27話 王国の行く末と聖女の加護
【アンフェール城王宮某会議室・スチュワート視点】
※王暦1082年4月28日。午後。
「お前はいったい、何をしていた?」(べリアス)
呆れた顔で陛下がアスモデウス殿下に尋ねられた。
会議の開始時間に少々遅れて現れたアスモデウス殿下は、タオルで汗を拭きながら機嫌よく答えた。
「時間があったんで、新しい勇者とちょっと……交えてきてな」
会議に来ていた要人達が一斉にこちらを向いた。やはり、新たな勇者の実力が気になるのでしょう。
「はぁ!? 今何と言った!?」
陛下が、殺気立って殿下に詰め寄られました。
「剣だよ! 木刀で手合わせしただけだ」
「何分だ? 時間だ。何分やってた!?」
「え? あ、遅れて悪かった。……時間か、ああ、1時間半ぐらいか? 」
「!!!!!(声にならない叫び)俺はいつも30分なのにーーーー」
陛下が逆上なさいました。
私もまさか、あの飽きっぽいアスモデウス殿下が汗だくになるまで、ルーシー様と長時間手合わせなさっているとは想定外でした。
「うるせぇな。さっさと会議済ませて飲もうぜ。暑ぃー暑ぃー」
「うっ…ならば」
タッ…
悔し気な表情で陛下が会議室を後になさいました。恐らくルーシー様の元へ行こうとなさっておられる様子。すぐさま私は追いかけ、
「陛下! 只今、ルーシー様は、女子寮で食事をとられております。あと2時間もすればエスタ様のお部屋でお茶会もございます。それまでどうかご辛抱を」
陛下を引き留めると、
「1時間……いや2時間だ!」
陛下が仰った。
「?」
「お茶会の時間だ。伸ばせ」
「それはルーシー様のご都合もありますので、ルーシー様がいらしてから提案させていただきます。ですから陛下、どうかお戻り下さい」
「……私も、ルーシーと戦いたかった」
背中越しで表情はみえませんが、声が辛そうに震えておられました。
「それでは、次回はそのように手配いたします」
「ううっ……あと少しでルーシーは合宿へ行くのだぞ! 落ち着いていられるか!? それに、北の神殿までの警護は、アスモデウス担当じゃないか!? 解せぬ!」
「陛下、落ち着いて下さい。殿下は武人です。ルーシー様の騎士としての力量を測るため手合わせなされたのです。団長補佐もご覧になっておりました。ルーシー様の実力が確かなものとみなされれば、ルーシー様の昇進はもとより、近衛騎士として殿下にお仕えできる日も早まると判断致しますが」
実際は、殿下の申し出を断りきれなかっただけの事でしたが……。
「近衛騎士か……で、ルーシーはどうだった?」
「それは殿下から直接お聞きになった方が宜しいかと思われます。私は武人ではありませんので」
やはり殿下と手合わせしたルーシー様のご様子が気になるようで、陛下は渋い表情で考える素振りを見せた。
「わかった。戻って、まとめて終わらせる」
「では、参りましょう」
あと2日。陛下のお気持ちを静め、王としての公務に集中させ、そして、ルーシー様にも勇者としての覚悟をお決めになって頂かなければ、この国はまた大変な事態に陥ってしまう。
+++
その晩。お茶会開始5分後。
昼間の訓練の疲れからか、ルーシー様は座りながら眠ってしまわれた。
「っ…ルーシー? ルーシー!?」
隣に座った殿下がルーシー様の肩を揺さぶると、パタリと陛下の膝の上にルーシー様が倒れ込まれました。
「はぅ!」
意外にも陛下は、抱きつくわけでもなく、驚き固まりルーシー様の顔をじっと見つめるだけで精一杯のご様子でした。
「ス…スチュワート、見てくれ。ルーシーが自ら、わ、私の膝の上に……やっと、私に心を許してくれたのだな! ああ~~~~ 朝まで、ルーシーが目覚めるまで、このままでいい」
陛下は慈しむようにそっとルーシー様の頭を撫で、満ち足りた表情で微笑えまれました。
その向かい側のソファーに座るエスタ様がため息を吐かれました。
「何度も言いますが、ここは私の部屋です。幸い今日は、ルーシーの兄が近衛騎士をしております。彼に、部屋まで送らせます」
「は?……あそこには男が入れぬ結界があるだろう? 」
「私の加護を与えますので、彼なら信用出来ます」
「加護だと!? それがあれば部屋へ入れるのか?」
「ええ、悪魔族の方も女子寮に入寮する場合などがございますから」
「ふーん、そうか。ああっ……だが、もう少しだけ、少しだけでいい。このままにしてくれないか?」
陛下は残念そうにしながらも、それでいて満足げな表情でルーシー様をご覧になられました。
+++
その間、エスタ様は部屋にルーシーの兄オスカー様を呼び寄せ加護を与えられました。
陛下の膝枕で眠ってしまったルーシー様をご覧になると、オスカー様は驚き陛下に謝罪なさりました。
「妹が、陛下にとんだ無礼を働き申し訳ございません、すぐに私が……」
「起こさずともよい。それに無礼などと申すな。こうしてルーシーに頼られ私は嬉しいのだ。オスカーと言ったな。そなたの妹ルーシーは、幼き頃はどのような娘であった?」
と陛下が尋ねますと、オスカー様は顔を高揚させ低く落ち着いた声で答えられました。
「恐れながら陛下。私の主観ではございますが、妹は幼き頃より活発で物覚えも良く歌う事が好きな娘でありました」
「歌は私も聞いた事がある。素晴らしいな」
「思いもよらない詩を作るので、よく驚かされました」
ルーシー様の詩は、確かに不思議な魅力を持っており、この私も目頭が熱くなりました事を思い出しました。
+++
「聖なる光よ、この者に道が開かれんことを……」
元聖女エスタ様が跪いたオスカー様の頭上に手をかざすと、柔らかな金色の光の球が現れ彼の頭に吸い込まれました。これが”加護”と呼ばれる儀式。間近で拝見するのは初めてでした。
エスタ様は、光を吸い込んだオスカー様の頭部をポンと撫でられました。
「顔を上げて」
オスカー様が顔を上げると、エスタ様は彼の頬に手を当て微笑まれ、
「これで結界の中へ入れます。勇者ルーシーを頼みますよ」
「はっ!」
+++
数分後。
ルーシー様を抱いたオスカー副隊長は、エスタ様と共に元近衛騎士寮へ向かわれました。
「加護か」(べリアス)
名残惜しそうにルーシー様を素直に見送る陛下が”ニヤリ”と口元を緩ませておりました。
また、よからぬことを考えていなければ宜しいのですが……。
明日ルーシー様は、合宿のオリエンテーションが午前中に予定されているのみで、午後は空いております。陛下の予定を調整し、約束通りルーシー様との手合わせする時間を設ける予定でございます。
+++
ノール帝国からの使者は、王国東の海域で南のジェダイド帝国軍の監視船を発見。”侵攻準備が行われているらしい”との情報を伝えてこられました。
そう、近々この王国に脅威が迫りつつあるようです。
この王国を一つにまとめ、南の帝国からの侵略を絶対に防がなくてはなりません。
【アンフェール城王宮南棟元近衛兵寮・兄オスカー視点】
俺は元聖女エスタ・フロライト様と眠ってしまった妹ルーシーを抱いて、王宮南棟の元近衛騎士寮へ向かった。
夜になると血のような色合いに見える廊下の赤い絨毯は、甲高い靴音を吸い込みモスモスモス……と不気味な音を発した。
妹ルーシーを部屋へ運びベッドへ寝かせた。
恐る恐るドアを開けてくれた同室の悪魔族の女の子は、この前妖精王からルーシーを必死に守ってくれた”ホムラ”という名前の小柄で色白の可愛らしい女の子だった。いつも下ろしている前髪をピンで上げていたので、恥ずかしい事にはじめは誰か分からなかった。
部屋を出て持ち場に戻ろうとすると、元聖女エスタ様に俺は呼び止められた。
「オスカー。と、言いましたね。あなたのご両親はどんな方?」
父は母と駆け落ちし、王都から逃げてきたと聞いている。
幼い頃、追手から逃れるため山奥の住処を転々としていたことを覚えている。戦争が起き、そして収束。新しい王の誕生に、貴族の解体宣言……その頃には”追手が来なくなったと”両親は安堵していた。
ルーシーは恐らく、両親が”元お尋ね者”だったことを知らない。
エスタ様は、旧王国の所縁の王女。
勇者の、その育ての親が”元お尋ね者”であったとなれば、両親の愚行をネタにルーシーの勇者としての品格を疑い兼ねない。
このことは絶対に隠し通さなければならない。
「エスタ様に、お話するほどの者ではございません」
「ご謙遜を。優秀なあなたがた兄弟の事は、ルーシーから聞いております。お育てになったご両親の事も」
ルーシー言ったのか!? 何を言った!?
「……ルーシーは何と言っておりましたか?」
動揺を悟られまいと、目を逸らしながらエスタ様に聞き返した。
「”仲の良い両親”と……そして、あなたが父親のようだったと」
妹ルーシーが、俺を”父親”と!?
赤子だったルーシーを必死で世話した思い出が蘇った。両親が仕事でいない間は、兄弟手分けしてルーシーの面倒を見た。15歳で騎士見習になり、給金のほとんどをルーシーのために家に入れていた。
「はい、今でも父親のつもりです」
「素敵ね」
元聖女エスタ様は柔らかく微笑んだ。
何か言いたげな表情をしていたが問いかけるわけにもいかず、エスタ様を部屋まで護衛し俺は持ち場に戻った。
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※2021/10/4 誤字脱字気になる箇所訂正しました。
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2023/1/18 気になる箇所訂正しました。