37話 ブラッド隊長の思惑
【アクアラグーン訓練場・ブラッド隊長視点】
※王暦1082年5月5日。
新人騎士見習強化合宿5日目。
勇者ルーシーと、ジュード騎士団長補佐との手合わせを見ていた。
始まった直後、アーサー団長補佐が言うほど勇者ルーシーの剣技は、特段優れているようには見えなかった。
一瞬の出来事だった。
ルーシーはジュード団長補佐が打ち込んだ木刀に飛び乗り、舞うように剣を振るった。
後頭部で結えた赤い髪がフワリと弧を描き、剣先の軌道が鋭く団長補佐を捕らえた。
鮮やかな剣技に、目を奪われた。
惜しくも団長補佐が身を逸らし、敢え無く振り落とされた。
ルーシーはうつぶせに倒れながらも、手を握りしめ悔しがり、そしてまた立ち上がろうとする姿に、俺も「もうやめろ」と声が出かかっていた。
幸いサミュエルがルーシーの鼻からの出血を見つけ、医務室へ連れて行き安堵した。
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彼らが医務室へ行っている間、ジュード騎士団長補佐が私に聞いた。
「あの勇者のあの目、陛下が気に入るのも分る。ブラッドお前も思ったろう。殺し合いてえって」
「はい?」
「もったいねぇ。俺が来る前に何度か手合わせしてると思っていたが、なんでやらなかった?」
この人の観察眼は鋭い。
常に核心を突いてくる。それも一番触れてほしくない部分に。
まず、ルーシーとの手合わせを見送ったのは、アイザックの件もあり天使族の印象をこれ以上悪くはしたくなかった。そして、あの日大粒の涙を浮かべて、アイザックの心配をする彼女の姿に私は動揺してしまった。
決してあってはならない感情が湧き上がり、自問自答する。
この私が? まさか……
理解できぬ己の心理状況を把握できないまま、本気で彼女と手合わせなんて出来るはずがない。
「色々ありまして」
必死に動揺を悟られぬよう答えた。
「なんだ、ブラッド。あの勇者に負けるのが怖かったのか?」
何かを見透かしたように、ジュード騎士団長補佐はニヤリと笑った。
私は決して負けるのを恐れているのではない。
私は……私は
「……いえ、万が一でも傷つけてしまったら。その、心苦しいので」
のどの奥底から湧き出る感情を抑え込みながら言った。
ルーシーの涙を浮かべた表情が今も脳裏を埋め尽くし、もう二度とそのよう思いをさせたくはないという気持ちが言葉に出てしまっていた。
「ククッ……あいつの言ったとおりだ」
ジュード騎士団長補佐は何かを感じ取ったのか笑みを浮かべ「少し休憩してくる」と、滞在している宿のほうへ歩いて行った。
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負傷し医務室で手当を受けていた勇者ルーシーが、第3部隊副隊長の兄レイと共に戻ってきた。
一緒に行ったサミュエルの事を問いただすと、レイ副隊長が"ドアを誤って壊してしまったので、修理を頼みに行ってくれている”と報告した。
ドアを?
そう簡単に、壊れるものなのか?
疑問が残るが、元気そうに戻ってきた勇者ルーシーの顔には、先程のジュード団長補佐戦で負った傷は消えていた。さすが、治癒に特化した天使サミュエル。大事な王国の勇者の顔に傷など残せないからな。
勇者ルーシーは、先ほどの激しい手合わせの事など無かったように、同期の友人たちと楽しそうに訓練をしている姿に安堵した。
小柄な体格や腕力の無さを欠点と思っているらしいが、それを上回る優れた観察眼や俊敏さは私でも舌を巻くほどだ。
凛々しく華やかな剣技に、謙虚で、努力家で、負けず嫌い、そして、愛らしい……。
妖精王の第3王子イムとの婚約騒動。
今回の合宿に神殿騎士イム副隊長の参加を反対したのは、私だ。
あらぬ噂の的になるのを止め、樹海の訓練騎士行方不明事件もここ数年報告はない。イムは今回外すべきと……。
元聖女エスタも同行する。
勇者の守りは完璧であると。
だが、妥協案として出されたのが、第3部隊レイ副隊長が勇者及び女性騎士担当の引率として同行する事だった。問題無い。
それよりも、イムの代わりに来る事になった、マルクス・キング……。
元聖女付きの護衛であるのに、ルーシーと同じ宿に滞在している。神殿宿舎に空きが無いとの理由らしく、滞在費は実費らしい。ならば、ロイヤルラグーンにでも行けばよいものを、わざわざ勇者と同じ町の宿にするとは、上からの命か? あいつもやはり勇者を取り込もうと必死なのだろうか?
頼みの綱だったアイザックはルーシーと犬猿の仲。他の天使族もアイザックに付き従うようにルーシーを遠ざけ、サミュエルも天使族だが……あいつはこうした計略には興味が無いらしい。
空は青く澄み、湖は陽の光を反射しキラキラと輝いている。心地よい風が汗ばんだ額をそっと撫でつける。
昼の鐘が鳴り、騎士見習たちは昼食を食べに合宿棟へ戻って行く。
友人たちと跳ねるように駆けて行く赤い髪の後ろ姿を目で追った。
この見習達のように、ただ夢中で目の前のことに全力で向かっていた頃が懐かしい。
私がもう少し若く大概の天使族と同等に美しかったのなら、迷う事なくその手を掴んでいたに違いない。
天使界の覇権争い……か。
そもそも、私は、何を悩んでいるのだろうか?
もともと天使界には馴染めず家に居場所も無く、王国の騎士になった身。
先月、王国の騎士見習ルーシーが“聖なる光に選ばれし勇者”となり、王国騎士団に所属している私が目をつけられただけの事。
しばらく音沙汰の無かった実家からの連絡に、まだ両親が私を必要としてくれているという事が、少々嬉しかった。
“勇者の小娘を籠絡せよ”
小娘とは……。
勇者ルーシーを蔑む文言に、そこはかとない虚無感を感じた。
天使族以外は、全て下民だと言う恥ずべき考えを持つ者は、天使界上層部に行けば行くほど多い。
それが嫌で、ここへ来たというのに。
悪魔も天使も妖精も人間も等しく平和に暮らせる国を目指す陛下に賛同し騎士となったのに……いまだにそのような輩に悩まされ続けている自分が情けない。
目を覚ませ。
まだ若い見習達や、勇者ルーシーを大人たちのつまらない争いに巻き込むわけにはいかない。
だが、次第に湧き上がる、絶対、あってはならない感情。
ああ深い青い瞳から溢れる涙、凛々しく鮮やかな剣技、謙虚で、努力家で、負けず嫌い……胸を締め付けるほど、愛らしい姿が、私の脳裏を埋め尽くしていく。
それら全てが、私の心を捕らえて離さない。
お付き合いいただきありがとうございますm(__)m
ちなみに、ブラッド隊長は独身。
いろんな意味で踏み留まって欲しいですね。
※2021/10/19 少し訂正しました。
2023/1/20 気になる箇所訂正しました。




