルーシー、窓の外を見て」
宿の西側に広がるアクアブルーの湖を指さした。遠くには鬱蒼とした樹海が見える。天気も良く、下のカフェからは、パンケーキを焼く甘い香りがふわーーーっと漂ってきた。
それで、なんだろう?
「ああ、ダメっ! やっぱり ……こんなに辛い事って。……ルーシー頑張ってネ」
タタッ……
首を横に何度も降ったスカーレット先輩は、赤面しながら顔を両手で覆い、部屋から出て行ってしまった。
「え……だから何? 何なんですか?」
窓の外、妖精の加護、応援? 辛い事???
謎過ぎる。
「はぁ……」とため息をつき、窓枠に座り外を眺めた。
合宿が始まってから忙しく、こんなふうに外の景色を楽しむ余裕なんて全く無かった。晴天の青空にアクアブルーの温泉の湖がキラキラ輝き、対比するような暗い緑色の樹海の森が鬱蒼と広がっている。そして、さっき朝ごはんを食べたばかりなのに、バンバン香ってくる下のカフェのパンケーキの誘惑!
お昼はレイ兄さんを誘って、パンケーキにしようと思った。
【ホテルホーリーウッド・スカーレット視点】
ルーシーの部屋に妖精の加護の”ジャスミンの花”がーーーーーっ!!!
部屋に戻り、花言葉辞典を開いた。
確かジャスミン全般は、「優美」「愛らしさ」。白い花は「温順」「柔和」ね。え、「好色」って意味もあるの!?
もう、イム副隊長ったら、やることが周りくどいんだから。もっとストレートに行かないと、鈍感なルーシーが気付くわけないわよ!
「まったく世話が焼けるわね」
手紙を書き、イム隊長がルーシーを護衛するために潜んでいる茂み付近に矢を飛ばした。
お願い! 気付いて!
[イム副隊長、ルーシーに ”愛を伝えるなら……
【ホーリーウッド・ルーシー視点】
※王暦1082年5月9日。
合宿10日目、朝。
早朝、北のバンディ城から宿に戻ってきたホムラに私は起こされた。ホムラがお土産で持ってきてくれた、フワフワのお菓子をロナと部屋で頂いた。お菓子は、中に生クリームが詰まったシフォンケーキのようなお菓子で、私とロナはあまりの美味しさに、バンディ城の殿下の子供になりたいとホムラに懇願した。
お菓子を食べ終えた私たちは、朝食をとるため階下のにレストランへ向かった。
「今日こそジュード団長補佐に勝つ!」
と私は気合を入れ、ホテルホーリーウッド自家製ベーコンをしっかりお皿に盛りつけた。
なんとこのベーコンのお肉、ホムラとスカーレット先輩が夜間魔獣討伐訓練で仕留めたイノシシだと、昼はカフェにいる妖精族の超イケメンのボーイさんが説明してくれた。肩ぐらいの長さの濃い青い髪を一つに結び、切れ長の金色の瞳。つい先日も、アイザックに毛布を貸してくれたり、虫よけのハーブやハッカ油の事を教えてくれたばかりだったので、ついでにお礼を言うと「お役に立てて光栄です」と神スマイル! 今日はいい事ありそう、うん。
それにしても、”ベーコン”は美味しい。
ボーイさん曰く、ベーコンは塩や特殊なタレに漬け、乾燥、燻製などの工程を経て1週間ぐらいで完成するらしい。
「イノシシ狩るのも凄いけど、このベーコン作った人、凄い! 神よ! 神!」
私が思わず言ったひとことに、何言ってるの? とロナたちは大笑いした。
「鹿のベーコンも、もっと美味しいのよ」
スカーレット先輩が、銀色の髪をサッと払い赤い瞳を輝かせた。
今日、なぜか、ものすごく自然な感じで、先輩も私たちと一緒の席で朝食をとっていた。ちなみに、私の隣の席に座っている。
「鹿のベーコン?」
私は想像して唾を飲み込んだ。美味しそう。
「この前、ホムラと仕留めたのをここのレストランのシェフに渡したから、そのうち出てくるわよ」
「楽しみ~」
ロナが嬉しそうに微笑む。
「(小声)で、ルーシー。窓に花とか届いてない?」
隣に座るスカーレット先輩がヒソヒソ声で聞いてきた。
「え? ないかな、見てなかったし」
ホムラを見ると、サッと目を逸らした。ん?
「戻ったら見てみて、絶対よ」
スカーレット先輩は急に頬を赤くして親指を立てた。
昨日から、いったい何なんだろう?
急に先輩と距離が縮まったのは嬉しいけど、謎が多すぎて良く分らない。いつも先輩につっかかるホムラも今日は何も言わないし……。
部屋へ戻ると、ドアの下の隙間に手紙が1通入れられていた。危うく踏みそうになりドタバタしているとレイ兄さんが部屋から出てきた。
手紙はオスカー兄さんからだった。
”ルーシーへ
元気か? 父さんたちが王都へ引っ越してくるらしい。詳しい事が決まったら連絡する。
あと、もしかしたらイムがそっちに行っているかもしれない。会ってもあまり近付くな。絶対だぞ!
それと、男には気を付けろ。変な奴がいたらレイに言え。 オスカーより”
うわぁ……。イム副隊長この手紙見たらショックだろうな。
「オスカー兄さん仕事が無かったら、絶対こっちに来てたんだろうな」(レイ)
部屋の前の廊下で、手紙を見たレイ兄さんがフフっと笑った。
「それと、イム副隊長、極秘任務で、昨日から宿泊所に滞在してるらしいよ。髭ボーボーで」(レイ)
「え、ヒゲ?」
”髭ボーボー”って、変装? 一体、どんな、極秘任務なのだろうか?
「ルー、会いに行っちゃダメだよ」
「行かないよ。なんで?」
「オスカー兄さんが、ルーがイム副隊長の双剣を……「それ!? だからそれだけで決めつけないでよ! ああ、もう、めんどくさい。今日、ジュード団長補佐と手合わせするかもしれないのに……」
「本当に行かない?」
「なんで? それよりも、父さんたちが王都へ引っ越して来るって、何かあったのかな?」
「うん、それも気になるね。何かあったのかも……」
腕組みをしたままレイ兄さんはしばらく悩み、何の前触れもなく私の頬を片手で摘まんだ。
しまった! 油断してた!
「……ルー。父さんたちに何があっても俺達がいる、だから心配するな」
「う、うん」
レイ兄さんは真剣な顔で真面目なことを言っているが、ここでするのか? するのか?
「ムニュムニュ~「うわっ! やめて」
レイ兄さんが手を放した思ったら、さっと腕で抱きしめられていた。
「ギュ~~~~。ルーかわいい~~~っ」
「…………」
キスこそしないが、これはこれで恥ずかしい。
兄バカ。
※部屋の窓は、特に変わった様子はなかった。
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【ロナ・報告書】
【ホテルホーリウッド・ロナの部屋・ロナ視点】
教会へ行く前、報告の手紙を飛ばした。
”勇者ルーシーについて
勇者ルーシーは、「ベーコン作る人は神」と言っていた。
最近の趣味は、かっこいい技名を考えること。
好きな男性のファッションは、黒い眼帯。弓用の薬指と小指がない手袋。”
騎士見習訓練のルーシーと離れ少し寂しいけど、巫女見習の修行にも慣れてきた。
聖女ローラさんも初めは怖かったが、今はとても優しく丁寧に巫女の仕事を教えてくれる。彼女は高齢の為引退した祖母から引き継ぐ形で、わずか10歳で聖女になり、それから一人でこの北の神殿の結界を守り続けてきた。私も”勇者の友人”という役目を終えたら修道院に戻され、ローラさんと同じく一生神殿で祈りを捧げる人生が待っている。
その時私は彼女のように、自分の運命を受け入れることが出来るのだろうか?
祭壇に佇む彼女の後ろ姿は、神聖で高潔な輝きを放っている。
どうすれば彼女のように強くなれるのか、どう考えればこの先もずっと自分の心を殺さず生きていけるのか。
……この生活がずっと続けばいいのに。
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【アクアラグーン樹海入り口・イム(アークトゥルス)副隊長視点】
今朝、兄の監視を終え帰る途中の樹木に訓練用の矢が刺さっていた。
手紙が括りつけられていたので、ルーシーに何かあったと慌てて開くと……
”ルーシーは、あのジャスミンの花を好きだと言っていた。
愛を伝えるなら、バラや撫子、ピンクのゼラニウム、ブルースターなどおすすめ”
「は?」
何かの暗号か?
”ルーシーは、あのジャスミンの花が好き”とは……
”愛を伝える……”
あいつら、まさか俺がルーシーに対し何らかの行動に出ると思っているのか!?
”気になる事があったら文を送れ”とは言ったが、この手のモノが来るとは考えていなかった。
「イム、やっぱ婚約し直すのか?」
背後からハントが手紙を覗き込んだ。
「うわっ! いつの間に……」
「トレーニングがてら寄ってみたら、お前が面白い顔してるから……」
ハントが木の枝や葉がくっついた迷彩柄のTシャツに野外任務用のグローブ、隊服のパンツにブーツを履き、息を弾ませ額にうっすら汗をかいた汗を腕でぬぐった。
「お前、どこでトレーニングしてる」
「そこ」
樹海を指さした。
「はぁ! 危ねぇって言ってんだろうが」
「わかってるよ。でも、もしもの時、全く何も知らない状態よりは、地形や目印とか、大体の場所が把握できていれば何とかなるでしょ」
小柄な体を捻り軽くストレッチした後、2mほどの木の枝へジャンプし掴まり片手でぶら下がった。
「あのなぁ。俺でも迷う森だぜ、気を付けろよ」
「はーい、王子」
「王子じゃねぇ!」
小さく敬礼したハントは両手でぶら下がり反動をつけ、ピョンと樹海の森の中へ飛び込んでいった。相変わらず身軽だな。それにしても、大丈夫かな……。
兄はまだ現れない。
俺は自らを買い被り過ぎていたのだろうか?
現れないという事は兄は、俺にもう興味が無くなったということなのだろうか。
このまま、何事もなく合宿が終わってくれればいいが……ここへ来るたび、嫌な思い出ばかりが蘇る。
ご覧いただきありがとうございます!
ブクマ★いただけましたら励みになります!応援よろしくお願いしますm(__)m
※2021/7/28気になるところ直しました。
※2021/10/26気になるところ訂正しました。
2023/1/23 気になる箇所訂正しました。




