39話 安眠求む!
【ホテルホーリーウッド前・ルーシー視点】
※王暦1082年5月7日。
訓練が始まって一週間後、私たちは2日間の休みを与えられた。
まさかの2連休に私は喜んだ。
待ちに待った休暇だったが、ホムラは実家がある北の城へ。ロナは教会のミサのため朝から出掛けてしまっていた。私は特にやる事もなかったので、トレーニングを兼ねて北の神殿までランニングし、剣のイメージトレーニングに励んだ。
トレーニングを終えホテル近くの土産物屋さんやレストランを覗いていると、珍しい人物が通りをフラフラ歩いていた。
アイザック!?
あのエリート天使族が庶民の観光地をうろついてるなんて……。
訓練初日、アイザックと対戦した私は、彼にどれだけ嫌らわれているのか心底思い知らされた。その後も、私を完全無視、目も合わせてくれない。それに日に日にやつれ天使族の見習仲間からも距離を置くようになり、なんだかヤサグレた感じになっていた。
アイザック、何してるんだろう?
しばらく観察していると、私達が滞在しているホテルを見上げ深くため息をついている。
フフフ、あれは!?
もしかして………恋煩いか!?
好きな子の前で大口叩いた上に、私に瞬殺されたから。だからあんな態度を。
若い時って、そういうところあるよね。
そうかアイザックは15歳。思春期真っただ中!
なんだか、そう考えるてみるとアイザックが少し不憫に思えた。
エリートと言えど、やっぱり思春期の男の子!
ロナかな? ホムラかな? まさかスカーレット先輩?
……それにしても顔色が悪い。夜も眠れない程ひどい恋煩いなのだろうか。
傲慢で自尊心が高いのに宿にまで来るなんて……ホムラたちはいないのに。
「アイザック、どうしたの?」
あまり関わりたくはなかったが無視するのもどうかと思い、一応声をかけてみた。
まあ、別に無視されてもいいし。
!!!
「ルー…、っ……うぁぁ…ぁぁぁん」
私の顔を見た途端、アイザックが泣き崩れた。
「どっ…どうしたの!?」
「っ………もう耐えられない、ルーシー……代わっでぐれぇ」
「はぁ!?」
「ウッ……おねがい……だ……だすげて……くれ……グスッ……」
「え???」
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私たちを見兼ねた宿の主人が、ホテルの裏庭のカフェへ案内してくれた。
カフェは、ホテルのレストランのことだった。
聞けば、朝は宿泊客用のレストランで、昼はカフェ、夜はお酒を提供するバーになるらしい。
草原と湖が見える。
あれ? 西側の壁がない……とよく見てみたら、朝は閉まっている西側の吊り戸が開かれていた。風に揺れる新緑の草原とアクアブルーの温泉の湖、その奥に深い緑の樹海の森が見えた。
藤棚の木陰の長椅子でお昼寝をしている老紳士。ティータイムを楽しむご婦人。読書している紳士……カフェの中はゆったりとした時間が流れているようだった。
案内された椅子に座り、少し落ち着きを取り戻したアイザックから話を聞くと、[王国騎士団宿泊所]の部屋の件だった。
「虫や動物、ミシミシ鳴る怪奇現象、湿気、トイレ臭……とにかく全てが酷すぎて、ここ一週間、全く眠れないんだ」(アイザック)
「大変だね」
「……寮の奴らもブラッド副隊長も、サミュエル副隊長も皆も同じ条件だから我慢しろって、誰も取りあってくれなくてマルクス副隊長に……話そうと」
「マルクス副隊長に……それでここに来たの?」
「ゔん、でも、マルクス副隊長まで僕のこと相手にしてくれなかったらって考えたら、怖くなって。宿の周りをグルグル歩いてた。ルーシー、……あんな事言った俺に声を掛けてくれて………ありがとう」
「私のこと嫌いじゃないの?」
「き、嫌いだよ。俺より強いし、みんなから愛されて、聖なる光に選ばれた勇者で……ずるいよ。君ばかり……でも」
そのまま言葉に詰まり、アイザックは疲れた表情で俯いた。
綺麗な金髪が痛み艶も無くなっている。目の下にくっきりと黒い隈ができ、頬が青白く痩せこけていた。
カフェの壁際に並べてあるL字タイプのガーデンソファーが目に入った。
「アイザック。もし良かったら、しばらくここで寝なよ。私見ててあげるから」
「いいのか?」
「用事とか特に無いし、それに、レイ兄さんが来たら相談してみよう」
さあ、と手をひきソファーへ連れて行くと、アイザックは素直にソファーに仰向けに寝転んだ。そして安堵したように深く息を吐き、青い瞳で私を弱々しく見つめた。
「…ルーシー…」
小さい声で私を呼んだ。
「どうしたの?」
声が小さく聞き取れないので顔を近づけると、
「この前はごめん。……ありがとう、ルーシー」
小さく微笑み目を閉じた。
「う……」
弱っていてもさすがは天使、麗しい。
"君ばかりずるい"とか、こっちのセリフよ!
って言ってやれば良かった〜と、心の中で格闘しているとすぐにアイザックの寝息が聞こえた。
「(小声)失礼します……」
白いシャツに黒いパンツでグリーンのギャルソンエプロン姿の、深緑の髪の細身のカフェのボーイさんが毛布を持ってきてアイザックにそっとかけてくれた。
「(小声で)どうぞお使い下さい」
「(小声)ありがとうございます」
「(小声)あと、話しが聞こえてしまいまして……部屋の虫除けには、ミントやゼラニウム、ラベンダー、ローズマリー など効果的ですよ」
「(小声)そうなんですか! お詳しいんですね。その植物は、どこに生えてますか?」
「(小声)お部屋の窓のプランターにございますよ。ピンクの花がゼラニウム。緑のこの葉っぱ……」
妖精族の能力なのか、手のひらから緑の葉を数種類出した。
「(小声)これがミント、これがローズマリー で、こっちの紫がラベンダー」
「(小声)ありがとうございます」
すかさずノートにメモした。
「(小声)あと、ホテル向かいの薬屋さんに虫よけのハッカ油が売っておりますので水で薄めて体に付けますと、虫が寄りつかなくなりますし、爽やかになりますので、利用してみては? では、ごゆっくり」
ハッカ油ね。メモメモ…
親切なボーイさんは優しく微笑み去って行った。
天使族のエリートがあの宿泊所か、大変だろうな。
まだ少し幼さの残る女の子のように可愛いらしい寝顔を、やれやれ……と見つめた。
過去の記憶がある分私は、皆よりは精神年齢が若干高く気持ちに少し余裕があるから、こうしてアイザックの話を親身に聞くことが出来たのだろう。嫉妬からの余計な差別意識や、競争心理、劣等感、見た目のコンプレックス、そういった感情も、転生前と比べると、今の私は冷静に受け止めることが出来ている。と思う。
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アイザックが眠っている間、私はⅬ字型のソファーの左端に座り、カフェお勧めのハーブティーを飲みながら、シャルルから技名を聞きノートにメモった。
シャルルは、フランス語のような特殊な言葉を使うので意味が分からず、イメージしづらい。なので、書き出し整理してからの方が覚えやすいと考えていた。
防御がデファンスね。
壁がミュール。
『違う、mur ムに近いミュ』
わかった、ミュール。
……
防御からの、壁。デファンス、ミュール。
防御からの、光の壁。デファンス、ミュールドゥリュミエール。
解放が、リベラシオン。
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頭の中でのシャルルとの会話も慣れてきた。
私が考えていたよりもシャルルは、優しくて物知りで私よりもずっと大人で、分からないとこも小馬鹿にせず丁寧に教えてくれる。偉そうだが、有能な剣だ。
『本当に偉いから♪』
……はいはい。
技の前に、ロイヤルとか付けたらもっとかっこいいかも。
『いいね、それ言ってみて』
ロイヤルデファンスミュール!
『いい感じ! じゃあ解放は』
ロイヤルリベラシオン!
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ノートに書き出してみた。
なんじゃこりゃ!?
これだけ見たら立派な中二病だ。
午後の温かな日差しにうとうとし、気が付いたら私も眠ってしまっていた。
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「ん……っ!」
誰かの気配を感じ目を覚ますと、目の前にマルクス副隊長とレイ兄さんがニコニコしながらこちらを見て座っていた。
日は沈みかけていて、夕焼けに染まった湖畔の水面がキラキラ輝いている。
いつのまにか本格的に眠ってしまったらしく。左上を向くとL字型のソファーにアイザックと頭をくっつける様な形で横になっていた。
「ルー、彼氏かい?」
レイ兄さんの問いに思考が追いつかない。
「君たち、意外に仲良かったんだ」
マルクス副隊長がニコニコというよりニヤニヤしながら私とアイザックを交互に見やった。
「あ、違うんです。レイ兄さん相談が…」
その時、レイ兄さんが手にしていた物に私は凍りついた。
技名ノート!
「兄さん!…それっ」
手を伸ばし取り返そうとすると兄さんが嬉しそうに、
「”ロイヤルデファンスミュール”カッコいいね、ルーが考えたの?」
声に出して言い放った。
マルクス副隊長、笑ってるし。
「やめて! それ返して!」
「フフフ、はい。でも、ルーが宿に彼氏連れてくるなんてお兄ちゃん嫌だな」
わざとらしく悲しそうな顔でアイザックに視線を向ける。
「だから違うって! 」
マルクス副隊長が、人差し指を立て自身の唇に当てた。
そして小声で、
「(小声)レイ、もう許してやれ。大体のことはここのボーイさんから聞いている、あの宿泊所の酷さは俺も身をもって体験してるからな。俺も見習時代、泣いたよ。俺の時は週に何回か教会の警備の仕事を任されて、教会の宿直室を使わせて貰っていたんだ」
この人も確か天使族のエリート。アイザックの気持ちが痛いほど理解るようだ。
「で、相談なんだが……レイは夜間、聖域の駆除対象動物の狩りついでに、女の子たちに弓の課外訓練しているんだろ」
「はい。優秀な子たちでね。助かってる。」
「それにアイザックを混ぜてくれないか?」
「そんなことしてどうするの?」
「課外で夜遅くなったから、君の部屋で休ませる。ということにする、あ勿論、実際泊めるのは私の部屋で構わない」
レイ兄さんは少し考えた。
「……ダメ。派手過ぎる。狩りには向かない。それに彼女たちとレベルが違いすぎて、逆に怪我をするかもしれない」
「そんな兄さん、入れてあげてよ」
「アイザックはどちらかというと剣術向きだ。マルクス副隊長の方が向いていると思いますよ、神殿警備じゃダメなんですか?」
「そうなんだよなー、でも、同族贔屓と捉える輩もいるんだよ。何か口実があれば……」
何か口実が必要なのか。
「あの、”罰”というのはどうでしょうか?」
私の提案にマルクス副隊長は瞬きをした。
「罰?」
「はい、遅刻のペナルティなどで、週3日、聖なる森の清掃作業とか。あ、でもアイザック、プライド高いから嫌がるだろうな」
マルクス副隊長は少し考え、眩しく微笑んだ。
「おもしろい、採用」
「ええっ!」(ルーシー)
「で、何を”罰”するんですか?」
レイ兄さんが尋ねると、
「僕が護衛しているエスタ様の訓練中に、アイザックが爆睡するってのはどうかな? 実際、昨日も半分眠ってたから」
マルクス副隊長が楽しそうに言った。
「いいかも」
「休み明けブラッド副隊長に、相談してみるよ」
アイザックが眠る横で、私たちは勝手に”アイザック爆睡神殿警備計画”を立ち上げた。
計画を紙などに書いてイメージを広げようと、持っていたノートを広げると、さっきボーイさんから教えてもらったハーブ のメモを見つけた。
兄さんに「部屋に虫よけハーブを取りに行ってくる」と告げ部屋へ戻った。
窓辺のプランターからピンクゼラニウムの花とミント、ローズマリー 、タイム、ラベンダーを何本か摘み取り、根本を水で湿らせたティッシュでくるみ、輪ゴムでまとめた。
カフェへ戻ると、アイザックが起きあがっていて眠たそうにあくびをしていた。
「起きたんだ。アイザック、体調は?」
「ああ、だいぶいいよ」
笑顔を見せた後、目を逸らし恥ずかしそうに頭を掻いた。
「弱ったふりでルーシーに近づくなんて、君、命知らずだね」
レイ兄さんが涼しい顔で言うと、マルクス副隊長が続けて、
「女子の宿に来て眠るとは、これは騎士として見過ごせないな」
アイザックはすごい速さでビシッと立ち上がり、二人に頭を下げた。
「た、大変、申し訳ありませんでした!」
マルクス副隊長は、ニヤリと笑った。
急に始まった、物々しいやり取りに私が困惑していると。
「君には、週3回、神殿警備の仕事をしてもらう」
「え?」
「その日は、神殿の宿舎か、僕の部屋に泊まってもらう、いい?」
「マルクス副隊長の?」
「ああ」
「でも、"女子の宿に来て眠った"罰なんて、君恥ずかしいでしょ。だから、君の名誉と安眠のため、これから対策会議をする」
「???」
まだ、事態が飲み込めないアイザックに私が、
「アイザック爆睡神殿警備計画! ”マルクス副隊長が護衛で付いているエスタ様の訓練の時、アイザックが爆睡して、マルクス副隊長に注意される”というシチュエーションで、週3回の神殿警備をしてもらいたい、という理由なの。あ、でもアイザックが良ければだけど」
やっと事態が飲み込めたのか、アイザックの目つき変わった。
「…わかった。それであの宿泊所で寝なくていいなら何でもするよ」
マルクス副隊長を真っ直ぐに見つめ、アイザックは了承した。
「よし、そうと決まれば、話は早いぞ。アイザック、よく相談してくれたね」
マルクス副隊長がニッコリ微笑み、立ち上がりアイザックを抱きしめた。
「マ、マルクス副隊長!」
赤くなり慌てるアイザック。
パァァァ…(癒しの光)
癒しの光で輝く天使族同士の抱擁……なんて綺麗な世界なのだろう。
それから4人で少し打ち合わせをしてから、皆で薬屋に行った。薬屋には、偶然サミュエル副隊長も来ていて、アイザックと私が一緒に買い物していることにすごく驚いていた。
サミュエル副隊長は、言いはしなかったが、アイザックを心配して探しに来ていたように見えた。買い物ついでと言いながら、お財布忘れてアイザックからお金借りてるし……。
アイザックはハーブ とハッカ油を持ち、サミュエル副隊長と笑顔で合宿所へ戻って行った。
私もついでにレイ兄さんにハッカ油を買ってもらった。私の部屋の窓が植物で完全に閉まらず、何度か虫に刺されたりしていたので、さっそく今晩付けて効果を試したい。
あの植物は、妖精王の加護&御利益があると宿の主人が仰っていて、邪魔だからと折ったり切ってしまってはいけないと注意された。
加護とご利益……。
残念ながら婚約はしていないのに……。
ご覧いただきありがとうございます!
アイザックくんかわいいですね。ラミエル家の次男で、なんでも卒なくこなす優秀で真面目。だが、天使至上主義的な家庭環境で育っているため、他種族に対して見下すような発言で場をざわつかせる。悩みは、口内炎ができやすい。虫が嫌い。あと、おばけも嫌い。
※2023/1/23 気になる箇所訂正しました。




