26話 アスモデウス殿下vsルーシー
【アンフェール城訓練棟・ルーシー視点】
※王暦1082年4月28日。午後。
カンカンカンカンカンカン……カン!
激しい打ち合いから、剣を跳ね除け回り込み低い位置からの攻撃を脚に仕掛ける。
ダンッ!!
アーサー団長補佐がジャンプでかわし、回転しながら振った木刀が鼻先をかすめた。それを背面飛びでかわす。
危なっ!
着地した団長補佐は、すぐさま体勢を立て直し真っ直ぐに剣の切先を突きつける。それをよけ地面を転がりながら背後に回り込み背中を狙う。
カン!
読まれていたのか剣で弾かれ、すぐさま打ち込まれる重い一振りを跳ね返す。と、団長補佐の視線が逸れ、しゃがみ込んだ。
隙あり! と、ばかりに木刀の切先を向けた瞬間。
「アスモデウス殿下!」
アーサー団長補佐が声を上げた。
視線の先には、スチュワートさんと、強面の悪魔が満面の笑みで手を振っていた。
「あっ…」
アスモデウス殿下!
剣を下ろし、団長補佐の隣で跪き敬礼した。
この前、この殿下に勇者の剣を突き付け、剣に言われるがまま斬撃を飛ばしてしまった。
「敬礼とかいいから。顔を上げろ」
恐る恐る顔をあげると、アスモデウス殿下がしゃがみ込み顔を近づけた。
「元気そうだな。アーサー相手になかなかじゃねぇか」
ニっと笑った。
「いえ、まだまだ及びません」
「じゃあ、今度は俺が手合わせしてやろう」
え!?
「会議まで時間がある。少しだけだ、いいだろう」
ハハハハハ!
と、豪快に笑い、羽織っていたマントをスチュワートさんに預けた。
アーサー団長補佐を見ると「いい機会だ、良かったな」と、ハリウッドスマイル。
あの、凄く怖いんですけど。
アスモデウス殿下は、大事な会議のためか国王軍の隊服に似た黒い上着を身につけ、襟には綺麗な金色の襟章が輝いている。
木刀を手に、アスモデウス殿下の前に立つと。
「あの剣は使わねぇのか?」
壁際に置かれた剣を指差した。
「はい、訓練場が壊れてしまうので。それと、アスモデウス殿下。先日は大変、失礼致しました」
頭を下げると、
「ハハハハハ! いいって、お互い様だ」
殿下が木刀を構えた。
ズシ……
空気が急に重くなったように感じた。
アーサー副団長と同じ位の身長だか、ガチムチの身体つきのせいか余計に大きく感じる。
纏う空気が全く違う!
ビリビリと皮膚に感じる恐怖を抑え、木刀を構えた。
「いくぞ」
一気に間合いをつめられ、私の頭上に剣を振り下ろした。
ガン!
ズズズズズっ!
受けた一撃を両手で握った木刀で抑えるも、踏ん張っているのに後ろへ押される。衝撃で手がビリビリする。この剣をまともに受けちゃ駄目だ。すぐさま距離を取り、回り込む。
「っと……」
あの体格からは考えられないくらいの俊敏さで、足元に追撃が飛んできた。ジャンプでかわし、そのまま殿下の顔面へ斬り込んだ。
一瞬、目が合った。
ヒョィ!
殿下は軽く顔を傾け剣をよけた。
惜しい!
と思っていたら、その体勢のまま殿下に衝突してしまった。
「あ」
ドクンドクン……大きな心音。
硬い鎧のような胸板にがっちりと押さえつけられ、呆然とする。
ハハハハハ!
音源から直に聞く轟音のような笑い声に、頭に血が上った。
「元気がいいなー、アハハハハハハハ!」
幼な子を "高い高い"する様に私を掲げ上げると、嬉しそうに更に爆笑した。
「殿下。お放し下さい」
「俺様相手に顔面狙ってくるなんざ久しぶりだぜ、アーサーまで駆り出される筈だ」
ゆっくりと私を下ろし、頭をポンポンと撫でた。
ううっ
読まれていた。
全然、勝てる気がしない。
「勇者ちゃん、俺の初めの一発をよく止めたな。あれで大概の奴はビビって距離を取り、一呼吸置いてかかろうとして俺の追い討ちに打たれる。それを避け、逆に突っ込んでくるとは、参った参った」
「いえ、殿下、余裕で避けていたじゃないですか」
「ああ、勇者ちゃんと目が合ってドキドキしたよ」
殿下が、楽しそうにはしゃいでいる。恥ずかしい。
「ふ、ふざけないで下さい」
「ハハハハハ! もう一丁いくぞ」
殿下が剣を構えた。
「はいっ! お願いします!」
次こそ勝つ!
ガンガンガンガン!!!
今度は、連続で繰り出される太刀を浴びながら、リズミカルに繰り出す打撃のタイミングをはかり、手元を狙った。
カッ
木刀が宙に飛んだ。
チャンスとばかりに、踏み込み、殿下の胴へ木刀を当てようとすると、左手で、がっ!と刀身を握られ、宙に飛び落ちてきた木刀をパシッとキャッチした。
え!?
コツン
と、私の頭に剣先が当たった。
「ハハハハハ!」
高笑いする殿下と、呆然とする私。
剣を握るって? あり? 飛ばした剣を偶然キャッチとか!? ありえなくない!?
「惜しかったなー。ハハハハハハ!」
嬉しそうに笑い、悔しがる私の頭をまたポンポンと撫でた。
「刀身を握るとか、ありなんですか?」
「戦場じゃあ何でもありだ! 致命傷を与えられたらそこで終わりだからな」
「確かに」
「もう一丁いくか?」
「はいっ! お願いします!」
+
+
+
1時間半経過……
結局、スチュワートさんが殿下を呼びに来るまで、手合わせは続いた。
殿下は上着を脱ぎ、黒い半袖シャツがビショビショになっていて、会議は大丈夫ですか?と聞くと、「これくらいなんてこたねぇ。アハハハハ」と豪快に笑い。そして、「これ言うとアレなんだが、俺みたいな大柄の奴ってのは、お前ぇみてぇな小さくてすばしっこいのが苦手だ。間合いに入り急所を狙え」と、アドバイスし去って行った。
はじめは怖さしかなかったが、斬撃を受けるたび、速さや重みに慣れていくのが分った。それに反応して木刀を構え打ち返す。隙を突いて、攻撃を繰り出す……。
時間を忘れる程、楽しかった~。
前世での私は、運動が苦手だったのに、家計が比較的裕福で、習い事だけは沢山していた。でも、時を忘れる程のめり込んだモノは殆んど無かった。(ゲーム以外)だから、この世界で、ゲームの主人公みたいな設定(勇者)で騎士になるために訓練させてもらえるなんて、なんて幸せなんだろう!
あまり病気もせず、優れた身体能力の持ち主として、この世界に私を生んでくれた母に私は感謝している。もちろん、強く育ててくれた今の家族にも感謝しかない。
「殿下とこんなに長時間やり合うなんて、さすが、オスカーの妹だ。……で、どうだった殿下は?」
アーサー団長補佐が、微笑みながら聞いてきた。
「はじめは怖かったんですが、力やスピードに慣れてくると、次はどのように攻めてみようかとか考える余裕もできたので、楽しかったです。それに殿下は、私相手になかなか本気を出してこないので、今度は、はじめから本気で相手にしてもらえるようにもっと鍛錬したいと思いました」
アーサー団長補佐は、呆気にとられた顔で私を見つめた。
「……ハハッ。ルーシー……フフフっ」
「どうしたんですか?」
「いや、ゴメンよ。昔、オスカーも殿下と手合わせした時があってね。君と同じような事言ってて、驚いたんだ。さすが兄妹。外見は似てなくても、中身は瓜二つだね」
「そうなんですか!? ……ああ、でも、わかるような気がします。なのに、なんで私が勇者になったのか。兄さんでも良かったのに」
アーサー団長補佐が、なにか納得したように微笑んだ。
「そういう君だからじゃないのかな」
???
「ルーシー、合宿中はジュード団長補佐が君の訓練相手として同行する。彼は、私と違って小柄で、接近戦で攻めてくるタイプだから勉強になると思うよ」
ジュード団長補佐?
「はいっ! ひとつお聞きして宜しいでしょうか」
「いいよ。なに?」
「どうして私の訓練相手が団長補佐に変ったのでしょうか?」
先週から、”団長補佐”という中ボスクラスの騎士が私の訓練相手なのか、ずっと疑問だった。
しかも、今日の相手は、ラスボス手前のアスモデウス殿下。
「聞いてないの?」
「はい」
「スチュワートさんが、君の実力を見てみたいと仰っててね。私も興味があったから引き受けたんだ」
「あのスチュワートさんが?」
「うん、(小声)”君が上級騎士相手に、力を抑えてる”って仰るんでね」
「そんなところまで見えて……」
「彼、ただの宰相兼執事じゃないからね。でも、君の成長ぶりには驚かされるよ。合宿から戻ってきたらまた成長してるんだろうね。合宿、楽しんできてね」
ハリウッドスマイルで手を小さく振った。
宰相兼執事? なんだそりゃと思ったが、今夜のお茶会の時にでも、べリアス陛下に尋ねてみようとスルーした。
「はいっ! ありがとうございます!」
お辞儀して、立ち去ろうとするとアーサー団長補佐が付け足した。
「あと、樹海には近づかない方がいいよ。肝試しとかしちゃダメだからね」
樹海!?
悪魔や天使や妖精や小人も……いる世界だから、樹海ぐらいで驚いたりしない。
”合宿で肝試し”
イヤなフラグが立ってしまったように感じた。
行かない!
私は対に行かないよ!
ご覧いただきありがとうございます。
※2021/10/1 誤字脱字訂正しました。
※2022/4/17 タイトル”次話”の部分訂正しました。
2023/1/18 訂正しました。日付とか入れました。