41話 懐かしい顔
【王都カルカソアンフェール城北の門付近・元聖女エスタの妹エルザ視点】
「あら?」
いつものように一人お忍びで買い物を終え、北門の近くで、ルーシーの兄オスカーを見かけた。(白いシャツにベージュのズボン、濃い茶色のブーツ姿。)オスカーは、行商人のようないでたちの男性と向かい合いコソコソ話をしていた。
今日は非番かしら?
惚れ惚れするほどステキはシャツ姿のオスカーに声を駆けてみようかしらと、私はしばらく物陰に隠れ様子を伺っていた。
話を終えたオスカーが城内へ入ってくのが見えたので、私もその後を追おうと飛び出したところ、用事を終えた茶色のフードの男がおもむろに顔を上げた。
目があった瞬間、懐かしさが込み上げた。
「テオドール!」
私に気づいた彼は表情を変え、急に駆け出した。
「待って!」
お昼前の王都の町は、買い物客や商人、家族連れで賑わっていた。背の高いテオドールは町中でも目立ち、私は人混みをかき分け、走り去る背中を追いかけ、とにかく追いかけ、人けのない路地裏に入ったところで距離を一気に詰め、彼の服の裾を掴んだ。
グイッ!
「テオドール、あなたなんでしょ! 無事だったのね!」
私の言葉にテオドールは、ガクン! とその場に跪いた。
「すまないエスタ! 許してくれ!」
彼らしい真っ直ぐな”謝罪”の言葉に、やはりこの人は”テオドール”だと確信し、ガックリと項垂れるその肩に手を乗せた。
「フフフッ、私、エルザよ、いっつも間違える。変わらないのね」
「エルザ!? エスタは?」
驚き私を見あげたグレーの瞳は昔と変わらず、精悍な輝きを放っていた。
「いま、勇者ルーシーと北の神殿で訓練中よ。それよりも、リラさんはお元気?」
手を差し出すと、私の手を掴み立ち上がりパンパンとズボンの土埃を払い、照れくさそうに笑った。
「ああ、元気だ。フィンレーは!? あいつは無事か? 」
フィンレーは、テオドールの友人だった。私はあまり好きじゃなかったけど。
「無事よ」
「良かった。で、いまどこにいる?」
「アンフェール城の独房よ。"釈放"すると、陛下が決めたらしいけど、フィンレーが断ったみたいなの。行く所が無いって」
「すまん、俺のせいなんだ。フィンは俺のために」
「テオドール、それよりもルーシーの事! 孤児だって聞いたけど、あの子いったいどこの子なの? 」
「分からない。15年前、オスカーたちが連れてきた。包まっていた白い布に"ルーシー"と赤い糸で刺繍してあった」
テオドールは顎に手を当て、深刻な表情で答えた。
「15年前……ちょうど、南から魔族の軍団が攻めてきた時期よね」
「その布も洪水で流されて無くしてしまって、近くの村で聞いて回ったけど、手掛かりが全くなくて……」
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昔からテオドールは、従兄弟の中でも、強くて優しく頭も良かった。なのに、ある日勇者になるのを辞退し、王族の護衛騎士をしていたリラさんと姿を消した。エスタ姉さんと”王国の勇者”として共に生きる事が当然と思っていただけに、ショックだった。
当時の国王である父が、抹殺すよう命令し日夜捜索が行われたが見つからず、それから25年という月日が経っていた。
アンフェール城の女子寮に新しい”勇者”ルーシーに伴って現れた、テオドールそっくりのオスカーの姿に、私は懐かしさでいっぱいになった。そして、保護者欄に【父親:テオ】と記入した入寮の書類を見たとき、私は確信した。
”テオドール、生きているのね!”
ルーシーが勇者にならなければ、私はオスカーのことも、テオドールのことも、ずっと気が付かずに過ごしていたのかもしれない。
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「15年前、南の魔族の軍団のもう一つの目的は、女の子の赤ちゃんを探して殺す事だったの。国中の女の子の赤ん坊が連れ去られ、殺されたの」
「そうだったのか……だから、ルーシーと同じ世代の女の子が少ないのか」
当時の状況を伝えると、テオドールは辛そうな表情で何度も頷いた。
「とにかく、テオドール。ルーシーを立派に育ててくれてありがとう」
暗い話題はやめ、王国の勇者になったルーシーを育て上げたテオドールに率直に感謝の気持ちを伝えた。だがその言葉に、テオドールは悲し気な表情で言った。
「ルーシーを”勇者”にするために育てたつもりはない」
「でも、聖なる光があの子を選んだのよ」
テオドールは私を泣きそうな顔で見つめ返し、両手の拳をギュッと握りしめ小さい声で呟いた。
「なんで、ルーシーを。シャルル……」
25年前。テオドールは、エスタ姉さんと同じく勇者の剣の声が聞こえ次期勇者は”テオドール”と、ほぼ確定していた。あの事(駆け落ち)が無ければ。
それがどういう因果なのか、逃亡(駆け落ち)したテオドールの育てたルーシーが勇者になるなんて。
「シャルルは、分かってたんじゃないの? こうなるって。だからフィンレーを甘んじて受け入れたのよ」
「は!? じゃあ、それって、全てあいつの手の上で、踊らされてたのか……」
「エスタ姉さんも同じことを言っていたわ、振り回されたって。あっ、でもルーシーがね、シャルルと喧嘩して剣を叩き壊そうとしたのよ」
「はぁ!?」テオドールは、余程驚いたのか口をあんぐりと空け固まった。
「”偉そうに、正義ぶるんじゃない”って! 」
「え!? ルーシーなにをやってる……」
テオドールが”娘ルーシー”の行動に驚き狼狽え頭を抱える姿が、実の父親のようで微笑ましく思った。
「ウフフ、エスタ姉さん、スッキリしたって笑ってたわ」
「エスタが!……そうか、……良かった」
エスタ姉さんが”笑ってた”と聞き、テオドールは、ホッとしたように私を見つめ、両手を合わせた。
パン!
「頼む! エスタには俺の事は言わないでくれ!」
「いいの? 姉さんは、もう分かってると思う」
「それでもだ! いいな!」
子供の頃から変わらない強く優しい口調で私に念を押した。
「はいはい、で、しばらく王都にいるの?」
「ああ、妖精王が来て婚約の話をされた。やっぱりルーシーは私の育てた娘だから……心配で」
「テオドールって本当に優しいのね。いいわよ。何かあったら、オスカーに連絡するわね」
「じゃあ、エルザ。絶対にエスタに言うなよ! じゃあ」
茶色のフードを目深に被りなおし、私たち姉妹の母方の従弟、幼馴染のテオドールは王都の人混みに消えて行った。
たぶん、リラさんも王都へ来ている。
彼女は25年前フロライト王国に仕えていた、妖精族の美しい女性騎士だった。
私たち3姉妹の護衛としてテオドールと何度も会っているうちに、二人は恋に落ちたらしい。
勇者認定される20歳目前にテオドールは、家のしきたりや身分の差に悩むリラさんを連れ、王宮から出ていった。
エスタ姉さんは可哀そうだったけど……だけど、あのお腹の子供が……オスカーだったなんて!
そう考えると涙が止まらなかった。
「本当に、無事で良かった……」
立派に成長したテオドールの子供たちを見て、二人の選択は間違っていなかったと、これで良かったのだと、今はっきりと確信できた。
ああ、私、エスタ姉さんに黙っていられるかしら?
ムズムズする気持ちを抑え、スキップしながらアンフェール城の女子寮へ帰った。
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※2021/10/26 気になる箇所、訂正しました。




