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追憶の残雪(氷の魔女ヴィティ・過去編)

おはようございます。

あとがきに、別視点のオマケもあります。よろしかったらどうぞ。


 神話の時代。

 空には天国、大地には原始の神々、地の底には悪魔が蠢く、と信じられていた。

 私は天国に近い空の、雲の中で生まれた。


 私が小さな光の粒となって地上へ降り立つと、冬の女神は私を”粉雪の精(ヴィティ)”と名付け可愛がった。

 同じような仲間は、私の他にもたくさんいた。

 その中でも一番美しい氷晶を作る私は、誰からも愛された。

 神や女神、地上に住まう様々な精霊たち。小鳥や動物たちでさえも動きを止め、私の輝きに見惚れた。


 世界は美しく、無限の愛で満たされている。と私は思った。

 

 ”人間”と呼ばれる者たちが現れた。

 彼らは不思議な存在だった。

 仲間を作り、集落を作り、言葉を作った。そして、いつもつまらない事で競い合っているように見えた。


 とある森で、ひとりの少年に出会った。

 血の匂いがする獣の毛皮を身に着けていたが、その容姿は美しかった。くっきりとした目鼻立ちに、陶器のような白い肌。冬の日差しに輝く金色の髪。幼さが残る頬に触れると、私の身体は一瞬で溶けてしまった。


 数年後、その少年は青年になった。彼の美しさは尚も健在で、加えて増した逞しさに胸が高鳴った。

 私はその青年の傍に居たいと冬の女神に頼んだ。


 冬の女神は言った。

「精霊から人間になるということは、いつか命が尽きるという大きな代償をともなう。それでも良いか?」

「彼と一緒に過ごせるなら、それでかまわない」


 私の答えに冬の女神は表情を曇らせた。


「ああ、かわいい粉雪(ヴィティ)。怖い事を言って悪かった。私は粉雪(ヴィティ)を手放したくないのだ。永遠の命も私が何とかしよう。だから必ず戻っておいで」


 冬の女神は、永遠の命と魔力を私に与えてくれた。

 私は、彼のいる地上の森へ舞い降りた。


 ***


 森で私を見つけた彼は、一瞬で私を気に入った。

 奪うように私を抱きかかえ住処(すみか)に連れ帰った。

 やっと夢が叶った。そう思った。


 だがそれは、悪夢の始まりだった。

 既に彼には、女が五人いた。

 その女たちは皆薄汚い姿で、彼の住処である小さな小屋の隅で一塊になり、さほど寒くもないのに震えていた。彼は無言でその中の一人の女の髪を鷲掴みにし、嫌がる女を外へ引きづり出した。しばらくして、女の悲鳴が聞こえた。


 彼はとても残忍だった。

 それでも、この中で私は一番美しいから大丈夫。そう言い聞かせた。


 彼は知能が低かった。

 ゆえに女たちをまるで家畜などの所有物のように扱った。

 女たちはろくな衣服も食事も与えられず理不尽な暴力に耐えた。その女たちも同様に知能が低く、何の疑問も持たずその行為にただ耐えるだけだった。ある女は毛皮や食べ物と交換され、どこかへ連れて行かれた。連れて行かれる女を羨ましく思った。


 いつしか私が彼に対する愛情は「恐怖」という言葉で埋め尽くされた。

 ああ、きっと彼は地の底から這い出てきた悪魔なのだろう。そう考えた。

 それでも私が彼の元を離れなかったのは、彼は決して私を手放そうとはせず、いかなる時も私を手元に置いてくれていたから。彼は私を一番に「愛して」くれている、と信じていたからだった。


 ある日、彼は僅かばかりの酒と食料を得るため集落の長に私を売った。

 彼を凍らせるのは簡単だった。よく見ると、彼は非常に醜い顔をしていた。

「こんな……顔だった?」

 そのどこを探しても私が求めた美しい彼の面影は見つからなかった。


 はじめからこうしておけば良かった。そう結論づけた。


 彼のいなくなった集落内で、男たちによる私の奪い合いが始まった。

 男たちは殺し合い。女たちは私に対し敵意を剥き出しにし、石や罵倒を浴びせた。

 

 醜い。

 人間は醜い。こいつらは悪魔だ!

 

 怒りの感情が吹き出すと同時に、私の周囲は白く凍てつき、その集落は静かになった。


 ***

 

 冬の女神の元へ戻ると、冬の女神は天へ召されていた。

 仲間たちは言った。

「冬の女神様は、おまえに自身の魔力と永遠の命を与えたことにより、力を失ってしまった」「冬の女神様は、おまえが戻ってくるのをずっと待っていた」「なぜ早く戻らなかった」「裏切り者」「汚らわしい」「出て行け」

 仲間たちは私を責め追い出した。

 

 ***


 帰る場所をなくした私は再び地上へ降り立った。 

 私を一番に愛してくれた冬の女神はもういない。私は取り返しのつかない事をしてしまった。そう気づいた途端、目から水が溢れ寒くもないのに声や肩が震えた。


 辺りが暗くなると、遠くに集落の灯りが見えた。

 私は相変わらず美しいままだったので、気持ちを奮い立たせ歩きはじめた。


 村へ辿り着いたが、半日と経たぬうちに、男どもは私の奪い合いをはじめ。女たちは私を口汚く罵った。全てを凍てつかせるまで、時間はかからなかった。私はただ静かに穏やかに暮らしたいだけなのに。私のせいなの? 私が悪いの? 

  

 それから何百年。どこへ行っても同じ事の繰り返しだった。何も変わらなかった。

 うんざりしていた私は、できるだけ人間がいる場所から離れた森に身を潜めた。


 その森は、年中雪で覆われていた。

 使われていない山小屋を見つけ、そこでひっそりと暮らした。山小屋には、前の住人が描いていた風景画がいくつも壁にピンで留めてあった。白い大地とどこまでも続く青い水。緑の樹々の下に広がる色とりどりの花。森の中に佇む白い馬。夕焼けを浴びて金色に輝く大きな建物。いままで行ったこともない、見たこともない美しい景色に、心が満たされた。

 

 ある日。森が騒がしくなった。

 赤い服を着た人間の集団と、白い服の人間の集団が殺し合っていた。

 後から知ったことだが、この時。この森を境にして「戦争」が始まっていた。

 武器を持った集団は私の山小屋を粉々に壊したうえ、逃げる私に容赦なく襲いかかってきた。

 仕方なく、全て凍らせた。

 森は静寂に包まれた。


 雪の中に切り刻まれた風景画の欠片を見つけ、悔しさで涙が零れた。


「ひどい……どうして」 




「どうかなさいましたか、お嬢さん?」

 

 降り返ると、黒いマント姿の黒髪の美しい青年が微笑んでいた。

 私は”同じ轍は踏むまい”と、瞬時にその青年を凍らせた。

 造作もなかった。だが、同時に虚しさを感じた。虚しいなら凍らせなければいいのに。矛盾する心に、笑うしかなかった。


「フッ……フフフ」


 その青年の美しい顔を堪能しようと近づくと、凍らせたはずの青年が目をカッと大きく見開いた。

 燃え盛る炎のような赤い瞳だった。


「え……どうして」


 恐怖で立ちすくんだ。

 パキン! と氷が割れ、怯える私の前にその青年が立ちはだかった。

 ああ、また理不尽な暴力を振るわれる、と思ったその時だった。


「おいおい、お嬢さん悪魔だったのかい?」


 青年が両手を広げ驚きの表情をしたのち、屈託のない笑みを浮かべた。あまりにも突然の状況に、私は戸惑った。


「あ、悪魔? 私が!?」

「ああ。その魔力といい、この世の物ともおもえぬ見目麗しいお姿」

「魔力……」


 魔力は冬の女神が私に与えてくれた力。悪魔のそれと同様なのか? というか、こいつは何者だ?

 私を笑顔で見つめる青年を睨みつけた。


「そんなに警戒しないで下さい。私は、お嬢さんに対し卑しい下心もなければ、敵意もありません」

「じゃあ何? 何が目的?」

「あのですね。ここはひとつ、……私と契約をしてみませんか?」

「え? けいやく? 何を……言って」


 急にその青年は、胸に手を当て恭しく跪いた。


「お嬢さん、私はあなたと不毛な争いはしたくない。どうか、お互い傷つけ合わないことを約束して下さいませんでしょうか?」

「お互い? 傷つけない?」

「そうです。私があなたを、あなたが私にです」

「傷つけ合わないとは、”暴力を振るわない”……ということ?」

「ええ、女性に暴力を振るうなど言語道断。あってはならない野蛮な行為です。そう思いませんか? いかがですか? お嬢さん」


 青年は、すっと右手を差し出した。

 その手は暴力とは無縁の、傷一つない美しい手だった。


「そうね、それはいいと思うわ」

 私は深く考えず、その青年の手を取った。


「では、契約承諾ということで……チュッ」


 その青年は私の右手の甲にキスをすると、手の甲が赤く輝き、円の中に見たこともない文字が描き込まれた不思議な文様が浮かび上がった。


「なにこれ?」

「それは、私たちにしか見えない契約の証です。では、あなたもこちらにお願いいたします。その、手が、お、お嫌なら別の場所でも……」


 青年は自身の左手をスッと差し出し、赤い目を潤ませ、はにかんだ表情を見せた。


「フフッ。かまわないわ」

 

 青年の手の甲にキスを落とすと、その手の甲に赤く輝く文様が現れた。それと同時に青年の肌はみるみるうちに青黒く変色し。美しかった顔は醜く歪み、口は耳元まで大きく裂け。耳は尖り。頭から二本のねじれた黒い角が飛び出した。これはいったいどういうことなのか……。言葉を無くした私は、悍ましく変貌した青年を見上げた。


「……っ!?」

「驚いたかい?」


 私が頷くと、その青年は少し悲しげな顔で「お嬢さん、正直だね」と笑った。

 

「我が名は、悪魔ルシフェル」


 悪魔。

 これが悪魔!? 


「悪魔……だったの。私を、騙したのね」


「騙すだなんてとんでもない。さっきの姿も俺に変わりはない。それに……今までこの姿を見せたのは、この地上で()()()()()()()()


 ”()()()()()()()()” 

 その言葉に気持ちが傾く。信じたい。けれど……傷つくのは、もう嫌。


「本当に?」

「ああ、悪魔の約束は絶対だからね」

「絶対……私を傷つけない?」

「お嬢さんを傷つける? そんなことするもんか! こっちも命に係わることだからね。悪魔の契約は絶対。約束は必ず守る。……それはさておき、美しいお嬢さん。お名前は?」


 悪魔ルシフェルは、青年の姿に戻り私を見つめた。

 日が暮れ始めた凍える森で、その瞳は燃えるように赤く輝いていた。

 信じていいのだろうか……私を愛しているのだろうか? 醜い悪魔に愛されるなんて……だけど悪魔は私を「美しい」と言ってくれて……

 渋々、名前を告げた。


「……ヴィティ」

「ヴィティ! 名前も美しい。では、我が城までエスコートいたします」


 さらに瞳を輝かせた悪魔ルシフェルが、右手を差し出し微笑んだ。


「しろとは? エスコートって?」


 この時。この世界には、まだ知らないことが、たくさんあるということに私は気づいた。


「城とは、あなたのために、これから調達する我々の住処の名前です。エスコートとは、簡単に言えば手を繋いだり、こうして……」


 悪魔ルシフェルは私を横抱きにし、同時に背中から黒い翼を広げ宙へ羽ばたいた。


「きゃっ!」

「ふふっ、実に美しく純粋なお方だ」

「ちょっと!!! 飛ぶなら飛ぶって言ってよ!」

「ふっ、その表情も実に麗しい。さあ、行きましょう」



 夕闇が迫る空。遠ざかる森。

 悪魔ルシフェルの腕の中は、今まで会ったどの人間よりも温かく感じた。



 後に、私はこう呼ばれる。


 世界最恐の悪魔。

『氷の魔女・ヴィティ』

 


 *** *** ***


 【解説】

 「当時、地上にいる人間たちには見えない時空の狭間で、悪魔は天使と戦っていた。

 その戦いは数千年続いた。その後。悪魔と天使、人間と自然界(妖精族)との均衡が崩れる現象 (アポカリプス)が起こり、天使・悪魔・妖精・人間……の世界がひとつに重なり「混沌の時代」が始まる。


 「混沌の時代」から数千年後。「O族」という人間の最強種が現れ、国を建国。


 ここから、「王暦」が始まる。」

 おまけ「追憶の残雪【番外編】」(※ルシフェル視点)


 俺は、悪魔ルシフェル。

 元は天使だったが、地上へ堕とされ悪魔となった。


 ある日。戦争が始まった。

 大量の魂の匂いを追い、国境沿いの森まで来た俺は、そこで異様な光景に遭遇した。

 雪が降る森の中で、美しい女性がひとり、涙を流し立ち尽くしていた。

 その美しさに、思わず声をかけた。


「どうかなさいましたか、お嬢さん?」


 女性がこちらに視線を向けた途端。一瞬で身体が凍り付いた。

 ビビビとか、ひと目惚れとか、そう言うのじゃない。物理的に動きを封じられたのだった。


 こんな扱いを受けたのは、地上に来てはじめての事だった。周囲を見渡すと、辺りにはすでに息絶えた大勢の兵士たちの遺体が雪に埋もれていた。

 この女はやばい! 殺される!……と本気で思った。


 偶然持っていたイフリートの角の欠片のおかげで無事脱出はできたが、二度目はない。俺は必死でおどけ、彼女を宥めた。


「おいおい、お嬢さん悪魔だったのかい?」


 白い肌に銀色に輝く白髪、紫色の瞳。この地に住まう古代の神の化身の類か?


「じゃあ何? 何が目的?」


 私を睨みつける美しい女性の瞳の奥は、恐怖で揺らいでいた。

 もしや俺を恐れている!? 

 ここは人里離れた山奥。きっと俺のような悪魔を見るのは、彼女にとって初めての事なのだろう。

 とにかく早急に身の安全を図りたかった俺は、胸に手を当て恭しく跪いた。何らかの契約をしなければ、遅かれ早かれ俺はこいつに殺される。

 

「お嬢さん、私はあなたと不毛な争いはしたくない。どうか、お互い傷つけ合わないことを約束して下さいませんでしょうか?」


 「傷つけ合わない」という言葉に彼女はピクリと反応した。

 有無を言わさず俺を一瞬で凍らせた彼女は、なんと「暴力」を好まないらしい。

 俺も一方的に暴力(凍結)を振るわれるのは勘弁したい。


「そうね、それはいいと思うわ」

「契約承諾ということで……チュッ」

 彼女の冷たい手の甲にキスをし、魔力を注いだ。


「なにこれ?」


 彼女が子供のように、目を輝かせる姿にこう思った。こいつを上手く手懐ければ……。

 

「それは、私たちにしか見えない契約の証です。では、あなたもこちらにお願いいたします。その、手が、お、お嫌なら別の場所でも……」


 俺は彼女からの契約の証を得るべく、湧き上がる興奮を抑え左手を差し出した。


「フフッ。かまわないわ」


 豹変する俺の姿に、彼女は恐れ「騙したのね」と問い詰めたが、「……今までこの姿を見せたのは、この地上でお嬢さん、君だけだ」「傷つけない」「約束は絶対に守る」と伝えると、彼女は渋々納得してくれた。危なかった。契約を交わしていなければ、俺はまた凍らされて……


 

「しろとは? エスコートって?」


 地上の俗世の物事に全く染まっていない彼女に俺は身悶えた。

 なんと純粋無垢な神なんだ! 


 ***


 ヴィティを我が同族に加え、一つひとつこの世界の理を教えた。

 その後。こう思った。


『神、あるいは神に近しい存在は、純粋であればあるほど美しく、そして、恐ろしい』と……



 ***END***


 ここまで、お付き合いいただき本当にありがとうございます!

 ヴィティ過去編「追憶の残雪」(中二病っぽいタイトルw)

 本当は本編のどこかに入れる予定だったのですが、構想がまとまらず放置しておりました。

 実は、ヴィティも神に近い存在として設定していたのですが。本編内(主人公サイド)では、彼女の残虐性のみを強調するような表現で終わらせてしまっていたので、それが心残りでもありました。楽しんで頂けましたら幸いです。


 ※ブクマ62号さんと63号さん、ありがとうございます!

  仕事中に見つけて「おお!」ってなりました。嬉しい(/ω\)!!!


※※これまでいただいた皆様からのあたたかい応援ありがとうございました!※※

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